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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


陰陽師

【オープニング】

 その客人は、草間が、「どうぞ」と言う前に、どかどかと勝手に事務所に上がりこみ、やはり、「お掛け下さい」と促す前に、遠慮の欠片も無い様子で、ソファにでんとふんぞり返った。
 何なんだ、こいつは……と思いつつ、そこは相手がお客様なのだから、ぐっと堪える草間探偵。
「どのような用件で?」
 とりあえず、穏便に聞いてみる。
「返してもらいに来たのですよ」
 男は、そう言って、室内をざっと見渡した。やがて、お目当てのものを発見したらしく、あったあったと、喉の奥で掠れた忍び笑いを漏らした。
「探していたのですよ。この、骨をね」
 草間のデスクの上に、小さな布の包みが置いてある。中身は、陶器の入れ物だった。このつい一時間ほど前、神社の巫女をやっているという少女が来て、探偵に託していったのだ。
 詳しい事情は話せないが、悪い奴がこれを狙っているから、三日間だけ守って欲しい、と、言っていた。
 なんだかよくわからない依頼だと思いつつ、少女があまりにも思いつめた様子だったので、草間も断りきれず、タダ同然で引き受けてしまったのだ。
 それにしても、と、草間は憮然とする。「骨」とは、どう考えても、穏やかではない。
「骨って……何の骨ですか」
「それを、貴方に、教えてやらなければならない義理も義務もありませんよ。まぁ、クラゲの骨でないことは、確かですがね」
 男は、つまらない冗談を口にして、自分で笑った。煙草の煙にむせているような、嫌な笑い方だ。草間の中で、不快感は、どうしようもないほどに膨れ上がってゆく。
「とにかく、帰ってもらおうか。中身が何かは知らんが、これは、依頼人からの大切な預かりものだ。あんたにくれてやるわけにはいかない」
 敬語を捨てた。その必要なしと判断したのだ。男はまた笑い、草間の制止など無視して、陶器の入れ物を掴んだ。いよいよ腹が立って、探偵が男の黒いコートの袖をねじり上げる。
「触るな」
 その手応えが、不意に、無くなった。男の輪郭が崩れ、男の存在が、その場から消えた。掴んだままの黒いコートだけが、重力の法則に忠実に従って、ばさりと落ちる。
「な……」
「確かに、頂きましたよ」
 姿は無くなったのに、声は、残る。黒いコートのポケットに、一枚の人型が入っていた。陰陽師などがよく使う、式神の呪符だ。
 拾い上げようとすると、それがいきなり炎に包まれた。外套を巻き込んで、さらに強く……高く……。灰の残骸すら残さず、全てが燃え尽きた。床にも壁にも一切傷を付けず、人型の呪符とコートだけが、一瞬で、消えたのだ。
「あの野郎……!」
 依頼品が、奪われた。
 探偵としては、ありえない失敗だ。
 だが、取り返そうにも、草間にはそれを実現するための手段が無い。調べるにしても、人手が足りない。時間もない。
 草間は、デスクの黒電話に飛びついた。思いつく番号を片っ端から回して、電話口に怒鳴った。
「頼む! すぐに来てくれ!」





【追跡】

 草間探偵が助けを求めた術師は、三人。双己獅刃(ふたみしば)、御巫傀都(みかなぎかいと)、御崎月斗(みさきつきと)。また、術師ではないが、高い戦闘能力を持つ梅田メイカ(うめだめいか)が、御巫に同行してきた。
 術師とは関係なく、たまたま草間の家に遊びに来て、事件に鉢合わせた者が、二名。海原みその(うなばらみその)と、四方峰恵(よもみねめぐむ)だ。
 
