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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


恋文指南

■オープニング■


 その日、草間興信所を訪れたのは15〜6歳の少年だった。
 平井圭一(ひらい・けいいち)と名乗った少年は、名前を名乗ったっきり、なかなか肝心の用件を切り出せずに居た。
 圭一は、一見して“最近の”と揶喩される同じ年頃の少年たちとは異なる雰囲気で、俯く姿もどこか初々しく、女性ならば、思わず頭を撫でてやりたくなるようなそんな風情であった。
 だがしかし生憎と、目の前の少年の話を聞いているのはくすぐられるような母性本能の持ち合わせのない、しがない探偵である。
 特別自分は短気な男ではないと、今までは思っていたのだがそれは返上した方がいいのではないかと思ってしまう程度には草間武彦は少年に対して苛つきを感じ始めた頃――――

「えぇい、はっきりと言え、はっきりと!」

 思わず自分が口走ったのかと思う台詞が聞こえて武彦は咥えていた煙草が確かにまだ自分の口に咥えられているかを確かめる。
 確かに、草間の口元にはまだ吸いかけのタバコが存在している。
「全くお前はいくつになってもはっきりせんヤツだ。昔は15歳も過ぎれば男子たるもの立派な成人としてだなぁ―――」
 くどくどと説教を始める老人の姿を見て、
「すみません、今もう1つコーヒーお出ししますね」
と慌てて給湯室に向かう零を老人は呼びとめた。
「いいや、それには及ばんよお嬢さん。それに、どうせならワシは熱い玉露でも頂きたいもんじゃのう」
「はぁ、玉露ですか……あ、あいにく日本茶は切らしていまして」
 その会話を黙って聞いていた武彦は、煙草を揉み消す。
「圭一君。先ほどまでそちらのご老人はいらっしゃらなかったようだけれど?」
「おぉ、失礼した。ワシは圭一の祖父で平井圭太郎。享年は73歳で―――」
 享年と聞いて武彦は大きく溜息をついた。
―――結局コレか。
「まぁ、不甲斐ない孫が心配でこうして見守っておるのだが―――実は、まぁ、恋文の書き方を指南していただきたいと思いまして」
「えぇと、指南というと圭一君に?」
 草間の問いに圭一が顔を赤らめて大きく首を振った。
「ち、ちちち違います。僕にじゃなくって、祖父にです!」
「いやぁ、お仲間に聞いたところ貴社は私共のようなモノたちにも手助けしていただけると」
 どうやら幽霊のお仲間たちの中で草間興信所は有名であるらしい。あまり嬉しくはない話を聞き草間はがっくりとくる。
「で、お相手は?」
「そうそう相手というのがなぁ、ワシの初恋の琴音さんにそっくりでそれは、美しく清楚な女性でな……」
 いつものように圭一に文字通り“憑いていた”圭太郎翁は通学途中である女性を見初めたのだと言う。思い出したようにうっとりしている圭太郎をちらりと見て圭一は草間に負けず劣らずぐったりしたような顔をしていた。
「実はおじいちゃんが見初めた女性って言うのが近くの高校でも才色兼備で有名な人で……とてもじゃないですけど、そんな人にそんなもの渡すなんて」
 考えるだけで気が遠くなりそうです―――と、泣きそうな顔をしている。
 
 御歳70過ぎの幽霊に恋文指南―――誰に任せれば良いものやら……草間は頭を抱えた。

■シュライン・エマ■


 幽霊に恋文指南。
 その相手は才色兼備、天は二物も三物も与えたような女子高校生だという。
 ちなみに、恋文の宅配役は幽霊の孫の男子高校生。
 そんな所謂「コイバナ」な依頼に集まったのは、シュライン、歌舞伎町の女王こと藤咲愛(ふじさき・あい)、図書館司書の綾和泉汐耶(あやいずみ・せきや)、そして女子高生月見里千里(やまなし・ちさと)、丈峯楓香(たけみね・ふうか)、志神みかね(しがみ・みかね)の6人だった。
 それにしても女3人そろえばかしましいと言うが、その倍の6人も居るのだからそれはもうかしましいと言うかなんというか……少なくとも逆ハーレムなどと喜べる状況ではない事は草間が応接室の中に踏み込もうとしないところをみれば一目瞭然で、この状態が幸福であるかどうかはあえて語るまい。
最初に草間興信所の扉を叩いてからきっちり1週間後の今日、再び訪れた圭一は有無を言わさず無言の草間にこの応接室に叩き込まれた。
「後の事は中に居る連中に聞いてくれ」
 草間が圭一に言ったのはその一言のみ。
 とばっちりを受けないうちにと早々に非難するように出て行った草間にシュラインは笑いを禁じえなかった。

