コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


心の灯りをともす人

●オープニング

「…ふうっ。」
ため息をついたライター見習い少年に碇編集長は声をかけた。
「どうしたの?」
「あっ、何でもないんです。」
手を振って否定しようとする少年の顔は「何でもない」とは言っていない。
「ホントに何でもないんなら、そんな表情は止めなさい。心配してくださいと言っているようなものよ。」
編集長の厳しいが優しい言葉に少年は小さく笑って前を向いた。
「僕の友達が…学校に来なくなっちゃったんですよ。」
「また、いじめられた、とか?」
それもあるのかもしれないけど…。苦笑しながら彼は続ける。
「あいつ、都会が性に会わないって言ってました。花とか育てるのが得意で、動物が好きで…。仕事人間の親父さんと気が合わなくて。
その性に合わない父親が、リストラされて。そしたらあいつ、キレちゃったみたいなんですよ。」
部屋に篭ったまま出てこなくなったのだという。
まだ、仲の良かった少年には、一度だけメールが来た。そのメールにはこう書いあるという。
『僕はもう、人間が嫌になった。友達はこいつらだけで十分だ。』
「会いに行ったら、おばさんが蒼白な顔で、鳥や、鼠が見張ってるって泣いて…、おじさんは、家に寄り付かなくなって。あいつ、そんなことをする人間じゃなかったんですよ。」
でも、実際、彼の家の周りには鳥や、雀、犬、猫、鼠がたくさんいた。恐ろしいほど。そして、何かをしようとしている。
ぎゅっと手を握りしめた。アンテナが告げる。何かがあいつに起きた。そしてあいつが変わりかけている。
このままにしておいちゃいけない…と。

「編集長、お願いしてもいいですか?誰か、知恵と力を貸して、下さい。って。」

●放ってはおけない…。

「俺も連れてってくれないかな?」
依頼人の話を聞き、現場に向かおうとする探偵たちの前に武田・一馬が現れた。
「あっ、これ叔父貴から。」
カメラマンの叔父から預かったという写真の入った封筒を編集部のデスクに置くと、彼らの前に、向かい合う。
「俺も、昔親父のコトあんまり好きになれなくてさ、反発してたんだ。もう、死んじまったけどさ。」
後悔先に立たず、孝行したい時に親は無しってね。独り言のように呟くと、彼は寂しそうに微笑んだ。
「どっか、俺と似た感じがするししさ、放ってはおけない気がしたんだ。手伝いたいんだが、どうかな?」
反対する理由は、どこにも無い。一歩前に出た依頼人、西尾・勇太は頭を下げた。
「こちらこそ、お願いします。」
「よっしゃあっ、決まりだな。じゃあ、行くとしようか。あ、俺は自分のバイクで行くから。」
そう、言うと彼は手の上のキーをシャランと慣らし、先頭に立って歩いていった。
苦笑しながら後ろを歩く探偵たちの視線を背に受けて…。

●彼を想うものたち…

「うわあっ、ちょっとすごいねえ。」
海原・みあおが思わず上げた声に、探偵たちは頷いた。ちょっと見には解らないだろう。
でも、感覚を凝らしてみれば解る。あちらからも、こちらからも感じる「気配」
屋根の上を飛び回る鳥の数、自分たちを見張るような猫の目線。向こうには犬。こっちにいる、見慣れない生き物はフェレットや、りすだろうか?
都会のどこに、一体?そう思うほどに動物たちが溢れている。
「確かに、これはちょっと異質ね。」
綾和泉・汐耶もため息をついた。
「最近特に酷くなって、周囲からも化け物屋敷なんて陰口を叩かれているみたいで…。」
依頼人である西尾・勇太は家を見上げた。少し前まではこんなじゃなかった。何度も遊びに来た家だったのに…。
「で、彼の部屋はどこだい?」
近くの路地にバイクを止め、ヘルメットを外し、武田・一馬は問いかけた。勇太は無言で二階の一部屋を指差す。
「まずは、正面から、行きましょうか…ん?」
振り返る汐耶の怪訝な表情に、他の三人は疑問符を浮かべた。
だが、それは一瞬。彼らもまた、汐耶と同じものを感じていた。自分たちの背後から横を通り過ぎていく存在。
しゃらしゃらと、鎖の摺れる音がする。
「誰かが…いる?」
「ああ、いるな。動物じゃねえ、霊でも…ねえ。俺たちと同じ人間だ。」
「でも、どうして、見えないのかな?」