 草間に案内され、まずは、消えたコートと呪符があったという場所に、三人の術師が集った。
 みそのと恵は、これは面白い現場に出くわしたと、興味津々に彼らを見やる。陰陽師がその術を行使するところなど、滅多には見られない。術師は、彼らが有する法力については、秘匿するのが常である。
 術にも様々な流派があり、弱点もあれば利点もあった。手の内をひけらかすのは、よほどの自信家か、愚か者のすることだ。術者は総じて孤独であり、また、孤独でなければ、真の意味で、優れた能力者とは呼べないものでもあった。
 ぬくぬくと守られているような環境は、術師の力を鈍らせこそすれ、決して、プラスにはならない。
「ここが、式神の消えた場所か……」
 床にも壁にもそれらしい痕はなく、目を閉じて気配を探ったが、やはり何も感じない。通常の力では追跡が行えないよう、完全に脈を断ち切ってしまっている。
 月斗が、懐から、一枚の呪符を取り出した。
「オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ」
 真言は、視術の力を持たぬ者には、何か耳慣れない不可思議な音の連なりにしか聞こえない。そこに意味は見出せず、みそのも恵も、いったい何が始まるのかと、いぶかしげに首を捻るばかりである。
「薬師瑠璃光如来本願。我は汝が真なる名号を識る者也。汝を守護せし十二夜叉大将の力今ここに顕さん」
 風も無いのに、呪符が動いた。不自然に浮かび上がり、不意に白い燐光に包まれる。いびつに形が歪んだと思った瞬間、符は純白の翼を持つ鳳に変化した。
 薬師如来を守護する十二神将、西と白と金を司る、酉の真達羅(とりのしんだら)が、今、仮の姿で顕現したに他ならなかった。
「薬師瑠璃光如来本願。第三願、施無尽仏。願い叶え導く者よ。我と我が友に仇為す者の、その真なる姿を求め示さん」
 鳳が、天井近くまでも舞い上がった。そのまま、なぜか躊躇うように辺りを旋回し、不安げな嘶きを短く発する。
「これは……」
 御崎月斗が、御巫傀都を振り返る。視線を受けた傀儡師が、同じく陰陽の言霊を紡いだ。
「オン・ギャロダヤ・ソワカ」
 傀都は傀儡師であるが、陰陽道にも通じている。傀儡という術法自体が、高位の陰陽術の一つに存在しているのだ。当然、陰陽の何たるかを知らなければ、さらに難術である傀儡法は使いこなせない。加えて、式を操る術が、傀都は得意中の得意でもあった。
「迦褸羅天召喚咒。巨龍と小竜を喰らう金色の鳳よ。来たりて我が前にその力を示せ」
 傀都の符もまた、索敵には一番適する鳳の姿を取る。二羽の鳥が、術師の上空に止まった。
 だが、まだ、足りない。まだ、完全ではない。二人の術師に促されるように、今度は、双己獅刃が、最後となる呪文を呟いた。
「オン・ボダロシャニ・ソワカ」
 獅刃は、一般の陰陽師のように、符は使わない。代わりに、水晶で出来たダガー型のペンジュラムを使用する。
 ペンジュラムとは、もともとは、地下水脈を見つけ出すための「振り子」の事を指し、当然ながら、探索を目的として生み出されたものだ。獅刃はこれを精神集中の媒介として用いるが、その際に、意識は世界レベルまでも広がりを見せる。
 攻撃的な術法を数多く体得している彼だが、だからと言って、探査が不得意なわけでは決してない。過去や精神といった触れられぬ事象に対しては、むしろ、この中で、最も適性を持っている人物でもあった。
「肉眼、天眼、恵眼、法眼、仏眼。その功徳と知恵にて穏形を破壊せよ。求むるは異能の敵。炎を能くする不浄の輩」
 三羽の鳳が揃った瞬間、鳥は、弾かれるように三方へと散って行った。
 月斗の鳳は、西へ。傀都の鳳は、南へ。そして、獅刃の鳳は、北へ。
「どういうことです? 鳥が、それぞれ違う方向へ……」
 みそのが、隣に立っている四方峰恵の方へと、視線を動かす。聞く相手が間違っているよと、恵は溜息混じりに答えた。
「西アジア近代史専攻の平凡な大学生に、陰陽術のことなんか、わかると思う? 私だって、何が何だか……」
 と、救いを求めるように、梅田メイカを振り返る。
「え? 私?」
 メイカも、ふるふると頭を横に振った。陰陽師と聞けば、そういえば、安倍晴明が昨今流行っていますねぇ、と、その程度の知識しかない彼女に、術のうんちくを語ることなど、出来ようはずも無かった。
「か、御巫さん!」
 傀儡師が、やれやれとでも言いたげに、口を開いた。
「鳳を、三体召喚。三方へ追跡。ここから導き出される答えは、一つだけだ。つまり……敵は、三人いる」
「さ、三人!? 陰陽師が、三人も!?」
「正確には」
 月斗が、傀都の言葉を引き継いだ。
「一人の陰陽師が、三体、自分を造った、という方が、正しいかな。それぞれが本物だ。だから、式が三方へ向かった」
「自分を三人って……なにそれ!? そんな事、出来るの!? 分身とか!?」
「分身、などという操影術ではない。本体を三つだ。恐らく、『巫蟲』を用いて、本体を三つに分割したのだろう。邪法の中には、そういうものも存在する」
 外法には一番知識のある獅刃が、侮蔑もあらわに吐き捨てた。
「奴は、ただの陰陽術師ではない。新旧の秘術を手当たり次第に身に着けた、高位の外法術師だ……」
 強力な術を用いる際、巫蟲術では、数百の蟲を一つの甕の中に閉じ込め、そこで共食い殺し合いをさせるという。生き残った一番強い蟲こそが、術を行使するための、貴重な媒体となるのだ。
 その蟲に、己が身の一部を食らわせる。腕でもいいし、脚でもいい。蟲は、やがて、食らった人間へと変化する。分身ではない。影ではない。本物だ。本物だからこそ、術も使えるし、思考もあるし、奇跡すら呼び起こしかねない。
 そして、全てが本物だからこそ、仮にそのうちの一体を殺されても、痛くも痒くもないのである。残る「自分」は他に二人もいるのだ。つまり、三人を同時に滅ぼさなければ、巫蟲の身に「死」は訪れないのである。

