|
THE GUARDIAN
「何か、守りたいものがある人を、探して欲しいんです」
その妙な依頼に、武彦は火をつけようとしていたタバコを取り落とした。
依頼内容自体が漠然としている上に、そもそもなんでそんなことを依頼するのか、武彦にはさっぱり理解できない。
「すまないが、俺に理解できるように話してくれ」
武彦がそう言うと、依頼人の青年は一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに武彦の言いたいことに気がついたらしく、照れたように頭を掻いた。
「あ、いきなりこんなことを言われても困りますよね」
「まったくだ。そもそも、いったい何でそんなことを頼みに来たんだ?」
呆れながら尋ねる武彦に、青年はぽつりと呟いた。
「守らなければ、消えてしまうんです」
「消える?」
「消えてしまうんです、私の存在そのものが」
そう語る彼の瞳はどこまでも真剣で、冗談を言っているようには見えない。
「それじゃ、お前は……?」
その武彦の問いに、青年は静かに首を縦に振った。
「お察しの通り、私は人間ではありません。
私は『ガーディアン』……人々の『守りたい』という想いが集まって生まれた存在です」
その後、彼の語ったところによると。
彼は、何かを、もしくは誰かを『守りたい』という強い意志の力を補給することで自らの存在を維持している。
それは人が普段からもっている程度の『守りたい』という意志ではダメで、本当に対象に危険が迫った時に、爆発的にほとばしるような強さのものでなくてはならない。
また、その際、彼はその『守りたい』という意志そのものをも自らのものとして、その対象を守るために超人的な能力を発揮することができる。
その強さや形態は様々だが、想いの強さによっては奇跡をも起こせるらしい。
「つまり、お前は生まれつきのヒーローってことか」
苦笑する草間に、青年は暗い顔でうつむいた。
「そんな立派なものじゃありませんよ。私は、ただの臆病者です。
自分が消えてしまうことが怖いばかりに、誰かの身に危険が降り掛かることを願っているんですから」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「護りたいもののある人、ですか。難しそうですね」
話を聞いて、梅田メイカ(うめだ・めいか)は首を傾げた。
守りたいものくらい、誰でも一つや二つは持っている。
むしろ、全く守りたいものがないなどという人を探す方が難しいだろう。
それなのに、彼がわざわざ「探してほしい」と頼みにきたということは、きっと特別な条件かなにかがあるに違いない。
そう考えて、メイカは彼にこう尋ねてみた。
「守りたいと願う心が強い人がいいのですか?」
「そうとも言えますが……」
今ひとつ、歯切れの悪い返事が返ってくる。
「ちょっと、『言えますが』で切らないでよ」
その様子に腹を立てたのか、村上涼(むらかみ・りょう)がせっつくと、青年はようやくその先を話し始めた。
「確かに、十分な強さの想いがあればいいのですが、たとえ普段から強く『守りたい』という想いを持っていても、平常時の想いの強さでは、不十分なことがほとんどです」
そこまで言うと、青年はメイカの隣にいた矢塚朱羽(やつか・しゅう)の方に目をやった。
「例えば、そこの方……矢塚さん、でしたか?」
「ああ」
「あなたの想いは、平常時としてはかなり強いものです。
想いの対象がこの場にいないことも考えれば、驚異的とも言えます」
他人の心の奥のことを、あたかも知っているかのように話す青年に、朱羽が少し驚いたような顔をする。
「わかるのか?」
「ええ。
こうしている間にも、私はそばにいるあなたたちの想いを受け取っています。
意図的にそうしているのではなく、まるで音が聞こえてくるように、私の意識の中に流れ込んでくるんです」
青年は淡々とそう答えると、小さく一つため息をついた。
「……ですが、それでもまだ足りないのです」
朱羽の想いがどれほど強いものであるか、友人であるメイカはある程度理解している。
それでもまだ足りないとなると、青年の言う通り、平常時の想いで彼を満足させることは非常に困難に思えた。
「では、やはり対象に危険が迫っていなければならないのですね」
メイカが確認のためにもう一度尋ねると、青年は少しためらいがちに首を縦に振った。
「必ずしもそうではないのですが……やはり、差しせまった状況でなければ、十分な強さの想いは得られない可能性が高いと思います」
と、そのとき。
涼が、やや投げやりな調子でこう言い放った。
「危険、ねぇ。
だったら、警察官になるとか、中東行ってゲリラと戦うとか。
色々あんじゃないの、その気になれば」
その言葉に、青年は申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「残念ながら、そういうのはあまり向かないんです」
「向かない? なんで?」
「私は、『守りたい』という想いを受け取ると、それに引っ張られてしまうんです。
もし、犯人なりゲリラなりにも『守りたい』ものがあったとすれば、両方を守ろうとすることも考えられますし、下手をすれば犯人やゲリラの方に加勢してしまいかねません」
これには、さすがの涼も絶句するより他なかった。
確かに、犯人やゲリラも人間である以上、何かを「守りたい」という想いを抱いている可能性は高い。
しかし、その想いを受け取っていきなり敵に回る恐れがあるというのでは、危なっかしくて人間相手の仕事などとてもやらせられない。
次に口を開いたのは、大神蛍(おおがみ・けい)だった。
「じゃあ、病院なんてどうだ?
