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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


陰陽師

【オープニング】

 その客人は、草間が、「どうぞ」と言う前に、どかどかと勝手に事務所に上がりこみ、やはり、「お掛け下さい」と促す前に、遠慮の欠片も無い様子で、ソファにでんとふんぞり返った。
 何なんだ、こいつは……と思いつつ、そこは相手がお客様なのだから、ぐっと堪える草間探偵。
「どのような用件で?」
 とりあえず、穏便に聞いてみる。
「返してもらいに来たのですよ」
 男は、そう言って、室内をざっと見渡した。やがて、お目当てのものを発見したらしく、あったあったと、喉の奥で掠れた忍び笑いを漏らした。
「探していたのですよ。この、骨をね」
 草間のデスクの上に、小さな布の包みが置いてある。中身は、陶器の入れ物だった。このつい一時間ほど前、神社の巫女をやっているという少女が来て、探偵に託していったのだ。
 詳しい事情は話せないが、悪い奴がこれを狙っているから、三日間だけ守って欲しい、と、言っていた。
 なんだかよくわからない依頼だと思いつつ、少女があまりにも思いつめた様子だったので、草間も断りきれず、タダ同然で引き受けてしまったのだ。
 それにしても、と、草間は憮然とする。「骨」とは、どう考えても、穏やかではない。
「骨って……何の骨ですか」
「それを、貴方に、教えてやらなければならない義理も義務もありませんよ。まぁ、クラゲの骨でないことは、確かですがね」
 男は、つまらない冗談を口にして、自分で笑った。煙草の煙にむせているような、嫌な笑い方だ。草間の中で、不快感は、どうしようもないほどに膨れ上がってゆく。
「とにかく、帰ってもらおうか。中身が何かは知らんが、これは、依頼人からの大切な預かりものだ。あんたにくれてやるわけにはいかない」
 敬語を捨てた。その必要なしと判断したのだ。男はまた笑い、草間の制止など無視して、陶器の入れ物を掴んだ。いよいよ腹が立って、探偵が男の黒いコートの袖をねじり上げる。
「触るな」
 その手応えが、不意に、無くなった。男の輪郭が崩れ、男の存在が、その場から消えた。掴んだままの黒いコートだけが、重力の法則に忠実に従って、ばさりと落ちる。
「な……」
「確かに、頂きましたよ」
 姿は無くなったのに、声は、残る。黒いコートのポケットに、一枚の人型が入っていた。陰陽師などがよく使う、式神の呪符だ。
 拾い上げようとすると、それがいきなり炎に包まれた。外套を巻き込んで、さらに強く……高く……。灰の残骸すら残さず、全てが燃え尽きた。床にも壁にも一切傷を付けず、人型の呪符とコートだけが、一瞬で、消えたのだ。
「あの野郎……!」
 依頼品が、奪われた。
 探偵としては、ありえない失敗だ。
 だが、取り返そうにも、草間にはそれを実現するための手段が無い。調べるにしても、人手が足りない。時間もない。
 草間は、デスクの黒電話に飛びついた。思いつく番号を片っ端から回して、電話口に怒鳴った。
「頼む! すぐに来てくれ!」





【草間からの要請】

「……ったく。何やってんだよ。おっさん」
 受話器の向こうで、聞き慣れた呆れ声が、草間を冷たく出迎える。
 かけなければ良かったと、一瞬草間は思ったが、既に後の祭りだった。
 こうなったら、腹をくくって、小学生の嫌味に、耐えて耐えて耐え忍ぶしかない。
「ほいほいと、得体の知れない他人を中に入れるから、そういう目に遭うんだよ。依頼人か、不審者か、見りゃ区別くらい付くはずだろ? 一応、探偵なんだからさ」
 区別が付かなかったから、こういう目に遭ったのだと、思わず心の中で反論する草間。が、それを口に出したところで、負けはハッキリきっぱり目に見えている。
 ちくしょうと思いつつ、じっと我慢の子でいたほうが利口なのだ。御崎月斗は、三十歳の大人をして、それくらい、卑屈に下手に出させるほどの、ほとほと一筋縄ではいかない小学生だった。
「大体、依頼人から預かったんなら、そういう物は、もっと厳重に保管するべきだろ? 机の上に置きっぱなしってのは、明らかにおっさんのミスだぜ」
 いちいち正論だから、余計に頭にくる。
 とりあえず、毒舌を全て聞き流したところで、改めて、草間は尋ねた。
「……で、力は貸してくれるのか?」
 迷う気配もない、明瞭な返答が返ってきた。
「これはビジネスだ。草間のおっさん、相手があんたでも、な」
 報酬をしっかり用意しろと言うのだろう。どこまでも果てしなく世知辛い小学生だと、ガクリと肩を落としながらも、草間はこれに素直に応じた。
「わかったよ。これはビジネスだ。ビジネス分の仕事はしろよ!」
「安心しろよ」
 受話器の向こうで、月斗が笑う。何となく皮肉っぽい、やはり、子供らしくない笑い方だった。
「ビジネス分以上の仕事を、約束してやるよ。それが、俺のやり方だからな」





