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その日少年は瞬きに乗って
初めて、何気なく入った店の新人だと言う若いおねぇちゃんと楽しく飲む内に終電の時間を過ぎ、そろそろ懐具合が悪いと知りつつおねぇちゃん3人に囲まれてへらへらと幸せに飲み、もう吐きそうな勢いでどうにか会計を済ませて北風の吹き始めた外に出た時には、草間の財布にはたったと200円しか残っていなかった。
200円で何が出来るだろう。
タクシーを拾う事も煙草を買う事も出来ないじゃないか……と頭の片隅で考えながら、草間は仕方なく我が家へ足を向ける。もう野宿の出来る季節ではない。
ポケットに手を入れてフラフラと……時折胃の辺りからこみ上げてくるものを飲み込みつつ歩いていると、ビルとビルに囲まれた歩道に何やら鳴き声が聞こえてきた。
「……何ら、こんな時間に……」
少々呂律回らない舌で言って、草間は時計を見る。
午前3時。
人と言っても大人のものではなく、赤ん坊のものでもない。どちらかと言えば、デパートで親とはぐれて泣くような……、5〜6歳の子供と言う感じだ。
しかし、民家などある場所ではない。信号も点滅に変わったオフィス街。何故こんなところで子供の泣き声が?グルングルン回る頭で、草間は考える。と、不意に目の前に小さな子供が現れた。
―――何だか妙な子供だった。
闇に浮かび上がる青白い肌に銀色の髪、銀色の瞳。唇こそ赤いが、身につけた衣服まで揃えたかのような銀色。そして、瞳から零れる涙さえ銀色に見える。
「な、なんら?」
泣く子を前にして草間は周囲を見る。が、人っ子1人いない。こんな時間に迷子もないだろう……そうだ、交番へ……と考えて、この近くに交番があったかどうか、思い出せない。思い出せたとしてもこんな時間にまだ人がいるかどうかも分からない。
「お、おい、親はどうした、親は?」
尋ねると、子供は一瞬泣くのを辞めて、何故か草間の腕にしがみついた。
「コラコラ、親はどこだと聞いてるんだ」
もしかしたら、言葉が通じないのかも知れない。
「弱ったな……」
少し酔いの冷めた頭を抱える草間。そんな草間の腕にしがみついたまま、子供は再び泣き始めた。
「仕方ない」
溜息を付いて、草間は子供を見る。
「うちに来るか?」
この言葉も理解出来ないのか、子供は泣くばかり。
「……明日にでも誰かに警察に連れて行って貰うか……」
何故自分で連れて行こうと言う気が起こらないのか甚だ謎だが、草間は腕に子供をしがみつかせたまま、取り敢えずは温かい布団の待つ我が家へ向かった。
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その日、草間興信所には何故か切なげな子供の泣き声が響き渡り、尋ねる者尋ねる者、誰もが首を傾げて扉を叩いた。
迎えるのは、青ざめた顔で頭を抱える草間武彦と、その草間の服を掴んだまま泣き声を上げる全身銀色の奇妙な子供。
「……また飲み過ぎ。どこぞのお店の洗面所で吐こうとして鏡に頭ぶつければ良いんだわ、この酔っぱらい」
むっつりとした顔で言いつつも、草間の為に二日酔いの薬と水を用意して、シュライン・エマはチラリと子供に目を向ける。
「草間さん、その子……相手は誰?」
スラリとした足を優雅に組み替えながら冗談とも本気とも付かない口調で言うのは葛生摩耶。恨めしげな目を上げる草間に、クスクスと笑う。
その横で、草間と子供を見比べつつぽつりと呟くのは観巫和あげは。
「外人のお子さん……?」
ここ最近、買い物帰りに立ち寄るのが日課になっている。今日も挨拶に……と尋ねて来てみれば、なんと子供の泣き声。何事かと慌てて扉を開くと、現在の状況だった……のだが……。
「まさか……そんな事はありませんよね……草間さんの子供だなんて事は決して……」
小さな声だったのだが、草間の耳にはしっかり届いたらしい。そんな事があってたまるか、と言う視線を向けられる。が、シュラインがその視線に小声ながらも厳しい声を掛ける。
