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地下
■ オープニング
暗がりの中でさらに闇が強まっていく。人が来ないその場所は最適な空間であり身を隠すための隠れ家となりえる。
腐敗臭が漂う。
その場所特有の臭いも相成って嫌悪感しか抱けない魔物の巣窟となっていた。
「決して下水道の管理を怠っていたわけでは…」
意味のない詭弁だと草間は思った。非を認めないのは役人の典型といったら誤解を招く表現だが、少なくとも目の前の人物においては当てはまっている。
配水管が破裂するという事件が市役所内でおき、市が管理するその下水道を調べたところ、信じられない数の魔物がいたのだという(得体の知れないものとしか言わなかったが)。
「まあ、他所で引き受けてくれる場所があるとは思えませんからね」
普通の民間企業に話を持ち込もうものならまず反感を買うだろう。噂が広がってイメージも悪くなる。そもそも対処できるはずもないが。
「なるべく早くお願いします」
役所の人間は頭を深々と下げた。警察に知られると都合が悪いから―――草間はそう思った。
下水道に魔物が蔓延る原因となったのは単に管理を怠ったことだろう。依頼内容は魔物退治。低級な魔族や悪霊などが大半ではないだろうか。
とは言え、どんな危険があるかは分からない。油断大敵だ。
「さて、今回は大事だな」
草間はメガネのズレを直すと感嘆した。
■ 草間興信所
「こういう仕事って報酬高いんですよね?」
そう言って草間に柔和な笑みで尋ねるのは柚品・弧月(ゆしな・こげつ)。
「脅せばいくらでも報酬額は上がるだろうな」
草間が顔を歪ませ、皮肉めいたことを言う。
「魔物退治って、けっこう面白そうじゃん?」
伍宮・春華(いつみや・はるか)が息を弾ませて他のものに同意を求める。
「私たちの仕事は役人の尻拭いというわけですね」
一人暢気にお茶を飲んでいた冠城・琉人(かぶらぎ・りゅうと)が一息ついて呟いた。
「ま、しゃあねぇだろ」
部屋の壁に寄りかかっていた長身の青年、真柴・尚道(ましば・なおみち)が腕を組みなおした。
「下水道はかなり広いので、二手に分かれてもらおうと思うんだが」
草間がそう伝えると部屋の隅に立っているG・ザニ−(じー・ざにー)が無言で頷いた。入り口に同じく黙然とした様子で立っている紗侍摩・刹(さじま・せつ)が閉じていた目をすうっと開いた。
「大人数だと動きにくしその方がいいよな」
「…やっぱり俺も行かなきゃならないのか?」
大神・森之介(おおがみ・しんのすけ)に無理やり連れてこられた御影・涼(みかげ・りょう)が呟くが森之介が笑って誤魔化した。
「九人だから四人と五人に別れてもらう」
「わたくしは異論なしですわ」
今回唯一の女性である海原・みその(うなばら・みその)が草間の言葉に承諾した。
下水道の広さは半端ではない。市の全域を網羅しなければならないのだからこの調査は大掛かりなものなのだ。
「魔物が何もないところから沸くはずもないが、とにかく大元を叩けば治まるはずだ」
というわけで、街の北と南にある入り口から下水道へ進入することとなった。北組が四人、南組が五人という構成だ。下水道は円盤状に形作られているので両組ともに時計回りに半周してその後、中央へと進むという話になった。
