コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


特訓! にゃんこ丸
●和室に眠る仔猫たち
 広く立派な和室の片隅に、小さな段ボール箱が1箱ぽつんと置かれていた。部屋とのバランスでいえば、この場にはちと似つかわしくないと言えよう。
 中を覗いてみると、少々古くはあるがふかふかとして温そうな毛布がきっちりと敷き詰められている。そして毛布の上にはふあふあの毛並である仔猫が2匹、気持ちよさそうに丸まって眠っていた。
 1匹は黒、もう1匹は茶トラの仔猫だ。色は違うが寝顔はよく似ている。兄弟、あるいは姉妹であるのだろう。……まあ兄妹か姉弟なのかもしれないけど。
 と――不意に仔猫たちの耳がぴくっと動いた。部屋の外から、足音が聞こえてきたからだ。
 足音はパタパタと、次第に部屋へと近付いてくる。それに呼応するかのように、仔猫たちは目を覚まして伸びをした。それからもそもそと起き上がり、並んで段ボール箱の縁に前脚をかけた。尻尾をぴょこぴょこ振りながら。
 やがて部屋の前で足音はぴたっと止まり、すっと障子が開かれた。
「待たせたのじゃ、にゃんこ丸!」
 そう言って部屋に入ってきたのは、桜色の振袖に身を包んだ幼女だった。その手にはミルクの入った皿が握られていた。恐らくは温めたのだろう、表面にうっすらと膜が張っていた。
「にゃあにゃあ」
「みゃあみゃあ」
 仔猫たちはミルク皿を目ざとく見付け、急かせるように鳴き出した。黒の仔猫は金の瞳を、茶トラの仔猫は緑の瞳を輝かせて。
「そう焦るでないのじゃ。ミルクは逃げはせぬぞ?」
 くすりと笑い、幼女――本郷源はミルク皿を仔猫たちが居る段ボール箱のそばへ置いた。仔猫たちは段ボール箱の縁を乗り越え、ころんと外へ出てきた。
「にゃあ〜♪」
「みゃあ〜♪」
 仔猫たちは嬉しそうに一鳴きすると、ミルク皿に顔を寄せて小さな舌でぺろぺろと温められたミルクを舐め始めた。

●仔猫たちの秘密
(ふふ、可愛らしいのじゃ)
 源は畳の上で頬杖をつき、同じ目線になって仔猫たちの様子を見つめていた。
 しかしよく見れば、手の甲には小さな引っ掻き傷が。仔猫たちを洗う際、ちと暴れられたためについてしまったのだ。が、洗った甲斐はあって、2匹とも拾った時より綺麗になっていた。
「にゃんこ丸、どうじゃ美味しいか?」
「みゃあ!」
「にゃあ!」
 源が仔猫たちの名を呼ぶと、2匹はほぼ同時に鳴いた。鳴き声のトーンからすると、ミルクは美味しいようだ。
 2匹とも同じ名前なのは不思議に思えるかもしれないが、それには理由がある。まず1匹の名前として口にした『にゃんこ丸』という名前に、2匹が揃って反応したことが原因であった。
 他にいくつか名前の候補を出してみたが、仔猫たちは無反応。そのため、今の所は2匹とも『にゃんこ丸』と呼ぶしかなかったのである。
 元々、この仔猫たちは児童公園に捨てられていた。それを源が拾い、こうして家まで連れてきたのだ。
 いや、『拾った』という表現は正しくはないのかもしれない。仔猫たちの愛らしい暴力に抗うことが出来ず、『拾わされた』と言う方がより正確か。無論、源の中に『何とかしてあげたい』という想いがあったからこその結果だが。
 だが落ち着いて考えてみると、どうも愛らしさだけが拾う理由ではないような気がするのだ。この仔猫たちには何かあるような……。
「さて、何なのじゃろう」
 思案顔でじーっと仔猫たちを見つめる源。その時だった。目を疑うような光景を源が目の当たりにしたのは。
 ほんの一瞬のことだったが、仔猫たちの胴体がぱっと肉まんに変わったのである。
「!?」
 瞬きする源。しかし次の瞬間には、仔猫たちは元の姿に戻っていた。
(今のは何なのじゃ……?)
 気のせいでも見間違えでもない。確かに仔猫たちは、一瞬ではあるが胴体が肉まんになっていた。そして、源はあることに思い至った。
「そうじゃ、変身猫の素質があるのじゃな!」
 聞いたことがある。猫の中には普通の猫に見えて、変身が出来る猫が居るということを。で、この仔猫たちに変身猫になる素質があるということは……。
「ま、待つのじゃぞ、にゃんこ丸!」
 源はそう言って、部屋を飛び出していった。パタパタパタ……と源の足音が遠ざかってゆく。
 そのうち、遠くの方でガタゴトと何かをひっくり返すような物音が聞こえてきた。仔猫たちはそんなことおかまいなしに、目の前のミルクを舐め続ける。
 やがてパタパタパタ……と源の足音がまた近付いてきた。
「あったのじゃ!」
「にゃあ?」
「みゃあ?」
 源の声に、仔猫たちはくるんと顔を上げた。そこにはギブスを手にした源が立っていた。けれどもそのギブス、サイズがちょっと妙だった。人間が使うサイズではなく猫に相応しいサイズ、それも2つ。
「変身養成ぎぶすを用意したのじゃ。にゃんこ丸、その素質を見事開花させるのじゃ!!」
 どうやら源は納戸へ行き、このギブスを探し出してきたらしい。当然、仔猫たちを立派な変身猫とするためだ。
 しかし――本当に効果あるのだろうか?

