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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


花の乙女

■愛らしい助っ人
 最近、アトラス編集部で「カゼ」が大流行している。
 そもそもの発端は、外回りから帰ってきた三下忠雄の体調が急に悪化したことからだろう。締めきり直前ということもあって、その日は結局ほぼ終電に近い残業をして帰って行ったのだ。
 その次の日から碇麗香を始め、スタッフ達が次々と体調を崩し、休むようになった。もちろんその被害は大きく、アトラス編集部は連日いつも以上の多忙ぶりだった。
「こうなったら……。助っ人を雇うしかないわ……! 三下! あんたの責任なんだから緊急のバイトを拾ってきなさい!」
「ええー!?」
「あの……アトラス編集部はこちらでしょうか?」
 鈴のような声が聞こえ、2人は入り口のを一斉に注目する。そこには真っ白な服を身にまとった線の細い少女が佇んでいた。今にもかき消えてしまいそうな、儚げな印象を受ける。
「こちらでお手伝いをと派遣会社より参りました。得意は事務処理とデータ入力です。よろしくお願いします」
 少女はぺこりと頭を下げた。その時、2人は不意に甘い花の香りが流れてきたのを感じた。
 
 彼女(名前は日草(ひぐさ)といった)が来てからというものの、あんなに急がしかった編集部はとたんに平和になった。というものの、日草は予想以上の才能の持ち主で、いつの間にかすべての作業を処理し終えていたのだ。おかげで徐々にスタッフ達の体調は良くなった。が、それに反比例するように、奇妙な噂が編集部に広まっていた。彼女は本当に人間、なのか……と。
「そう言えば、派遣会社から……と言ってましたよね。でもそんなのにうちって契約してました?」
「あの子、家に帰ってないんじゃないですか? いつも一番に来ているし、帰るのだって最後だし……いくら近所でも毎晩11時過ぎの帰宅はおかしいですよ」
 そう言えば気付かなかったが、日草が徐々に痩せ細っているのに麗香は気付いた。少しは先に帰ってはというが彼女は首を縦に降ろうとはしなかった。
「……あのままじゃ壊れてしまうわ、あの子。あんた達、ちょっとあの子を説得してもらえない?」
 正体がどうであれ、このまま放っておくわけにはいかない。麗香は身近な者達に彼女を休ませるよう説得を試みさせるのだった。

◆安らぎの紅茶
「少し休憩しませんか?」
 そう言いながら差し出された紅茶の香りに、日草は作業の手を止めて顔を上げた。
 視線が重なるとセレスティ・カーニンガムは優しい表情を浮かべて日草を見つめる。
「有難うございます……良い香り」
 ゆっくりと深呼吸をし、日草は香りを堪能した。少し甘い柑橘系とシナモンのさわやかな甘みがからみあい、優しい香りとなって疲れた心を癒してくれる。秋の紅茶特有の少し濃い味わいがけだるさに良い刺激になって心地よい。
「とても美味しいです。でもこの紅茶……お茶っぱはいつものやつですよね? なんだか味が丸い気がします……」
「ええ、給湯室に置いてあったものを拝借させて頂きました。淹れる水を変えてみましたので、そのせいかもしれませんね」
「へぇ……お水が違うとこんなにも違うんですね」
「東京の水道水はどうしてもカルキ臭いところがありますからね。沸騰させても消毒液の臭いだけは残ってしまうのが難点といったところでしょうか」
 セレスティは肩をすくめて苦笑する。水を支配するものの感覚として、東京の汚水はあまり許せないものがあるのだろう。何気ない会話を交わしているような雰囲気だったが、その瞳に微笑みは浮かんでいなかった。
「ずいぶんと根をつめられているようですが、あまり無理をなさらないようにした方が良いですよ。何事も度が過ぎては良いものが仕上がりません」
「はい、そうです……よね。でも、時間がないんです。もうすぐ終わりが来てしまう……その前に、出来る限りのことをしておきたいんです……」
 日草の視線の先に忠雄の姿があるのにセレスティは気付いた。が、すぐさま視線を外したため特に気には止めずにいた。思えばこの時、もう少し掘り下げて話すべきだったのかもしれないと後にセレスティは考えるのだが、今は己の目的を優先させた。
「今日は定時に帰られる予定ですか? よろしければ夕食でもごちそう致しますよ」
「いえ、この書類がまだ終わらないのでもうちょっと遅くなりそうです。ごめんなさい」
 日草は良いながらパソコンのタイピングを再度開始した。軽快に打ち出される文章は瞬く早さで記事を織りなしていく。その正確さと機敏さにセレスティは感心の声をもらす。
「……さすが、噂どおりの仕事ぶりですね」
「いえ、私ぐらいの程度なら、どなたでも出来ますよ。三下さんだってやる時はちゃんとした記事を仕上げてくるじゃありませんか」
「まあ、そうでなければとっくの昔に編集長から飽きられていますよ。頑張っているのが才覚ある何よりの証拠、ですかね」
 ちらりとセレスティは忠雄の姿を見やる。どうやら先程リテイクだった記事が仕上がったようだ。最終的なチェックを麗香から受けている最中だった。
「さて、では私も手伝いの方を終えてきましょう。あまり話し込んでいては仕事が終わりませんからね」
「あ、はい。美味しい紅茶、有り難うございました!」
「どういたしまして。又飲みたくなったら何時でもお淹れ致しますので、気軽に声をかけてくださいね」
 さりげなくお代わりを注ぎ、セレスティは静かにその場から去っていった。
 