 そして、応接室の中でまず圭一は上座、俗に言うお誕生日席に座らされ質問攻めにあっている。まぁ、攻めているのは楓香と千里なのだが。
 それもこれも、楓香の、
「敵を知るにはまず味方からって言うしね!」
という、正しいんだか正しくないんだか判らない発言からだった。
「で、圭一くんは何年生?」
「高校1年です」
「あ、じゃあ、あたしとみかねちゃんと同じだね」
「で、相手の人の名前は? 歳は? 趣味は? 学校は? いつもどこで見かける人なの?」
 芸能リポーターの如く突進する千里をシュラインが首根っこを捕まえて抑える。
「ちーちゃん、圭一くん怯えてるじゃない」
 見ると確かに圭一はかなり腰の引けた体制で今にも椅子の背もたれに縋りつかんばかりの様子だ。
 そこに、突然、
「圭一、本当にお前というヤツは情けない」
という台詞と供に老人が姿を現した。
「あら、こちらが噂のお爺ちゃんかしら」
 全く動揺することもなく、愛は圭太郎に微笑む。
「ほほぉ、これは別嬪さんぞろいだの」
「まぁ、お爺ちゃんたらお上手ねぇ」
「いやいや、ワシは嘘はつかんよ。なんせ、今、嘘をついたらあっという間に閻魔様に舌を抜かれてあの世に連れ戻されてしまうからのぉ」
 みかねは圭太郎が姿を表した瞬間、思わず楓香の腕を掴んで恐る恐るといった風に圭太郎を見ていたが、愛と話す姿を見て強張らせていたからだから力を抜いた。
「しかし、こんなに大勢の別嬪さんに教えを請うて恋文を書くのも緊張するの。な、圭一」
「……そうですね」
 どうも、この状況に置かれてもやはり圭太郎はラブレターを書く気は満々らしい意思が見て取れて圭一にはそう相槌をうつしかない。
「ふふ、なかなか微笑ましいお話じゃない、圭一くん」
 ね?―――と、愛は圭一の肩に手を置く。
「で、でもおじいちゃんですよっ、それにゆ、幽霊だし」
「いいじゃん。お爺ちゃんが告白したって。そりゃあたしだって付合って、って告白されちゃったらかなり困っちゃうけど、仲良くする事なら出来ると思うのよ。いい人だなぁって思ったら、まずは声をかけなきゃ友達にはなれないもの」
「そうですよ。楓香ちゃんと私と友達になった時は『思いきって声をかけてみた』っていう出会い方をしているし、やっぱりきっかけは必要だと思うんです。だから圭一君も応援してあげようよ、ね?」
 楓香とみかねの勢いに押されて、圭一はやっぱり結局結果的には、
「はい」
と返事をしてしまったのである。
「おっけーおっけー、じゃあ、圭一君もノリ気になったところで内容はどうしようか?」
 千里はそう言って全員の顔を見まわした。
「えぇと、圭太郎さんとしては渡すだけで満足するんですよね? なら、素直に彼女への想いを書けば良いと思うのだけど」
とシュライン。
「そうね、これはもうストレートにお爺ちゃんの思いをぶつけていいんじゃないかしら? 変に回りくどくかいても、相手に伝わらない事もあると思うの」
 ただね、と、愛は続けた。
「ただね、はっきりさせたいのは『相手とどうなりたいか?』じゃないからしら? デートしたいだけとか、相手にも自分を好きなって欲しいとか……いろいろとあるでしょう」
「あたしもそう思う! やっぱりお爺ちゃんの事情を考えると『好きです』とか『愛しています』って書くよりも友達になるための文章で攻めたほうが良いと思うの」
と楓香。
「…届けるのが圭一君なんですよね。じゃあ、彼が書いたと間違って思われないように和歌とかはいかがですか?」
「えー、でも綾和泉さん、それだとほら相手が読めないとかだったら拙いんじゃないのかな? あ、でも才色兼備―――なんて人だったら読めるか」
「そうねぇ、でも知識を見せびらかすような分は下品なだけだし、それより人柄が素直に出た文章の方が素敵じゃない?」
「やっぱりあまり飛躍した事は書かないで、真面目にきちんと書けば気持ちは伝わると思います」
などなど。
 やはり、女性だけあってそれぞれ自分が貰うとすれば―――と考えるのか、喧々囂々内容についてのやり取りを始めるともう収拾がつかなくなるようで、圭太郎はそれにときどき相槌をうったりして参加しているが圭一などはもうすっかり蚊帳の外であった。

