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調査File.1 −踏切−
●オープニング
「ねぇ圭吾聞いた?」
「ん?」
ヒヨリに問われて圭吾は思い当たる節がなかったので首をかしげた。
「ほら、三丁目の踏切の話よ」
そこまでいわれてようやく頭に浮かぶ。
そこは最近事故が多発している場所だった。
「事故にあってるのはみんな20代〜30代の女性。んで、事故に遭う前に必ず『お母さん、待って』って聞こえるんだって」
真剣な面持ちでヒヨリは続ける。
その声を聞いて振り返ると、目の前に電車が迫っていた、というパターンだった。
「その踏切って、事故が多発する数日前に確か子供がはねられた亡くなってしまったんでしたよね」
「そうそう。だからその子の仕業じゃないか、って噂になってるの」
「……」
圭吾はため息をついてデスクに腰をよっかからせてため息をついた。
「もしそうだとしたら……かわいそうですよね」
「うんうん、圭吾ならそういうと思ったわ☆ だからあたし、助っ人を呼んできたの♪ みんなよろしくね☆」
振り返ってヒヨリはにっこりと笑った。
●本文
「あれ?」
ヒヨリが振り返った先を見て、圭吾は瞬きをする。
「ども」
圭吾にみられてシュライン・エマは困ったような顔で軽く頭をさげた。
シュラインは草間興信所の調査員でもある。いわば現在は商売敵になるわけで。
「通りを歩いていたら、いきなりヒヨリちゃんに引っ張り込まれて…、まさか同業者になっているとは思わなかったわ」
「ええ、私も夢にも思ってませんでした」
どうしてそうなったのか、という理由は笑顔でごまかされる。
「焔寿さんもまたお手伝いしてくださるんですか」
にっこりと問いかけられて、白里焔寿はやや頬を赤くしてうつむくように頷いた。
珍しく焔寿は学校の制服を着ていた。それが少し気恥ずかしいのもあるらしい。
「桐伯さんもヒヨリに引っ張り込まれた口ですか?」
「ええ、まぁ。…ちょうどシュラインさんと通りで出会って、この町もかわりましたね、なんて話している時に急に服の裾を引っ張られまして」
赤い瞳が困ったように細められる。しかし心底嫌がっている様子はない。
「それにしても、話を聞いてると…私モロ事故にあう年齢なのよね」
ため息をつきつつシュラインはソファに腰をおろす。
焔寿が所在なげに立っていると、ヒヨリに服の裾を引っ張られて同じように腰を下ろした。
「シュラインさん囮になりますか?」
「ちゃんと助けてくれるならね」
冗談めかしていった桐伯に、シュラインは苦い顔で肩をすくめる。
「でも本当に跳ねられるのは勘弁してほしいから、電車の通らない時間帯に録音したテープでも流してみましょうか?」
「あの、私先に現場をみてみたいんですけど…いいですか?」
思い切って発言する、といった感じで焔寿は頬をわずかに赤く染める。
「そうですねぇ…それじゃ、私は事故の事を調べてみましょうか」
「電車の通らない時間、って言ったら深夜くらいだから、その前にその事故の母親にあっておくわ。声とか覚えたいし」
所長が動かなくても勝手に話が進行していく。
圭吾は呑気にお茶だしをしつつ事務所内の整理をしていた。
「…圭吾さん、それでいいかしら?」
シュラインに確認されて、あわてて圭吾は振り返る。
「あ、はい。よろしくお願いします」
焔寿は制服のまま踏切に訪れていた。
ずっと学校に通っていなかったが、この度はれて入学することができ、念願の制服を着ることができた。
それが嬉しくて、つい制服を着てしまう。
「確かここでしたよね…」
あたりを見回すと、一カ所、花が供えられている場所があった。
それはまだ新しい事から、ごく最近事故にあった人へのお供えものだ、という事がわかる。
焔寿はそれに手を合わせて冥福を祈ってから霊視をはじめた。
見えてきたのは様々な霊。
時折電車に乗る人が霊を運んでは知らずここにおいていってしまうことがあるのだろう。
ふとその中に小さな子供の姿が横切った。
泣いている子供。小さく聞こえる声は「お母さん、お母さん」と。
ツキン、と焔寿の胸が痛む。
母親に逢いたい、という気持ちは痛いほどわかっていた。焔寿は幼い頃に両親を亡くした。そう、ちょうど今みている子供くらいの時に。
「大丈夫、ちゃんとお母さんに逢えるわ。だから少し我慢してね…」
そう声をかけると、子供はぱっと顔をあげ、不思議そうに焔寿の事を見つめた。
桐伯は踏切近くの公民館に足を運んでいた。
地元の方が小さな記事をとってあることが多い。
ぱらぱらとめくっていると、小さな記事が目にとまる。