実はもう一人の「探偵」が、そこにいた。人間が、認識できる世界とは、別の世界に…。
「彼」を、見ることはできなかった。
だが、感じた。「彼」は少なくとも、今、自分たちの敵ではないと。
自分たちと、同じように「少年」を案じていると。
だから、「彼」を止めることはしなかった。
今は、とにかく、自分たちのするべきことを、するだけだと…。

突然の来訪者の存在を、動物たちは、当然ながら、歓迎はしてくれなかった。
犬が、猫が、鼠が…彼らの前に立ちはだかって…。
「彼」は動物たちも止められず、中に入ったようだが、現実に生きる身としては物理的な壁にはやはり足を止めざるを得ない。
「ちょっと待ってね…。」
みあおは、そう言いおくと玄関から離れ、くるりと家の影に入った。
何かをしようとしていることは解る。でも、知られたくないことなら、それを無理に見るべきではない。
汐耶と一馬は黙って待つことにした。
それから約5分。
「ごめんね。待たせちゃって…。」
息を切らせたみあおが戻ってくる。
「そのお兄ちゃんは、やっぱり二階のあの部屋にいるみたい。あのね、鳥や、動物たちは、彼が好きみたい。悲しませたくないから、守りたいんだよ。多分…。」
俯きながら、言うみあおの言葉に一馬は頷いた。
「彼にとっては、こいつらは、友達なんだよな…。さて、どうするか…。」
同じ、とは言えないだろうが「言葉の無い友達」を持つ一馬としては、あまり手荒なことはしたくなかった。
サイレンの幽霊でも呼び出して、音で追い払おうか。でも…。
そう、思った時、汐耶はツッと前に出た。中央に立つ、リーダー格に見えた一匹のシェパード犬に彼女は向き合う。
「彼と話したいの、通して頂けますか?」
小細工はしない。目線は逸らさず、対等な位置で彼女は語りかけた。
話はできなくても、気持ちは通じると思うから。
「そうだな。君ら、あいつのことを思うなら、このままじゃだめだって解るだろ。悪いようにはしない。だから、どいてくれ。」
「大事なお友達でしょ。みあおたちも、助けたいんだ。ね。」
汐耶の意図を、一馬も、みあおも理解していた。まっすぐに動物たちを見た。勇太も、誰も目を逸らさなかった。
長いようだったが、時間としては短かったのかもしれない。
先に目を背けたのは、動物たちの方だった。
シェパードが少し、俯くように下を向くと、脇によけると同時に、動物たちも、道を開けた。
家の玄関まで一本の道ができる。
「…ありがとう。」
「待ってろよ。必ず、そいつの笑顔をお前たちにやるからさ。」
「みあおたちを信じてね。」
動物たちが見守る中、先に進む彼らについていきながら、勇太は小さく呟いた。
「凄いや…。」

●このままではいられない…。

怯える母親を説得し、少年のいる二階への階段を、上がろうとした時、何かが彼らの耳に届く。
「誰が…、何を言ってるんだ!…解らないよ!!」
吐き出すような、悲鳴にも似た声。何かがぶつかる音。
それは、勇太が指し示す少年の部屋から、聞こえてきた。
彼らは、ゆっくりと歩き、扉の前に立つ、トントン、汐耶がノックをした。
返事は返らない。
「僕だよ、勇太だ。入るよ。」
「入っていいなんて、誰も言ってない。帰れよ!」
がちゃっ。
声とは裏腹に、鍵が動いた。
勇太が頷いて扉を開ける。そこは、ごく普通の部屋だった。
本棚、机、タンス、テレビ。服や本が、ちょっと散らかって…。どこにでもあるような、普通の子供の部屋。何も変わったことは無い。
本来なら、そこで、くつろぎ、楽しむだろう、その部屋の主が、何かに怯えるように、部屋の中央で立ち尽くしている以外は…。
「透…。」
呼びかける勇太の顔めがけて何かが飛んできた。それが、枕だと気づく頃には勇太の眼前まで…。
「うわっ!」
「おっと!」
一馬の手が、枕を掴む。突然の思いがけない挨拶に勇太は、少し声を荒げた。
「透、一体…!」
「なんだよ。なんでだよ。どうしてそっとしておいてくれないんだよ。」
透、そう呼ばれた少年の声は、吐き出すように小さく、弱々しい。
「人間なんか、嫌いなのに。一人でいたいのに。どうして来るんだよ。どうして、行ってしまうんだよ…。」
彼の目は窓の外を見つめている。さっきまでいた「仲間」たちは外に行ってしまった。
見えない、「誰か」の訪れと、勇太たちの来訪。
もう、解っている。このまま、家の中に篭って逃げてはいられないのだと…。
「ねえ、あなたは本当に人間が嫌い?」
透の側に、最初に近寄ったのは、汐耶だった。彼女の吸い込まれるような青い目と、静かな言葉に、透はしばし呆然としながら立ち尽くしていた。
「話してみろよ。聞いてやるからさ。心の中のこと、全部ぶちまけてさ!」
一馬の明るい声に、俯くように透は下を見た。ホントは言いたかった。一人で抱えていたくはなかった。
でも、…誰にも言えなかった。
母親のような優しい視線の汐耶、兄貴のように強く見守る一馬、妹のように汚れない目で自分を見る、みあお。
知らない人間たちのはずなのに、信じられる気がして、透は目を閉じ、ゆっくりと口を開いた。
「…父さんが、会社を辞めた。会社人間で、真面目だけが取り柄で、いっつも俺たちのことなんかかまってくれなかったけど…。」
話を聞きながら一馬は思っていた。
(この子は、親父さんのこと、結構好きなんだ。少なくとも嫌ってない…?)
口調は静かで優しい。この子の本質が見えるようだ。透の話は続く。