あそこなら病魔から患者を守りたい、とか思ってる人がいるんじゃない?
怪我や病気が相手なら、敵に肩入れしちゃうこともないだろうし」
「確かに、大きな病院なら、毎日死にかけている人が一人くらいいても不思議はありませんね」
青年のその言葉に気をよくしてか、蛍はさらにこう続けた。
「だろ? いっそのこと、医者になるとか!」
けれども、それを聞いて、青年はとたんに表情を曇らせた。
「それは、さすがに難しいと思います。
普段の私は何事においても人並み以下の力しか発揮できませんし、私の持っている力にしても、特に命に別状のない軽い病気や怪我に対しては、多分発動させられませんから」
この国では、医者になるにも資格がいる。
その資格を取ることが、彼には難しいと言うのだ。
それに加えて、彼はこうも言った。
「それに、『守りたい』という強い想いを受け取ると、どうしても直接的な行動に出てしまいがちなので……」
これでは、「掃除夫などの仮の姿で病院に入り込み、死にかけている患者に対して影で力を行使する」などの変則作戦も使えない。
蛍もこれにはすっかり困り果てて、ついにはこんなことを言い出した。
「あとは……そうだなぁ、ガイア理論って知ってる?
地球が意思を持ってるってやつ。地球なら自然を守りたいとか思ってるかもね」
「もしそうなら、きっとすでにその意志を受け取っていると思います。
先ほどやったように、力に変えられない程度の弱い想いでも、感じ取ることはできますから」
青年のその一言で、「彼に適した職業を探そう」という試みは、完全に手詰まりとなった。
ことここに至って、メイカはふとあることに気づき、青年にこう質問してみた。
「何か、あなた自身が守りたいと思うものはないのですか?」
「さしあたっては、あなたたちが守りたいと思っているもの全て、でしょうか」
その奇妙な答えに、朱羽が怪訝そうな顔をする。
「それはつまり、ここにいる全員の『守りたい』という想いに共感している、ということか?」
「ええ、そういうことです」
頷く青年に、メイカはもう一度聞き直した。
「そういった周囲の影響ではなく、本当にあなた自身が守りたいと思っているものは?」
だが、返ってきたのは、心底頼りない答えだった。
「どう、なんでしょう……。
実際のところ、私自身の意志と、周囲の『守りたい』という想いとの境界線は、とても曖昧ですから」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
メイカたちと青年の会話を聞きながら、此葉(このは)はじっと考えていた。
青年に適した職業はこれといって見つからず、彼自身が守りたいと思っているものがあるのかどうかもはっきりしない。
せめて、彼自身が守りたいと自覚しているものがあれば、もう少しなんとか出来ただろうに。
そこまで考えて、彼はふとあることに思い至った。
「少し考えてみたんですけど、『自分自身を守る』ってことはできないんですか?」
此葉がそう口に出してみると、青年はきょとんとした顔で彼の方を見つめた。
「私自身を守るんですか?」
その様子を見て、いきなり涼が話に割り込んでくる。
「そうよ、そうしなさいよ。結局あなたは自分を守りたいんでしょ?
だったら、自分を守ってみればいいじゃない。
危険が必要なら、ビルから飛び降りてみるとか、列車に轢かれかかってみるとか、いくらでも方法はあるでしょ?」
「いや、何もそんな言い方しなくても……」
あまりのきつい言い方に、此葉が涼をなだめようとしたとき。
青年は、少し考えた後、きっぱりとこう言った。
「私が、私自身を守ることは、おそらく可能だと思います。
ですが、それにもやはり誰かの想いが必要です」
「誰かのって、自分でそう思うだけじゃダメなんですか?」
聞き返す此葉に、青年はうつむきながら答える。
「さすがに、自分の想いを力に変えることはできないんです」
「守るのは自分でもいいが、その元となる想いは自分のものではいけない、というわけか」
朱羽が確認するように呟くと、青年は小さくうなずいた。
やはり、自分のエネルギーだけで自分の存在を維持するのは不可能らしい。
「じゃあ、誰かがあなたを『守りたい』と思ってくれるようになれば……?」
そう口に出してはみたものの、それが難しいことは此葉も十分に承知していた。
誰かに事情を説明したところで、それだけで十分な強さの思いが得られる可能性はほとんどないに等しい。
そうなれば、それこそ誰かに彼を好いてもらうなり、必要としてもらうなりするしかないが……。
「難しいんじゃない?
こんな後ろ向きな考え方しかできないようなヤツ、誰が『守りたい』なんて思ってくれるのよ」
此葉の考えていたことを、涼がはっきりと口に出す。
「そう、ですよね」
ガックリと肩を落とす青年。
何とか言ってやりたかったが、なんと声をかけたらいいものか、此葉には見当もつかなかった。
そのときだった。
「確かに、意識改革が必要な気がしないこともないわね」
沈黙を破って、青年に声をかけたのは、シュライン・エマだった。
一同の注目が集まる中、彼女は諭すように話し始めた。
「こうは考えられないかしら?
