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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


陰陽師

【オープニング】

 その客人は、草間が、「どうぞ」と言う前に、どかどかと勝手に事務所に上がりこみ、やはり、「お掛け下さい」と促す前に、遠慮の欠片も無い様子で、ソファにでんとふんぞり返った。
 何なんだ、こいつは……と思いつつ、そこは相手がお客様なのだから、ぐっと堪える草間探偵。
「どのような用件で?」
 とりあえず、穏便に聞いてみる。
「返してもらいに来たのですよ」
 男は、そう言って、室内をざっと見渡した。やがて、お目当てのものを発見したらしく、あったあったと、喉の奥で掠れた忍び笑いを漏らした。
「探していたのですよ。この、骨をね」
 草間のデスクの上に、小さな布の包みが置いてある。中身は、陶器の入れ物だった。このつい一時間ほど前、神社の巫女をやっているという少女が来て、探偵に託していったのだ。
 詳しい事情は話せないが、悪い奴がこれを狙っているから、三日間だけ守って欲しい、と、言っていた。
 なんだかよくわからない依頼だと思いつつ、少女があまりにも思いつめた様子だったので、草間も断りきれず、タダ同然で引き受けてしまったのだ。
 それにしても、と、草間は憮然とする。「骨」とは、どう考えても、穏やかではない。
「骨って……何の骨ですか」
「それを、貴方に、教えてやらなければならない義理も義務もありませんよ。まぁ、クラゲの骨でないことは、確かですがね」
 男は、つまらない冗談を口にして、自分で笑った。煙草の煙にむせているような、嫌な笑い方だ。草間の中で、不快感は、どうしようもないほどに膨れ上がってゆく。
「とにかく、帰ってもらおうか。中身が何かは知らんが、これは、依頼人からの大切な預かりものだ。あんたにくれてやるわけにはいかない」
 敬語を捨てた。その必要なしと判断したのだ。男はまた笑い、草間の制止など無視して、陶器の入れ物を掴んだ。いよいよ腹が立って、探偵が男の黒いコートの袖をねじり上げる。
「触るな」
 その手応えが、不意に、無くなった。男の輪郭が崩れ、男の存在が、その場から消えた。掴んだままの黒いコートだけが、重力の法則に忠実に従って、ばさりと落ちる。
「な……」
「確かに、頂きましたよ」
 姿は無くなったのに、声は、残る。黒いコートのポケットに、一枚の人型が入っていた。陰陽師などがよく使う、式神の呪符だ。
 拾い上げようとすると、それがいきなり炎に包まれた。外套を巻き込んで、さらに強く……高く……。灰の残骸すら残さず、全てが燃え尽きた。床にも壁にも一切傷を付けず、人型の呪符とコートだけが、一瞬で、消えたのだ。
「あの野郎……!」
 依頼品が、奪われた。
 探偵としては、ありえない失敗だ。
 だが、取り返そうにも、草間にはそれを実現するための手段が無い。調べるにしても、人手が足りない。時間もない。
 草間は、デスクの黒電話に飛びついた。思いつく番号を片っ端から回して、電話口に怒鳴った。
「頼む! すぐに来てくれ!」





【目覚める者】

「何かの力の気配がする……」
 
 墓場の冷気が、逃げるように動いた。空気の澱みに応じて、肉が腐り落ちるような、異様な臭いが辺りに漂う。
 朽ちた金属と、苔むした石碑と、無数の槍と剣の墓標の合間を縫うようにして、一つの人影が、ゆっくりと歩き始める。
 彼は何もしていないのに、ただそこに在るだけで、雑多な霊たちを極限までも怯えさせてしまうようだった。並みの怨念など、足元にも及ばぬほどの、圧倒的な、死と闇の伝道者。

「強い……強い力だ。移動している……。それを所持している者からも、強い力を感じる。そして、それを、追う者……」

 喰いたい。
 欲望が、膨れ上がる。力への渇望が、束の間の眠りから、目覚める。
 もっと。もっと。
 この身が、限りなく、神に近いものとなるまでに!

「行っておいで」

 これは、大死霊の声。彼が魂を明け渡した、唯一絶対の主の声。
 実際に、死霊が喋っているわけではない。そう感じるだけだろう。あるいは、ザニーの勝手な思い込みなのかもしれない。
 彼が何をするにも、大死霊の許しが必要となる。行かせて欲しいと願うあまり、都合のよい声が聞こえてしまっただけなのかもしれない。

「行っておいで。行っておいで。そして、食らっておいで。力こそが、お前の証。存在意義」

 大死霊に、性別はない。確かに存在はしているが、それは限りなく「概念」に近い在り方だった。無限の姿を持ち、同じだけの声を持つ。定めし形は何一つ無く、いわば、法、いわば、規律そのものだった。
 それ故に、今は、許しを与える、女の声に聞こえる。