【追跡】

 草間探偵が助けを求めた術師は、三人。双己獅刃(ふたみしば)、御巫傀都(みかなぎかいと)、御崎月斗(みさきつきと)。また、術師ではないが、高い戦闘能力を持つ梅田メイカ(うめだめいか)が、御巫に同行してきた。
 術師とは関係なく、たまたま草間の家に遊びに来て、事件に鉢合わせた者が、二名。海原みその(うなばらみその)と、四方峰恵(よもみねめぐむ)だ。
 
 草間に案内され、まずは、消えたコートと呪符があったという場所に、三人の術師が集った。
 みそのと恵は、これは面白い現場に出くわしたと、興味津々に彼らを見やる。陰陽師がその術を行使するところなど、滅多には見られない。術師は、彼らが有する法力については、秘匿するのが常である。
 術にも様々な流派があり、弱点もあれば利点もあった。手の内をひけらかすのは、よほどの自信家か、愚か者のすることだ。術者は総じて孤独であり、また、孤独でなければ、真の意味で、優れた能力者とは呼べないものでもあった。
 ぬくぬくと守られているような環境は、術師の力を鈍らせこそすれ、決して、プラスにはならない。
「ここが、式神の消えた場所か……」
 床にも壁にもそれらしい痕はなく、目を閉じて気配を探ったが、やはり何も感じない。通常の力では追跡が行えないよう、完全に脈を断ち切ってしまっている。
 月斗が、懐から、一枚の呪符を取り出した。
「オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ」
 真言は、視術の力を持たぬ者には、何か耳慣れない不可思議な音の連なりにしか聞こえない。そこに意味は見出せず、みそのも恵も、いったい何が始まるのかと、いぶかしげに首を捻るばかりである。
「薬師瑠璃光如来本願。我は汝が真なる名号を識る者也。汝を守護せし十二夜叉大将の力今ここに顕さん」
 風も無いのに、呪符が動いた。不自然に浮かび上がり、不意に白い燐光に包まれる。いびつに形が歪んだと思った瞬間、符は純白の翼を持つ鳳に変化した。
 薬師如来を守護する十二神将、西と白と金を司る、酉の真達羅(とりのしんだら)が、今、仮の姿で顕現したに他ならなかった。
「薬師瑠璃光如来本願。第三願、施無尽仏。願い叶え導く者よ。我と我が友に仇為す者の、その真なる姿を求め示さん」
 鳳が、天井近くまでも舞い上がった。そのまま、なぜか躊躇うように辺りを旋回し、不安げな嘶きを短く発する。
「これは……」
 御崎月斗が、御巫傀都を振り返る。視線を受けた傀儡師が、同じく陰陽の言霊を紡いだ。
「オン・ギャロダヤ・ソワカ」
 傀都は傀儡師であるが、陰陽道にも通じている。傀儡という術法自体が、高位の陰陽術の一つに存在しているのだ。当然、陰陽の何たるかを知らなければ、さらに難術である傀儡法は使いこなせない。加えて、式を操る術が、傀都は得意中の得意でもあった。
「迦褸羅天召喚咒。巨龍と小竜を喰らう金色の鳳よ。来たりて我が前にその力を示せ」
 傀都の符もまた、索敵には一番適する鳳の姿を取る。二羽の鳥が、術師の上空に止まった。
 だが、まだ、足りない。まだ、完全ではない。二人の術師に促されるように、今度は、双己獅刃が、最後となる呪文を呟いた。
