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<東京怪談ノベル(シングル)>


笑って

1・出会い
30年前のある日、ピンクの公衆電話が煙草屋・酒井商店にやってきた。
まだ若かったじいちゃんはその電話を見てこう言った。
「可愛いもんだなぁ。こいつがこれから我が酒井商店の看板を一緒に背負うって訳だな。よろしく頼むぞ」
なでなでとピンクの電話を撫でて、まだ若かったじいちゃんはにっこりと笑った。


2・酒井六実・回想
思い出には悲しいものもあり嬉しいものもあり、あたしはそれをすべてじいちゃんに伝えてきた。

ジリリリーン。
「おぉ!産まれたか!息子!?頑張ったなぁ・・母ちゃん。店閉めたらすぐ行くぞ」
じいちゃんの息子が生まれた日。
あんなに嬉しそうなじいちゃんは初めてだった。
伝えたあたしまでなんだか嬉しくなった。
じいちゃん、よかったね。

ジリリリーン。
「母ちゃんが!?そんな・・!嘘だろ?嘘だといってくれ!!」
じいちゃんの奥さんが亡くなった日。
じいちゃんは誰の目もはばからずに泣いた。
じいちゃんの息子が悲しげに寄り添って一緒に泣いていた。
あたしだって悲しかった。
じいちゃんがわんわん泣くから。
じいちゃんの家族がいなくなってしまったから。

ジリリリーン。
「そうか。結婚するのか。今度うちにおいで。おまえの嫁さんを見せてくれよ」
じいちゃんの息子が結婚を決めた日。
複雑な顔のじいちゃんの顔が忘れられない。
嬉しいはずなのに、寂しげな笑顔を見せたじいちゃん。
どうしてそんな顔をするのかわからなかった。

ジリリリーン。
「産まれたのか!そうかぁ。女の子か。よかったなぁ。落ち着いたら見に行くからな」
じいちゃんの初孫が生まれた日。
じいちゃん本当に嬉しそうだった。
こんな笑顔を見たのは久しぶりだった。
じいちゃんの目の横に深いしわが刻まれている。
じいちゃんも年を取ったんだね。
あたしはじいちゃんの笑顔を見ながら嬉しくなった。

そして、今でも忘れることが出来ない思い出がある。


3・5年前
ジリリリーン。
その日の電話は嫌な予感がした。
「はい、もしもし」
じいちゃんが電話を取った。
電話の向こう側からボソボソと声がする。
「・・え?なんですって?もう一度・・」
聞きなおすじいちゃんの顔が見る見る蒼白になる。
「息子たちが・・事故で死んだですって・・?」
じいちゃんが受話器を落とした。そして座り込んだ。
もしもし?もしもし?と受話器の奥から声が聞こえる。
でも、じいちゃんは受話器を拾い上げようとはしなかった。
じいちゃんは大きな涙をポロポロと流して、独りぼっちになってしまった・・と呟いた。
じいちゃん、違うよ。じいちゃんは1人じゃないよ。
あたしがいるのに・・ここにあたしがいるのに・・!!

・・なんでだろう?
あたしはあたしを見ていた。
違う。あたしはいつの間にか人の形をしていて、電話機はあたしとは別になっていた。
じいちゃんの孫のような小さな少女の姿。
「じいちゃん、あたしが一緒にいるから」
そう言ったら、泣いていたじいちゃんはしっかりとあたしを抱きしめた。
あたしもしっかりとじいちゃんを抱きしめた。
温かなじいちゃん。いつも受話器でしか知らなかった温もりをあたしは全身で知った。
じいちゃんの息子家族がじいちゃんが寂しくないようにあたしに力をくれたんだろうか?
それとも、あたしの悲しい心をわかってくれたんだろうか?
あたしはじいちゃんの息子家族に感謝した。
じいちゃんの力になれるんだもん。
これでもうじいちゃんを寂しくなんかさせないんだ・・。


4・笑って
あたしはじいちゃんの孫になった。
酒井六実(さかいむつみ)という名前を貰い、じいちゃんと暮らし始めた。
あたしはじいちゃんの為に色んなところに散らばる楽しいことを集める事にした。
電話線があるところなら、あたしは自由に行き来ができた。
その先で見たことを全部覚えてじいちゃんの待つ家に帰るんだ。
いっぱい楽しいことを集めると、じいちゃんの笑顔が見れる。
そう思うと、どんなちっちゃな楽しいことでも見逃せない。
でもね、不幸を楽しく話すことはしない。だってじいちゃんが悲しそうにするから。
本当に楽しい話をじいちゃんに聞かせてあげたい。
そんな風に集めた話を話すとじいちゃんは優しく笑って言ってくれる。
「六実は優しい子だな。じいちゃん、六実が居てくれてよかった」って。

だから今日もあたしは楽しいことを集めに行くんだ。
じいちゃんの笑顔が見たいから。
夕ご飯の時にじいちゃんに聞いてもらうんだ。

「じいちゃん、きいてきいて!」