「何、武彦さんが養育費払い忘れ面会に来た子供さん?」
そう思われても仕方のない状況ではあるのだが……、草間は子供の泣き声にいい加減うんざりしているのか、単に二日酔いで口を開く気力もないのか、反論はしない。
「三下風になったり男と手を繋いでみたり……今度は子供か……相変わらず難儀な事だな。まぁ色気のある話がないのがシュライン姐にとっては幸いか」
唯一、草間の子供説を唱えないのは真名神慶悟。草間を信じているのではなく、草間に限ってそんな事あるわけがないと思っているのだが、漸く自分を信じてくれる者の発言に草間は顔を上げる。
「何れにせよ災難である事に変わりはないが……まぁそれあっての俺の生活でもある。感謝はしてるぞ」
「……棒読みになっていますよ……?」
笑いつつ、煙草に火を付ける慶悟に静かに告げるのは巽千霞。
「ううううう〜……」
漸く、草間が反抗らしい呻き声を上げる。
「冗談はさておき、まぁ冷たい水でも一杯飲んで」
摩耶がまだ手を付けていない水と二日酔いの薬を指差す。
「そうね。罪のない子供に聞かせられない冗談は置いておいて……」
と、シュラインも耳の痛い話しは辞めて、草間の服を掴んだまま泣くばかりの子供に視線を合わせる。
「ねぇ?こんなに泣いてると脱水症状起こしちゃうわよ?」
青白い肌に銀髪、銀の瞳、くわえて銀の服と言う出で立ちの所為か、どうしても銀色に見えてしまう涙を拭ってやって、取り敢えずこの子供を泣きやませる為にはどうしたら良いか……と暫し考えて、ジュースとお菓子を用意に掛かる。
何せ今日未明に草間が見つけて以来、ずっと休む事なく泣いていると言うからいい加減喉も乾きお腹もすいて来ただろう。
「不思議な雰囲気のお子さんですけれど……日本人じゃないみたいですね……」
あげはの言葉に、慶悟はゆっくりと頷く。確かに、どこからどう見ても日本人の様には見えないが……、それ以前に、人間ではない可能性が高いような気がする。
「そろそろ真面目に話しを聞きましょうか?昨晩何処の店でへべれけになってたのか。何時に店を出て、何処でこの子に会ったのか。その時の状況等々ね」
摩耶が言うと、草間は頷いて口を開いた。
昨夜、仕事を終えた草間は行きつけの焼鳥屋で一杯飲んで大層御機嫌になっていたのだと言う。暖まった体に夜風は心地よく、特に行く宛てもなく歩いていると、ちょっと外見の良いおねぇちゃんが2人、愛想よく手招きしているではないか。草間は誘われるままに賑やかな音楽の流れる店内に入り、どんな話しをして何を飲んだか、詳しく思い出せないのだが、兎に角とても楽しく次々とグラスを空けた。確か、自分を囲んで座った3人のおねぇちゃんの内の誰かがフルーツを注文した辺りで、そろそろ懐が危ないと思った。そこでフルーツが届くのを待って、暫くしてからフラフラと店を後にした。
何時の事だったのか、ハッキリとは思い出せない。ただ、店の名前は『A'』だったような気がする、と草間は言って僅かに子供から身を離した。が、子供はやはり泣いたままで草間に身を寄せる。
この奇妙で迷惑極まりない子供を見つけたのは、店から暫く歩いた先のオフィス街。親はどうしたのかと尋ねても泣いて返事がない。付近の交番の場所も分からないし、時間も時間。放っておくわけにもいかず、酔いが冷めて自分が寒く眠たくなってきた事もあって、一旦連れ帰り夜が明けてから警察へ……と思っていたのだが、寝るどころか、子供は草間の部屋に辿り着いてから今の今まで、一瞬たりとも泣きやまない。
「そろそろ泣きやみましょう?ねぇ、ジュースがあるわよ?飲んでみない?泣きながらなんて、飲めないでしょう?」
子供の為にホットレモンを用意して、シュラインが話しかける。しかし、子供はそちらには見向きもせずに泣く。
「良い子ねぇ……、そんなに怖がらなくても大丈夫よ……?」
あげはもどうにか子供を泣きやませようとそっと頭を撫でてみるが、やはり泣きやまない。
どうしたものかとシュラインとあげはは顔を見合わせる。
「だから、言葉が分からないんじゃないのか。俺が何を言っても反応もしなかったんだから……、日本語じゃなくて、他の言葉で試してみたらどうだ?」