「オン・ボダロシャニ・ソワカ」
 獅刃は、一般の陰陽師のように、符は使わない。代わりに、水晶で出来たダガー型のペンジュラムを使用する。
 ペンジュラムとは、もともとは、地下水脈を見つけ出すための「振り子」の事を指し、当然ながら、探索を目的として生み出されたものだ。獅刃はこれを精神集中の媒介として用いるが、その際に、意識は世界レベルまでも広がりを見せる。
 攻撃的な術法を数多く体得している彼だが、だからと言って、探査が不得意なわけでは決してない。過去や精神といった触れられぬ事象に対しては、むしろ、この中で、最も適性を持っている人物でもあった。
「肉眼、天眼、恵眼、法眼、仏眼。その功徳と知恵にて穏形を破壊せよ。求むるは異能の敵。炎を能くする不浄の輩」
 三羽の鳳が揃った瞬間、鳥は、弾かれるように三方へと散って行った。
 月斗の鳳は、西へ。傀都の鳳は、南へ。そして、獅刃の鳳は、北へ。
「どういうことです? 鳥が、それぞれ違う方向へ……」
 みそのが、隣に立っている四方峰恵の方へと、視線を動かす。聞く相手が間違っているよと、恵は溜息混じりに答えた。
「西アジア近代史専攻の平凡な大学生に、陰陽術のことなんか、わかると思う? 私だって、何が何だか……」
 と、救いを求めるように、梅田メイカを振り返る。
「え? 私?」
 メイカも、ふるふると頭を横に振った。陰陽師と聞けば、そういえば、安倍晴明が昨今流行っていますねぇ、と、その程度の知識しかない彼女に、術のうんちくを語ることなど、出来ようはずも無かった。
「か、御巫さん!」
 傀儡師が、やれやれとでも言いたげに、口を開いた。
「鳳を、三体召喚。三方へ追跡。ここから導き出される答えは、一つだけだ。つまり……敵は、三人いる」
「さ、三人!? 陰陽師が、三人も!?」
「正確には」
 月斗が、傀都の言葉を引き継いだ。
「一人の陰陽師が、三体、自分を造った、という方が、正しいかな。それぞれが本物だ。だから、式が三方へ向かった」
「自分を三人って……なにそれ!? そんな事、出来るの!? 分身とか!?」
「分身、などという操影術ではない。本体を三つだ。恐らく、『巫蟲』を用いて、本体を三つに分割したのだろう。邪法の中には、そういうものも存在する」
 外法には一番知識のある獅刃が、侮蔑もあらわに吐き捨てた。
「奴は、ただの陰陽術師ではない。新旧の秘術を手当たり次第に身に着けた、高位の外法術師だ……」
 強力な術を用いる際、巫蟲術では、数百の蟲を一つの甕の中に閉じ込め、そこで共食い殺し合いをさせるという。生き残った一番強い蟲こそが、術を行使するための、貴重な媒体となるのだ。
 その蟲に、己が身の一部を食らわせる。腕でもいいし、脚でもいい。蟲は、やがて、食らった人間へと変化する。分身ではない。影ではない。本物だ。本物だからこそ、術も使えるし、思考もあるし、奇跡すら呼び起こしかねない。
 そして、全てが本物だからこそ、仮にそのうちの一体を殺されても、痛くも痒くもないのである。残る「自分」は他に二人もいるのだ。つまり、三人を同時に滅ぼさなければ、巫蟲の身に「死」は訪れないのである。