管理を怠った因果応報とも言うべき今回の調査はこうして開始された。
■ 北組
異臭をものともせず先頭を歩くザニ−は巨大な大薙刀を両手に持っていた。それは、墓場の大死霊と契約した証として受け取った薙刀である。
その後方に残りの三人が続く。
「マジでくせえな」
尚道は臭いが気になるのかマスクを装着していた。彼は長い髪をみつあみにしている。
「本当ですね」
琉人も同様に防臭用のマスクをつけている。
「この封印の指輪が外れると俺、暴走するからよ。まあ、そうならないようには気をつけるが一応言っておく」
「了解〜」
春華が暢気に刀を振りながら返事をする。まるで、下水道へ遊びにきたかのような雰囲気だ。
「私は後方から支援しますね。そうそう、低級な悪魔や悪霊であれば、この聖水で事足りるでしょう」
琉人が手に聖水を持つ。神父である彼の必需品である。
「…きたぞ」
先頭を歩いていたザニ−が呟いた。
小さな力を持った低級な悪魔の集団。
―――塵も積もれば大きな霊力となる。
だが、個々の強さはたいしたことはない。
「神の御許へお帰りなさい…」
そう呟いた琉人が聖水を撒き散らす。すると、悪魔の集団が呻き声を上げ、次々に消滅していった。
「………!!」
残った悪魔を引き寄せてザニ−が大薙刀で一掃する。彼は霊を喰らう能力を持っている。それは、彼の食事ともいえよう。
「よっし、ガンガン進もう」
少し通路が広くなったところで春華が前に出た。琉人が簡易用の大雑把な地図で現在地を確認したところもう半周しているようだ。つまり、今来た道と、さらに外周へ進む道、地上へ進む道、中央へ進む道の四つが存在する交差点。
―――クロスポイント。
今、通ってきた道に関しての魔物の一掃は完了したであろう。だが、外周は雑魚の集団が多かったのではないかと誰もが思っていた。
「さ、いこうぜ」
尚道が言うと、残りの三人が頷いた。
少し道が傾いていた。中央は周りからすると窪んだ場所にあるのだ。水もそれに従うように中央へ向かって流れていた。
前方から気配。
光る目。
薄暗い下水道の中を歩いてくる人型の魔物。
「半漁人?」
夜目が効く春華が最初に敵の存在に気づく。
長い槍。
半漁人はそれを突き出してきた。
「はあああっ!!!」
春華が前方へ、半漁人の脇をすり抜けていった。途端に半漁人が悲鳴らしき声を下水道内に反響させた。
残りの三人と春華で半漁人を挟むような格好になる。
「速いじゃねえか」
「へへへっ」
尚道が褒めると春華が照れ笑いで応えた。
彼の剣技は力ではなく速さに重点が置かれている。
疾風のごとき速さで斬りつけられた半漁人はそれでも動くのを止めない。
「落ちな」
尚道が半漁人に手を触れる。念を操る能力を持つ彼の力により半漁人は跡形もなく消え去る。
「先ほどのような低級な魔物はいないようですね」
前方から並々ならぬ強大な魔力や霊力が伝播してくる。いや、もう、向かってきていた。
半漁人の群れが押し寄せてきた。それはどうやら取り巻きのようで中央にやたらと目立つ大型の半漁人の姿があった。
中央に近づくにつれて広くなる水路。四人は縦から横に隊列を即座に変更した。
「纏魔!」
琉人が掛け声とともに鎧を纏う。取り憑かれた名も無き悪魔を鎧の形に顕現化したものだ。禍々しい装備。腕に装着したガントレットを武器に彼は敵に立ち向かう。
―――ギャァァァ!!!