「三人同時に、叩くしかないな」
 御崎月斗が、十二歳という年齢にはあまりにも不似合いな酷薄な微笑を、幼い顔に浮かべた。
「一匹でも逃したら、また巫蟲術を使って、本体を無限に増やしてしまうからな……」
 そのやり方が気に入らない。御巫傀都が、低く呟く。
 蟲の共食いに、殺し合い。明らかに邪法だ。しかも「自分」を三人創る。何てことはない。保険をかけただけではないか。よほど、他人様に怨まれる筋合いが多いのだろう。のさばらせて置く訳にはいかない。こういう輩は、悲劇を幾重にでも上塗りする。
「邪法使いを、とやかく言うつもりはない。俺も、同じ穴のむじなだからな」
 だが、双己獅刃は、他人の怨みつらみを、全て一人で被るだけの覚悟はとっくの昔に出来ている。それが無ければ、外法術師などやってはいられない。その覚悟が無い奴に、術師を騙られるなど、それだけでも不愉快だ。

「三人のうちの誰かが、骨を持っている。あるいは、全員が。術師を複数人呼んだ草間さんの選択は、正しかったようだな」
 傀都が、身を翻した。彼が担当するのは、南。梅田メイカが、私も!と彼に付き従う。
「予想以上に、厄介者のようだ。おっさん、報酬弾めよ。ケチるとろくなことにはならないぜ」
 月斗が、こちらは西へと駆け出す。既に遠くに飛び立っている真達羅が、急かすように、早く早くと嘶いた。
「俺は、北の術師を潰すとしよう。骨を持ってきた巫女の探索については、他の者がやってくれ」
 獅刃の姿が、北へと消えた。日没を過ぎ、闇が迫っている辺りの景色に、違和感もなく溶け込んで行く。

「ちょっと待ってよ。なんて乱暴な術師たちなんだ!? 叩くとか、潰すとか……相手を殺しちまうつもりかい!? そりゃ犯罪だよ!」
 四方峰恵が、青ざめる。彼女はかなりかっとんだ性格だが、根は優しくて、ついでに良識ある普通の一般人でもあった。殺人、と聞いては、黙ってはいられない。悪人にも五分の魂があるはずだ。
「人間を殺した場合にのみ、殺人と呼べるのです。魔物は、その限りではありません」
 海原みそのが、冷静に答える。恵は、え、と目を瞬かせた。
「わたくしも、気の流れを追ってみました。そして、気付いたことが、一つあります。これは、人間の気配ではありません。善き生命の力を感じません。巫蟲術なるものを使用することにより、その方は、人であることを、放棄してしまったのでしょう。むしろ滅ぼさなければ、災いを招くばかりです」
 戦いは、殿方に任せましょう。
 みそのは、そう言って、優雅に微笑む。漆黒の巫女衣装が、さらりと微かな音を立てた。
「はぁ……。海原さんだっけ? あなたも、何だか、とんでもない力を持っていそうだねぇ……」
「いえ。そんなことはありません。わたくしは、平凡なただの巫女ですわ。巫女ですから……もう一つのことの方が、気になります」
「骨を持ってきた、神社の巫女、だね?」
「はい。骨の由来、骨の正体、そして、それを持参して現れた、不思議な巫女。わたくしは、こちらの方に、むしろ興味を惹かれます。放って置くわけにもいきませんし、調べてみようと思うのです」
「それなら、私でも手伝えそうだよ。陰陽師と戦うのは、さすがに無理だけどね」
「実は、そのお申し出を、初めから期待しておりました」
 くすくすと、みそのが笑い出す。つられて恵も笑った。