「三人同時に、叩くしかないな」
 御崎月斗が、十二歳という年齢にはあまりにも不似合いな酷薄な微笑を、幼い顔に浮かべた。
「一匹でも逃したら、また巫蟲術を使って、本体を無限に増やしてしまうからな……」
 そのやり方が気に入らない。御巫傀都が、低く呟く。
 蟲の共食いに、殺し合い。明らかに邪法だ。しかも「自分」を三人創る。何てことはない。保険をかけただけではないか。よほど、他人様に怨まれる筋合いが多いのだろう。のさばらせて置く訳にはいかない。こういう輩は、悲劇を幾重にでも上塗りする。
「邪法使いを、とやかく言うつもりはない。俺も、同じ穴のむじなだからな」
 だが、双己獅刃は、他人の怨みつらみを、全て一人で被るだけの覚悟はとっくの昔に出来ている。それが無ければ、外法術師などやってはいられない。その覚悟が無い奴に、術師を騙られるなど、それだけでも不愉快だ。

「三人のうちの誰かが、骨を持っている。あるいは、全員が。術師を複数人呼んだ草間さんの選択は、正しかったようだな」
 傀都が、身を翻した。彼が担当するのは、南。梅田メイカが、私も!と彼に付き従う。
「予想以上に、厄介者のようだ。おっさん、報酬弾めよ。ケチるとろくなことにはならないぜ」
 月斗が、こちらは西へと駆け出す。既に遠くに飛び立っている真達羅が、急かすように、早く早くと嘶いた。
「俺は、北の術師を潰すとしよう。骨を持ってきた巫女の探索については、他の者がやってくれ」
 獅刃の姿が、北へと消えた。日没を過ぎ、闇が迫っている辺りの景色に、違和感もなく溶け込んで行く。

「ちょっと待ってよ。なんて乱暴な術師たちなんだ!? 叩くとか、潰すとか……相手を殺しちまうつもりかい!? そりゃ犯罪だよ!」
 四方峰恵が、青ざめる。彼女はかなりかっとんだ性格だが、根は優しくて、ついでに良識ある普通の一般人でもあった。殺人、と聞いては、黙ってはいられない。悪人にも五分の魂があるはずだ。
「人間を殺した場合にのみ、殺人と呼べるのです。魔物は、その限りではありません」
 海原みそのが、冷静に答える。恵は、え、と目を瞬かせた。
「わたくしも、気の流れを追ってみました。そして、気付いたことが、一つあります。これは、人間の気配ではありません。善き生命の力を感じません。巫蟲術なるものを使用することにより、その方は、人であることを、放棄してしまったのでしょう。むしろ滅ぼさなければ、災いを招くばかりです」
 戦いは、殿方に任せましょう。
 みそのは、そう言って、優雅に微笑む。漆黒の巫女衣装が、さらりと微かな音を立てた。
「はぁ……。海原さんだっけ? あなたも、何だか、とんでもない力を持っていそうだねぇ……」
「いえ。そんなことはありません。わたくしは、平凡なただの巫女ですわ。巫女ですから……もう一つのことの方が、気になります」
「骨を持ってきた、神社の巫女、だね?」
「はい。骨の由来、骨の正体、そして、それを持参して現れた、不思議な巫女。わたくしは、こちらの方に、むしろ興味を惹かれます。放って置くわけにもいきませんし、調べてみようと思うのです」
「それなら、私でも手伝えそうだよ。陰陽師と戦うのは、さすがに無理だけどね」
「実は、そのお申し出を、初めから期待しておりました」
 くすくすと、みそのが笑い出す。つられて恵も笑った。

「まずは、巫女様を探しましょう。骨について、面白いお話を伺えそうな気がしますわ」





【対決】

 ちょうど日没の太陽を追いかけるように、西へ西へと追跡を続けた御崎月斗は、やがて、ほの暗い森の中へと入った。
 こんな場所が東京に残っていること自体が、驚きだった。頭上を天蓋のように覆う丈高い樹木の群が、落日の光さえも遮って、全てを夜の色に染め上げてしまう。
 風が吹くと、枝葉のざわめきが、まるで悲鳴のように無遠慮に木霊する。
 うるさいと眉を顰めたその瞬間に、視界の端に、きらりと何かが瞬いた。

「真達羅!」
 
 それは、月斗が使役する式神だった。ただし、今は、漆黒の符で全身を縛り上げられ、神将本来の力を完全に封じ込まれてしまっている。苦しげに藻掻けば藻掻くほど、呪札は鎖のようにその身に食い込み、式神が、既に存在するための限界値すら超えてしまっていることは、容易にわかった。