「行っておいで。ザニー」

 墓場の道が、彼方までも開ける。
 黒い瘴気が、出口へと導く。
 全てが祝福してくれているように、ザニーを見送る。送り出す。
 ザニーは歩いた。墓場の出口に近づくほど、外界からの気が流れ込む。気配が、より、強く明らかに……今まで感じたことの無い、力。
 
「陰陽師」

 その要素は、未だザニーの肉体には無い。これを食らえば、強くなる。これは、予感。これは、確信。
 
「骨……骨だ。凄まじい、霊力を秘めた……」

 待っていろ。
 腐肉と腐金属の顔が、歪んだ。笑ったのかもしれないが、今、この場には、それを確かめる術もない。

「俺が喰う。俺のものだ。誰にも渡さない……」

 魔物が、夜の東京に、解き放たれた。





【巫蟲の術師】

 中国の邪法「巫蟲術」により、陰陽師は、「自己」を五人作り出した。
 万一に備えての保険であり、用心だった。
 骨の奪還に来た者に破れても、五人もいれば、必ず誰かは生き残る。作り出したのがただの分身なら、本体を消されればそれまでだが、巫蟲術により創造された肉体は、その全てが、「本物」である。うちの一人、二人を殺されたところで、痛くも痒くもない。
 陰陽師は、狡猾であり、また冷静でもあった。
 「骨」を首尾よく持ち逃げできるなど、初めから、考えてはいなかったのだ。

「巫蟲術……。これのおかげで、一人は残りましたね」

 強力な術を用いる際、巫蟲術では、数百の蟲を一つの甕の中に閉じ込め、そこで共食い殺し合いをさせるという。生き残った一番強い蟲こそが、術を行使するための、貴重な媒体となるのだ。
 その蟲に、己が身の一部を食らわせる。腕でもいいし、脚でもいい。蟲は、やがて、食らった人間へと変化する。分身ではない。影ではない。本物だ。本物だからこそ、術も使えるし、思考もあるし、奇跡すら呼び起こしかねない。
 
「一人が残れば、十分。さすがの術師たちも、私との戦闘で、疲弊していることでしょう。今から、探偵の元に、骨の奪還に向かいましょうか」

 強奪、ではなく、あくまでも、奪還、と言い張る。
 骨は自分のものであると、自分にこそ相応しいと、頭から疑っていない者の言い分だった。

「オン・バザラ・アラタンノウ……」

 真言の詠唱が、ふと、止まった。

「……なんだ?」

 訝しげに、辺りを見回す。
 その場にいる雑多な霊たちが、騒いでいた。何かのひどい干渉を受けているらしく、あるものは呻き、あるものは苦しみ、その場の空気が、嵐の中の波頭のように、ざわめいている。
 そのせいか、せっかくの咒が、発動しない。紡いだ言霊は、正確さを欠いた奇妙な音の羅列となり、足元から這い上がってくるような、どうしようもないほどの不安感が、術の完成の邪魔をする。
 呪符を止むを得ず懐にしまい、陰陽師は、もう一度、今度はもっと注意深く、身の回りを伺った。
 
 人気の無い公園内の、朽ちかけた老木の陰から、のそりと、異形の怪物が姿を現した……。





【喰らい尽くす者】

「骨はどこだ?」
 異形の者が、陰陽師に問いかける。彼の身長ほどもある巨大な薙刀が、脅しつけるように、黒い波動を放った。それが辺りに霊力干渉を引き起こし、術の作用はおろか、正気を保つことさえも、拒み続ける。
「お、お前は……」
 陰陽師は、カラカラに乾いた喉の奥から、かろうじて声を絞り出した。腰から下が萎えて、今にも座り込んでしまいそうだ。草間探偵が呼んだ術師たちと対立しても、ここまでの恐怖は感じなかった。
 幾筋も幾筋も、冷たい汗が、背中を流れ落ちて行く。
「骨はどこだ?」
 ザニーが、すっと一歩を踏み出した。いびつに歪んだ肉体を飾る、重い腐金属の鎖や甲冑が、がしゃりと不気味な音を立てた。
「答えろ。骨はどこだ?」
「ほ、骨は、ここにはない!」
 陰陽師は叫んだ。叫びながら、慌てた様子で、背後の闇を振り返った。
「骨は、奴らに取り返された! 草間興信所だ! 草間興信所に、あの骨はある! ここには無い!」
 陰陽師が指す方向のずっと彼方に、草間興信所がある。ここからでは、その窓の明かりすらも見えないが、ザニーが意識を集中すると、確かに強い気配を感じた。
 体中の血肉が沸き上がるような、この感覚。
 あの骨は、やはり、並のものではないようだ。炎が蛾を誘い込むように、力在る者たちを耐えず惹き寄せる。

