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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


鋼のビーナス

オープニング

「この美術館の絵を燃やしてください」
突然草間興信所に現れた少女はそう言った。言いながら差し出したのは美術館への地図。
燃やしてほしいといっているのは、今は亡き天才画家、櫻井白の描いた最後の絵『鋼のビーナス』
少女は荒井麻奈と名乗り、櫻井白の実子だという。両親が離婚して、母方に引き取られたため
苗字が荒井になったのだとか。
「あの人にとって私や母は絵を描くための道具でしかないのです」
麻奈は怒りを露わにしながら呟いた。
「他の江はどうでもいいのです。ただ…あの絵が存在しているのが許せないのです」
麻奈は膝の上に置いた手でスカートをギュッと握り締める。
「ですが、こちらとしても犯罪になるようなことは…」
確かに美術館にある絵を燃やすなんて事をすれば、すぐに警察のお世話になるだろう。
「…………」
麻奈は困ったように表情を曇らせる。
「…少し、時間をもらえますか?」
草間としてはこの麻奈という少女を何とかしてやりたいという気持ちはあった。
「分かりました。それではご連絡をお待ちしております」
麻奈はペコリと頭を下げると興信所から出て行った。
「珍しいですね、いつもは面倒だとか言うのに…」
零が草間のお茶を継ぎ足しながら言った。
「あの子、何て言ったと思う?自分の父親をアノヒト呼ばわりしたんだ。…悲しいじゃないか…」
草間の言葉だけがやけに興信所に響いた気がした。


視点⇒柚品・弧月


「父親の絵を燃やして欲しいだなんて…なんとも穏やかじゃない依頼ですね」
 興信所のソファに腰掛けながら弧月が言う。今回の仕事を弧月に持ってきたのはサイコメトリーの能力を持つ弧月ならば何か分かるのではないだろうか、という草間の考えだった。
「どうぞ、お茶です」
 零がトレイにお茶を乗せてやってきた。
「ありがとう、草間さん…それでその絵がある美術館は…?」
 お茶を一口飲みながら草間に言うと、草間は美術館の名前と住所が書かれたメモを取り出した。女性独特の丸みを帯びた文字だから恐らく依頼人が書いたものだろう。
「分かりました、今から行ってみますね」
「面倒な事を頼んですまないな、柚品くん」
 草間がそう言うと、弧月は笑って首を横に振った。
「面倒だなんて思ってませんよ。俺も草間さんと同じでこの子を何とかしてやりたいと思ってますから」
 メモに触れた時に少しだけ見えたのは草間の『この少女を何とかしてやりたい』という強い気持ち。確かに自分の父親をそこまで言うとなると、それほどの事があったのだろうとは思うが、やはり父と娘なのだから何とか和解させてやりたいと思う。父親の方が亡くなっているならなおさらだ。
「じゃあ、仕事が終わったら電話なり興信所に来るなりで結果をお知らせしますから」
 ペコリと頭を下げて興信所を後にする。
「さて、美術館か、どんな絵なのか興味があるな。えっと…場所は…」
 草間からもらったメモを見ると興信所から歩いて十数分の場所にある。風が肌寒いとは思ったが弧月は歩いていこうと思い足を進めた。
(だけど…そこまで父親を憎いと感じるほど何があったんだろう…)
 多少の事では親子で喧嘩をするだろう。それ自体は珍しい事ではない。むしろ当たり前だとすら感じるが憎悪を露わにするほどのことはないだろう。
(とにかく、鋼のビーナスという絵をサイコメトリーすれば全てが分かるだろう…)



