 |
神聖都迷走物語
■□ オープニング
その日、響・カスミ（ひびき・かすみ）は職員室で昼食をとろうとして重大な事実に気がついた。
弁当箱と一緒に入れたはずの箸が見当たらない。
「ま、まさか怪奇現象……！？」
怖がりなだけあって、不可解な出来事は全て怪奇現象とくくってしまうのがこの教師の悪いところである。
家を出る時に弁当箱と一緒に持って出たのは間違いない。おおかたどこかで落としたのだろう。
弁当を食べるのなら食堂へ行って割り箸をもらってくれば良いのだが、カスミが落とした箸はお気に入りのものだった。
「あのお箸は私が学生の頃から使っている、思い入れのあるものなのよね……」
弁当を食べたいのはやまやまだが、お気に入りの箸がなくなったままでは気になって次の授業に集中できないかも知れない。
ドとレとミとファとソとラとシの音を間違えたら大変である。
現在12時15分。昼休み終了まであと45分しかない。
カスミは箸を探してくれる人物を探すべく、放送室から校内に向かって呼びかけた。
（ひと、これを職権乱用と言う。）
万屋『Ｎ』として他の仕事の関係で神聖都学園に潜入していた火腋は、放送を聞いて食べていた弁当を吹き出した。
「箸ひとつ探すのに校内放送使うのか！？」
どこの誰だか知らないが、放送した人間は正気の沙汰とは思えない。
とはいえ「困っている人がいたら助けろ」と彼の相方――此葉（このは）にうるさく言われている。
「これも仕事のうちってことかな」
火腋は弁当を平らげると、箸の捜索に乗り出した。
■□Scene 1-b1・職員棟（職員室）
放送を聞いてカスミの元へやってきたのは、蘭空・火腋（らんす・かわき）、榊船・亜真知（さかきぶね・あまち）、シュライン・エマ、マーヤ・ベッラ、鹿沼（かぬま）・デルフェスの五人だった。
「生徒のみならず、外部の方にまで協力して頂けるなんて……！」
放送室から戻ったカスミは、その面々を感激の面持ちで見つめた。
寄せ集めの人員にしても、五人揃うとそれなりの存在感を放つものである。周囲の教師はカスミたち一行から距離を置き、事の成り行きを見守っている。
「それはともかく。先生、この辺りはちゃんと探したのか？ 失せ物は同じ所を七回探せって言うぜ」
最初に声をかけたのは火腋だ。きょろきょろと辺りを見渡し、さっそく探索に入っているようである。
次に声をかけたのはデルフェスだ。
「『灯台もと暗し』とも言いますわ。お弁当を持っている際、どなかたに声をかけられてお箸を落とした、もしくは置き忘れたのかもしれません。勘違いサイコキネシス（念動力）と呼ばれるうっかりミスですね。その可能性はありませんの？」
聞かれてカスミは考え込む。
「お弁当箱はさっきここで始めて出したの。だから一緒に落としたのだとしたら気付くと思うのよね……」
そしてお箸がないことに動転していたため、周囲の探索はまだ行っていないとのことだった。
「では先生、本日登校してからの足取りを教えて下さいますでしょうか。マップを作成し、後の探索に役立てますわ」
亜真知が一歩前に出る。振り袖姿が可愛らしい黒髪の少女だ。そっと手のひらを掲げると、その上に三次元投影の学園が浮かび上がった。
聞かれてカスミはちょっと驚いた様子を見せると、朝からの出来事を順に追って話し始めた。
「え？ ええ。ええと、今日はちょっと遅刻してしまって、大急ぎで裏門から登校したわ。それから敷地内の並木道を通って、職員棟へ。授業の準備をしてすぐに芸術校舎へ向かったの。そこで午前中いっぱいずっと授業をして、お昼休みになってからここへ戻ってきたところよ」
言われるままに、亜真知がマップ上に赤いラインを入れていく。建物間の距離はあるものの、カスミはほとんど学園内を移動していないことがわかった。
「遅刻していたということは、かなり慌てていたんでしょうね。そうすると、学園へ来るまでに落としたという可能性もあるんじゃないですか？」
冷静に指摘したのは、それまで黙って話を聞いていたシュラインだ。
「急いで来たのは確かですけど、お弁当箱とお箸を一緒にかばんに入れたのは間違いありません。それに、お弁当箱はずっとかばんの中に入れたままでした。かばんを開けたのも、授業へ出る前が最初だったと思います」
「とすると、やっぱりここを探すのが妥当なのかしらね」
シュラインのまとめに一同頷く。
少々シリアスになりかけた空気を和ませたのはマーヤだ。
しゅたっと手を挙げて明るく言い放つ。
「難しいことはわかんないけど、マーヤ失せ物探しは得意だかンね。手伝うからにはガンガン探すよ♪」
いつまでも頭を突きあわせていても時間が過ぎるばかりだ。
一同は職員棟内の探索に乗り出した。
