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<東京怪談ノベル(シングル)>


マッシュルーム

 彼女を思い出したのは、ポストを覗いた時。
「新聞に、花屋オープン記念……か。あら?」
 抜き取った遅い朝刊と広告チラシ。その下に、春色の縁をしたハガキが座っていた。書きの文字を辿る。
 それは、高校時代の友人からの10年ぶりの知らせだった。
 イタリアらしい澄んだ青空と賑やかな大通りのフォト。
 卒業後、一度遠方に引っ越したという内容の手紙が来た。が、それ以来連絡は取れなくなっていた彼女。
 寒い日の嬉しい再会。
 懐かしい文字を追うごとに、記憶は映像とともに遡っていく。 
 その頃の私は、学園祭に参加することがすごく楽しくて仕方なかった。調理実習などと違って、お客様相手というのがいい。商売と通して人と関わり合うことの喜びを、当時から欲していたのかもしれない。

                                +

 喫茶店。
 学園祭の出し物としてはポピュラーなものだ。
 実際、そうなればいいな…と思っていた私は喜んでいた。更に調理担当に選ばれたことで、ますます燃える。
「あとひとり、誰かいませんか?」
 クラス委員の問いかけに、上がるブーイング。
「えーっ、冬華がいるからいいじゃない」
「わたし、自信ないよ」
 大半の女子が拒否の構え。しばらく話し合いを続けたが選抜には至らなかった。私はというと、事の次第を見守っていた。ひとりで作るのも楽しいけれど、友人と作る料理もすごく魅力に違いないから。
 決断せねばならない。仕方なく、くじ引きとなり、クラスでも目立たない大人しい女の子に当ってしまった。
 当惑して、虚ろな目をしている。

「料理ヘタなの……ゴメンね、冬華。役に立てそうにないわ」
 放課後、帰り仕度をしている私の机に彼女がやってきた。
「だったら、特訓しましょうよ!! 私が教えるわ、きっと上手くなる!」
「え…でも。迷惑じゃ――」
「私が教えたいの。料理は誰かを幸せにしてくれるもの。もちろん、作っている自分も幸せになるものなのよ」
 彼女はようやく笑みを浮かべた。その揺るんだ頬が、私にも伝染する。
「頑張ろう!」

 それから、学園祭の直前まで私は彼女に料理のいろはを教えた。
 放課後の調理室。休日の自宅。色々な喫茶店に味を探しに行く日々。
 当日出すメニューは、飲み物とパスタを数種。それからカレーなど定番料理と甘味類の予定。一番腕が必要なのは、パスタ。私は集中的に教えていた。
 その甲斐あってか、彼女は驚くほど上達した。
 でも、その頑張りに疑問が湧いてきた。どうも学園祭で恥ずかしい思いをしたくない――という理由だけではない気がしたのだ。私はさりげなく尋ねてみる。
「ねぇ、美味しく出来るようになったパスタを誰に食べてもらいたい?」
「えっ!? ……あ、あの。う、ううん。りょ、両親かな……」
 真っ赤になって下を向いてしまった。
「もしかして、ご両親以外に、誰かすごく食べてもらいたい人がいるの?」
「あ、あたしなんかダメよ!! 彼の家はイタリア料理店なんだもの……。こんなの彼の舌には合わないわ」
 涙目になってしまった彼女の背中を優しく擦った。
 あの頑張りには、そんな理由が隠されていたのね……。
 私は彼女の恋を応援したい気持ちでいっぱいになった。
 だから、クラスで最終打ち合わせがあった日に、私はひとつの提案をしたのだった。
「ちょっと聞いてもらえる?」
 ざわつく教室内が静まる。咳払いひとつして、私は言った。
「最後の日にパスタ対決をしようと思います」
「ええっ!? 誰と!?」
 私が指差したのは彼女。驚いた顔の次に青ざめて、激しく首を横に振った。
 クラス中が賛成の意を唱える。自信なさそうに震えている彼女には申し訳ないのだけれど。
 そして、この提案は大多数のOKをもらって可決されたのだった。

