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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


僧衣遊戯

 とあるCDショップは、今日も多くの客で賑わっていた。品揃えが豊富で、万が一在庫として無くてもすぐに取り寄せてくれるという、CD好きが重宝する店である。勿論、その店はいつでも多くの客で溢れてはいるのだが、今日は更にその人数は増していた。開店2周年記念と言う催しをやっているのである。一定以上の買い物をした客に対し、抽選会を行っているのだ。
「むう!」
 網代笠に袈裟姿の護堂・霜月(ごどう そうげつ)は、銀の目を輝かせながら唸った。欲しいと思っていたCDの初回プレス盤や、発売したばかりの目をつけていたCDが大量にあったからだ。
「2周年記念と知って足を踏み入れただけじゃったが……これは思わぬ収穫ですな」
 思わず霜月はにんまりと笑った。
「むう、これもあるとは……!」
 霜月はまた目を輝かせながら、手にしている籠にCDを入れた。既に籠は、一杯になろうとしているのだった。

「こ、これは……!」
 青の目をきらきらと輝かせながら、ヨハネ・ミケーレ(よはね みけーれ)は一枚のCDを握り締めた。力を込めてしまっているため、体が小さく震えて黒の髪までも揺らしている。軽く涙目に見えるのは気のせいか。
「伝説にもなっているオルガニストじゃないですかっ!」
 ヨハネは黒の僧衣を翻しながら、少し離れた所にあったCDに手を伸ばす。
「ああ、この人もCD出していたんですね!……ああ、こっちにも!」
 ヨハネは慌てて籠を取りに行った。少しの時間でどんどん増えていく籠の中身。
「2周年という言葉に引かれて入店して……本当に良かった……!」
 籠の中のCDたちを見て、ヨハネは思わず手を組んだ。これすらも、神の思し召しであるのかもしれぬ、と思いながら。

 CDショップ内では、客の視線が二つに分かれていた。一つはJポップのコーナーの前で大量のCDを籠に入れながら、嬉々としてうろつく坊主に。そしてもう一つは、クラシックのコーナーで同じく大量のCDを籠に入れながら、軽く涙目になっている神父に。丁度コーナーの配置が反対となっているため、綺麗に視線は二つに分かれる事となってしまっていた。CDを買い漁っている、坊主と神父。その気は無くても、何故か目線が行ってしまう。当の本人達は、CDに夢中で浴びせられている視線に気付いていないようだが。
「しかと頼みますぞ!」
 どん!
「お願いします!」
 どん!
 隣接しているレジに、CDで一杯になっている籠がほぼ同時に置かれた。店員はその出来事に一瞬戸惑い、それからマニュアルどおりの笑顔になって会計を始めた。
「おお、これはよはね殿」
 霜月がふと気付いたように声をかける。
「護堂さんじゃないですか。こんにちは」
 ヨハネはにっこり笑い、頭を下げた。その間にも、ピッピッという電子音が、二人のCDを換算していっている。店の客はただそっと、その様子を見守っていた。その様は、丁度玉入れの玉を数える時に酷似していた。どちらが多いのか少ないのか、一つ一つ確認しながら見守る作業に。見た目的に、籠に入っていたCDはほぼ互角。一枚か二枚という、僅差であろう。店内にいた客たちが、ごくりと唾を飲み込みながらその様子をじっと見つめる。そして……結果、同枚数であったことが判明した。客達が妙に騒ぎ出した。
「……今日は賑やかですな」
 不思議そうに霜月は首を捻った。
「そうですね。やはり、2周年だからでしょうか?」
 自分達の事とはつゆ知らず、ヨハネは不思議そうに首を傾げた。
「ああ、お客様。ただいま、抽選会を行っておりますので……どうぞ」
 霜月とヨハネはそれぞれのレジの店員に言われ、箱に何気なく手を伸ばした。ほぼ二人同時にくじを取り出し、店員に渡す。
「おめでとうございます!遊園地一日入場券です」
 カランかラン、とゆったり鐘を鳴らす霜月のCDを担当した店員。
「おめでとうございます!遊園地一日入場券です」
 カラカラカラ、と少しアップテンポで鐘を鳴らすヨハネのCDを担当した店員。
「むう」
「え?」
 二人同時に店員に向き直った。同じ枚数のCDに、同じくじの結果を引き当てた二人。それらに視線を向けていない客など何処にもいない。皆がこの奇妙な一致に感嘆している。ひそひそと、いろいろな所から「凄い」だの「運命みたい」などという囁き声が響いてきた。
 霜月とヨハネは顔を見合わせた。
「それでは、今度一緒にどうですかな?」
 チケットを手に、霜月はにやりと笑った。
「いいですね、行きましょう」
 チケットを手に、ヨハネはにっこりと笑った。互いに、たくさんのCDが入ったショップの袋を握り締めながら。


