コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


鋼のビーナス


オープニング

「この美術館の絵を燃やしてください」
突然草間興信所に現れた少女はそう言った。言いながら差し出したのは美術館への地図。
燃やしてほしいといっているのは、今は亡き天才画家、櫻井白の描いた最後の絵『鋼のビーナス』
少女は荒井麻奈と名乗り、櫻井白の実子だという。両親が離婚して、母方に引き取られたため
苗字が荒井になったのだとか。
「あの人にとって私や母は絵を描くための道具でしかないのです」
麻奈は怒りを露わにしながら呟いた。
「他の江はどうでもいいのです。ただ…あの絵が存在しているのが許せないのです」
麻奈は膝の上に置いた手でスカートをギュッと握り締める。
「ですが、こちらとしても犯罪になるようなことは…」
確かに美術館にある絵を燃やすなんて事をすれば、すぐに警察のお世話になるだろう。
「…………」
麻奈は困ったように表情を曇らせる。
「…少し、時間をもらえますか?」
草間としてはこの麻奈という少女を何とかしてやりたいという気持ちはあった。
「分かりました。それではご連絡をお待ちしております」
麻奈はペコリと頭を下げると興信所から出て行った。
「珍しいですね、いつもは面倒だとか言うのに…」
零が草間のお茶を継ぎ足しながら言った。
「あの子、何て言ったと思う?自分の父親をアノヒト呼ばわりしたんだ。…悲しいじゃないか…」
草間の言葉だけがやけに興信所に響いた気がした。


視点⇒セレスティ・カーニンガム


「櫻井白…」
 セレスティは現在パソコンのモニターや新聞・情報誌などと睨めっこしている。なぜ、こんな事をしているのかというと草間から知らせてもらった仕事の事でだ。
『父親を異常なほど憎む子がいるんだ。その依頼主が鋼のビーナスという絵を燃やして欲しいと言うんだ。俺としては何とかあの子の父親に対する感情を緩和してほしいんだが…』
 電話で依頼の事を聞き『今回の依頼は難しいですね』と思った。だが、父親に対する感情を緩和してやりたいという草間の気持ちは分からないまでもなかった。セレスティ自身もそう思ったからだ。
「…ありました…櫻井白」
 −櫻井白→今までは『家族』の絵を描いていたが、あまりパッとせず。今回の『鋼のビーナス』で一気に名が知れ渡った。だが、鋼のビーナスを描き上げた直後に病死した。
「病死…ですか。亡くなった後も憎まねばならない理由とは…」
 そう思うとセレスティは少しだけ悲しくなった。
「この依頼は彼女の独断なのでしょうか…。母親は何か知ってるかもしれませんね」
 セレスティはそう呟くと外に出かけるために、車椅子に乗る。とりあえずはその『鋼のビーナス』が展示してある美術館に行こうと決めた。依頼人に会うのは絵の確認をしてからでもいいだろう。


