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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


織姫のハンカチ

◆オープニング文章
 7月以降あちこちの匿名掲示板に同じ文面の書き込みがされている。こういう事はあまり好まれないし、文面が『イタイ』系と見なされ、酷い内容のレスポンスが続く場合が多い。それでも日をおいて、また同じ文面が書き込みされるのだ。

発言者:彦星
件名:僕の織り姫を捜して
内容:僕は女の人を捜しています。どうしても見つける事が出来ません。誰か知っていたら是非教えてください。その子とは7月7日の夜、渋谷のセンター街で会いました。黒くて長い髪をしていて、白いワンピースを着てました。多分年は高校生ぐらい、17才か18才だと思います。その人は僕が怖い人に囲まれてかつあげされているときに助けてくれたんです。どうしてももう1度会ってお礼が言いたいです。それからその子が残して言ったハンカチも洗ってあるので返したいです。でも、あれから何度もセンター街に行っていろんな人に聞いてみたんだけど、誰もそんな女の子知らないって言われます。誰かどんな事でもいいんで知っていたら教えてください。

 発言にはフリーのメールアドレスが貼ってあり、発言者とメールでならコンタクトを取る事が出来る。
「今時長い黒髪に白いワンピースね。しかも2ヵ月も前の事? ネタじゃないの?」
 瀬名雫はその書き込みにレスをすることもなく、すぐに次の発言へと目を移した。

 しかし、発言者にメールをするとちゃんと返事があった。情報には少ないが謝礼も出すと言う。まぁ暇つぶし程度の軽い気持ちでするには、面白い捜し物かもしれない。

◆真相? 真実? 夢? それとも?
 自称『彦星』にメールすると返事はすぐに戻ってきた。返信された文書は極端に改行のないものだったので、もしかすると転送サービスを使い携帯電話から発信されたものかもしれない、と矢塚朱姫は文章を読む前にまず思った。今も『織姫』を探してセンター街を歩き回っているのなら、やはり気の毒だと思う。会いたい人に会えず、忘れることも出来ない事は辛い。自分の胸の中にも同じ種類の痛みがある。消えない傷は癒えることなく、時間が経っても同じ痛みを訴え続ける。とても他人事とは思えなかった。
 メールでは要領が悪いので朱姫は『彦星』と会う事にした。待ち合わせの場所はやはり渋谷センター街にあるファーストフードの2階席だった。ここからなら大きな窓ガラス越しに外がよく見える。『彦星』は身体も小さくて細く、気弱そうに見える男だった。中学生か高校1年生かと思っていたが、聞きもしないのに19才だと言ってきた。とても自分より年上には見えなかったので正直朱姫は驚いたが、表情や言葉には表さなかった。
「俺、いつも年より下に見られるから最初に言っておこうと思って‥‥」
 実年齢を言う事でどんな効果を期待しているのかわからなかったが、ともかく朱姫は小さくうなづいた。もし、年齢相応に年長者として接して欲しいというものなら随分と人間が『小さな』男だと思うが、そう決めるのは早計だと思う。
「詳しい話が聞きたい」
 朱姫は安っぽいプラスチック製の椅子に背筋を伸ばし座り、さっそく本題に入った。敬語を使わない口調が気になったのか『彦星』は眉間に皺を寄せたが、すぐにその表情を消して下を向く。
「7月7日の七夕の日に会ったんだ。俺、センター街からパルコの方に行こうとして脇道で変なのにからまれちゃって‥‥」
 聞き取りにくい低い声で『彦星』は話し始めた。

 たった小一時間程度の事だったが、朱姫は充分精神的に疲労していた。『彦星』の様な人間は無害そうに見えてそうではないのだということがよくわかった。彼の話はあちこちに修飾語や不要な感想が入ったり、内容がそれたりずれてしまうので、冗長なだけで非常に理解し難い。知らない少女が『彦星』にからんできた男3人を瞬く間に倒してしまった、という話を聞くだけで30分以上かかった。その後少女の特徴をなるべく短時間で聞き出すと、朱姫は簡単に別れの挨拶をして店を出た。白い服と長い黒髪の美少女という事以外、口調も体型も持っていた物もほとんど覚えていない。労力と時間をかけても、本当に実在する人物に会ったのかと疑いたくなる程曖昧な事しか判らなかった。道に出てから見上げると、まだ『彦星』は同じ席に座っていて朱姫の姿を見ると片手をあげた。
「悪い男ではないと思うのだが、どうにも‥‥」
 振り切る様に首を振ると、朱姫会釈だけして人の波へと入っていった。
 渋谷には明確な人の流れる方向はない。誰もが好きな方向へ向かって歩き、或いは立ち止まって露天商を眺めたり座り込んだりする。だから慣れない者にはとても歩きにくい街なのだが、朱姫は武道家の様な身ごなしで人とぶつかることなく歩いていた。当面の目的地は『彦星』が言っていた現場である、脇道だ。この道にもとってつけたような名称があったがあいにく『彦星』も朱姫もその名を知らない。両脇に小洒落た店の並ぶ登り坂の道にも人が溢れている。とても平日の夕方とは思えない程だ。
「たしかにこの状況で人捜しは無謀に近いな。名も知らないのだから呼ぶ事も出来ない」
 吐く息は白い。それなのに路地から熱い風が吹いた。空調の室外機かと思って振り返った時、周りは一変した。