あなたにとっては、自分が存在し続けるためにやっただけのことかもしれない。
でも、あなたが『守りたい』と思った人は実際に守られたわけだし、その『守りたい』という想いは、あなたによって叶えられたわけでしょ?」
シュラインの言葉に、青年がはっと顔を上げる。
そんな彼を真剣な表情で見つめながら、シュラインはさらにこう続けた。
「あなたの行動は、確かに善意から出たものじゃないかもしれない。
あなた自身がそれを偽善と感じるのも、わからないでもないわ。
けど、善意でも、偽善でも、実際に助けられた人にとっては、ほとんど何の違いもないのよ。
一度、助ける事が出来た人の……そして、その想いを抱いていた人の表情をよく見てみて。
動機がどうであれ、あなたはいいことをしたんだ、ってことがきっとわかると思うから」
それに続いて、今度は朱羽が言葉をかける。
「俺もそう思う。
さっき、俺の想いもわかる、って言ったよな。
その人……俺の守りたいと思う相手が、もし危険にさらされていて、それをお前が救ってくれたとしたら。
きっと、俺はお前に心から感謝することだろう。
たとえ、その行動が、あくまで自分自身の存在を維持するための行動だと知っていても」
その二人の言葉が、明らかに青年の心に何らかの変化を起こしていることに気づいて、此葉も自分の思うところを彼に話してみることにした。
「ひょっとしたら、『自分の身のことばかり考えてる』ってことに恥ずかしさや情けなさなんかがあるのかもしれないけど、そんな風に感じる必要はないと思いますよ。
自分が消えてしまいそうになったら、なんとかしようとしてあがいてみるのは当然のことですから」
「それに、あなたは誰かを犠牲にしてじゃなく、誰かを助けることで生きているんでしょ?
だったら、それを恥じる必要なんてないわ。
それは、とても貴重で素晴らしい事だもの」
「あなたの守りたいものは、周囲の方々が守りたいと思っているもの、でしたよね?
でしたら、それを守り続けてみてはいかがでしょうか?」
此葉に続いて、シュラインが、そしてメイカが彼を励ます。
ついには、今までずっと黙っていた武彦までもが口を開いた。
「最初にお前が来た時、俺がお前のことをヒーローだと言ったら、お前は否定したな。
だが、やっぱりお前は生まれついてのヒーローだ。
もっと言うなら、ヒーローでしかあり得ない存在なんだ」
「ヒーローはヒーローらしく、胸張って生きていきなよ。その資格はあるんだからさ」
彼の言葉に、蛍も同調する。
「そうそう。
そうやっていつまでもうじうじしてないで、ちょっとは前向きに生きてみなさいよ。
そうすれば、いつかは周りの人たちが『あなたに消えて欲しくない』と思うようになるかもしれないじゃない?」
最後に涼がそう笑いかけると、青年もかすかな笑みを浮かべて、ぽつりと呟いた。
「そうなれば……いいですね」
周囲のちょっとした雑音にさえかき消されそうな、小さな声。
しかし、その小さな声は、彼が確実に次の一歩を踏み出した証拠だった。
その声と同じ、小さな小さな一歩であっても、彼にとっては、初めて自分の意志で踏み出した大きな一歩だったのだろう。
(きっと、彼はもう大丈夫だ)
此葉は……そして、おそらくは他の皆もまた、そう確信していた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
青年が一同に礼を述べ、草間興信所を後にしようとしたとき。
「最後に、一つ質問していい?」
不意に、涼がそんなことを言い出した。
「ええ。私に答えられることなら」
青年が快諾したのを受けて、涼は苦笑しながらこう尋ねる。
「キミ、本当に『守りたいものがある人を、探して欲しくて』ここに来たの?
どっちかと言うと、私にはただ相談に乗ってほしくてきたように思えるんだけど」
「……ひょっとしたら、そうだったのかもしれませんね」
そう答えて、青年は少し照れたように微笑んだ。
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0381 / 村上・涼 / 女性 / 22 / 学生
2165 / 梅田・メイカ / 女性 / 15 / 高校生
2058 / 矢塚・朱羽 / 男性 / 17 / 焔法師
2078 / 大神・蛍 / 男性 / 17 / 高校生(退魔師見習い)
0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
1557 / (蘭空)・此葉 / 男性 / 16 / 万屋『N』のリーダー
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
撓場秀武です。
この度は私の依頼にご参加下さいまして誠にありがとうございました。
・このノベルの構成について
このノベルは全部で四つのパートで構成されており、シチュエーションの関係上分岐はございません。
・個別通信(シュライン・エマ様)
いつもご参加ありがとうございます。
シュラインさんには、最後の説得の場面で活躍していただきましたが、いかがでしたでしょうか?
「神職」という提案もなかなかいい感じではあったのですが、ほぼ「病院」と同じ理由(「力の使い方が限定されすぎる」+「直接的な行動に出てしまう」)でアウトとなってしまうため、本編では省かせていただきました。
ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。
|
|
|