うんざりしたような草間の言葉に、それぞれ思いつく限りの言語で声を掛けてみる。
ゴーオンダイン、グ デイ、ヒューヴェーパィヴェ、ドブリ ジェン、フジャムボ、ナマステー、ヤクシミズ…………。
「もしかしたら、耳が不自由なのかも知れません」
千霞の言葉を受けて、試しにシュラインが手話を使ってみたが、やはり反応がない。
「絵や図ならどうだろう?」
更に慶悟の言葉を受けて、サインペンと紙に簡単な絵を描いてみたが……、こちらも全く反応無し。
二日酔いの頭を抱えた草間と、子供が苦手な慶悟が揃って溜息を付く。せめて、この泣き声がどうにかならないものか。
「言葉も食べ物も手話も駄目……、能力を使うしかなさそうですね」
困りましたね、と呟いて千霞はゆっくりと泣き続ける子供に向き直った。
千霞の持つシンパシーでせめて子供の抱く感情が分かれば、と思うのだが……。
「どっどうしたの!?」
突然、千霞は涙を流し始めた。
慌ててシュラインとあげは、摩耶が近付く。すると、何だか自分達まで妙に淋しいような、悲しいような、心細いような不安な気持ちになってきた。
「はぁ……」
溜息を付いてあげはが頬を被う。
「おいおい、あんた達まで泣き出してどうするんだ」
「ううううう〜……」
驚く慶悟に、更に頭を抱える草間。
「すみません、私の所為です」
涙を拭って、千霞。
子供の感情が、あまりにも強い不安と恐怖の為、共有した千霞の方の制御が効かずにシュラインとあげは、摩耶にまで影響してしまったらしい。
「でも、どうしてこんなに不安なのかしら……?子供がこんな強い不安や恐怖を感じるって、どんな時なの?まぁ、怪奇探偵にしがみつくくらいだから、『普通』じゃあないとは思うんだけど……」
そっと息を吐いて、摩耶。
「この不安と恐怖を取り除かなくちゃ、泣きやんでくれないってワケなのかしらね?」
「でも、その不安と恐怖の素が分からないのでは……」
止むことのない涙を拭ってやりながら、シュラインとあげは。綺麗に乾いていたハンカチはすっかり濡れてしまって、仕方なくタオルを持ってくる。
「仕方がないな、取り敢えず霊視をしてみよう。それで、本当に人間かどうか分かるだろう。こんな変わった子供だ。妖怪か動物の怪の可能性が強いんじゃないのか」
煙草をもみ消して、慶悟がやや引き気味に子供に向き直る。子供の方は慶悟の方を向きもしないのだが、構わず、慶悟は子供を頭からつま先までじっくりと眺めてみた。
「そうねぇ……、もしかして、子猫か子犬か、狂い咲きの蒲公英の飛んだ綿帽子のひとつとかかしら……?」
子供の頭を撫でながら、シュライン。
「あたしみたいな『俗物』は力になれないかしら。ほら銀色ってなんか、こー、純粋ってイメージじゃない?」
「純粋、言われてみれば確かにそうですね……。涙も、銀色と言うか真珠のような色で……」
女4人と男2人に囲まれた子供は相も変わらず銀色の目から涙を零し続けているのだが、ふと、あげはがその異変に気付き口を開いた。
「真珠と聞いて、今思ったのですが……、この子、こんなに小さかったでしょうか……?」
「え?あら?」
言われて、首を傾げたのはシュライン。
「そう言えば心なし小さくなったような……?でも、そんな事ってあるかしら……?」
「あの、そう言えば少し肌の色もくすんだ感じがしませんか?もっと青白かったと思いませんか?今は何だか、象牙のような……」
女4人が口々に異変を口にし始める。
「どうなの、武彦さん。ずっと見ているんだから、変化が一番よく分かるんじゃないかしら?」
「え?ん〜っ……?」
シュラインに言われて、草間は自分の服を掴んだままの子供をまじまじと見る。
そう言えば、夜に見つけた時よりも全体的に小さくなっているような……、肌の色ももっと明るい色だったような……、目の色だって、キラキラ輝くような銀色だったような……。
「どうなの?」
「……脱水症状で縮んだんじゃないのか……?」
答えた途端に、シュラインに頭を叩かれてしまった。
「真面目にして頂戴」