「だが……」

 草間興信所に、能力者たちが、集う。
 骨を草間の元から奪い取るには、彼らと対決しなければならない。負けることはない、と、ザニーは自負してはいるが、無傷というわけにもいかないだろう。凄まじいまでの苦闘になる。場合によっては、彼の持つ不死性すらも、損なわれてしまうような……。
「使命こそが、優先か……」
 ザニーには、重要な役目があった。大死霊の護人にして、墓場の森の統一者。彼は選ばれた者なのだ。それを放棄するわけにはいかない。

「骨と比べると味は落ちるが、まぁ、いい……」

 目の前の陰陽師を凝視する。巫蟲の秘術により、純粋な人間ではなくなった、その肉体。呪詛から生まれた蟲が、陰陽師の四肢の大部分を構成している。
 古代中国の呪いを喰らうのは、初めてだった。どんな味がするのだろう? どれほどのものを、もたらしてくれるのか。

「ある偉大な邪神官の言葉を、知っているか?」

 ザニーが、獲物に語りかける。姿は異形そのものなのに、なぜか、ひどく、人間くさい口調だった。気の弱い者なら正視できないほどの醜悪な顔に、束の間の笑みが微かに浮かぶ。
 大薙刀が、動いた。
 
「オン・バザラ・アラタンノウ・オン・タラク・ソワカ!」

 陰陽師が式神を呼んだ。恐怖が、一時的に、爆発的な力をもたらしたようだった。霊力干渉をも撥ね退けて、異界の鬼が召喚される。
 それが、墓守の攻撃を退けてくれるはずだった。だが、ザニーの能力は、「霊喰らい」。式の鬼は、彼にとっては、ただの餌でしかない。
 式の胸に、ザニーの腕が埋まった。そして、一瞬後、無造作に手を引き抜く。霊力を根こそぎ奪われた式神は、姿を維持できなくなり、燃え尽きた。驚きのあまり逃げることも忘れた陰陽師の首を、反す動作で、ザニーが掴んだ。

「ある偉大な邪神官の言葉を、知っているか?」

 同じ質問を、繰り返す。答えが無いのを、知った上で。
 直に触れた部分から、陰陽師の霊力が流れ込む。命が、魂が、力となって、ザニーを満たす。野犬のように生身の体を食い荒らさなくても、ザニーには、いくらでも霊力を奪い取る手法はあった。
 陰陽師の体が痩せ細り、干乾びた。指先から、脚から、砂のように風化して、崩れ去ってゆく。

「そいつは、お前の祈りなど聞かず、無慈悲に襲い掛かる……」

 手に入れた。
 陰陽師の力。巫蟲の呪い。
 骨は取り損ねたが……この世界に在る限り、力の源は無限に生まれる。
 焦る必要はない。時間だけは、腐るほどもあるのだ。



「戻っておいで」



 大死霊が呼んでいる。
 愚かな墓荒らしが、あるいは現れたのか。



 ザニーは、ゆっくりと、踝を返した。
 魔の都に放たれた獣は、再び、在るべき場所へと、戻って行った……。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0778 / 御崎・月斗(みさき・つきと) / 男性 / 12 / 陰陽師】
【1388 / 海原・みその(うなばら・みその) / 女性 / 13 / 深淵の巫女】
【1953 / 御巫・傀都(みかなぎ・かいと) / 男性 / 17 / 傀儡師】
【1974 / G・ザニー(じー・ざにー) / 男性 / 18 / 墓場をうろつくモノ・ゾンビ】
【1981 / 双己・獅刃(ふたみ・しば) / 男性 / 22 / 外法術師】
【2165 / 梅田・メイカ(うめだ・めいか)/ 女性 / 15 / 高校生】
【2170 / 四方陣・恵(よもみね・めぐむ) / 女性 / 22 / 大学生】

お名前の並びは、番号順によります。
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■         ライター通信          ■
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ソラノです。
今回の「陰陽師」へのご参加、ありがとうございます。
まさか三名も術師の方が申し込んでくださるとは思わず、吃驚しました。

術師さま三名については、対決シーンは個別です。基本は一対一で陰陽師と戦っていただきました。
(御巫傀都さまは、梅田メイカ様と二人同時戦闘です)

なお、各所に出てくる術の真言、設定は、こちらで調べたものを使用しております。
全て文献等に出ているものですので、嘘は無いと思いますが、陰陽師自体、非常に様々な解釈が為されており、一定ではありません。
想像と違うところも多分にあると思いますが、ご了承ください。

物語は、大きく二つに分かれています。
陰陽師との対決・骨の奪還編。巫女の探索・骨の逸話編。
御崎月斗さま、御巫傀都さま、双己獅刃さま、梅田メイカさまは、対決編。
海原みそのさま、四方陣恵さまは、探索編です。
G・ザニーさまのみ、他の皆様とのプレイングの相違から、完全個別となっています。

二度目のお申し込み、ありがとうございます。G・ザニー様。
以前とかなり設定が変わっており、驚きました。
墓守としての怖さ、強さなどを、私なりに表してみたつもりです。