 ただ、この話し合いの中ではっきりしたことといえば、
「やっぱり、もっと相手の事を詳しく調べないとね。傾向と対策の打ちようがないですから」
という汐耶の冷静なる一言だった。


■大人の作戦会議■


 汐耶の一言により、千里、楓香、みかねはさっそくお相手の女子高生の事を調べに事務所を飛び出していった。当然の事ながら、圭一も強制連行だ。
「あら、お爺ちゃんは行かなくて良かったの?」
 さっきまで圭一が座っていた席にのんびりと座ったままの圭太郎を見て、愛は不思議そうな顔をした。
「まぁ、あの元気がいい嬢ちゃんたちがついておれば別にワシが憑いて行くこともあるまい―――それに、なにやら残っているお嬢さんたちはなにやらワシに聞きたいことがあるようだったしのぉ」
と、圭太郎はそう言って目もとの皺を一層深める。
 シュラインは、
「圭太郎さん、このご依頼の本当の意図を教えて頂けないですか?」
そう圭太郎に尋ねた。
 そして、駄目押しとばかりに、
「私、最初にこのお話を聞いたときに思い出した本があったんです」
と、汐耶はカバンの中から1冊の文庫本を取り出した。
「シラノ・ド・ベルジュラック―――フランスの戯曲なんですけど」
「ほぉ、で、それはどんな話しなのか教えてもらえんかね」
 圭太郎に請われて汐耶は大まかにその内容を説明した。
「主人公のシラノは学者で詩人で軍人でおまけに天下無双の剣客なんです。ただ、彼は美男とは言いかねる大鼻の持主なんです。そんな彼はずっと美しい従姉妹ロクサーヌを愛していた。でも、彼は自分のその大きな鼻にとてもコンプレックスを持っていてその気持ちを伝える事が出来ずに、彼女と同僚の男の仲を取り持つ為にラブレターの代筆をして二人の仲を取り持つんです」
 それを黙って聞いていた圭太郎は、
「わははは―――お嬢ちゃんたちは騙せてもあんたたちは騙されなかったか」
と大きな声で笑った。
「あら、やっぱりそうなのね。ふふ、それはそれで応援しちゃうけど」
 愛は悪戯めいた瞳をして圭太郎を見る。
「それにもう1つ」
「うん?」
「初恋の方にそっくりだというその彼女、もしかしたら初恋の方の血筋の方なんじゃないですか?」
「お嬢さん、あんた、鋭いなぁ。全く持ってその通りじゃよ」
 そこまで当てられたらお手上げだと言う圭太郎は、ますます目を細めた。
 彼女の名前は平梨美琴(ひらなし・みこと)―――汐耶が予想した通り、圭太郎の初恋の人・琴音さんの孫娘だという。
 圭太郎が通学中、圭一が本人も無意識のうちに探してしまう彼女に気付いたのはずいぶん前のことらしい。
「だが、圭一もああ言う性格のヤツだしのぉ、ワシがどうこうするつもりなんぞ全くなかったのだがなぁ……」
 偶然圭一が想いを寄せるのが自分の初恋の人の孫だと知って圭太郎は余計なお世話であるのは百も承知ではあるのだが、居てもたっても居られなくなり圭一を幽霊仲間の中でも有名な草間興信所に向かわせたのだと言う。
「なに、上手くいくように取り持ってくれとは言わんが、せめて圭一が少しでも自分に自信が持てるようにはしてもらえないかの。爺の一生の頼みだ」
 がばっと、圭太郎は3人に向かって頭を下げた。
「圭一はなぁ、少し臆病なところもあるが心根の優しい子なんじゃよ。沢山いる孫の中でもあいつが1番だ。それだけに、ワシは圭一が心配で心配でたまらんのだよ」
「圭太郎さん、頭を上げてください。お孫さんが自分の初恋の女性のお孫さんにまた恋をするなんて、素敵な話じゃないですか」
 シュラインはそう圭太郎に向かって微笑んだ。
「まぁ、爺の勝手な願望だがな」
 圭太郎の顔が一瞬3人には初恋の頃に戻ったように映る。
「精一杯お手伝いさせていただきます。ね?」
 えぇ、と、汐耶と愛の2人も頷いた。