「悪かった。……確かに様子が変わってるみたいだな」
「どうしましょう、具合でも悪いのかしら……?」
草間ではないが、泣きすぎて体調を崩してしまったのだろうか?あげはは子供の額に手を当てる。しかし、体調を崩して体が縮んで仕舞うなど有り得ない。
「霊視の結果だが……」
だんだんと子供が心配になってきた女性陣の中で、慶悟がゆっくりと口を開く。
「人でも、妖怪でも、動物の怪でもないようだ……、シュライン姐の言う狂い咲きの蒲公英でもなさそうだぞ」
しかし、生命を持つ存在であることは確かだ、と慶悟は言う。
「……宇宙人、とかかしら?夜に出逢ったって事を考えると?」
半ば冗談のつもりで摩耶は言ったのだが。
人とは少し違う様子や、言葉の通じないところ、奇妙にも縮んでいる事などを考えるとハッキリ否定は出来ない。
「この子供と出会った場所に行ってみた方が良いんじゃないのか?」
宇宙人かどうかは別として、手がかりが何か掴めるかも知れない、と慶悟は言う。
子供の泣き声→依頼or草間の苦難→仕事or暇つぶし……のつもりで扉を叩いた慶悟。子供が霊や妖怪等以外だった場合には、面倒事は草間に押しつけてそのまま帰るつもりでいたのだが、どうやら子供の方に害が出始めた様子。放っておくわけにはいくまいと、慶悟は言う。
「そうか……力になって呉れるのか。流石だ。金が払えない変わりに手くらい握ってやろう」
二日酔いの薬が効いたのだろうか、少し元気になった草間の冗談に冷たい視線を投げつけて、慶悟とシュライン、あげはと千霞、そして摩耶は泣き続ける子供とおまけの草間を連れて、興信所を後にした。
昼間のオフィス街に、年齢のまばらな男女と泣くばかりの銀色の子供。
この上なく奇妙な組合せだ。
シュラインが気を利かせて自分のショールと誰かの忘れ物の帽子で子供を隠さなければ、激しく人々の注目を浴びただろう。
「この辺りか?」
確認する慶悟に、だった筈だ、と曖昧に答える草間。
「確か、その信号の手前で泣き声に気付いて、つぎに気が付いたら目の前にいたんだ」
頷いて、慶悟はそこで式神を放つ。自分達では目の届かない所も隅々まで調べてくれる筈だ。
「……UFOが降りて来られるような場所では、ありませんね……」
周囲を見回して、千霞。
「そうですねぇ……、UFOは少し無理かも知れません。……色々な大きさのものがあるそうですけれど……」
真剣な面持ちで答えるのはあげは。
よくテレビや映画に出てくるような、あの巨大なUFOが降りてくるには、少々手狭だ。小さくても、やはり空から降りてくれば大層目立つだろう。夜更けの、人気のないオフィス街と言っても、草間のようにフラフラ出歩いている人間はいるのだから。
「もし宇宙人だとしても、地球の見知らぬ街の中で1人で……と言うことは親御さんも心配していらっしゃるでしょうし……」
もしかしたら、宇宙人の両親が心配して探しに来ているかも……とまでは言わず、あげははバッグからデジカメを取り出す。
草間と子供が初めて出逢った場所。そこで写真を撮れば、何か手がかりになるものが写るかもしれない。
「草間さん、最初に出逢った最も近い場所に、立って貰えませんか?」
言われて、素直に立つ草間。
あげはは断ってから、暫く目を閉じて子供の泣き声と瞼に焼き付いたその出で立ちに意識を集中する。
12月15日。この子供の身に、何が起きたのか……。
念じながら、シャッターを切る。
影の具合でフラッシュが光った所為だろうか、一瞬子供が目を強く開いた。……が、すぐにまた泣き始めてしまった。
「あら、何か戻って来たわよ?」
辺りを見回していた摩耶が空を指して言った。
慶悟の放った式神が戻ってきていた。
「何だ?」
呟いて、慶悟は式神が持ち帰ったものを掌に受け止める。
それは、小さな灰色の石だった。
「……石?その石が、どんな関係があるのかしら……?」
シュラインが爪の先で石に触れる。2〜3mm程度の、何の変哲もない石粒のように見えるのだが。
「……それは、何ですか?流れ星……?」
その横で、あげはのデジカメを覗き込んだ千霞が口を開く。