「まずは、巫女様を探しましょう。骨について、面白いお話を伺えそうな気がしますわ」





【廃墟にて】

 草間が巫女から聞いていた住所には、確かに、神社があった。
 ただ、より正確には、神社の跡地、と言った方が適しているのかもしれない。
 そこは既に廃墟と化していた。手入れする者もいなくなった境内は、草木が伸び放題、荒れ放題で、当然のことながら、人の気配も無い。
「騙されたのかな……」
 恵が、古い石段を慎重に登って行く。折れた鳥居が哀れな残骸をさらしていた。剥げ落ちた朱色が、放置された年月の長さを物語っているようだ。鴉が、遠くから、訪問者をじっと見つめていた。
「せっかくここまで来たのですから、出来る限りのことはしましょう」
 苔生した石の段差を上り詰めた先に、すぐ、社が建っている。屋根は半ば崩れ落ち、入り口の引き戸は、歪みで完全に開かなくなっていた。

「四方峰さま。こちらへ来て下さい」

 建物の成れの果てを調べていた恵を、裏手に回っていたみそのが呼んだ。雑草を掻き分けながら進んで真っ先に目に付いたものは、彼女の身長ほどもある、銘の無い石塚だった。

「何だろう。これ……」
「記念碑にしろ、墓石にしろ、普通は、何かが刻まれているものですが……」
 石の表面を、慎重に、恵が撫でた。付着していた泥と埃、それに苔を綺麗に拭い落としても、やはり、石には、何も刻まれていなかった。
「後から誰かが消したとか、風雨にさらされて消えたとか、そんなもんじゃないね。これは。初めから、何も記録を残さなかったんだ」
「なぜでしょう?」
 みそのが、当然の問いを発する。むろん、恵には、それに答える術はない。
「骨を持ってきた巫女さん……。彼女なら、全部、知っているんだろうね」
「この廃墟と化した社で、一人、守ってきたのでしょうか……。骨を。あるいは、この、塚を」

 そこまでする価値が、骨に、あったということなのか。
 確かに、残像としてでも惹きつけられる、強い力を感じたが……。

「本当は、巫女様から、骨についての由来などを、お伺いしたかったのですが……」

 海原みそのが、石塚の前で、手を組んだ。ちょうど何かに祈りを捧げるような形で、心持ち、頭を垂れる。強い風が吹き抜けて、漆黒の巫女装束が大きく翻った。草葉の合間を縫って渡る大気の流れの中に、不意に、不思議な声を聞いた。