『母親の後を追い、子供踏切横断死』
両親が離婚し、去っていく母親の後を追いかけた7歳の子供が、遮断機がおりていたのに線路に進入し跳ねられて死亡した、
という記事だった。
桐伯はそれを軽く指でなぞる。
「お母さん、待って…」
ヒヨリが言っていた言葉が口をつく。
7歳の子供。どうして母親が自分の元から去ってしまうのかわからなかったに違いない。
追いかけている最中に遮断機がおりて。でもそれを待っていると母親を見失ってしまうからそのまま線路に進入した。
あいにく新聞記事には名前は載っているが、それ以上詳しいことは載っていなかった。
「川上由季子(かわかみ・ゆきこ)さん…離婚して姓がかわっていなければいいんですけどね…」
「もしもし? シュライン・エマです」
シュラインは電話をしていた。
相手は警察官。草間興信所の仕事柄、そういった関係者に知り合いができた。もちろん幽霊作家として活動するための取材などで知り合った人もいる。
電話の相手に踏切事故の事を尋ねると、所轄だからなぁ……と呟きつつ、そっちの知り合いを教えてくれた。
そっちに電話をかけて紹介された、という事を告げて訊ねる。
当時の事故の話、その母親がどこにいるのか。
相手は守秘義務があって、と前置きをしながらそれでも教えてくれた。
離婚したその日。出て行く母親の後を追った当時7歳の子供が踏切を強引に横断し、電車にはねられて死亡した。
母親は子供が跳ねられた事に気がつかず、そのままいってしまった、という事だった。
「お母さんまって」という声をその場にいた人たちが聞いていたが、遮断機の警報や電車の音にかき消され、母親に届くことはなかった。
その母親の居場所を尋ねると、存外近くにいる事がわかった。
シュラインは礼を言うと電話を切った。
それぞれがそれぞれの事をすませ、示し合わせたかのように母親の家の前でばったりと逢った。
軽くそれぞれが調べたことを告げ、皆差違がないか確認しあい、チャイムを鳴らす。
「はい?」
出てきた女性は三人の姿を見て怪訝な顔になる。
仕方あるまい。どうみても勧誘のたぐいには見えない。目的がわからない訪問者ほどこわいものはない。
いつでもドアが閉められる態勢で女性は三人を見つめた。
「私、シュライン・エマ、と言います。踏切事故の事で少々お話が」
切り出したのはシュライン。こういった事に慣れているせいだろう。それにあわせて桐伯と焔寿も軽く自己紹介した。
「踏切事故……」
自分で繰り返した瞬間、女性は口元をおさえてうつむいた。
「…立ち話もあれですから、中へどうぞ」
押さえた声音で家の中へと案内してくれた。
女性の一人暮らしなのだろう、こざっぱりとした感じだった。
狭いキッチンに隣接するように開かれた6畳の部屋に通される。
「狭いところですみません……」
恐縮するように女性はいいながらお茶をだしてくれた。
つん、と鼻に線香のにおいがついて見回すと、奥に小さな仏壇がおいてあった。
そこには小さな子供の写真と、燃え尽きかけた線香。
「あ、あれは…智子の仏壇です…」
そういって写真の中で笑う我が子を見つめて瞳を細めた。
「あの日、私が気づいてやれたら…あの子は死ななくてすんだのに…」
悔やんでも悔やみきれない。自分を憎んでも憎んでもたりない。そういった感じだった。
「……その娘さんが、踏切で貴方を呼んでいるのは知っていますか?」
「え?」
桐伯に言われてはじかれたように顔をあげた。
「あの子が……」
「踏切事故の話、知ってますか? ごく最近の」
「なんでも、小さな子供の声に反応すると、電車にひかれてしまう、とか」
桐伯の言葉に続いて、焔寿が言うと、女性−由季子−は仏壇を見つめた。
「それで、お母様にも一緒に来て頂きたいと思って来たんです」
「はい…もし本当に智子なら…」
小さく頷いた。
電車が通らなくなる時間を選んで踏切にやってきた。
由季子も時間通りにやってきて、不安そうな面持ちで踏切をみていた。
「一応ここに電車と遮断機の音を録音したテープが入ってます」
いってシュラインはラジカセを地面においた。
「本当に、本当に智子がそんな事故を起こさせているのでしょうか……」
落ち着かない様子できょろきょろとあたりを見回す。
「どうですか、白里さん。智子ちゃんは見えますか?」
問われて焔寿は小さく首を左右に振った。
「かすかに気配を感じるですけど…。はっきりと姿までとらえられないんです…」
もっとしっかり力を解放してしまえばいいのかもしれない。でもそこまでしてしまって大丈夫なのか、自分自身に問いかける。母親譲りの能力。上限など存在するのだろうか?