火腋とシュラインはカスミの机の周りに目をつけた。
「落とすとするなら、やっぱ机の周りだよな」
彼は先ほどの発言通り、机の周りを七度探索するようだ。しゃがみこんで目を皿のようにしている。
「どなたか、この辺りでカスミ先生のお箸を見かけられませんでしたか？」
机の探索は火腋に任せ、シュラインは周囲の教師に声をかけた。しかし、カスミの放送を聞いてから遺失に気付いた教師ばかりで、目撃証言は取れそうにない。
「火腋くん、かばんの下周辺にも何もなかった？」
「ああ。隙間まで調べたけど、箸らしいもんは見つからないな」
立ち上がり、火腋が制服についたホコリを払う。
「カスミ先生に好意を寄せる先生もいなさそうだし……」
皆と同じようにあたふたと部屋の中を探し回るカスミを見て呟く。
「火腋くん、今何か言った？」
「や。なんでもない」
二人はその場の探索に見切りを付けると、仕方なく次の探索場所へ向かった。
■□Scene 2-c・芸術総合校舎（音楽室）
職員棟から音楽室へ移動したのは火腋一人だった。
「皆読みが甘いぜ。音楽教師の行く場所と言えば、音楽室を疑ってかかって当然だろうに」
言って音楽室を探し始める。
総合芸術校舎にはいくつもの教室があるため、職員室を出る前に使用した教室は先ほど聞いてきていた。
「この教室もなし……ここも外れ……」
教室番号を書いた紙にチェックを入れる。全ての教室をチェックしたものの、やはりカスミの箸は見つからなかった。
「っかしーなぁ。指揮棒使用の可能性はゼロか！？」
先ほどからその可能性を念頭に探していたらしい。
「じゃあ箸でドラムを叩いていたとか！」
念のためドラムの置いてある教室を片っ端から探してみたが、やはり箸は見つからない。
「だ、だめか……」
気がつけば火腋は芸術校舎全てをチェックし終えていた。十五分程度の時間で良く走り回ったものである。
酷使した足が疲労を訴えていたが、とりあえず見つからなかったということを報告するため、職員棟へ戻らなければならない。
火腋はもう一度立ち上がると、カスミの元へ向かった。
■□ エンディング
職員棟へ戻ってみると、先ほど職員室に居た面々を加え、学園の生徒であろう少女と少年の姿があった。
お箸を見つけたのは、その銀髪の少女であるらしい。
「ごめんね、蘭空クン。いっぱい走ってもらったのに……」
「謝んなって先生。とにかく見つかって良かったじゃないか」
その後、カスミは銀髪の少女と共に次の授業へ向かっていった。
「ま、こんな日もあるよな」
職員棟を出た火腋は、風に舞う落ち葉を見上げながら呟いた。
天気の良い一日の出来事であった。
Unsuccessful mission...
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
登場人物（この物語に登場した人物の一覧）
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【2194／硝月・倉菜／女／17／女子高生兼楽器職人】
【1573／（蘭空）・火腋／男／16／万屋『Ｎ』のメンバー】
【1593／榊船・亜真知／女／999／超高位次元知的生命体・・・神さま！？】
【0086／シュライン・エマ／女／26／翻訳家＆幽霊作家＋草間興信所事務員】
【1808／マーヤ・ベッラ／女／01／プー】
【2181／鹿沼・デルフェス／女／463／アンティークショップの店員】
【2239／不城・鋼／男／17／元総番（現在普通の高校生）】
※発注申込順
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
ライター通信
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
はじめまして。西荻 悠です。
「神聖都迷走物語」へのご参加ありがとうございました。
＞（蘭空）・火腋さま
お箸発見ならず！ 残念な結果となりましたが、ご協力本当にありがとうございました。
ドラムを叩くネタは私も考えていました。プレイングを読んだ私が喜んだのはいうまでもありません（笑）
しかしお箸は別の場所にあるわけで。走り回って下さって感謝でございます！
この物語は「オープニング（各種）」「Scene 1（5種）」「Scene 2（4種）」「エンディング（各種）」から成り立っています。
他の方の作品と合わせてご覧頂くと、更に物語を楽しむことができる仕組みです。
興味を持たれましたら、ぜひ全作品チェックしてみてくださいね。
それでは、ご縁がありましたらまたお会いしましょう。
今宵も貴方の傍に素敵な闇が訪れますように。
西荻悠 拝
|
|
 |