 あれからセレスティは一時間ほどかけて美術館まで赴いた。今日は休日。休日ということもあってそれなりに人がたくさんいる。セレスティは人ごみを避けながら入り口まで行き、パンフレットを買う。
「七百円になります」
 入り口の受付嬢がにっこりと営業スマイルと共に渡したのは少し分厚いパンフレットだった。
「ありがとうございます」
 セレスティも受付嬢につられるようににっこりと笑いながらパンフレットを受け取る。そのパンフレットをパラパラとめくると『櫻井白』の画家としての活動が書いてあった。そして全ての作品の解説も書いてある。見た感じ、暖かな絵を描く人なんだな、と思ったが、次のページをめくって正直言葉を失った。
「…これが鋼のビーナス…?」
 鋼のビーナス、それは戦場を描いており、中央に立つ黒い翼を持った堕天使が空へと剣を掲げている。それ以前の絵とは全く違った絵で暖かさの欠片も感じない。グロテスクな絵だ、とセレスティは思う。その下にあるプレートには『愛娘の麻奈さんがモデル』と書いてあった。
「娘…依頼人がモデルの絵、ですか…」
 自分をモデルにこんな絵を描いたのが許せなかったのか、それとも別に理由があるのか…。ともかく絵は確認したし、依頼人の所に行こうと、車椅子を動かした時にソレは見つかった。
「…あんな場所に…文字?」
 絵のタイトルと解説が書いてあるプレートに隠れて見えにくくなっているのは一行の簡単な文字。画家のサインとして書かれたものだろうかと他の絵のところにも再度行き、確認したがサインではなかった。書かれているのは鋼のビーナスのみである。
「…何か関係があるのでしょうか…?」
 セレスティは疑問に思いながらもその言葉を手帳に書いて美術館を後にした。依頼人の家は駅を三つ超えたところだと草間から聞いていた。それなりに距離があるので一人で行くのは無理だろうと判断し、車で行くことにした。
「すみません、車を出して欲しいのですが…」
 電話の相手はセレスティ専属の運転手。今回のように遠くに行くときのみ車を出してもらっている。
『すぐに参ります』
 運転手はそう言って電話を切った。さて、時間がまだあるな。セレスティはそう呟いて他の絵のコーナーへと移動した。鋼のビーナス以外にも依頼人がモデルになっているのはたくさんあった。他にもう一人女性がいる絵もあった。恐らく奥方だろう。
「暖かな絵を描かれるのに、なぜあんな絵を…」
 やはり名声だろうか?名声も大事だとは思うが、この櫻井画伯は長年画家をやっていたようだ。名声を得るために絵を描くのならばもっと以前に名が知れていたことだろう。
「それなのに…なぜ最後の絵でこれを描いたのでしょうね…」
 パンフレットの紹介にある『鋼のビーナス』を見ながらセレスティは呟いた。
「セレスティ様」
 絵を見ていると運転手がやってきた。
「あぁ、いきなりですみませんね。この住所のところまで行っていただけますか?」
 草間から預かった依頼人の住所や電話番号が書かれたメモを運転手に渡す。運転手は「かしこまりました」と言ってメモを受け取った。その後、車に乗り込んだセレスティは後部座席で外の景色を見ながら目的の場所にたどり着くのを待っていた。
「…すまないがもう一度美術館に戻ってくれないか?」
 十分ほど走ったところでセレスティが呟いた。運転手は少しばかり驚いた顔をしていたけど「かしこまりました」と振り返ることなく返した。

「すぐに戻るから」
 そう言ってセレスティは美術館の中に入る。受付嬢がセレスティを覚えていたのか「忘れ物ですか?」と笑いながら言った。
「そんなところです」
 そうセレスティも笑みを返しながら『鋼のビーナス』へと足を運んだ。そして回りに職員がいないことを確認すると手をソッと絵に触れた。途端にその絵が持つ記憶が頭の中に流れ込んでくる。
『お父さんなんか大嫌い。お母さんが死んだのはお父さんのせいだよ!ヒトゴロシ』
『私、叔母さんのところに行くから。そんなに絵を描くのが好きならずっと描いてればいい』
―依頼人の悲痛な心が流れ込んでくる。状況を見ると依頼人の母親は亡くなっているようだ。
『……私のお父さんは……ずっと前に死んだの。貴方なんか父親じゃない』
 そこで絵の記憶は終わった。だが、セレスティは依頼人の感情とは別にもう一つの記憶も感じていた。
「これが真実なら…何て悲しいすれ違いなんでしょうね…」
 そう呟いてセレスティは美術館を後にして、依頼人…麻奈のところへと車を向けた。