■スパルタ恋文執筆指導■


「たっだいま〜」
 そう元気の良い声と供に、調査に出ていた鉄砲玉が戻って来た。
「おかえりなさい―――って、あら、みかねちゃんと楓香ちゃんは?」
 二人足りない事に気付いて、シュラインは圭一に問い掛けた。
「あの2人、レターセットを探してくるから先に戻っててって」
「あら、そうなの」
 せっかく用意していたコーヒー余っちゃうわねぇ、などと言いながらシュラインは寒空の中戻って来た2人の前に入れたての暖かいコーヒーを出す。
「で、どう? 彼女についてはいろいろ判ったのかしら?」
 愛の問いかけに、千里は、
「もぉ、バッチリよ☆」
と、ピースサインを見せる。
「あら、頼もしいわね」
「じゃあ、早速、レターセットが届く前に下書きに入りましょう」
 しかし、次の瞬間から妥協のない地獄絵図が自分の身におころうとは、愛に微笑まれて顔を真っ赤にしている圭一は思っても見なかったのだ。

 ラブレターを書くのはおじいちゃんじゃないんですか!?―――という、圭一の意見はシュライン、汐耶、愛、千里の一同によってすっかりキレイに却下された。
「やっぱり、相手は女子高生なんだし、直接お爺ちゃんからという形を取るよりも、圭一君が亡くなった祖父の部屋から出てきた日記に貴方のことが書いてありましたっていう形をとった方が美琴さんも読みやすいと思うわよ」
「女性としては複雑かもしれませんけど、圭太郎さんの初恋の人と美琴さんが似ていたってことも書いたほうがこの際絶対良いですね」
「だから、ね。圭一君が亡くなったお祖父さんの代わりに美琴さんに伝えるって形にしましょう、ね」
 お姉様方3人にそう言われて圭一に逆らえるはずもなく―――結果こういうことになっていた。
「基本的な指導はこの遠距離恋愛の達人の千里センセイにお願いするといいわよ、リアルなやり取りが参考として聞けるから」
 シュラインのその台詞に千里は小さく何か呟いたが、聞き返す間もなく、
「―――まずは、そうね、やっぱり圭一君自身の事書くのよ」
と、早速、スパルタ式恋文執筆指導が始まった。
「ソコ、ちっがー――――う!」
 千里がそう叫ぶと、容赦なく、文字通り愛の鞭が圭一の手元に飛んだ。もちろん、鞭は仕事でも使う愛の私物だがプロだけあって、傷をつけることなく的確に圭一の手を止める。
 千里は赤ペンを握ってびしびしと添削をして行く。
 その鬼気迫る勢いに圭一はすっかり圧倒されてしまっているわけだが、彼女がどうしてそこまで他人の恋路に真剣になれるのか圭一は不思議で仕方がなかった。
「ちーちゃん、きっと自分と彼氏の事に重ね合わせちゃってるのね。だから、ほうっておけないのよ」
 シュラインが圭一の耳元でこっそりそう教える。
 汐耶と圭太郎はそんな風景を横目にすっかり茶飲み友達のようになにやら文学談義をしているようである。
「お爺ちゃんも書いてよ。圭一君が渡す時に同封と言う形にした方が自然でしょ?」