「最初は、ただのリストラだと思ってた。これを期に会社を起こすと張り切っていて、俺たちで支えてやっていける。そう思ってた。でも…。」
透は、思い出す。あの時、聞いてしまった言葉。父が、一番信用していた、家族同然で付き合ってた同僚。励ましに来た彼の帰り際の言葉…。
「馬鹿な奴。」
それから、動物たちの力を借りて、調べて、知った。リストラではなく、解雇だったこと。
贈賄の疑惑を晴らすための、父はスケープゴート。
会社も、友人も、知っていた。父の真面目な性格を。会社や友人を見捨てられない性格を…。
辞めさせられて、それで終わりではない。これから、すべての罪が父に被さって来る。
あれほど、会社を信じて、友を信じていた父を、信じていたものたちは裏切った。
それを、父は知らない。
言えなかった。言うことは出来なかった。証拠は何も無い。
どうすればいいかも解らず、透にできたのは、喋らない友人たちと閉じこもることだったのだ。秘密を抱えて。

ふわっ。汐耶の手が透を抱きしめる。
「あなたは、家族や、大事なものを傷つけないために閉じこもったのね。強い子だわ…。」
手の暖かさに、透の心のなにか、張り詰めたものが切れた気がした。
「俺、いや、僕は本当は、都会より田舎の方が好きなんだ。お祖父ちゃんと一緒に暮らしていた山の中が。でも、父さんは会社を信じて東京に住んでた。僕らは父さんを信じてついてきた。でも…、父さんの信じてきたものは裏切った。東京が裏切った。僕は、東京が人間が…信じられなくなったんだ…。」
一気に気持ちのすべてを吐き出し、泣きじゃくる勇太にみあおは、そっと囁いた。
「あのさ、ホントに嫌いな人間と付き合う必要はないと、みあおは思う。でもね、人間全部が裏切るわけじゃないんだよ。いい人もいるし、悪い人もいると思うんだ。動物さんだってそうだよ、いい子も悪い子もいると思う。そういうのを確か…。」
「逆もまた真なり?」
汐耶の言葉に、みあおは、そう!それ。と微笑んだ。柔らかい笑い声に透の涙も止る。
一馬はぽりぽりと頭を掻いた。何かを言ってあげたくて一生懸命に言葉を捜す。
「君の、父さんは生きている。まだ話し合えばお互いの気持ちを伝えられるはずだよ。少なくとも君は信じているんだろう。お父さんや、お母さんを。」
大好き…なんだろう?そう続ける一馬の言葉に、透の首はゆっくりと前に動いた。
「なら、話し合ってみなよ。信じてくれる。君のことも思いも、きっと考えてくれるよ。家族なんだからさ。」
「もう少し頑張って大人になったらさ、お祖父ちゃんのところに行く事だってできるんじゃない?息を抜いてやってみようよ。」
「この部屋の中で膝を抱えていても、何も変わらない。それが君に良くないと解っているから、君の『友達』も私たちを通してくれたの。それに、あなたの事を心配していた友達もいるのよ。」
汐耶の言葉に、一馬も、みあおも頷いてそっちを見る。彼のことを知っているがゆえに何も言えなかった。でも、ずっと心配していた人物。
「勇太…。」
「…透。」
「私たちは、彼の頼みで来たの。東京は人が多すぎるから君たちを裏切る人間も、いるかもしれない。でも助けてくれる人もいるのよ。ちゃんと…ね。」
「俺も、自然が好きだからさ、今度、一緒にツーリング行こうぜ。俺がタンデムで載せてやるよ!」
「大丈夫。それにさ、お友達も心配してるよ。」
みあおが指差した窓の外。そこにはたくさんの鳥たちが集まっていた。下にはたくさんの動物たちの気配も…。
透は感じていた。部屋の外も、中も変わらない、あふれる思い。優しさ…。
真っ暗だと思っていた心の中に、灯りがともる。そんな…気がした。
「まだ、人間が嫌い?」
汐耶の問いに、透の首は横に動いた。そして…。
「ありがとう、ございます…。」
涙をこすり、真っ直ぐに頭を下げる透を見て、探偵たちは思った。
彼はもう、大丈夫だと…。

