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<東京怪談ノベル(シングル)>


花ノ揺籠

サフィニア、コスモス、ブーゲンビリアにマリーゴールド、ユリオプスデージーに石蕗(つわぶき)。
花壇へ植えるなら何にしよう?
色とりどりの百花繚乱。
植えるのならば、何より自分が愛すべきものを。

秋に咲く花は色々ある。
樹木ならば、金銀の木犀。凛々しく立つは大輪の菊の花。
甘やかな馨り運ぶはアベリアの白。

いっそのこと、冬に無い空を思うようにブルーサルビアを此処に植えるのも良いかも知れない……、と新しく作られた花壇を見つめ、どういう色合いの花壇にしようか考えているのは一人の少女――倉前沙樹である。

綺麗に切りそろえられた髪が風に揺れる。
うーん……と本当に悩んでいる唸り声が風に応えるよう、響いた。

(秋だし、落ち着いた色合いって言うのも良いし。ああ、でも庭全体のバランスもあるし……)

困ったなあ、と言いながらも沙樹の表情は明るい。
大好きな花の傍に居るときが一番、落ち着く。
優しい大好きな従姉妹、両親、友人……周りに居る人たちも大好きだけれど、何より落ち着いて何よりも安らげる場所――それがいつの季節も咲き誇る花々だった。


そう――いつでも、花々は私に優しかったから。


+++


思い返すのは小さい頃の事。
奇妙なものが見えては怯えていた頃。

道路の隅でうずくまっていた同じ年頃の男の子。
夕暮れ時に手招きする白い手。
さらさらと流れ出るような音がする黒髪と――とても、直視などできなかった女性の顔。

怖くて怖くて。
何でこんなものが見えてしまうのと泣いてばかりいた――それこそ目が溶けるほどに。

『溶けてしまうわよ、沙樹の目。そんなに綺麗な色をしてるのに勿体無い事』

頭を撫でてくれる誰かの手は、いつも優しいまま。
けれど、目を閉じても見える時は見えてしまうから泣く事しか出来なくて。
誰かの優しさに応える事も出来ず、ただ、見え続ける事さえも怖くて、怖くて怯えてばかりいた。
……いつも、いつも。

(嫌いだった、何も出来ない自分も――ただ、見えて怖がって怯えるだけの自分も)

不気味だと人に真顔で言われる事もあった。
本当は沙樹ちゃんも幽霊なんじゃないの?と子供さながらの残酷さで言われた事も、何度もある。


――それでも前を向けたのは…前を向いていられたのは。


植物と、言葉を交わすことが出来たから。
密やかに見守るように、柔らかな雰囲気で四季折々の花が沙樹の傍らに、居てくれたから。

記憶の中、語りかけてくれるのは山茶花の樹木。
柔らかな赤い花びらが囁くように揺れては沙樹へ話し掛ける。

『大丈夫、いつかは怖くなくなるよ』
『いつかって、いつ?』
『そうだね……コスモスが、花をつける頃…何度目かの秋に』
『早く、その時が来るといいな……嫌いなの。何も出来ない、してあげられない自分が』
『……おやおや……』

さわさわ、さわさわ……風も無いのに音を立てて枝が揺れる。
まるで微笑う様に、微かに歌うように。
沙樹の顔が瞬時に膨れ、山茶花にのみ聞こえる小さな声で言葉を伝えた。

『もう! いつも、そうやって笑って逃げるのね?』
『そう言うことでは――無いんだがね。……焦ることは無いんだよ』

さわさわ、さわさわ。
繰り返すように木々や花々が歌う。

幾千の言葉で語りかけるよりも、雄弁に。



+++


(……――そう、だから私は)


植物たちの声に背中を押されるように、剣術を始めたんだっけ……。
きっかけは、確か家の誰かが勧めてくれたんだけれど……不思議と、首を横に振ることもなく強く頷いたのだけは、良く覚えている。


そして、不思議な事に。
剣術を始めてからと言うもの、少しずつ、少しずつ……見える筈のものを見えないようにする力への制御が出来るようになってきて。
ずっと襲うように見えていた視界に少しずつ、『現実』の色合いが戻ってくる――何て言えば良いのだろう、雨上がりの空のように視界が晴れ渡って来た――と言う様な。


『では、今は随分と色々なものが綺麗に見えるでしょう?』

マリーゴールドの花が優しく、問い掛ける。
沙樹も「ええ」と優しく微笑う。


『泣き虫も治ったし……でもね、やっぱり花がある風景を探してしまうの……一番、綺麗なんだもの』


柔らかで色鮮やかで手折られてしまうほど弱いのに存在を決して無くさない。


―― 一番に、綺麗な存在だと素直に思える。


私の『いつか、こうなりたい』と言う目標でもある、花。
このままで充分に良いと言えるまで、そのままの自分で良いと思えるまで、絶対に変わらない一つの標の様なもの。


『有難う。私たちも凄く嬉しいの…綺麗に咲かせて貰えるから』


さわさわ、さわさわ。
また風に花達が揺れる。

頬を撫でる風は、私にもいつも優しい。


(…ああ、そう言えば)


剣術を始めたことでもう一つだけ、変わったことがあった。

それは滅多な事では涙を流さなくなったこと。

護ることの難しさを剣術をすることで知った所為なのかもしれない。
喩え、力があってもがむしゃらに振るうだけでは駄目。
かと言って防御に徹しきればよいと言うものでもなくて、全ては明確な判断から察して行動を起こさねばならないと言うことを知ったから。


(護るって、本当に難しい……でも)


いつかきっと、自分自身の答えが見つかる。
この見えない筈のものが見える力を私に与えられた意味も。


+++


「さて…此処に植える花、本当に何にしよう……あ!」


不意に一つの花が頭の中に浮かぶ。
黄色い菊よりもやや大ぶりな花びら、銀色の茎の色合いが何よりも綺麗な、花。


――そうだ。


此処の花壇に植える花は――石蕗にしよう。


私自身、この花を見て今の気持ちを――秋が来る度、思い出せるように。
その月が巡る度、花が咲く度に。


石蕗の花。
その花言葉は。


『困難に傷つけられない』


雨が降っても風が吹いても陽に向かって咲く花の――健気なまでの強さを見習えるよう。






―End―