コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


駅前マンションの怪〜異界編・氷の世界

 手にはお土産の田舎まんじゅうを持って。
 天薙撫子は、祖父のお使いで駅前マンションの大家の元へ向かっていた。
 現役時代には撫子の祖父とマンションの大家は犬猿の仲のライバル同士だったと聞くが、最近のお使いを通して考えるに、なかなかどうして。二人はそう仲が悪いわけではないらしい。
 お互いの実力を認め合ったライバル同士と言う言葉がいちばんしっくりくるような気がする。
 先日、蔵の掃除中に偶然見つけた品を大家さんに届けに行って以来、和菓子やなんかの届け者が増えていることや祖父と大家さんの話の内容を考えても、二人の意見はともかく、端から見ていれば充分に仲の良い二人なのだ。
 だがちょっと頑固な方で、反面子供っぽいところもある撫子の祖父は、意地を張って絶対に自分では会いに行かないのだ。
 結果。
 撫子がこうやってお土産物を持ってお使いに行く回数が多くなる。
 今日もそんなお使いの最中なのだ。
 ちょうど、大家さんの家のチャイムを鳴らそうとした時だった。
 ふいに、奇妙な気配を察知して、撫子は上階へ向かう階段へと目を向けた。
「これは・・・・・・」
 自然界にも時折発生する――歪みとも呼ばれる、別世界への扉だ。神隠しなんかはたいがいこれが原因だったりするのだ。
 撫子はすぐさま懐の妖斬鋼糸に手を伸ばし、歪みが発生した場所へと駆ける。
 だが。
 歪みの地へ着く前に、それは起こった。
 光が、視界に満ちる。
 まずいと思った時にはもう手遅れだった。
 視界が戻ってきた時、見えたのは普段と変わらぬように見えるマンションと、そして・・・・・・全てが氷に包まれた、街並。
 家も、木々も。見渡す限りの全ての景色は氷の中に閉じ込められて、寒々とした風景が広がっている。
「・・・・・・・・・・・・」
 思わず言葉を失い、しばし茫然としていた撫子であったが、ハッと我に返るとすぐに自分の取るべき行動について考え始めた。
 まず周囲の状況と、他に巻き込まれた人間がいないかどうか確認する必要があるだろう。
 それから、おそらくここは異界――歪みを通った向こう側へと飛ばされてしまったのだろうから、出口を探す必要もある。
 来た時と同じような歪み・扉を探すか、もしくは。中心を叩けば元に戻れるだろう。
 霊視で視れば、中心への流れを読めるだろうか?
 とりあえず見る限りではマンションの中に人の気配はない。・・・と思っていたが、一階で人の気配を見つけた。
 降りてみると、それは見知った人間――真名神慶悟だ。
「真名神様も巻き込まれていたのですか?」
 明かりのついた大家の家の前に立っていた慶悟に声をかけると、慶悟は苦笑で答えた。
「ああ、まあな」
 そのすぐ直後。
 ガチャリと、中から扉が開かれた。