「流れ星……、ああ、そうみたいですね」
小さなモニターに映し出された映像が何なのか、あげはは一瞬理解出来なかったのだが、流れ星と言われると納得出来た。
夜空に、弧を描くような白や黄色のライン。
「流れ星にこの小さな石に……、一体子供とどう関係するんだ?」
首を傾げる慶悟。
「あ、そう言えば……。双子座流星群が見えたんですよ、昨夜」
ぽつり、と千霞が言う。
「双子座流星群、ですか?」
聞き返すあげはに、千霞は15日がピークだったのだと告げる。
「流れ星が地球の大気と衝突して、普通なら燃え尽きるところを燃え尽きずに隕石として地上に衝突した……とか言う話しを聞いた事があるような気がするわ」
シュラインはあげはのデジカメと慶悟の手の中の小石を見比べる。
「この小石と流星とあの子供……」
言ってから、暫く慶悟は口を閉ざす。そして、まさか?とでも言うように一同を見た。
「……あの子供が、実は流星だって?」
口を開いたのは、摩耶。
「うーん……あの銀色具合と言い、納得出来るような出来ないような……」
「しかし、霊視をした限りでは確かに生命体だぞ?流星に命があるとでも?」
頭に手を当てるシュラインと、相も変わらず草間の服を掴んだまま泣く子供を見る慶悟。
「つまり、生きているんのではないですか、あの子供は」
ぽつり、とあげはが言う。
「ええ。生きているから、今の姿なのであって……、死んでしまうと、その小石のようになるのではないでしょうか……?」
頷きながら、あげはの言葉を引き継ぐ千霞。
「成る程!って、ちょっと待って」
ポンと手を打ってから摩耶は声音を変えた。
「それってつまり、あの子供も放っておくとそうなるって事なの?」
と、小石を指差す。
確かに、草間が出逢った時よりも小さくなっていると言うし、実際自分達が出逢ってからも何だか小さくなっているし、肌の色や目の色もくすんで来ているし……、もしかしたら、そうなのかも知れない。今、改めて見た子供はまた何だか少し小さくなったような気がする。
「そ、そんな……。どうしましょう!?」
突然オロオロとし始めるあげは。
「どれくらい時間が残ってるのかしら……、小さくなるスピードなんて分からないわよねぇ?ああ、どうしましょう」
「どうやって止めれば良いのよ?泣きやませれば良いの?それとも……」
ことらもオロオロとするシュラインと摩耶。
「それとも……それとも……」
表情こそおっとりしたままだが、内心相当焦って来ているらしい千霞。
「……つまり、生きてる星なら空に返せば良いんじゃないのか……?」
暫し考えて、口を開いた慶悟。
「……でも、空に返すって、どうやって?」
そう尋ねられると返答に困るのだが……、
「例えば、ビルの屋上から空に向かって放り投げてみる、か?」
取り敢えず、言ってみる。
「ああ、時々砂浜に打ち上げられてしまった鯨などを沖に返すのと同じ要領ですね?」
「空に上がれば、あとは自力で宇宙に帰れるかも知れませんね」
名案だ、と声を揃える千霞とあげは。
「待ってよ。それじゃ宇宙に帰る前に大気に衝突して燃え尽きちゃうんじゃないの?」
「地上に落ちてきた時の大きさがどれ程なのか分からないけれど、もし武彦さんと出逢った時の大きさだったなら、今なら間に合うんじゃないかしら?確かに小さくなってはいるけれど、半分になったワケじゃないし……」
摩耶の言葉に、シュラインが少し考えてから答える。
「急いだ方が良いと言う訳か……、どうやって空に返すかも考えないといけないからな。さっきは投げると言ったが、いくら何でもこんな子供を投げるのは難儀だぞ」
風船でも付けて飛ばすか……と言う慶悟に、シュラインが頷きながら口を挟む。
「時間が勿体ないわ。移動しながら考えましょ。取り敢えず、興信所に戻りましょう?あそこなら屋上もあるし……少しでも、空に近い場所の方が便利かも知れないわ」
昼を過ぎて、いい加減空腹になってきたのだが、今は暢気に食事をしている場合ではない。
いそいそと興信所に戻った5人はそのまま子供とおまけの草間を引き連れて、屋上へ向かう。