●それぞれが思うもの。

「さあてと、約束だからな。」
一馬はその後、透と約束どおりツーリングに出かけた。タンデムに乗せて。
透が行きたいと言った福島まで、ちょっと遠いが足を伸ばし、終わりかけの紅葉と磐梯山を見る。
「確かに良いとこだよな。自然あふれるところってのは。でも、東京だって捨てたもんじゃないぜ。」
「そうだね、東京の人も…。」
小さな、囁きのような言葉だったが、それは、ちゃんと一馬の耳にも届いていた。
「でもさ、男ふたりのタンデムって虚しくない?」
「それを言うなって。俺だって女の子と来たいと思ったんだからさ。」
明るい笑い声が、みかん色の空に響いて消えた。

住宅街の、動物大量発生事件、自然解決。
碇編集長の手の中、新聞の小さな囲み記事にそんな見出しが載っていた。
自然界のバランスが…ありきたりな文章に読む価値はないと、新聞はデスクの上に投げられる。
「まだ、本当の意味では解決してないですけど…。」
報告に来た勇太少年は、そう言った。贈収賄疑惑の父。少年の「能力」。ひきこもり、リストラ。
どれを取っても一朝一夕で解決する問題ではなく、時間が必要だろう。
ただ、少なくとも、一人の少年の何かを変える手伝いができた。暗闇を迷っていた少年の心に灯りをともすことができた。
未来の購読者が一人増えた。
今は、それだけで十分かもしれない。そう思って彼女は笑った。
今回のこと、どれをとっても興味深い記事ができそうな気がする。少なくとも、こんな新聞よりはずっと。
でも、それをするつもりは無かった。
報告書は、彼女の心の中にしまわれ、シュレッダーで刻まれた。

探偵たちが去った、透一人の部屋。
透は、見えない何かに頭を下げた。
最初に、「彼」は来た。見えない姿で、自分の前に立ち、聞こえない声でこう言った。
(・・・おまえは・・・人間として・・・・生きて欲しい・・・・。)
動物と話す力は、明るいものだけを見せるわけではない。親に、他人に知られたら、どうなるか…。
それも、透が人を恐れた原因でもあった。
だが「彼」は言ったのだ。お前には味方がいる…と。シャラ…鎖の摺れるような音がする。
(・・・こんな鎖をもつのは俺で十分だ。)
「彼」の気持ちを感じたからこそ、透はやってきた味方に素直になれた。
「ありがとう…ございました。」
「彼」だけに贈った感謝の言葉。
それが、彼に届いたかどうかは解らない。

鎖の摺れる音は、静かに遠ざかって、消えていった

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【1415 /海原・みあお /女/13歳/小学生】 
【1449 /綾和泉・汐耶 /女/23歳/都立図書館司書】 
【1559 /武田・一馬  /男/20歳/大学生】 
【2156 /紗侍摩・刹  /男/17歳/殺人鬼】 

NPC 西尾・勇太 男 14歳 中学生 ライター見習い
    北岡・透  男 14歳 中学生
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

夢村まどかです。
久々の怪談となりました。
ご参加くださり、ありがとうございます。

えっと、今回参加者でありながら、お名前を出さなかった方がいます。
紗侍摩・刹さんは、別の次元に生きる方ということなので存在するけど見えない幽霊に近い形で描写させて頂きました。
霊能者なら見えたのかもしれませんが、私の解釈では探偵たちにも見えない。故に名前も解らなかったということで。
どうか、お許しください。
でも、彼の存在は重要でしたので、最後を締めくくってもらいました。

一馬さん
初めてのご参加、ありがとうございます。
カッコいいお兄さんの存在は、頼りになりました。
一緒に見た太陽は心の支えになったと思います。

この物語は、今後展開する予定の話の伏線です。(予定としては今週末から来週上旬公開予定。)
知らなくても、なんら影響はありませんが、知っているとより参加しやすいかもしれません。

透を救って頂いてありがとうございました。
これで、話が続きます。(こらっ)
では、またの参加をお待ちしています。