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<東京怪談ノベル(シングル)>


暖色の幸福

 今日、何度目かのため息。
 目を閉じれば、長い棒がカチカチと秒針の如く動いている。
「で、どの位できた?」
 部長の声に顔を上げた。
 最後まで悩んだ毛糸の色。その束が机の上を転がっていく。幻覚だ。分かっているけど、つい手を伸ばしてしまう。
「ここで編めばいいのに……もう」
 長い髪をひとつに結んだ友人。部長の顔から、一個人に戻ったように肩をすくめた。
 黒いテーブルクロスをかけた机上には、使い古されたタロットカード。透明なグラスに水が注がれ、僅かな塵をその表面に浮かべている。
 部長は手に握っていた水晶を置くと、私の頬をつまみ上げた。
「編まないわよ! 占術部は真面目にするって決めてるんだから!」
「真面目ねぇ……そういう風には見えないけど」
 やっぱり反論してもダメだった。周囲の人にも分かってしまうんだなぁ。
 頭の中はひとつ歳を取る彼のことでいっぱいなんだって――。
 どうしようもなくて、口篭もる。
「ま、いいわ。部活に参加する気があるなら、ちゃんとやってもらいますからね!!」
 と、お叱りを受けたのだった。

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 もうすぐ彼の誕生日。
 付き合ってまだ、自分で作ったものをプレゼントしたことがない。一代決心で臨んだ初めての編物。セーターと行きたいところをマフラーにして、只今挑戦の真っ最中なのだ。
「無謀だったかなぁ……」
 思わず出る呟きに、頭を振る。目数を数えつつ、蛍光灯に透かして見た。ところどころ光が射し込んでいる――なんて不恰好な仕上がり。
 凹みかける心を奮い立てて、指を動かした。

 こんなにも日にちに追われ、苦労してるのには訳がある。それは、学校で編むことが出来ない――という現実だった。
 一日の半分以上も教室や廊下で過ごしている学生の私。休憩時間や昼休み、放課後にだって自由な時間はいくらでもある。でも出来ないのだ。
 だって、嬉しいかな大好きな彼と同じクラスなのだから。
 ほんの数秒時間が空けば話したいし、昼休みは一緒にお弁当だって食べたい。彼の吐息や声を耳に受け、じんわりと暖かくなる感覚を誰にも渡したくないから。
 もうひとつ大きな理由は、驚かせたいからなのだ。彼はきっと、不器用な私が手作りのプレゼントを用意してる――なんて思ってもいないはず。

 バイト帰りの大通り。
 吐き出す度に白くなる息。
 頬を緩め、私の言葉を待ってくれている彼。
 差し出したマフラーに目を奪われる。
 そして零れる微笑。

 そんな夢見るシチュエーション。恋する乙女は板ばさみなのだ。
 ハッと我に返る。
「ヤダ! もう、2時じゃない!!」
 暖房の効いた室内はまったりとイイ気持ち。気合を入れても、毎日の夜更かしと焦りから来る体力の消耗はコントロールできないらしい。
 ソファにもたれかかってうたた寝をしてしまった。後悔――。
 寝てしまおうかと思ったけれど、テーブルの彼の写真と目が合った。胸が熱くなる。
「私、頑張るよ……す…」
 言葉にしかけて赤くなる。
 好き――。
 たった一言なのに、恥ずかしくて写真の彼にすら口に出来ない。本人になんか、もちろん言ったことがない。伝えたいといつも思っているのだけれど。
 だからこそ、このマフラーをあげたい。
 彼のくれる言葉や気持ちの全て。形が無くても、その全てが私の宝物なんだから。自分にしかできない物をプレゼントしたい。
 きっと彼はわかってくれるから、毛糸に包まれた私の想いを。

 ひと目、ふた目と増えていく。
 私の想いを編みこんで。
 彼が生まれた特別な日に。
 
 傍にいて祝える喜び。感謝と願いが部屋中を飛びまわる。
 どうか、これからも一緒に記憶を刻んで行けますように。手を伸ばせは届く距離に、彼を感じて行けますように。
 私は手を動かし続けた。
 窓が白む。
 夜と昼を繰り返し、大切な日がやってくる。

 暖かな色をした幸福が、きっとそこに待っているはずだから――。


□END□


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 いつもありがとうございますvv ライターの杜野天音です。
 彼を想って編むプレゼント。きっと彼に届きますよ。純華ちゃんの気持ちは。