 愛にそう咎められて、圭太郎はシュラインが準備してくれた筆ペンと縦書きの罫紙にさらさらと迷いのない手で書き綴っていく。
「あら、圭太郎さん意外とお上手ですね」
 手元を除きこんだ汐耶が―――圭太郎の字が流暢過ぎて千里には読解できなかったためこちらは汐耶が指導する事になったのだが―――立派に恋文になっている内容に驚いたような声をあげる。
「これでもワシも昔は女性にモテたからなぁ、こんなものおちゃのこさいさいじゃ」
 それじゃあ、恋文指南なんて受ける必要がなかったんじゃ―――という当然の突っ込みすら入れられないほど、圭一が千里と愛の指導でいっぱいいっぱいになっていたのは幸いだったかもしれない。
 へとへとになって圭一が本文を仕上げた頃に清書用のレターセットを持って楓香とみかねが戻って来た。
「見て見て、色々買ってきてみたんですけど」
 そう言うと、見本市のようにシンプル系から可愛らしい系まで色取り取りのレターセットをテーブルの上に広げて見せる。
「最近手紙書く人自体が減ったせいかお店にもあんまり種類がなくってこれだけ集めるの大変だったんだよー、ね、みかねちゃん。―――あ、これ必要経費で落ちるよねー」
 意外にしっかりしている楓香はバッチリいくつかの店から貰ってきた領収書も一緒にテーブルに置いた。
「まぁ、しょうがないわねぇ」
 頭の痛い所だがシュラインはそれを受け取った。
 まぁ、この程度なら依頼費に加算しても大丈夫だろう。
 そんな、シュラインの頭痛をよそに、嬉々としてレターセット選びにあーだこーだと頭をつき合わせていた結果、
「これに決定〜」
そう楓香が淡い水色のシンプルなレターセットを千里に渡す。
「ほぉら、次は清書よ! 直筆じゃないと気持ちが伝わらないでしょ?」
 千里にそう言われて、圭一の顔はまるでムンクの叫びを思い起こされるような顔をした。

■突撃決行日■


 完成翌日、圭一は楓香と千里に引きずられるようにして再び草間興信所を訪れた。
 圭一の顔を見ると、気分は正に捕虜となった連行兵、もしくは死刑台に連れていかれる囚人といった風である。
「いらっしゃい。はい、これが大事に保管しておいた手紙よ」
 シュラインは、そう言って圭一が書き、圭太郎の手紙も同封させておいたきっちり封のされた手紙を圭一に渡した。
 完成したものを圭一に渡さずに草間興信所で保管していたのは怖気づいた圭一が手紙をどこかに隠匿してしまうとか破棄してしまうのを防ぐ為というのが表向きの理由だった。
 真相は別のところにあるのだが、当然それは圭一には内密で行われた事なのだが。
「圭一君。そんなに不安がる事ないわよ。お手紙渡すだけじゃない」
と、愛はにっこりと微笑んで見せる。
「そ、それはそうですけど……やっぱり渡さなきゃだめですか? 郵送とか……」
 それでもまだ直接会って渡すことを圭一は渋る。