「……大丈夫なのか、こんなので……」
冷たい風に吹かれながら、少し重い口を開くのは慶悟。
「それを言うなら風船だって同じよ」
と、その慶悟を励ます摩耶。
「やってみなくちゃ分からないわよ、ほら、早く」
「お願いします、頑張って下さい」
「きっと大丈夫ですよ」
急かすシュラインと不安そうに見守るあげはに千霞。
慶悟は小さく溜息をついて、式神を数体放った。
ここへ戻る道すがら、子供を空へ運ぶ方法をああでもないこうでもないと考えて、その結果、慶悟の式神に運ばせようと言う話しになった。風船では風向きが邪魔をするだろうし、ロケット花火などでは勢いはあるが上空まではとても無理。となれば、式神に運んで貰うのが一番確実なのではないか、と言うのだが……。
「式神だって紙なんだから、大気で燃えるだろう……」
「構わないのよ、少しでも高い場所に行けたら」
他に方法も思いつかないのだから、やってみるより他ない。
慶悟は泣く子供の手を草間から離し、その体に式神を寄り添わせる。
草間から離れて子供は一層泣いたが、式神に持ち上げられて体が僅かに浮かぶと、ピタリとその声が止んだ。
「泣きやみましたね……」
散々泣いていたのが嘘のようだ。
「あら、空を見てるみたいよ?帰れるって、分かるのかしら?」
摩耶の言う通り、泣きやんだ子供は真っ直ぐに目を空に向けている。泣きはらしたその目には、笑みさえ浮かんでいるようだ。
少しずつ宙に浮き、6人が首を曲げて見上げて小さく見える高さ当たりになると、子供は空に向けて手を伸ばした。まるで、今からそこへ飛んでいくかのように。
「無事帰れると良いのですが……」
つぶやくあげは。
その横で、千霞は子供の喜びの感情を感じ取っていた。
「あ、」
突然シュラインが短い声を上げる。同時に、慶悟は僅かに微笑み、あげはと千霞は揃って手を組み合わせ、摩耶がパチパチと拍手をする。
確かに、6人の目の前で子供は式神から離れ、光の矢になって空に登って行った。
「おお、無事帰ったみたいだな……、人騒がせな流れ星だ……」
呟く草間。
「人騒がせなのは、あんただろうに」
溜息を付いて、慶悟は戻ってきた式神達を労う。
「全く、その通りよ。所長がこんな使込み激しいとなると……求人情報チェックしといた方が良いのかしら……」
草間を睨んでからこめかみを押さえて見せるシュライン。
「……出稼ぎ、ですか……?」
「良かったら、アルバイトの紹介を致しましょうか……?」
笑いながら冗談に相槌を打つ千霞とあげは。
「ホント、考えた方が懸命かも知れないわよー……ところで、草間さんをへべれけにした、お店とおねぃちゃん達のお名前は?」
くすくすと笑って、摩耶はちらりと草間を見る。
イヤな話しを振られた草間は途端に頭を抱えて屋上から立ち去ろうと踵を返す。
「あいたたた、今頃二日酔いが……」
そんなワケないでしょ!と突っ込んでから一同再び空を見上げた。
あの奇妙な銀色の子供が消えていった空を。
end
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
2129 / 観巫和・あげは / 女 / 19 / 甘味処【和】の店主
0389 / 真名神・慶悟 / 男 / 20 / 陰陽師
2086 / 巽・千霞 / 女 / 21 / 大学生
1979 / 葛生・摩耶 / 女 / 20 / 泡姫
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■ ライター通信 ■
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うっかり風邪で寝込んでいました、佳楽季生です。こんにちは。
この度はご利用有り難う御座います。
納品が……とても遅くなってしまって申し訳有りません……。
もの凄くのそのそしてしまいました。
懲りずに、何時かまた、何かでお目に掛かれたら幸せです。
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