「解呪!」

 符が、鳳からただの紙に戻った。
 致命傷は免れたが、しばらくは召喚も無理だろう。雑多な霊を使役するような低レベルな術とは違い、十二神将の実体化は、神の眷属との共闘だ。その身が激しく傷ついてしまった時には、回復するための時間が必要となる。
「誰が来るかと思ったら。こんな子供だとは、驚きですねぇ」
 陰陽師が、掠れた声で、くっくっと笑う。唇は両端が吊り上り、明らかに笑いの形を取っているのに、眼差しは、恐ろしいほどに冷たかった。
 冷酷、と言ったほうが、似合いかもしれない。子供だからと容赦するような甘さも慈悲も、欠片ほども感じられない。
「私もねぇ。呼べるのですよ。十二神将を! 顕現せよ! 金毘羅神明王!」
「防げ! 婆耶羅神将!」
 薬師如来を守護する神軍同士が、激突する。それぞれの将の神具が触れ合った瞬間に、衝撃波が、眼にも見える形で襲いかかってきた。
 月斗の胴よりも太い樹木が、まるで葦草のように薙ぎ倒される。一体だけではこれを防ぎきれないと判断した月斗は、すかさずもう二体の神将を式召喚したが、敵陰陽師もまた、複数の神の眷属を呼んでいた。
 天が震えるほどの、大気の咆哮。
「十二神将の、複数同時召喚を行える奴が、よりにもよって、外道法師なんてやっているとはな」
 最大の皮肉を込めて言ってやったが、月斗の背中には、ひんやりと冷たい汗が流れていた。
 別に恐ろしかったわけではない。いや、むしろ、強敵との戦いには、高揚感すら覚える。術師としての血が、ざわめく。内に眠る黄龍が、表に出せと、存在を主張して……。
「駄目だ!」

 お前を、出すわけにはいかない。
 
 月斗は、ぎゅっと、自らを抱きしめるように両腕を体に回した。激しい動悸を、意志の力で押さえつける。

 目覚めるな。眠れ。
 
 龍脈の主の力を、たとえ一部分でも解放すれば、戦いは、あっさりとけりが付くだろう。黄龍とは王龍。中央に燦然と輝いて、遍く天を支配するもの。地に降りては麒麟となり、大地の万象を司る。
 それは、神々の皇帝。
 だからこそ、頼りたくない。
 術師として、術師に勝ちたい。人の枠を踏み越えずに、純粋に、己の技と力だけで、勝ちたい。陰陽師としての誇りが、断固として、黄龍の開放を拒絶する。
 月斗自身が、驚いていた。自らの中に眠る力への、自信。忌まわしさしか感じなかったはずの力への、渇望。

「動かないなら、こちらから行くぞ!」

 急に動きが鈍くなった月斗に、外法術師が、嬉々として攻撃を仕掛ける。敵が紡いだ言霊に、月斗はさらに混乱する。どういうことだ? どういうことだ? なぜ、あの外道の術師が、その真言を用いることが出来るのだ?
 それを行使するのが許されるのは、長い長い歴史の中でも、一人だけだ。月斗さえも、恐らくは使えない。
 その咒は……。

「顕現せよ! 十二神将! 天一(てんいつ)、騰蛇(とうだ)、朱雀(すざく)、六合(りくごう)、勾陳(こうちん)、青竜(せいりゅう)、天后(てんこう)、太陰(だいおん)、玄武(げんぶ)、太裳(たいもう)、白虎(びゃっこ)、天空(てんくう)!」

 安倍晴明!
 陰陽師の祖とも言える、稀代の術師、安倍晴明の式神、十二神将!
「馬鹿な! それは、安倍晴明の式神だ! 安倍晴明にしか、使えない! なんで……なんで、あんたなんかが!」
 だが、どれほど否定しようとも、式神たちは、次々と真言に応じ姿を現す。外法術師こそが、唯一絶対の主だとでも言うように、素直に、従順に、愛情すら漂わせて、付き従う。
 反して、月斗に向けられる目には、敵対する者への嫌悪と憎悪が漲っていた。安倍晴明の式神が、外道術師を守っている。
「なぜ……」

