|
いいんだもん
「ただいまぁ」
言われている通り元気よく言いながら玄関に入ったみあおではあったが、「おかえり」と優しく出迎えてくれる姉の姿はなかった。
「……ねえさま?」
みあおが首を傾げたそのとき、かわいいストラップだらけの携帯電話が鳴った。
姉からのメールを受信したのだ。
一番上の姉はまだ携帯電話の使い方を勉強中。無論、メールを送ってきたのはみなもの方だ。「部活で遅くなる」という内容で、夕飯はピザでも頼んで、ということだった。
「めずらしいな、みなもねえさまがぶかつだなんて。あーあ、さみしいなぁ……」
みなもが久し振りに部活に行くと、大概帰宅するのは夜になる。下手をすると、みあおがもう寝なければならない時間に帰って来ることもあった。
母も父もめったに帰って来ないこの家で、みあおの世話をするのは、みなもの役目だ。しかしみあおがひとりきりで夕食を取るのも、さほど珍しいことではなくなってきている。まだガスコンロをひとりで使わせてはもらえない。みあおは素直にピザを注文して、テレビをつけた。
テレビをつけた途端に、インターホンが鳴った。
「えっ、もうピザきたの?」
30分程度かかると、ピザ屋に言われたはずだが。
みあおの疑問通り、訪れたのはピザ屋ではなかった。にこやかな宅配人だった。
荷物は、めったに会えない父からのものだった。届け先がみあおの名前になっていたので、みあおは姉の帰りを待つことなく、包みを開けた。
「わぁ、すっごーい!」
銀の包装紙に青いリボンがかかっていた荷物の中身は、PS2のソフトだ。
しかもタイトルは『みあおのアトリエ』。父お手製の、世界におそらくひとつしかないであろう、オリジナルソフトだった。
でも、とみあおは首を傾げる。
まだクリスマスには早いし、今日は自分の誕生日ではない。なぜ、今贈り物をしてくれたのだろうか。
「ま、いっか! ありがと、おとーさま!」
みあおはくるりと笑顔に戻り、ソフトを早速本体に入れた。
みあおはある王国の錬金術師見習い。
一人前の錬金術師と認められるには、『賢者の石』を見つけ出すか、創り出すのが手っ取り早い方法です。
学校側から5年の期間と、小さな工房を与えられたみあおは、有能な助手とともに『賢者の石』を求めて、研究を始めるのでした……。
『よろしくね、みあお。5年間頑張ろう!』
「わっ、じょ手って、みなもねえさま?!」
ゲーム開始3分後、みあおは早くも驚きのあまり開いた口が塞がらなかった。今どきPS2では珍しいドット絵で(しかしこれがかなり美麗で、実にちまちまとよく動き、みあおは一目で気に入った)描かれた錬金術師は、銀の髪に銀の目、海原みあおにそっくりだった。そして助手は、青い髪に青い目、海原みなもにそっくりだ。声までもが、完全にみなものものだった。
「すごーい、すっごーい!」
開始30分は父の偉業に感心するので精一杯、取扱説明書もろくに読んでいないので、実験は失敗してばかり。
ピザが届き、みあおは一旦ゲームを中断すると、もう一度始めからやり直した。
『よろしくね、みあお。5年間頑張ろう!』
「ふふー、なんか、ねえさまが手伝ってくれるなんて、うれしいなあ」
助手『みなも』は、説明書を読まなくてもわかるように、とてもわかりやすく操作方法や攻略のヒントを教えてくれた。
まずは薬屋や酒場で依頼をとりつけて、薬やアイテムを創り出すための材料集めに出かける。これまた会ったことがある人たちにそっくりな、冒険者たちを雇って町を出たり、古い図書館に出かけて本を借りたり、苦労して集めた材料を、本に書かれている通りの方法で調合したり……
みあおはゲームを始めてから1時間経ったことも、2時間経ったことも忘れていた。このゲームは一度エンディングを見るためにさほど時間はかからないようで、4時間程度で1周目をクリア出来そうだった。
時折突拍子もない選択をして、『みなも』が爆発に巻き込まれたり、声がおかしくなったり、石になりかけたりしたのだが――ゲーム中の『みなも』は、一度ぴしゃりと『みあお』を叱ったあと、すぐにけろりと立ち直った。
ゲームだから、こんなことが出来るのだ。
『もう、みあお! あたし、死ぬかと思ったよ! ひどいじゃない』
「いいんだもん! ゲームなんだから」
『みなも』が頬を膨らませている。みあおはぷっと噴き出した。
ゲームも終盤に差し掛かった頃、錬金術師『みあお』は、助手『みなも』とともに、図書館にある秘密の扉を見つけだした。
『みあお、行ってみよう! 『賢者の石』の創り方があるかもしれないよ』
扉を開けますか? ●はい いいえ
「行くにきまってるよー!」
みあおはわくわくしながら、迷わず○ボタンをを押した。
『うん、みあおならそう言ってくれると思ったよ。あたし、ちょっと怖いけど、みあおがいてくれるなら平気。暗いから、魔法のランタンに火をつけていこうね』
「はあい」