「すみません」
 セレスティはインターホンを鳴らして声をかける。表札には武山(荒井)となっていた。
『叔母さんのところにいくから』
 確か、依頼人がそんなことをいっていたな、と思いながら再度インターホンを鳴らす。
「はい、どちらさまですか?」
「草間興信所から来たセレスティと申します」
「今、開けますから」
 そう言ってドアの鍵が開く音共にドアも開いた。
「こんにちは」
 セレスティはにっこりと微笑んで挨拶をする。麻奈も「こんにちは」と簡単に挨拶をして、セレスティに中に入るように促した。
「お茶がいいですか?それともコーヒー?」
 中には麻奈のほかにもう一人女性がいた。恐らく彼女の叔母だろう。
「じゃあ、コーヒーで…」
 セレスティが言うと麻奈は分かりました、と答える。だが、その直後に「あ!」と麻奈の声が響く。
「どうしたの?麻奈ちゃん」
「コーヒーのパック切らしてて…買ってきますね。叔母さん」
 そう言ってセレスティに「少しだけ待っててください」といって家から出て行った。
「……あの、どのようなご用件なのかお聞きしてもいいでしょうか?」
 やはり彼女の叔母は知らないらしい。
「…櫻井白画伯の最後の絵、鋼のビーナスを燃やして欲しいと麻奈さんが依頼に来たんです」
 物腰の低いその女性は「やっぱり…」と呟いた。
「……あの子は何にも知らないです。理沙と白さんのことを知らないんです。白さんは…ガンでもう長くなかった。理沙や麻奈のために何か残したいといって絵を描いたんです。楽園という名の絵を…ですが、その絵がどこにあるかまでは…理沙も邪魔したくないからって自分から離婚届を出したそうです」
 理沙、それは麻奈の母親の事らしい。
「…楽園、櫻井画伯はパソコンで絵も描かれてましたか?」
「え?えぇ…たまに気分転換にと…」
「そのパソコンは…」
「麻奈の部屋にあります。捨てるのもなんですし、麻奈の学校のレポートとかつくるもにも便利だから…」
 捨てられてなくて良かった、セレスティは心の中でそう思う。
「パソコンの所に案内をお願いします」
「え?」
「……櫻井画伯は麻奈さんや奥様を一番に考えていたと私も思います」
 首を傾げる女性だが、立ち上がりセレスティをパソコンのある麻奈の部屋へと案内した。
「…立ち上げても?」
「いいですよ」
 セレスティは許可をもらうと、パソコンを立ち上げる。
「何を…するつもりなんですか?」
「…桜井画伯と麻奈さん、そして奥様の絆の絵がこのパソコンの中にあるんです」
 そして、セレスティはパスワードのかかったフォルダを見つける。
「鋼のビーナス…あの絵はこのパスワードを知らせるためだけに描かれた絵なんです。本当の櫻井画伯の最後の絵は……このパソコンの中にあります」
 カタカタとセレスティがキーボードを叩いてパスワードを入力する。そしてエンターキーを押した。その途端に画面がパッと切り替わる。

(麻奈と理沙へ)
 俺の命には限りがあった。有名な医者にもサジを投げられるほどだった。持って半年だということもそのときに聞いた。だから最後の絵を描こうと決心した。麻奈と理沙に捧げる絵を。理沙はそのこと話した時に笑って離婚を承諾してくれた。邪魔になりたくないから、と笑って言ってくれた。
だから、俺も最後の絵『楽園』を描こうと思った。誰よりも大切なお前達のために。鋼のビーナスはその絵の在りかを示すために描いたものだ。あんな絵ならばお前達の目にとめるだろうと思ったからだ。今この文章を読んでいるということはそれに気づいてくれたということだな。櫻井白としてではなく、理沙の夫、麻奈の父親としての絵を受け取ってくれ。

「……見ましたか?麻奈さん。これが貴方のお父さんの真実の言葉です」
 ドアの方に視線を向けると麻奈がコンビニの袋を右手に持ちながら立っていた。
「…麻奈ちゃん…」
「何よ、それは。何が…父親としてよ…。お母さんも、私には何の一言もなく…。私は…お父さんが……お父さんにひどい事…」
「櫻井画伯の最後の絵です。パスワードと同じタイトル『楽園』」
 セレスティが呟いた後に現れたのは画面いっぱいに広がる向日葵畑、麻奈や麻奈の母親らしき人物もいる。
「…お父さん…。お父さん、ごめんなさい…っ」
 泣き崩れる麻奈を叔母が優しく抱きしめていた。セレスティは自分の出番はここまでだと思い、家を出て行った。


その数日後、両親のお墓参りにいってきたという麻奈からの報告の電話があった。



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号/ PC名 /性別/年齢/職業】
1883/セレスティ・カーニンガム/男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

>セレスティ・カーニンガム様

二回目の発注をありがとうございます、瀬皇緋澄です。
『鋼のビーナス』はいかがだったでしょうか?
今回は皆様のプレイングが異なってましたので、一人一人に話を分けてみました。
話のないよう事体はそんなに他の皆様と変わりはないので^^:
それでは、またお会いできる機会がありましたらよろしくお願いします。

                 −瀬皇緋澄