 不意に、月斗の脳裏に、何かが閃いた。

「骨……あんたが、奪っていった、骨。まさか…………まさか!」
「その通り」
 術師が、笑った。呼び出した式神たちの影で、絶対の力に守られていることを確信した上で、笑った。
「この骨こそが、晴明の遺骨よ! 死してなお、その霊力も衰えず、手にする者に、術師としての最高の力を約束する……晴明の骨よ!」
「安倍晴明の、骨……!」
 ああ、そうか。全ての疑問が氷解する。
 これほどの、霊力。これほどの、使役力。不思議でならなかった。外法の術師としては、あまりにも、男は強すぎたのだ。だが、今は、納得できる。この全ては、安倍晴明の力だったのだ……!
「黄龍……」
 呼ぶか?
 如何に稀代の陰陽師が相手とはいえ、黄龍なら、確実に勝てる。
 だが……。

「クズ野郎。目を覚まさせてやる。所詮、あんたの力は借り物だ。晴明の威を借る哀れな小物だ! レプリカはオリジナルにはかなわないってことを、今、その体に教えてやる!」

 授業料は、貴様の命だけどな。

 月斗は、両足をぐっと地面に踏みしめた。指が、複雑な印を次々と結んでゆく。浮かび上がった幾つもの光が、青白い軌跡を残しつつ、星々を描いた。天の縮図が、目の前に、顕される。
「ナウマク サンマンダ ボダナン インダラヤ ソワカ」
 まるで、それは、曼荼羅の再現。
「汝、八部衆の筆頭にして、四天王の真なる主。天界最強の軍神にして、慈悲深き豊饒の守護者よ」
 十二神将が、怯えたように後退る。彼らが束になっても敵わない、恐るべき力を持った存在が呼び起こされようとしていることを、肌で感じないわけにはいかなかった。



「光臨せよ。雷神・帝釈天! 金剛杵の裁きを持って、惑いし者を、速やかに滅ぼせ!」





【勝者と敗者】

「晴明の霊力の一部をモノにしたところで、所詮、あんたは、その程度の術者だったのさ」
 深く抉れた地面を見下ろすようにして、月斗は呟いた。森は、一部が丸く切り取られ、そこに生々しく破壊の痕跡を見せ付けながら、一方で、何事も無かったかのように、ただ頑なに、沈黙を守り続けている。
「晴明の骨を欲しがった時点で、あんたは、負け犬になっちまっていたんだよ」
 外法術師の屍も、晴明の式神も、そこには無い。帝釈天の金剛杵の一撃が、全てを消し飛ばしてしまった。
 これほどの大技を使ったのは、月斗自身、久しぶりのことだった。歩き出そうとした四肢が、たちまち悲鳴を上げる。極限にまで集中を高めた後の頭が、吐き気を催すほどに、ずきずきと痛んだ。普段は健康的な小麦色の肌が、蒼白に近い色になっている。
「やべぇ……。マジで、疲れた……」
 思わず、片膝を付く。何か支えが欲しいと思ったが、ここには、それをしてくれる弟たちもいない。
 瞼が徐々に下がってくる。こんな所で眠りこけるわけにはいかないと、ぶるぶると犬のように首を振った瞬間、視界の端を、何か白いものが過ぎった。
「あれは」
 巨大なクレーターと化している地面の底に、目を凝らす。斜面を滑り落ち、破壊跡の中心を探ると、そこには、骨のかけらが落ちていた。
「晴明の、骨」
 拾い上げると、心地よい霊力が流れ込んでくる。帝釈天の雷炎にも耐えた遺骨には、傷一つ付いていなかった。人骨であるはずなのに、気持ち悪いという感覚もない。
 取り戻したのだと、ただ、奇妙な安堵感だけが、月斗を柔らかく包んでいた。
「俺の方は、終わったぜ」
 骨を握り締めていると、少しずつ、しかし確実に、体が回復してくる。歩くのが、さほど苦痛ではなくなっていた。術の行使すらも、試みることが出来る。

「オン・キリ・ウンキヤクン」

 現れた式神に、骨を託す。満身創痍の自分が、のんびりと持ち帰るより、式に頼んだほうが、遥かに速い。
「これは、ビジネスだから、完璧に仕上げないとな」
 誰にともなく、一人呟く。
 