●明日のために、その1
「むう……」
 源は仔猫たちを前にして、腕組みをして難しい表情を浮かべていた。仔猫たちは『変身養成ぎぶす』を揃ってつけ、若干ぎこちない動きを見せていた。
「にゃんこ丸、もう1度変身してみるのじゃ」
 源がそう仔猫たちに促すと、2匹は同時に変身をしてみせた。
「みゃあみゃあ」
「にゃあにゃあ」
 そこにあったのは美味しそうなパフェ2つ……ただし、仔猫たちが器からひょっこりと顔を出した状態の。
「不思議なのじゃ……」
 源は首を傾げつぶやいた。
 『変身養成ぎぶす』をつけさせ、特訓させること――といっても、特別たいしたことをさせた訳でもないが――約3時間。最初は偶発的だった変身も、特訓の甲斐あって自らの意志で行えるようになっていた。そこまではいい。
 けれども何度変身させても、今みたいな状態になってしまうのである。例えるなら、文福茶釜状態。ちょっと違うのは、仔猫たちが変身するのは食べ物系が多かったことだが。
 元々こういう変身しか出来ないのか、それともまだ発展途上なのかは分からない。しかし……。
「……これはこれで可愛らしいのじゃ」
 うんうんと頷く源。確かに食べ物などから、顔や脚や尻尾がぴょこんと出ている姿は愛嬌があってよい。実用性はともかくとして。
「戻るのじゃ」
 源の言葉に、仔猫たちは変身を解いて元の姿へと戻った。源は仔猫たちのギブスを外してあげると、腕の中に2匹を抱えすくっと立ち上がった。
「にゃんこ丸、まだまだ練習が必要のようなのじゃ」
 すたすたと窓の方へ歩きながら、源が言った。そもそも一朝一夕で立派な変身猫になれるはずもない。気長に気長に……成長を見守る必要があるだろう。
 源は夜空を見上げた。星がいくつか瞬いていた。源は仔猫たちの顔を、夜空の方へ向けてあげた。
「見えておるじゃろう……宇宙には変身の星があるのじゃ」
 しみじみとつぶやく源。仔猫たちはじーっと夜空を見つめていた。
「にゃんこ丸! あの変身の星をつかむのじゃ!」
 源がびしっと1つの星を指差した。
「にゃあ?」
「みゃあ?」
 何のことか分からないといったように、顔を見合わせる仔猫たち。
「あ……あれ、どこじゃ……今指差したのは……?」
 そして今指差したはずの星が消えてしまって、源が戸惑いを見せていた。
 仔猫たちが立派な変身猫となれるかどうか、前途多難でなければいいのだけれど――さて、どうなりますことやら。

【了】