「晴明様……」





【過去の残像】

 映像が、頭の中に、徐々に形を作ってゆく。
 眠りの中に引き込まれてゆくような。微睡みから目覚めようとしているような。
 朧にかすむ意識の向こうに、恵とみそのは、もう一度、晴明様、とささやく女の声を聞いた。今度は、もっと、はっきりと。泣いているようだった。藤色の内掛けを羽織った、まだ少女と言っても差し支えないような年若い女が、床に臥している男の枕元に、座っていた。
「晴明様。御簾を上げて、外の景色を御覧になりませぬか。桜が、まだ、美しく咲いておりますれば」
「よい。気を使うな。この屋敷は、よほどの物好きでなければ訪れもしないが、さりとて来客が皆無なわけでもない。人に見られては大事ぞ。私は、ここには居らぬはずの存在ゆえ、な」
 男はまだ若かった。せいぜい三十代の半ばだろう。病に伏せてやつれてはいるものの、それでも、随分と整った顔立ちをしている。家屋の様子や衣装の形から、時代は、平安の初期か、あるいは中期であると判断できた。その時代の人にしては、男は、長身だった。
「お前に、一つ、頼みがある。私が死んだら、この身を、お前の炎で焼いて欲しい。焼けた灰の中に、傷一つ無く残っているものがあれば、それこそが、私の仙骨だ。これを、兄上に、渡して欲しい」
 少女は、長い袖の下で、ぎゅっと拳を握り締めた。ぽたりと、透明な雫が、藤模様の上に落ちた。
「嫌です。晴明様。なぜ、そのようなことを仰られるのですか」
「妖には勝てても、定めし寿命には勝てぬ。されど、安倍晴明は、まだ死ねぬ。我らは楔ぞ。陰陽道の歴史に、変化をもたらさなければならぬ」
「ならば生きてください。晴明様。私は式。晴明様の式神です。私にとっての晴明様は、一人しかおりませぬ」
「お前も、無茶を言う……」
 男が、苦笑した。腕を伸ばし、御簾を上げるよう指示した。着物の袖から覗いた腕は、健康な頃とは比べ物にならぬほどに、痩せ細ってしまっている。それでも、久々に主が外を見たいと言ってくれたことが嬉しくてたまらず、式神は、急いで縁側に駆け寄った。

「晴明様は、閉じ篭り過ぎなのです。少しは風にもあたらなければ、治るものも治りませぬ」
 
 桜の花は、盛りを少し過ぎて、ひらひらと、名残雪のように舞い落ちていた。
 美しいですねと同意を求めた少女の声に、だが、主は答えない。やけに長い沈黙が、その場に降りた。
 
「晴明様?」





【願い】

「晴明様は、亡くなりました。まだ、三十四歳でした」
 振り返ったみそのと恵の視線の先に、式神の少女が、立っていた。藤の内掛けの代わりに、巫女の装束を身に付けている。
 恵が、少ない日本史の知識を総動員して、問いかけた。
「確か、安倍晴明は、八十歳以上は生きたはずだけど。平安以後の、陰陽師の立場を、不動のものにしたって……違ったかな」
「それは事実です」
 少女が、淡々と答える。けれど、と、彼女は言葉を続けた。
「誰も知らないことが、一つだけ、あります。晴明様は、二人おりました。双子だったのです。兄君が、宮廷で栄華を極めた、後の世にも知られる陰陽師の安倍晴明様です。弟の晴明様は、最後まで、その影であり続けました」
「影……」
 みそのが、銘の無い塚を見上げた。
「霊力は、弟様の方が、強かったのですね。死してなお、その遺骨に、力が残るくらいに……」
 式神が、頷いた。
「私は、晴明様のお言葉の通りに、ご遺体を焼きました。その中から残った仙骨を、兄君に、託しました。兄の安倍晴明さまは、その政治的手腕と受け継いだ霊力で、陰陽師の礎を築きました。これが、術師の太祖とまで言われる安部晴明さま誕生の、秘められし逸話です」
 だが、式神には、もう一つ、重要な役目があった。
 兄の安倍晴明亡き後の、仙骨の処理である。もう、この骨は必要ない。いや、それどころか、手にした者に無尽蔵に力を与える仙骨の存在は、大いなる災いの元にもなりかねない。
 式に与えられたもう一つの役目が、仙骨に秘められし霊力の昇華だった。千年もの時間を費やして、彼女は、少しずつ、少しずつ、骨の霊力を、無に還していったのである。
「草間さんのところに、三日だけ守ってくれって……あれは、どうして?」
 恵の問いにも、式神は素直に応じる。隠す気も無かったし、あるいは、ずっと、誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。

 彼女は、千年もの間、孤独のまま過ごしてきたに違いないのだから……。

「三日後は、蝕の日です。天后の理が崩れ、一時的に、晴明様の霊力が衰えます。その時に、式である私の力が、晴明様のお力を上回ることが出来るのです。だから、私は、日蝕と月蝕の日ごとに、骨の霊力を昇華してきました。そして、三日後、ようやく、最後となる昇華の日が訪れるのです」
「だから、三日間だけ、守ってくれって……」
「骨の存在をかぎつけた陰陽師が、数年前から、骨を狙うようになっていました。これまでは、何とか私が退けてきましたが、あの者は、会う毎に力を増していて……。お恥ずかしい話ながら、私一人では抗し切れなくなってきていたのです。そこで、いつも不思議な力の集うあの場に、助力を願いました」
 三日間だけ。
 少女が、祈るように、目を瞑る。
 これが本当に式神なのかと、みそのも恵も、首を捻らずにはいられなかった。