 式神が、命令を受けて東の空に飛び去って行くのを見届けると、月斗は、再び、その場に座り込んだ。
 
「少し、眠ってくか……」

 急く必要は、まったく無い。骨は取り戻したのだ。邪法使いは、撃退した。非の打ち所の無い、完璧な勝利だった。だから、少しくらい油を売っても、誰も何も咎めないだろう。

「……ったく。働く小学生ってのも、楽じゃないぜ」

 だけど、出迎えてくれる弟たちがいるから、頑張れる。

「おかえり。月兄ぃ。なんだよ。ぼろぼろ。やっぱ兄ぃは、オレがいないと駄目なんだよな」
「月クン、月クン、大丈夫? 痛いの痛いの飛んでけ、してあげようか?」

 大切な、大好きな、彼らの笑顔が、眠りに落ちる寸前に、見えた。





【そして後日談】

「おっさん。約束の報酬は?」
「……これだ」
「……なめてんのかよ。おい」
「うちの興信所の財政を考えろ! それが限界だ!」
「ほーぅ。なるほど。陰陽師との約束を、破るわけだ。さすが、おっさん。いい度胸してるよなぁ」
「な、何をする気だ……」
「ナウマク サンマンダ ボダナン インダラヤ ソワカ」
「ちょ、ちょっと待て! 何の呪文だ!? 何を呼ぶ気だ!?」
「式招来! 雷神・帝釈天!」
「こ、この狭い興信所内で、そんなもの呼ぶ奴があるかー!!!」
「黙れ! 金払いの悪い奴には天誅だ!!」
 
 そして、草間の逼迫した財布から、容赦なく金品を強奪して行く、御崎月斗。



「強奪とは、人聞きの悪い。言ったはずだぜ? これは、ビジネスだってな」



 本人に、良心の呵責は、まったく無い。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0778 / 御崎・月斗(みさき・つきと) / 男性 / 12 / 陰陽師】
【1388 / 海原・みその(うなばら・みその) / 女性 / 13 / 深淵の巫女】
【1953 / 御巫・傀都(みかなぎ・かいと) / 男性 / 17 / 傀儡師】
【1974 / G・ザニー(じー・ざにー) / 男性 / 18 / 墓場をうろつくモノ・ゾンビ】
【1981 / 双己・獅刃(ふたみ・しば) / 男性 / 22 / 外法術師】
【2165 / 梅田・メイカ(うめだ・めいか)/ 女性 / 15 / 高校生】
【2170 / 四方峰・恵(よもみね・めぐむ) / 女性 / 22 / 大学生】

お名前の並びは、番号順によります。
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■         ライター通信          ■
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ソラノです。
今回の「陰陽師」へのご参加、ありがとうございます。
まさか三名も術師の方が申し込んでくださるとは思わず、吃驚しました。

術師さま三名については、対決シーンは個別です。基本は一対一で陰陽師と戦っていただきました。
(御巫・傀都さまは、梅田メイカ様と二人同時戦闘です)

なお、各所に出てくる術の真言、設定は、こちらで調べたものを使用しております。
全て文献等に出ているものですので、嘘は無いと思いますが、陰陽師自体、非常に様々な解釈が為されており、一定ではありません。
想像と違うところも多分にあると思いますが、ご了承ください。

物語は、大きく二つに分かれています。
陰陽師との対決・骨の奪還編。巫女の探索・骨の逸話編。
御崎月斗さま、御巫傀都さま、双己獅刃さま、梅田メイカさまは、対決編。
海原みそのさま、四方峰恵さまは、探索編です。
G・ザニーさまのみ、他の皆様とのプレイングの相違から、完全個別となっています。

初めまして。御崎月斗さま。初参加、ありがとうございます。
まさに王道の陰陽師様です。したがって、純粋に、式神対決していただきました。
黄龍は強すぎるので、今回は出てきません。術と技のみの戦闘です。
ちなみに、最後の草間さんとのシーンは、ライターのお遊びです。
何となくふっと浮かびまして。(苦笑)
それでは、またどこかでお会いできれば、嬉しく思います。