「パンフレットになります」
 あれから弧月は美術館に赴き、入場料を払い中に入る。画家紹介のコーナーにあった『櫻井画伯』の写真は、どこにでもいそうな優しそうな中年男性にしか見えなかった。家族は妻と娘がいたが離婚した、離婚した直後に元妻を亡くしている。最後の作品となった『鋼のビーナス』は愛娘、麻奈さんに捧げた絵だとも言われている。同様にこの『鋼のビーナス』のモデルになったのも麻奈さん。
「娘、依頼人がモデルの絵なのか…?ということは自分の絵を燃やして欲しいって依頼にきたんだな…」
 一通り絵を見終わり、最後のコーナー『鋼のビーナス』が置かれている場所に弧月は来た。今までの絵はどちらかというと温かみの感じる絵だったが、この『鋼のビーナス』だけは違っていた。戦場を描いており、中央に鎧を着込んで天に剣をかざしている黒い翼の堕天使。その足元には幾人もの人間が血に塗れて倒れている。
「…あの、すみません」
 そばにいた学芸員に櫻井画伯の事を聞いてみる。
「櫻井画伯はずっと画家をされていたのですが、パッとせず最後の作品である鋼のビーナスで陽の目を見たようなものなんですよ。何でも前の奥様が倒れられて娘さんが呼びにきたのを振り切ってまで描いたのが、この鋼のビーナスだそうです」
「…そう、ですか…わざわざすみません」
 弧月が軽く頭を下げると学芸員は「いえいえ、どうぞゆっくりしていってくださいね」とにっこり笑いながら向こうへといった。
「依頼人が父親を憎むのはこれが原因か…。だからこそ、この絵が許せなかったんだ」
 ―離婚したとはいえ、実の娘が呼びにきたのを振り切ってまで描き続けた絵だから…。
 弧月は回りを見渡し、職員がいないことを確認するとソッと絵に触れてみる。その瞬間、絵に焼きついていた思いなどが弧月の頭に入り込んでくる。

『お父さん!お母さんに会いに来てよ!リコンしてるけど…お願いだから!』
『うるさい、麻奈。お父さんは今、絵を描いてるんだ。分からないのか』
『でも…お医者さんは…お母さんが危ないって…疲労とストレスで体がぼろぼろになってるって!』
 男性に縋りつきながら話しているのは依頼人の麻奈だろう。だが、男性は麻奈を冷たくあしらうと、また筆を手に取っていた。場面はそれから変わり数日後になっていた。
『…お母さんが…死んじゃったよ…。お父さんのせいだ!お父さんがリコンしなければお母さんだってあんなに働きつめる事もなかったのに!』


「あの、お客様?」
 美術館の職員に話しかけられ、意識が戻る。
「申し訳ありませんが手を触れないでくださいませ」
 そうやら弧月が絵に触れているのを見てやってきたようだ。
「あ、すみません」
 頭を下げて、その場を離れる。
(これが真実…だとすれば…何て悲しいすれ違いなんだろう…)
 職員が話しかけてきて手を引っ込めう直前に絵に染み付いた父親の思いが弧月の中に入り込んできた。それは娘、妻を思う父親、夫としての想いだった。
「………あれ…?」
 離れた場所から『鋼のビーナス』を見ると何か違和感を感じた。
「…あの一番下…」
 堕天使の足元に不自然な塗り方がしてある場所を見つけた。再度絵に近寄り見てみると何か言葉が書いてあった。
「…なんだろ。題名でもなんでもないし…」
 弧月はとりあえずその暗号らしきものを写し、草間に電話をした。
「もしもし、草間さんですか?柚品ですが、依頼人の住所と電話番号分かりますか?」
『あぁ、分かるよ。今から言うがいいか?』
「はい、分かりました。もうすぐ結果をお知らせできると思いますので。では失礼します」
 ピッと携帯を切り、教えてもらった番号にかける。
「草間興信所のもので、柚品といいますが…麻奈さんですか?今から自宅の方にお伺いしてもよろしいでしょうか?」
 電話の相手はどうやら依頼人の麻奈のようで「お待ちしております」と答えた。
「さて、行くかな」
 依頼人の家は駅を三つ越えたところだから歩いていくには、多少の距離がある。仕方がないので草間興信所に停めてある愛車で向かう事にした。タクシーでいくことも考えたが往復となると自分の車で行った方がいいだろうと考えたのだ。


「あら、柚品さん?お仕事は終わったんですか?」
 駐車場まで行くと零がほうきを持って掃除をしていた。
「いや、今から依頼人のところに行くんで車を取りに来ました」
 そう言って弧月はジーンズのポケットから車の鍵を取り出してみせる。
「あら。美術館までは歩いていかれたんですか?」
「うん、すぐそこだったから…」
「そうだったんですか、お仕事がんばってくださいね」
 零に見送られながら弧月は車を発進させる。