辺りは真っ暗で吐く息が白い。焔寿はダッフルコートの襟をたてて顔をうずめた。
由季子の周りには焔寿によって結界がはられていた。万が一のためにシュラインにも同じものを施す。事故の危険性があるのはこの二人。
桐伯はコートのポケットに手を入れて鋼糸を軽く指にまきつけた。
カンカンカンカン、と静まりかえった踏切に警報が鳴り響く。それにあわせて電車の近づく音。
もちろん遮断機は下りることはない。
そして辺りをうかがっていると、遮断機がおりる場所の外側に、ボォッと少女の姿が現れた。
「お母さん、まって」
そういいながら少女はないはずの遮断機をくぐる。
焔寿によって結界が張られている二人は、それに動じることはなかった。
本来ならば電車の通らぬ時間。なのに電車は走ってきた。煌々とヘッドライトを光らせて、線路を横断する少女の元へと近づいてくる。
少女はたちどまる。ライトの明るさ故か、身の危険を感じたのか。しかし線路の真ん中にたちすくんだ体は動かない。恐怖なのか、それとも何が起こるのかわかっていないのか。
迫りくる電車。少女はきょとんとしたまま立っている。
瞬間、由季子が動いた。
幻の出来事。今現在ここで起こっている事ではないのに、ここで動いたところで過去はかえられないのに。由季子は動いた。我が子を助けるために。
もし迫りくる電車が本物だったとしても、由季子は動いただろう。あの日、気がついていれば必ずとった行動だから。
少女を抱きかかえて線路脇に転がる。
その体には桐伯の糸が巻かれていた。
霊体である少女に、本来ならばふれることすら出来ないはずなのに、由季子はしっかりとその胸に抱いていた。
「おかあさん…?」
「智子、智子!」
ぎゅっと我が子を腕に抱き、何度もその名前を呼ぶ。
智子は呆然とした表情をしていたが、すぐに破顔して母親に抱きついた。
ずっと、ずっと求めていたぬくもり。やっと手に入れたその瞳からは、大粒の涙があふれていた。
「これでもう、あの子がお母さんを求めることはないですね……?」
安心したように呟いた焔寿の顔がなぜか曇る。
「どうかしたんですか?」
桐伯に問われて焔寿は気をすます。
「何かいます。とてもいやな感じ……」
「おじさんの言った通りだ」
焔寿の言葉に重なるように智子が嬉しそうに言った。
「おじさん…?」
首をかしげた由季子に、智子は誰もいない空間をゆびさす。
「あそこにいるおじさんが、ここでお母さんを呼んでれば絶対に逢えるから、って」
一度瞬きをすると、確かにそこには男性が立っていた。
男性は意地の悪そうに笑うと口を開いた。
「やっとお母さんに逢えたね。よかったなぁ…。それで、お母さんを離しちゃダメだぞ。ほら、もうすぐ電車がくる。そしたらずっとまたお母さんと一緒だよ」
「うん!」
嬉しそうに智子は頷く。
「ちょっと待ちなさい! いったい何者なの!?」
シュラインの誰何の声に男は下卑た笑いを浮かべるだけ。
「自縛霊、のようですね」
「仲間を集めてるんですね…」
桐伯の言葉に焔寿はきゅっと唇を結んだ。
「これ以上ここで事故は起こさせないわよ」
「ほぉ、おまえに何ができる? 見たところ俺に対抗する術なんぞもってないようだが」
「あれは一体の霊じゃないですね…自縛霊となったものが長い時間経ち、姿さえも失った後こりかたまったできたもの……」
空間把握能力で、その霊体をさぐる。すると見えたのは男性の体のようにみえる無数の霊体。
「もっと仲間を…さみしい…もっと仲間を…」
男性の声が無数の声になり、不協和音となって響き渡る。
「由季子さんは私たちに任せて下さい!」