咆哮。
無数の水泡がこちらへ迫る。
「させるか!!!」
突風が巻き起こり、それが水泡を消し飛ばす。同時に下水道の水も巻き上げられる。
風を操る春華の得意技だ。
「たああ!!!」
続けざまに琉人が動いた。ネクロマシーンの能力により悪霊を呼び寄せる。
召集、凝縮、放射。
それは気弾となり敵の集団へ飛んでいく。
二人の連続攻撃により下水道全体が振動した。
残るは親玉。
相手は動きが鈍い。それを察知してか、敏捷性に優れる尚道が敵の隙を突く。
「消えうせろ!!」
念攻撃。通常よりも力を込める。途端に髪が伸びる。彼の髪は力を行使することで伸びてしまうのだ。
更に念を送る。
半漁人は怯む。
「どけ」
ザニ−の声に気づき尚道が横へ流れる。
大薙刀を振るう。
水路が破壊されるのではないかと思わせるほどの一撃が走った。
連携プレーによって対象は確実に破壊された。
悪意が消え去る。
そして、密度が変化し、空気が軽くなった。
■ 南組
水路は大人が二人横になって歩けるほどの広さであった。北から回るルートとは違い、こちらの方が若干広いらしい。それでも、戦いにくいことには違いない。天井は三メートルほどの高さはあるが、横幅がないため、武器等を使用する場合はやはりネックになる。
異臭の漂う水路を南組の五人は緩慢に歩いていた。
足を踏み外せば粘液とも言うべき、黒い液体の中に落下しかねない。それだけは誰もが御免だと思っているに違いないであろう。
「暗いなあ」
涼が右手に持ったライトで足元を照らす。
「何だか、嫌な気配がするね…」
涼と共に先頭を歩いていた森之介が誰に言うでもなく呟く。
下水道内を多い尽くす邪気は霊気や魔力を持った人間にとって強烈な印象を与える。
五人の真ん中を歩くのは、黒地に蛍光ピンクの水玉模様といった下水道では目立つ服装の、みその。何でも鰐装束らしい。
「とても邪悪なものを感じますね」
「どうやら、敵のお出ましのようですよ?」
弧月が篭手“神聖銀手甲”を手に装着し、敵をその手で示す。
「始末する」
刹がそう言って後ろから襲ってきた犬程度の大きさの魔物に向かっていく。同じく殿の弧月も襲い掛かるもう一匹の悪魔に対処する。
「消えうせろ」
刹の“断絶”の力により敵は肉片どころか人間が可視できないほど小さな細胞レベルまで分解されて事実上この世から消えた。
「たああっ!!」
弧月の拳が敵に突き刺さる。彼は神聖銀手甲を装備することで無手古流の武術を糸も簡単に操れるようになる。その動きは常人には目視できないのではないかと思わせるほどだ。
―――カシャ!!
前方からも敵はじわじわと近づいていた。そんな中、涼は防水加工されたデジカメで敵を激写していた。
「危ない!!」
フラッシュにより敵は錯乱したのか威嚇されたと思ったのか突然、襲い掛かってきた。
森之介は咄嗟に涼の前に出て拳を突き出した。うまい具合にそれがヒットし魔物は怯む。
「いい写真が取れたよ」
「少しは働いてよ…」
森之介はげんなりしていた。
「さあ、仕事仕事」
涼がデジカメを仕舞うと霊刀“正神丙霊刀・黄天”を具現化させた。そして、敵が怯んでいるのも構わず斬りつける。いや、斬るではなく突きだ。スピードもパワーも尋常ではない。
―――ギャァァ!!!
呻き声が反響し悪魔は消し飛ぶ。
五人は敵の数を徐々に減らしていきながら先へと進む。
交差点を右に、下水道の中央へと足を進める。
臭気と邪気が混ざって敵の根本は判別しにくい。
「曖昧ですがこの先から何か…」
みそのが呟く。他の四人の顔が引き締まった。
暗がりの中、数体の魔物がすうっと姿を現した。
巨大な魚の群れ。
赤く光る眼光。
異様だった。
気づいたときには無数の水泡がこちらへ向かっていた。
「はっ…!!」
みそのが下水道の水を操り、それを障壁とする。水疱は全てその障壁に吸い込まれる。
残りの四人が障壁によって出来た敵の死角から一斉に襲い掛かる。遠距離からの攻撃を打破するには今しかないと誰もが思ったのだ。
中央付近の水路は比較的広く、足場はぬかるんでいるが敵に攻撃されるよりも先に攻撃することが出来た。
残るは巨大な魚よりも更に一回り大きな鮫のような魔物。
みそのがまたもや水を操り今度はそれを刃の形にして攻撃する。だが、あまり怯んだ様子はない。
先ほどの水泡とは比べ物にならない大きさの水泡を敵は生み出す。
―――反撃。
だが、刹がそれを“断絶”の能力により破壊する。
続いて森之介と弧月が同時に動く。森之介の古武術と弧月の無手古流の武術に敵は翻弄される。二人は敵が混乱しているのを見て、左右に散った。
「今だ、涼!!」
森之介が叫ぶ。
「任せろ!!」
突貫していき、霊刀を容赦なく振りかざす。
―――!?