「ここか」
 表札には武山(荒井)と書かれている家をみつけた。インターホンを鳴らすと中からはまだ高校生くらいの女の子が出てきた。
「さっき電話した柚品ですが…」
「はい、どうぞ中にお入りください」
 麻奈は弧月を中に招きいれリビングに通した。
「コーヒーでよろしいですか?」
 麻奈は台所から顔だけを覗かせて聞いてきた。
「いえ、お構いなく」
 一人暮らしなのだろうかと考えたが表札には武山という苗字もあったから一人で暮らしているわけではないんだろう。
「…あ、叔母と暮らしているんです。それで依頼を受けてくださるのでしょうか?」
 トレイにコーヒーとお菓子を乗せながら麻奈がやってきた。
「いや…貴方のお父さんは貴方と貴方のお母さんの事を一番に考えていた事を伝えたくて」
 弧月がそういうとテーブルにトレイをがちゃん!と乱暴に置き「うそを言わないで!」と叫んだ。
「嘘じゃない。櫻井画伯のパソコンがどこにあるか分かりますか?」
「それなら…私の部屋にありますが…レポートとか作るのに便利だから私が使っているんです」
 それは好都合だと弧月は心の中で呟く。さっき、不自然な場所を調べるために絵に触れたときにアレが何を示すのかを弧月は知った。
「パスワードが必要なフォルダがありませんでしたか?」
「え?え、えぇ。一つだけ開かないフォルダがありますけど…」
「……これがパスワードです。あのフォルダこそが櫻井画伯が貴方達を一番に考えていた証拠になるものです」
 弧月は絵に書かれていた文字を書いた紙を麻奈に渡す。麻奈は不審そうな表情をしながらではあったが、それを受け取った。
「…パソコンは隣の私の部屋にあるので…そこまで来ていただけますか?」
 麻奈は立ち上がると隣の部屋まで歩いていった。弧月も後を追うように隣の部屋に入る。
「あの人はたまにパソコンで絵を描いていたみたいです。結局は私とは母は絵を描くための道具でしかなかったんですよ」
 そういいながら麻奈はパソコンを立ち上げる。
「パスワードを言っていただけますか?」
「この言葉は、貴方が自分で呼んでこそ価値のあるものだと思いますよ」
 弧月は机の上に無造作に置かれた紙を見ながら呟いた。麻奈は仕方なく紙に目をやる。
「…楽園?」
 麻奈は少し驚いたような表情をしたがすぐにキーボードにパスワードを打ち込んだ。
 −パスワードを確認しました。フォルダを開きます。画面にそう言葉が出るとパッと切り替わる。

(麻奈と理沙へ)
 まずはつらい仕打ちをしてすまなかった。俺の命には限りがあった。有名な医者にもサジを投げられるほどだった。持って半年だということもそのときに聞いた。だから最後の絵を描こうと決心した。麻奈と理沙に捧げる絵を。理沙はそのこと話した時に笑って離婚を承諾してくれた。邪魔になりたくないから、と笑って言ってくれた。
だから、俺も最後の絵『楽園』を描こうと思った。誰よりも大切なお前達のために。鋼のビーナスはその絵の在りかを示すために描いたものだ。あんな絵ならばお前達の目にとめるだろうと思ったからだ。今この文章を読んでいるということはそれに気づいてくれたということだな。櫻井白としてではなく、理沙の夫、麻奈の父親としての絵を受け取ってくれ。

「何、よ。これは……」
 パソコンの画面いっぱいに現れたのは向日葵畑にいる二人の絵。一人は麻奈、一人は亡くなったといわれる麻奈の母親だろう。
「何も知らなかったのは私だけ?私は…」
 何て事を言ったのだろう、と麻奈はその場に泣き崩れた。それから麻奈は何十分か泣き続けた。『ごめんなさい、お父さん』と何度も繰り返しながら。弧月は何を言うわけでもなくただジッと麻奈が泣き止むのを待っていた。

 その数日後、両親のお墓参りにいってきたという麻奈からの報告の電話があった。






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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
1582/柚品・弧月/男/22歳/大学生
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■         ライター通信          ■
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>柚品・弧月様
お久しぶりです。瀬皇緋澄です。
今回は『鋼のビーナス』に発注をかけてくださいましてありがとうございました!
今回の『鋼のビーナス』はいかがだったでしょうか?
以前よりは精進してる…かと思うのですが^^;
それでは、またお会いできる機会がありましたrよろしくお願いします。

                −瀬皇緋澄