 真夏の太陽が中空からぎらぎらと照りつけてくる。日没に近い時刻だったはずなのにおかしいと思いながら、朱姫はキツすぎる日差しを避けて路地へと入った。建物に遮られたこの場所は人の多い通り道より少しだけ涼しいような気がする。蒸し暑さにコートを脱ぎ路地の明るさに目が慣れてくると、そこには先客達がいることがわかった。肩越しに朱姫を見る3人の若い男の視線は明らかに不愉快そうであった。普通ならこんな場面に遭遇すれば大の男でも路地を出ていく。それなのにじっと立って彼らを見ている朱姫に1人の男が近づいて来た。楽しいゲームを邪魔された様な不愉快さが伝わってくる。
「何見てんだよ。お前、あいつの仲間か?」
 何を言っているのか意味が判らず朱姫が見上げると、その男は下卑た笑いを浮かべた。
「おい、お姫様が王子様を助けに来たみたいだぜ」
 その時はじめて朱姫には4番目の男の姿が見えた。すでに髪も服も白っぽく薄汚れている。頬には殴られたのか赤黒い模様が浮かび唇に血がにじんでいる。ひょろひょろとした頼りなさそうなまだ子供のような男だった。どう見ても3人がかりで1人をいたぶっている様にしか見えない。4人ともまったく知らない男達だったが、いまさらそう言っても信じてはくれなさそうだし、放置することも出来なかった。
「仕方がない‥‥か」
 3対1(殴られていた男は戦力外だと認識)で勝てるか自信はない。朱姫は目の前の男に足払いをかけると、くるりと背を向けて路地から通りへと走り出した。
「ま、待て!」
 派手に転んだらしい男の声が何故かすごく遠くから聞こえて来るように思えた。

 辺りは暗くなっていた。寒さにくしゃみが出る。あわてて手に持っていたコートを着込みしっかりとボタンを留める。クリスマス気分のイルミネーションが街に幻想のメッキをする。
「‥‥幻覚?」
 けれど、流れる汗は本物だった。このままでは風邪をひいてしまうと思ってポケットを探ったがハンカチがない。
「どこかに落としてしまったのか‥‥」
 その時、朱姫はあの『彦星』が持っていた『織姫』のハンカチに見覚えがあった事に気が付いた。自分の物に似ていたのだ。いや‥‥もしかすると。
「馬鹿な‥‥そんなことがあるわけはない」
 朱姫は自分の中に浮かんだ考えを声に出して否定した。小さな声だったが、道行く人が数人不思議そうな視線を向けてくる。らしからぬぎこちなさで朱姫は駅へと向かう道を進む。それでも思いはつい今湧き上がった『答え』へと向いてしまう。自分こそが『織姫』であったなど、それが本当ならとんでもない真相になってしまう。
「多少似たところもあったが、さっき聞いた話とは随分違う」
 朱姫は決して男達を倒したりしなかったし、『彦星』を助け出す事も出来なかった。そもそも初対面でなかったのなら、『織姫』の話を聞いている間に判ったのではないだろうかと思う。もしかしたら先ほどのが真実で、何かの理由で『織姫』の記憶を追体験させられたのだろうか‥‥。けれど消えたハンカチはどうなってしまったのだろう。
「駄目だ、判らない」
 朱姫は首を振った。頭の中が混乱している。とにかく今日は帰ってゆっくり休もうと思った。

 その後、何度か同じ場所に行ってみたがあの不思議な体験をする事はなかった。聞き込みを繰り返しても『織姫』の情報はなく、いつしかネットへの書き込みもなくなり、『彦星』へのメールも届かなくなった。ハンカチはとうとうどこからも出てこなかった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0550/ 矢塚朱姫  / 女性 / 高校生 / 織姫?】

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■         ライター通信          ■
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 このたびは東京怪談へのご参加ありがとうございました。ノベルをお届けいたします。今回はこのようなどこかはっきりとしない内容の顛末となりました。NPCもストーリーもヘンテコリンで、大変お疲れ様になってしまいました。ごめんなさい。また機会がありましたらご一緒させて頂けると嬉しく思います。