「いい加減にしろっ!」

 千里の怒声が響いた。
「そうやってウジウジウジウジ―――はっきり言いなさいよ! 男の癖になんて時代錯誤な事は言いたくないけど、でもそうやって男がウジウジウダウダとはっきりさせないから女が傷つくのよ!! そこで知らん振り気取ってる人もそーよね、ね、シュラインさん!」
 突然話しを振られて、傍観者を気取っていた草間は思いきり煙草の煙を吸い込みすぎてゲホゲホと咽ている。
 兄さん、大丈夫ですか?と慌てて零が背中を擦るが止まる様子はない。
 いつにない千里の怒り具合にシュラインや汐耶といった顔なじみも面食らった顔をしている。
「―――ちょ、ちょっとちーちゃん?」
 そう言われて不意に我に返った千里は、1つごほんと咳払いをして、
「好きなんでしょう?」
「―――でも、彼女年上だし、僕なんてこんな地味で目立たなくて……」
「でも、圭一君、当たって砕けろって言うでしょう? ぶつかってみなくちゃ何事も」
と楓香。
「まぁ、アタシだったら、相手が例えお爺ちゃんみたいな霊であれ、年下の圭一君であれ、好きになってくれた人には興味を持つけど、ね」
と愛は妖艶に笑って見せる。
「男の子でしょ! 当たって砕けるくらいの根性見せなさいよねっ!」
と千里は圭一の背中を叩いた。
 しばらく俯いていた圭一だったが、
「―――はい。行ってきます」
と真っ直ぐ顔を上げて興信所を出て行った。
 不意に現れる圭太郎の姿。
「大丈夫ですよ、きっと。だから、戻って来るの待ってましょう?」
 みかねはにっこりと圭太郎に笑って見せた。
「さてっと、あたしも行くかなぁ」
「行くってどこへ?」
 楓香は立ち上がった千里にそう問い掛けた。すると、
「じゃーん! 任せといてお爺ちゃん、今からばっちりその模様を記録してくるから」
と千里は能力で作り出したDVカメラを見せる。
「あー、あたしも行くぅ!」
 千里の後に続いて嬉々として楓香がついて行く。
 部屋を出ようとした瞬間、千里はくるりと振り向いて、
「OKでもふられても、パーティを開こう。お願いね、零ちゃん」
と出て行った。
「はい。いってらっしゃい」
と、零は千里たちを見送る。
「やれやれ、台風一過ね」
「じゃぁ、まぁ、私達は零ちゃんを手伝ってパーティの準備でもしましょうか?」
 シュラインと汐耶はそう言って立ち上がり勝手知ったる台所へと向かう。
「それじゃあ、あたし達は飾り付けして待ちましょう、ね?」
 みかねがそう言って圭太郎と愛を誘う。
「そうね。ねぇ、お爺ちゃん横断幕にはなんて書くのが良いかしら?」
「そうさのぉ……まぁ、この場合は孫の成長を祝って赤飯の方が良いかもしれんなぁ」
 満面笑顔で、圭太郎はそう言った。

■その後のお話■


 その後、千里撮影、楓香解説の現場メモリアルによると、
「あ、あのっ平梨美琴さん!」
と声を掛けた次の瞬間、彼女の前で派手にずっこけたらしい。
「でも、それが良かったみたい」
 美琴は微笑みながら圭一に手を差し伸べた。
 そんな美琴に、圭一は顔を真っ赤にして手紙を渡して、
「読んで下さい!」
と、それだけ言って逃げるように戻って来たという。

 後日報告、圭一の初ラブレターの結果というと、
「とりあえずお友達から」
と言う事で文通からはじめる事になったらしい。

 ふふふ、と報告を聞いてシュラインは思わず笑みを漏らした。
 そして、聞こえるように、
「ちーちゃんじゃないけど、やっぱりはっきりしてもらわないとダメかしらねぇ」
と、部屋の片隅で相変わらず煙草をふかしている男に聞こえるような声でそう言った。


Fin


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

【2152 / 丈峯・楓香 / 女 / 15歳 / 高校生】

【0294 / 志神・みかね / 女 / 15歳 / 学生】

【0830 / 藤咲・愛 / 女 / 26歳 / 歌舞伎町の女王】

【0165 / 月見里・千里 / 女 / 16歳 / 女子高校生】

【1449 / 綾和泉・汐耶 / 女 / 23歳 / 都立図書館司書】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、遠野藍子です。
 初めての方も、そうでない方もこの度はご参加ありがとうございました。
 まー、内容が内容なだけに今回は見事女性PC様ばかりとなっております。OPのノリわりにはリリカル(?)なお話になっていると思うのですがいかがでしょうか?
 今回、一部を個別――というかグループパートを作っております。またお互いに別のパートを読んでいただければ裏(?)の動き違った面も見れて1つの話しで2度オイシイ……というのを狙ってみてるのですが。
 少しでも楽しんでいただければ幸いです。
 では、またお会いできる機会を楽しみにしています。