◆お出迎え
 ほぼ終電に近い深夜11時。夜勤のスタッフに声をかけられ、日草はようやく帰路につくことにした。表玄関の扉を開け、耳に飛び込んできた自分の名前に目を瞬かせる。
 玄関口に止められた車から彼女を呼んだのはセレスティだった。少し警戒しつつ歩み寄る日草に、セレスティは車で送ると誘いかけた。
「え、でも……私の家そんなに遠くありませんし、まだ電車で帰れます」
「こんな夜中に女性ひとりで歩くのは危険ですよ。さ、どうぞお入り下さい」
 少し強引にセレスティは日草を後部座席に座らせる。外のエンジン音や喧噪(けんそう)が一切聞こえてこない静かな車内には、有線のオルゴール曲が奏でられていた。
 明らかに高級車と分かる座りごこちに落ち着かない日草。くすりと笑いながらセレスティは優しげに話しかけた。
「どちらまでご案内すればよろしい、でしょうか?」
「ええと、それじゃあ新橋の駅の近くまでお願い出来ますか?」
 車は銀座の町並みを通り抜けて、南へと進路を進めていく。そろそろクリスマスの準備にとりかかっている店が多いのか、商店街はいつもより一層ライトアップされて美しく輝いていた。
 みとれるように外を眺める日草。セレスティはさりげなく、目にとまった店の飾り付けを日草に教えていく。
 そうしているうちに、車は新橋の駅へ到着した。
「本当にここでよろしいのですか? よろしければ家の近くまでお送り致しますよ」
「いえ、本当にここで十分です。今日は有り難うございました」
 ぺこりと頭を下げ、日草は少し暗いビル街へと足をむけていく。その後ろ姿を見ながら、セレスティはふと眉をひそめた。
「……あの方向は確か大きな公園があるだけで、住宅は殆どなかったはず……新しくマンションでも建ったのでしょうか?」
 結局、日草の居所を突き止めるには充分いたらず、セレスティは苦笑いをひとつ浮かべるのだった。
 
◆編集長のねぎらい
 それから数日して、風邪で休んでいたスタッフ達も殆どが復帰しはじめて、アトラス編集部にも以前のような活気が戻ってきた。今まで神経を尖らせていた麗香にも、ようやく余裕の表情が見られるようになってきていた。
「雑誌の原稿も間に合いそうだし、これもすべて協力していただいた皆のおかげね。お昼の弁当は私がおごるわ、何でも言って頂戴」
「ええっ、いいんですか? じゃ……じゃあ僕はエビフライべん……」
「例外として、三下はいつもどおり実費で買ってきなさい」
「ええっ!? そんな、僕だって今回は一生懸命頑張りましたよ? 〆切りも守ったし、リテイクだって少なかったじゃないですか!」
「……そもそも、この事態を招いたのは誰だったかしら?」
 麗香の冷たい視線が忠雄の胸に突き刺さる。言葉を失った忠雄にセレスティはさりげなくフォローの言葉をかけてやった。
「では夕飯をご一緒しませんか?」
「えっ!? ほ、本当ですか?」
「とても頑張っておられたようですし、ちゃんと栄養をつけて風邪を完治させないといけませんからね」
 にこりとセレスティは微笑みかける。人間らしい扱いを受けたのがあまりに嬉しかったのか、忠雄はその場で思わず涙をボロボロと流してしまう。
「泣いてる暇はありませんよ。早く帰るためにも、今日の仕事を終えなければなりませんからね」
「は、はいっ!」

 日草が過労で倒れたのは
 それから数時間後のことだった。

◆またあう日まで 
「ごめんなさい……皆さんに心配かけてしまって……」
 窓際に移動させたソファに横たわりながら、日草は申し訳なさそうに呟いた。
「いいんですよ、キミは自分が出来ることを懸命に頑張り、目に見える成果も成し遂げました。ただ、もう少し身体をいたわってあげるべき、だったというだけです」
 セレスティは傍らに腰を降ろし、そっと日草の頬をなでる。日草は苦痛にみちた表情を和らげ、穏やかな笑みをセレスティに向けた。
「でも……もう限界みたいです。もう少しお話をしていたかった……」
 不意にほんのり甘い香りがセレスティの鼻をくすぐった。始めて日草にあった時に香った花の香り……
 ざぁ……っと一陣の風が編集室を駆け抜けていった。その風にのって日草は花びらとなって散り、夕焼けの空へと溶け込んでいく。ひらひらと舞い落ちてきた花びらを右手で受け止め、セレスティはじっと掌の中にある小さな花びらを見つめた。
「……ジニア……」
 白い百日草の花びらは、くるりと踊るように回り、風に乗って窓の向こうへと飛んでいった。
 ゆっくりと車いすの車輪を回し、窓辺に寄り添うとセレスティは見えなくなるまで、花びら達を見送っていた。

おわり

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/     PC名    /性別/ 年齢/ 職業 】
 1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725/財閥総帥
                          占い師・水霊使い
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■         ライター通信          ■
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 お待たせ致しました。
「花の乙女」をお届けします。

 実は今回で記念すべき怪談作品通算3桁目の作品です。
 なんだかサイトのキリ番記念みたいで、私にとっても依頼にご参加頂き、とても嬉しく思っております。その割には普通の依頼文章っぽいですね……精進、精進。
 
 花の香りはキンモクセイのように、はっきりと個性のあるものでもないので、少し簡略化させて頂いています。その雰囲気だけでも感じて頂ければ幸いです。
 
 それではまた別の物語でお会いしましょう。
 
 文章執筆:谷口舞