 すでに二人の顔を見知っている大家の老人は、あっさりと二人を中に招き入れた。
「突然にすみません」
「いやいや、気にすることはない。大変だったろう、外は寒いのに」
「落ちついているな・・・」
 コタツに座り、煎餅とお茶を前に呑気に笑う大家を見て、慶悟は思わずそんな呟きを漏らした。
 すると、大家はいかにも楽しそうに笑って告げた。
「なんだ、初体験か? ここじゃよくある事だ」
「よくある・・・・・・?」
「なんというか・・・慣れきってるわけだな」
「そういうことだな。ここは昔っから――マンションが建つ以前から、こういう土地柄だ。
 もしかしたら、ここに惹かれてくる妖怪は、実はこの気配に惹かれてきているのかもしれないなあ」
 老人の答えに、二人はついつい顔を見合わせた。
「どういうことですか?」
「ここは空間が微妙に歪んでいてな・・・扉が薄いんだよ。異なる世界との扉がな。それでも、普段はぴったりと閉じてるから気付く者は少ない。気付いた者は気付いた者で、自主的にいろいろやってくれてるようだが、そういった扉――歪みと呼ぶ者もいるが――は、気紛れに現われては開くものだから、いつどこに開くかという予測は難しいんだよ」
「ふむ・・・ここが異世界だという俺の考えは正しかったわけか」
「そんなにしょっちゅう他の世界への扉が開いているのですか?」
 老人はこくりと鷹揚に頷いた。
「そうでもないさ。数ヶ月に一度程度の割合だ」
 充分に多い気がすると思った二人だが、あえて口には出さなかった。
「帰る方法などは知らないのか?」
 慶悟の問いに、老人はずずっと呑気にお茶を一口飲んでから答えた。
「方法は簡単だ。扉を探すか、世界の中心を探すか、世界が消えるまで待つか――どれを実行するにしてもそう難しくはない。まあ、私は面倒だから世界が消えるのを待っているがな。どうせ、大概他にも巻き込まれているんだ、そのうちの誰かがなんとかするだろうて。お前さんたちもここでのんびりしていくか?」
「今回巻き込まれたのここに居る俺たちだけだったらどうする気なんだ・・・?」
「さあなあ」
 何を考えているのか、老人は楽しげな声をあげた。
「どちらにしても、放っておくわけにはまいりません。巻き込まれる人が増えたら大変ですし、この世界をどうにかするか、扉を封じるかしてしまわないと・・・」
「そうかそうか。なら、ヒントをやろう」
「ヒント、ですか?」
「ヒント?」
 二人同時の疑問の声に、老人は悪戯っぽい瞳の色を煌かせ、細く笑った。
「世界を決定するのは、扉が開いた時、一番最初にこの世界を訪れた者だ。誰かの意思や性質に影響されて、この世界は曖昧なものから確固たるものへと変質していく」
「人の想念が生み出した仮初の世界・・・ということか」
「その通り」
「わかりました。いろいろ教えていただいてどうもありがとうございます」
 ぺこりとお辞儀をした撫子が、その場に立ちあがった。
「そうだな、そろそろ行くとするか」
 続いて慶悟も立ちあがる。
「気をつけて行けよー」
 家を出る二人に、真剣味のない老人の声が重なった。