 遊園地内で、アトラクションを楽しもうとした客達がとある二人組に視線が釘付けになっていた。
「まず、何から乗りましょうかな?」
 180弱ほどの長身の坊主が、口を開いた。妙にうきうきしながら。
「僕、こういうのってよく分からなくて」
 150弱ほどしかない小柄な神父が、口を開いた。少し照れたように。
 周りにいる客たちは、不思議そうにその二人組を見つめた。一見、親子にも見えぬことは無い程の身長差。だが、二人が親子ではありえない事は一目瞭然だった。何しろ、信仰している宗教が異なっているのだから。敵対しているとも言えない事も無い二人が、凸凹の二人が、一緒に遊園地に来ている。不思議な二人組だった。その二人が歩いていく様を、ついついすれ違う人々は見てしまうのだった。

「よはね殿、これがいいですぞ!」
 霜月はそう言って、遊園地案内地図に描かれているアトラクションの一つを指差した。
「ええと……ドキドキドラゴン?」
 それは、可愛らしい竜のトロッコのようなものが遊園地内をぐるりと一周している絵が描かれていた。説明文には『竜に乗って、ドキドキ大冒険!』とある。
「ああ、これなら遊園地内が見る事ができていいかもしれませんね」
 にっこりとヨハネは笑って同意した。霜月はにやりと笑い、頷いた。
「では、そちらに並びましょうかな」
 半ば引きずられるように、ヨハネは霜月に連れられていく。その途中で、円を描いたレールが多数あった。一瞬ヨハネはそれが今から乗ろうとしているものかとびくりとした。見るからに急な坂や曲がりくねったレールがあるのだ。
(ま、まさかあれがドキドキドラゴンのレールではないよね?)
 だが、案内地図には可愛らしい竜の絵が描かれていた。ただ一周する絵だけが描かれていたのだ。
(まさかね。……きっと、あれは他のアトラクションなんだ)
 ヨハネは自分を落ち着かせ、霜月に引きずられていく。そして辿り着いた瞬間、ヨハネの思考が停止した。絵とは違う、禍々しいばかりの竜の顔。もの凄い勢いでレールを駆け抜けてゆく体。そしてそのレールは、先程否定してきたものと繋がっていたのだ。竜からは「きゃー」という叫び声が聞こえてくる。
「おお、楽しそうですな」
 嬉しそうな霜月の声にヨハネははっとした。
「ご、護堂さん。何だか僕が想像していたのとは違うんですが」
「そうですかな?」
「ドキドキドラゴン、という可愛らしい代物にはとても見えないのですが」
「でも、どきどきはすると思いますぞ」
「ああ、そうか。……ええと、絵のドラゴンとは似ても似つかぬと」
「良く見ると、可愛らしい顔をしているのかもしれませんぞ」
「そ、そうかな?……えと、説明にこんなに仰々しいものとは書いてなかったような」
「そうですかな?……どきどき大冒険とありますから、間違いではないですぞ」
 霜月はにやにやと笑いながら、動揺しているヨハネを諭していく。ヨハネは何となく説得されていく。だが、同時にはっとする。何か名案を思いついたかのように。
「僕、ここで待ってますね」
「……よはね殿。それは出来ぬ相談ですぞ?」
「え?」
 ふう、と霜月は大袈裟に溜息をついた後、にんまりと笑った。
「もう我々の番なのですから」
「えええ?!」
 ヨハネは霜月と話している間に、少しずつ列が動いているのに気付かなかったのだ。ふと気付けば、一番前に立っていた。今更「乗りません」とは言えぬ状況へと追い込まれていたのだ。
「さあ、いざ大冒険へ!」
 霜月は嬉しそうに安全レバーを下げた。
「……神よ」
 ヨハネは軽く震えながら十字を小さくきった。
 ガコン!かくして、ドラゴンのドキドキ大冒険は始まりを告げたのだった。