 まるで、人間みたいだ。喜怒哀楽を知っている、普通の、人間の、女の子みたいだ……。
 
「骨は、あの陰陽師に、奪われてしまいました」
 みそのが申し訳なさそうに項垂れる。式神は、だが、毅然として微笑んだ。
「けれど、取り返そうとしてくれています」
「ああ、そうだね。心配はいらないよ」
 恵が、くしゃくしゃと式神の頭を掻き回した。少女が、驚いて、恵を見上げた。
「めっぽう強いよ。あの術師さんたちは。骨はきっちり取り返してくれるよ。んでもって、三日後には最後の仕事も終わって、晴れて自由の身さ!」



 強い風が吹き抜けて、恵とみそのが思わず目をかばった一瞬の間に、少女の姿は消えていた。



「……式神は、役目を終えたら、確か、消えちまうんだよね」
「その時が来るのを、ずっと、待っていたのかもしれませんね」

「海原さんの黒い巫女装束……この事を、もしかして、初めから知っていたのかい?」
「いいえ。わたくしは、何も存じません」
「そっか。その黒い巫女装束、なんだか、喪服みたいだって、思ったからさ」
「喪服……ですか」
「辛気臭いのは、嫌いだけど。私も、三日後、喪服着ようかなって、思ったんだよ。あの子のために……さ」
「それでは、二人で、お送りしましょうか。わたくしたちだけでも。あの方を……」
「ああ……いいね。それ」



 術師たちは、無事、仙骨を奪還してくれた。
 だが、三日後、約束の蝕の空を見上げる喪服姿の二つの人影があったことを知る者は、ほとんどいない。



「やっと、お側に、戻れます。晴明様……」





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0778 / 御崎・月斗(みさき・つきと) / 男性 / 12 / 陰陽師】
【1388 / 海原・みその(うなばら・みその) / 女性 / 13 / 深淵の巫女】
【1953 / 御巫・傀都(みかなぎ・かいと) / 男性 / 17 / 傀儡師】
【1974 / G・ザニー(じー・ざにー) / 男性 / 18 / 墓場をうろつくモノ・ゾンビ】
【1981 / 双己・獅刃(ふたみ・しば) / 男性 / 22 / 外法術師】
【2165 / 梅田・メイカ(うめだ・めいか)/ 女性 / 15 / 高校生】
【2170 / 四方峰・恵(よもみね・めぐむ) / 女性 / 22 / 大学生】

お名前の並びは、番号順によります。
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■         ライター通信          ■
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ソラノです。
今回の「陰陽師」へのご参加、ありがとうございます。
まさか三名も術師の方が申し込んでくださるとは思わず、吃驚しました。

術師さま三名については、対決シーンは個別です。基本は一対一で陰陽師と戦っていただきました。
(御巫・傀都さまは、梅田メイカ様と二人同時戦闘です)

なお、各所に出てくる術の真言、設定は、こちらで調べたものを使用しております。
全て文献等に出ているものですので、嘘は無いと思いますが、陰陽師自体、非常に様々な解釈が為されており、一定ではありません。
想像と違うところも多分にあると思いますが、ご了承ください。

物語は、大きく二つに分かれています。
陰陽師との対決・骨の奪還編。巫女の探索・骨の逸話編。
御崎月斗さま、御巫傀都さま、双己獅刃さま、梅田メイカさまは、対決編。
海原みそのさま、四方峰恵さまは、探索編です。
G・ザニーさまのみ、他の皆様とのプレイングの相違から、完全個別となっています。

初めまして。四方峰恵さま。
前回は、お姉さんのお世話になりました。
単独行動は避け、サポートに徹するということで、巫女や骨の由来を調べる探索編への移行となりました。
術師対決はありませんが、全ての謎がハッキリするのは、この探索編だけです。
少しでも、楽しんでいただけると、幸いです。