言って桐伯とシュラインは由季子と智子の前に立つ。
それに頷いて焔寿は『浄化』の光を放つ。それは暖かな淡い光。
すべてを優しく包み込み、そして安らぎへと導く。
男性−霊の固まりであったものは、静かに崩れ落ちた。
神々しいまでの光を放った焔寿の体が元に戻った時、辺りは再び夜の静寂に包まれた。
「智子……」
未だ抱いたままの我が子を、由季子は涙目で見つめる。
「お母さん、助けてくれてありがとう。ずっと一緒にいたかったけど、一緒にいちゃダメなんだね」
「智子…」
「一緒にいちゃいけない、なんて事ないわ。ただ、あなたはこの場に残ることができず、お母さんを連れ行くこともできないけど、お母さんがあなたを忘れない限り、あなたはいつでもお母さんと一緒なのよ」
「うん……」
シュラインの言葉に智子は大粒の涙を流した。
(いつでもお母さんと一緒……)
焔寿はぎゅっと胸のあたり握り拳でおさえた。
「あたし、お母さんの子供でよかった。また、あたしのこと産んでね」
にっこり笑って、少女は静かに消えていった。
その後に残されたのは、由季子のすすり泣く声だけだった……。
●そして終わり
「そっかぁ……なんかすっごい悲しいね」
しかめつらで暖かいココアを皆に配るヒヨリ。
空は白々としてきて、太陽が少しずつ顔をのぞかせる。
あのまま帰るのもなにか妙な感じで、3人はそのまま事務所へと足を運んだ。
調査してくれている人が起きているのに、頼んだ人物がイヤな顔をするわけがない。
圭吾は3人を招き入れると、すでにそれを予測していたかのように部屋を暖めていた。
「私も父と母と亡くしてますけど…私が覚えていたら、きっといつでも一緒なんですよね」
小さく笑った焔寿に、圭吾は微笑みかける。
「大丈夫、ずっと一緒ですよ」
言葉に表したのは桐伯。シュラインは軽く頭をなで、ヒヨリはココアのおかわりを手渡した。
「あの子も、あの自縛霊のかたまりにそそのかされて女性を呼んでいたのね。純粋な子供の気持ちを利用して」
でももう、それをなくなる。自縛霊の固まりは浄化され、少女は天へと昇った。
後日、4つの花束が新しく踏切にそえられていた。
一つはとても女らしい気遣いを感じるもの。一つは繊細な雰囲気のもの。一つは暖かな雰囲気のもの。そしてもう一つはとびきり大きなものだった。
誰がそえたのか、はそえた人物にしかわからない。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0332/九尾・桐伯/男/27/バーテンダー/きゅうび・とうはく】
【1305/白里・焔寿/女/17/神聖都学園生徒/天翼の神子/しらさと・えんじゅ】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、夜来聖です☆
異界にうつってからの初めての依頼でした。
まずは……焔寿ちゃん学校入学おめでとう☆
東京怪談もいろいろリニューアルされたので、時計屋改め、サイキックリサーチとしてお目見えしました。
シュラインさんにはライバルになっちゃいますけど(笑)
きっとまた近くに珍しい洋酒屋さんとかありますよ、桐伯さん♪(未確認情報)
これからはぼちぼちこちらでやっていきたいと思いますので、時計屋に引き続き、ご愛顧の程よろしくお願いします。
もちろん、呆れられないように頑張ります♪
それでは、またの機会にお目にかかれることを楽しみにしています。
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