 約15分後。嬉々としながら足取りも軽く、ひらりと竜から降りる霜月と、真っ青な顔をしてふらふらとしながらがたがたと体を震わせながら、ヨロヨロと竜から降りるヨハネの姿があった。
「いやはや、楽しかったですな!」
「……そうですか?」
 未だ興奮冷めやらぬ霜月の張りのある声とは逆に、ヨハネの声は叫びすぎてガラガラと枯れている。ヨハネは売店でペットボトルのジュースを購入し、喉を潤す。
「ここの遊園地は、なかなか面白そうなものが多そうですな」
 ほら、と言わんばかりに霜月は案内地図をヨハネに見せる。
「次はもっと、楽しいのがいいですが」
 ヨハネはジュースの蓋をきゅっと締め、地図を覗き込む。霜月の指の先にあるのは『空からの旅』というアトラクションだった。ヨハネはイラストを食い入るように見る。それは、どんなに可愛らしく描かれていても内容が丸分かりだった。足首に紐を括りつけて、楽しそうに飛んでいる。
「……バンジージャンプじゃないですか!」
「駄目ですかな?」
「駄目というか何と言うか……」
 ヨハネは暫く考え、口を開く。
「じゃあ、僕はここで見てますから」
 霜月はにんまりと笑った。企んでいるかのような、含んだ笑顔だ。
「残念でしたなぁ。ほら、もう既に順番が回ってきてますぞ」
「ええ?!」
 ヨハネは驚いて辺りを見回した。気付けば、いつの間にかバンジーの列に並んでいたのだ。既に「やりません」と言える状況ではなくなっている。
「ご、護堂さん……」
「大丈夫ですぞ!きっと、楽しめますぞ」
 きっと、の部分が小声だったのをヨハネは聞き逃さなかった。地上から高く離れた場所に連れて行かれ、足に紐を括りつけられる。ヨハネはなるべく下を見ないように空を見上げ、十字をきった。
「神よ……お見守りください」
「レッツ、バンジー!」
「うわあああああああああ!」
 ヨハネは急降下した。黒の僧衣がひらひらと風に靡いた。絶叫が遊園地内に木霊する。
「……むう、よはね殿は何だかんだ言っても良い飛びっぷりですな」
 地上で、妙に霜月は感心するのだった。

「いやはや、楽しかったですな!」
 ヨハネがダイブした後、自分は心行くまで楽しんだ霜月が笑顔で言った。その正反対に、ヨハネは先程購入したジュースを飲み干し、自分を落ち着けようとしている。顔は相変わらず、青い。
「僕は、全然、楽しくなかったんですが」
 涙目になりながら、ヨハネはぜえぜえと肩で息をしながら言った。
「では次は……」
 何かを選ぼうとする霜月に、ヨハネは口を開く。
「ど、どうでしょう!次は、僕が選ぶと言うのは」
「それは構いませぬが」
 何となく不満そうな霜月を軽く流し、ヨハネは一つのアトラクションを指差す。
「こ、これがいいです!メリーゴーランド!……改?」
 描いてある絵は普通のメリーゴーランドなのに、名前に『改』がついていた。説明には『新しいタイプのメリーゴーランド』とある。ヨハネは首を傾げつつも、とりあえず絶叫系ではないだろうと考えた。霜月は少しだけ不満そうにしていたが、仕方なく了承した。……だが。
「えええ?!」
 そのメリーゴーランド・改は、改の名に相応しいものであった。通常では考えられぬほどのスピード、そしてアップダウンが激しい。極めつけに『心臓の弱い方、10歳以下のお子様はご遠慮ください』の注意分。ヨハネの動きが、ぴたりと止まった。
「おお、なかなか良い選択でしたな」
 霜月はそれを見るや否や、大喜びでヨハネの肩をぽんと叩いた。
「ぼ、僕やっぱり……」
「これはよはね殿が選んだのですからな、流石ですな」
(後には引けない!)
 ヨハネは腹を括った。霜月は妙に嬉しそうだし、このアトラクションを選んだのは自分なのだ。ヨハネは白い馬にまたがり、妙に仰々しい安全ベルトをしっかり締めた。霜月は黒い馬にまたがり、安全ベルトを緩く締めていた。どうやら、更なるスリルを求めるらしい。
(……神よ、お守り下さい……!)
 ヨハネはぎゅっと棒にしがみ付いた。十字をきっている暇も無く、メリーゴーランド・改はゆっくりと、そしてだんだん早く回り始めた。
「おお、素晴らしいですな!」
 霜月は嬉しそうに唸った。
「うわああああ!」
 ヨハネは目を大きく見開き、涙目になりながら絶叫した。回っていく景色の中で、人々が笑っているのがちらりと目に入った。
(笑い事じゃないから!)
 ヨハネの突っ込みは、絶叫へと変わるのだった。

 結局、その日は一日中、遊園地内からヨハネの絶叫と霜月の嬉しそうな声が途絶える事は無かったという。

<坊主の喜劇と神父の悲劇は一日中続き・了>