 晴れ上がった会場。たくさんのギャラリー。
 勝敗を決定する人物は、もちろん彼女の恋する相手。私は集まった人の中から、さりげなく彼を選んだ。そして、対決を前に彼女に言った。
「あなたがこの対決に負けたら、潔くこの恋を諦めましょう」
「……どうして? あたしが冬華に勝てるわけないのに!」
「区切りをつけなきゃ、きっといつまでも告白することも、彼を忘れることもできないわ」
 白いエプロンを握りしめて、彼女は私に詰め寄った。
「彼のことは、冬華が気にすることじゃないでしょう!?」
「私言ったよね。料理は誰かを幸せにするの。ここで彼を幸せな気分にできないなら、貴方の彼への想いも、今日諦めてもいい――っていうくらいのものなんだわ」
「……そんな…そんなことない」
 私は震える彼女の手を握り締め、満面の笑みで励ました。
「だから、頑張ろう」

 ステージの上で、銀色のフライパンと鍋が踊っている。
 テーマはきのこパスタ。椎茸、えのき、エリンギ、本しめじ、マッシュルーム。使用食材は同じ、切り方、味付け、盛付け自由。
 声援が反響して、どこまでも高い秋空に広がっていく。
 私は手を抜くことなくパスタを作っていた。横目で見た彼女は彼が座って見ているからか、手が震えている。食材を落したり、お皿も1枚割ったらしい。
 経過する時間。迫るタイムリミット。
 そしてベルは鳴った。

 見た目は悲しいくらいレベルの差を物語るものだった。
 クルリと渦高く盛付けた私のパスタ。舌触りが良いように、薄く千切りにしたキノコ達。バター醤油のソースと上に散らしたチーズが一緒になってとろけている。
 彼が口に運んだ。
「美味い!」
 会場にこだました歓喜の声に、彼女はうなだれた。
 ついに、足まで震えている彼女が自分の作ったパスタを、待っている彼の元へと運んだ。
 不揃いな食材。焦げているかのような色味の濃いパスタ。
 置いた瞬間、遠ざかろうとする彼女の手を私は捕らえた。見ていなくてはいけない。自分の頑張りと想いの強さを。
「あ、美味い!! 俺、こっちの方が好きだ」
「う、うそ!?」
 既に潤んでいた目から涙が零れていくのを、私は笑顔で見守っていた。
「ほんとに、これ美味いよ。氷女杜さんの方も確かにお店で食べるパスタみたいに美味しかったんだけどさ」
「……あ、あたし」
 声にできない想いが湧きあがってくるのか、口元を押さえたまま彼女は座り込んだ。
 慌てて彼が背中に手を添える。
 司会者のインタビューに答えながら、心の中が充実していくのを感じていた。

 ステージ裏。泣き止んだ彼女に問われた。
「どうして、あたしの方が勝ったの…?」
「――どうしてって、分からない?」
「分からないわ。盛付けでは完全に負けてたし、後で冬華のパスタを食べたら、すごくすごく美味しかったもの」
 私は、彼女の額を人差し指で押した。
「彼は美味しかったのよ、貴方のパスタが。私のよりもね」
 彼女のパスタには味噌が隠し味に入っていた。転校生だった彼の故郷は、美味な味噌が多いことで有名地方だったのだ。幼い頃に培われた味覚と趣向は、成長しても変化しない。冬華は彼が途中から転入してきた生徒、だということすら知らなかった。
 そして、一番の理由。
 それはマッシュルームが丸ごと入っていたこと。
 カレーなどではよくこの調理法をする。けれど、パスタでは麺との絡みを考え、薄くスライスするのが通常だ。彼女は彼が切っていないマッシュルームが好きだと知っていたのだ。
「彼の為だけにパスタを作った貴女に、私がかなうはず無いでしょう?」

                             +

 東京、大阪とパスタ店を渡り歩き、彼女は今イタリアでパスタの修行をしているらしい。前向きに生きること、頑張れば努力は報われるのだと教えてくれてありがとうと、踊るような文面で書いてあった。
 追伸文が、大人しい彼女の人柄を示す如く、ささやかに文末にある。

「あの時の彼と一緒にお店を開く予定です」
 次に受け取る手紙は、結婚式への招待状かもしれない。


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 二度目のご依頼ありがとうございました。ライターの杜野天音です。
 納品が遅れましたこと、たいへん申し訳ございませんでした。
 冬華さんは、やっぱり友達想いなんですね。おばあちゃんの願い通りに素敵な女性に育った証拠でしょうかvv
 それでは、また出会えることを祈って。