『みなも』が言っている魔法のランプは、つい先ほど創ったばかりのアイテムだ。きっと、この扉の向こうに行くための必須アイテムだったのだろう。
『みあお』と『みなも』はランプに火を灯し、秘密の扉の向こう側に入った……。
『すごい……ここにある本は、みんな「禁書」だよ』
「きんしょ?」
『みあおは、知らない? 「禁書」っていうのは、アカデミーが「読んだり、実践したりしたら危ない呪文が書いてある」とか、そういう理由で世間から隠した本のことよ。気をつけて使えば一晩で錬金術師だって認められるくらいのアイテムを創ることだって、魔法を創ることだって出来るの』
「へえ、すごーい!」
『ここの本は持ち出し禁止だろうから、魔法のトレーシングペーパーで内容を写しとっちゃおう!』
「ねえさま、ちゃっかりしてるー!」
『危なそうな内容は写しちゃだめだよ』
「うん! まかせて!」
……しかし、みあおが適当に本棚から選択した禁書は、『ルルイエ異本』だった。
トレーシングペーパーをそれほど持っていなかったので(創るのがかなり面倒なアイテムなのだ。これもおそらく、このイベントを達成たせるための必須アイテムだろう)、『ルルイエ異本』を写し取るのが限界だった。
意気揚揚と工房に戻った『みあお』は、早速禁書の内容を試すことにした。このままこの写しを引き出しの肥やしにするつもりなど毛頭ない。
『どんな術が書いてあるの? やってみる?』
呪文を唱えますか? ●はい いいえ
迷わず、○ボタン。
対象は誰ですか? ●みあお みなも ゴーレム
「あ、だれにかけるかえらぶんだ。じゃ、ねえさまで!」
その選択に悪意はなかった。
だが、好奇心はあったかもしれない。
『みなも』はどんな反応を示すだろうと――
『きゃああああぁぁあああああアアァァァア゛ア゛オ゛ォォオオ!!』
「あーっ?!」
それまでのほのぼのとしたグラフィックはどこへやら、『みなも』は突然おどろおどろしいモンスターへと変化してしまった。
どんなゲームでも見たこともない怪物だった。
『みなも』の頭部は辛うじて残っている。青い長い髪がなびいている。だがその首から生えたもうひとつの首はウツボのもので、めりめりと裂けていく腕は海蛇になり、腹が裂けて、イソギンチャクの触手が飛び出した。
『た、たすけて……みあお、たすけ……』
生臭い魚の臭いさえ届きそうな、ぬらぬらとした青い唇が――助けを乞う。
「……ぷーっ!」
しかし、みあおは、噴き出していた。
まさかこんなことになるなんて!
『こわい……こんなの、いや……たすけて……おねがい……』
「ごめんごめん、ねえさま! あはあはあは、ごめーん!」
それは、サウンドノベルでわざと妙な選択肢を辿ったあとのような気分だった。これはゲームだ。だがゲームだからこそ、身近な人間が思わぬ不幸に遭うと、笑ってしまう。実際に有り得ないから、笑えるのだ。
みあおは思わず放り投げてしまったコントローラーを手に取ると、次に現れた選択を目にして、またも目を輝かせるのだった。
別の呪文を唱えますか? ●はい いいえ
対象はもちろん、助手『みなも』だったもの。
『みなも』は元の姿に、あの姉そっくりの姿に戻るのだろうか? だが、戻らなくても別に構わない。実際の姉が変化してしまったわけでもなし、これは、ゲームなのだ。非現実的な選択をしてみて、一体その先どうなるのか――みあおはいつでもわくわくした。
『ひぃいいいいぃっ、きぃぃいいいいぃっ、しゃァアアアアぁぁあッ!!』
「あーっ、これもちがうの? なんかどんどんねえさまじゃなくなってく……」
別の呪文を唱えますか? ●はい いいえ
「こんどこそ!」
こうして、みあおは禁書『ルルイエ異本』の力に魅入られた、邪神術師となったのでした。恐るべき力を持つ身体に変化した助手の『みなも』とともに、王国を恐怖に震撼させるのは、まだちょっとだけ先のことです……。
『がフ グルイ いあ! クトゥルフ ふタぐん! アイ! アイ! グフハハハ!』
助手『みなも』を元に戻すことは出来なかったが、人魚に近いものには、何とか漕ぎつけることが出来た。まばたきしない黒い瞳、青緑の鱗、するどい牙がずらりと生えた大口。
「ふつうの人魚より、こっちのほうがおもしろいな! ……あ、モンスター図かんのページ、ふえてる」
NO.57 深きもの
そうして、みあおはようやく時計を見た。午後9時だ。
そろそろみなもも帰ってくるだろう。けれども、もう眠い。話したいことは山ほどあるが、もう眠いのだ。
みあおはPS2と、『みあおのアトリエ』を片付けて、寝支度を始めた。
「おもしろかったなあ。こんどはぜったい、ねえさまといっしょにさいしょっからやろう!」
ああ、その前に、1周目のエンディング直前のデータを見せよう。
みなもは何と言うだろう。
きっと、面白いと言うに決まっている。
これは、面白すぎるゲームなのだから。
<了>
|
|
|