 さて、氷の広がっている中心へと移動を続け、今回の世界の意思らしき場所へ辿り着いた五人――天薙撫子、真名神慶悟、シュライン・エマ、鹿沼・デルフェス、氷女杜冬華――は、そこにあったモノに目を丸くした。
 そこにあるのは、小さな小さな雪だるま。
「これが・・・この世界の意思?」
 慶悟が、それを見つめつつ目を点にした。
「そうですねえ・・・もしかしたら意思の象徴であって、意思の持ち主本人と言うわけではないのかもしれません」
「じゃあこの雪だるまを破壊してもダメってことかしら?」
 撫子が目指したのはあくまでも力の中心。力の発生源と意思が別の場所にある可能性をあげると、シュラインがうで組みをして考え込んだ。
「うーん・・・・でも確かに、冷気の中心はここですよ」
 それに答えたのは冬華。確かに力の発生源と意思が別物である可能性は否定できないが、力の発生源が消えれば少なくともこの異様な冷気は消えるのではないかと考えての答えだった。
「とりあえず、お話を聞いてみてはいかがでしょう?」
 穏やかに穏やかに。楚々としたお嬢様風の雰囲気を崩さぬままに、デルフェスがその場にしゃがみこんで雪だるまと視線を合わせた。――実際には雪だるまは高さ数センチで、しゃがんだくらいではまだデルフェスの視線の方が高かったが。
「話せるの、これ?」
 思わず、シュラインが雪だるまを指差した。
「口はありますよ、一応」
 デルフェスは、真顔で、言う。
「普通は喋れないモノだが、そいうった常識が通用するのかどうか怪しいしなあ・・・」
 慶悟はじーっと雪だるまを見つめてみるが喋る気配も動く様子もない。
 丸っこい小さな姿につぶらな瞳を見ていると、一方的に破壊するのもなんだか悪いような気がしてくる。
「・・・・・・・どうしましょう?」
 冬華の問いに、全員が考え込んだ。
 おそらくはこの雪だるまを破壊しないと冷気は消えない。
 だが、事情もなにもわからぬままに一方的に破壊するのも多少は気が引ける。
「出口を・・・探すか?」
 ここに入ってきたのと同じような扉が、こちら側の世界にもどこかにあるはずだという憶測のもとに、慶悟が呟いた。
「そうねえ・・・」
 一行がうーんと考え込んでいたその時だった。
「あら」
 一人、雪だるまの前にまだしゃがみ込んでいたデルフェスが声をあげた。
「ん?」
「まあ」
 ぴょこぴょこと不恰好に歩く雪だるまが、ぴたりと冬華の足元に懐いた。
「あら、まあ」
「どうしたんでしょう、急に・・・?」
 驚く撫子や他の面子の様子に気付きつつ、冬華はたいして不思議にも思わなかった。
 何故なら、冬華もこの雪だるまも。ともに冷気に属する存在なのだから。
 ふいに、空から白い花びらが落ちてくる。
「雪・・・?」
 シュラインが、顔を上げた。
「また寒くなるんでしょうか・・?」
 ワンテンポ遅れて撫子もまた灰色の空を見上げた。
 最初の雪が地面に落ちて、アスファルトの地面に溶けて小さな染みを作る。
「氷が・・・・」
 そう、いつのまにか。まだほんの一角にすぎないが、氷が消えていた。
 アスファルトを濡らした雪は、ほんの数秒であっさりとその痕跡を消して――と、同時。
 世界が、一変した。

 世界が、光を放つ。

「世界の中心が壊された・・・?」
 光が途絶え、視界が戻ってきた時、異世界に迷い込んだという十一人全員が、九階から十階に向かう階段の踊り場に立っていた。
 どうやら道の大元はここであったらしい。
 狭い階段の踊り場にに十一人。なかなか見られない光景である。
 突然の移動に、一行はしばし茫然としていた。
 が、特に気にするふうでもなく飄々と動き出した人物が一人。
「さて、それじゃ私は部屋に戻るとするか。美味しいお茶をありがとうな、冠城さん」
 大家の老人の言葉をきっかけに、十人ははっと我に返る。
 ふと空を見上げれば、今年最初の初雪が、チラホラと空から落ちてきていた。


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
整理番号|PC名|性別|年齢|職業

2158|真柴尚道    |男|21|フリーター(壊し屋…もとい…元破壊神)
0086|シュライン・エマ|女|26|翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
0328|天薙撫子    |女|18|大学生(巫女)
2209|冠城琉人    |男|84|神父(悪魔狩り)
2181|鹿沼・デルフェス|女|163|アンティークショップの店員
1252|海原みなも   |女|13|中学生
0389|真名神慶悟   |男|20|陰陽師
1449|綾和泉汐耶   |女|23|都立図書館司書
2053|氷女杜冬華   |女|24|フルーツパーラー店主
1358|鬼柳要     |男|17|高校生

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 こんにちわ、日向 葵です。
 異界に吹っ飛ばされてしまった皆様・・・・お疲れ様でした。
 今回の世界の意思はたんなる雪のひとつぶ――なので、実はなにもしなくても時間が経ったら消えるものでした。
 雪の最初の一粒って、地面に落ちてさっさと溶けてしまう儚い運命の持ち主だと思っているので。

 祖父と大家の関係と、そしてその間に立って冷静に二人の関係を眺めている撫子の様子を書くのは楽しかったです。
 そして、実際の活躍こそなかったものの、妖斬鋼糸の登場はとてもとても楽しかったですvv

 それでは、今回はご参加どうもありがとうございました。
 またお会いする機会がありましたら、どうぞよろしくお願いします。