敵の悲鳴さえも消滅させてしまうような強烈な一撃が炸裂する。
そして、浄化は完了した。
下水道全体から邪気は消え去った。どうやら、今のが根本であったらしい。
五人は北組と合流すべく水路の中央へと向かった。
■ 合流・その後
魔物退治が終わるとすぐに二組は合流した。どうやら、ほぼ同じ時刻に任務を終了したようだった。
「まったく、この臭いさえなければもっと快適に動けたんだがな」
尚道がだるそうに言う。他の者も頷いていた。
「うわー、服に臭いが…」
春華が服の臭いを嗅ぎ、嫌な顔をする。
「ほんと、臭いな。おい、森之介、クリーニング代払ってくれよ」
「何で俺が?」
「連れて来たのはお前だろ?」
涼がそう言って笑う。
下水道は平穏を取り戻し(可笑しな表現だが)調査に参加したものたちも同じような気分に浸っていた。服が汚れて、体中に染み込んだ臭気はまるで下水道と同化したような気分だ。
「皆さんお疲れ様です」
「せっかくの鰐装束が台無しですね」
弧月が言うと、みそのは苦笑いで応えた。
ザニ−は他の者たちと打って変わってご機嫌のようだ。彼は特殊な場所に惹かれる性質なので下水道という場所に嫌悪感はないようだ。
刹が服の乱れを直す。どういうわけか彼だけは服は綺麗なままだった。
「どうですか? これから皆さんでお茶でも一杯」
泥だらけの琉人が場に不似合いなセリフをこぼすと、どこからともなく笑い声が上がった。
ところで、下水道に蔓延した魔物たちの群れはどこからやってきたのか。
草間は今回の調査とは別に(むしろ個人的に)そちらの調査を行った。すると、魔物は市役所の地下に封印されていた蔵の中から解き放たれたものだということが分かった。厳重に警備されていたというよりは、放置されていたその蔵を職員が面白半分に開けてしまったのが原因だったようだ。
で、その場所が地下にあるため、下水道へと魔物たちは逃げ込んだということらしい(職員が慌てて逃げ出し地下へ続く扉を閉じてしまったので下水道しか移動先がなかったとも言える)。
調査員たちが草間興信所に戻ってくると最初に聞いていた報酬額よりも桁が一つだけ増えていたのだが、誰も草間にその理由を尋ねる勇気はなかった。
真実は闇の中だ。
<終>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1974/G・ザニ−/男/18/墓場をうろつくモノ・ゾンビ】
【1892/伍宮・春華/男/75/中学生】
【2209/冠城・琉人/男/84/神父(悪魔狩り)】
【2158/真柴・尚道/男/21/フリーター(壊し屋…もとい…元破壊神)】
【2156/紗侍摩・刹/男/17/殺人鬼】
【1388/海原・みその/女/13/深淵の巫女】
【1582/柚品・弧月/男/22/大学生】
【1831/御影・涼/男/19/大学生兼探偵助手?】
【2235/大神・森之介/男/19/大学生 能役者】
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■ ライター通信 ■
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こんにちわ、担当ライターの周防ツカサです。
『地下』いかがだったでしょうか。
結局は市役所が悪者っぽい終幕になってしまいましたが、戦闘重視のお話ですからご愛嬌を(むしろ草間さんが暴走?)。
今後も、戦闘物の調査依頼をいくつか予定しております。
またの機会でお会い致しましょう。それでは、失礼致します。
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