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<東京怪談ノベル(シングル)>


ある冬の風物詩?

 もうすっかり秋から冬へと吹き付ける風の温度が示す頃。
 知る人ぞ知る怪奇現象スポット『あやかし荘』の近くの通りにぽつんと一軒、屋台が出現していた。
 ヒラヒラと風に揺れる、古式ゆかしい赤いのれんに書かれているのは『おでん』の文字。
 寒々しい北風もなんのその、屋台の明かりの下だけはほかほかと湯気をたてるおでんの香りとに包まれる、仕事で疲れたサラリーマンのおじさまのオアシスのはずなのだが──。
「まいどありなのじゃ。また来るがよいぞ!」
 何故か、うらぶれたおじさまのオアシスに相応しくない声が、屋台のカウンターから発せられた。
 声の主は、小花模様が愛らしい和服をまとった、サラサラの黒髪を両サイドを細いリボンで纏めた、日本人形のような容姿の少女……というより童女。
 どう考えてもこの場所には似つかわしくないのだが、他に大人の──それこそおでん屋の気のいい親父、もといおしゃべり好きのおばちゃん店主の姿は無い。
 本郷 源…───さる富豪の御令嬢にして、様々な店を経営するオーナー。そして、目下のところおでん処の店主をエンジョイ中なのである。
「……今日はこれであがりかのう」
 どこもかしこも不景気だと寂しい背中の中年サラリーマンを見送って、腕時計で時刻を確認すると、やれやれと源は溜息を吐いた。
 時刻はもうじき丑三つ時にさしかかろうとする頃。
 確かにこの時間はもう、屋台に来る客も少なかろう。
「結構、あるのう……もう少し栄えておる方へ行っても良いが……」
 どうも今日は客足が伸びず、まだかなりの具が残っているのを見やり、移動してもう一働きしようかとも思うが、しかし───。
「久しぶりに、わしもやってみるかの」
 見上げれば冬の澄んだ夜空に浮かぶ黄色い満月。
 月見で一杯にはもってこい、とばかりに幼い外見を裏切って酒好きの源はうきたった様子で晩酌の用意をはじめた……が。
「ほほぉ。旨そうな匂いがしておるのぅ…」
 不意に投げかけられた声に、振り向けばこれまた古風な藤色の着物をまとった、銀髪に赤い瞳の童女。
 人にあらざる者と分かる気配を発しながら、童女は源と同じように古い言い回しで話ながらちゃっかりと椅子に陣取り、おでんを物色し始めている。
「店主、酒を一杯所望ぢゃ」
「……なんじゃか、他人とは思えんのう。一杯おごりじゃ」
 幼い外見を裏切るその態度に、なにやらシンパシーを感じてしまったのか、源はしみじみとその童女を見つめ、やおらその前に酒の注がれたコップを置いた。
「おお……悪いのぅ……。では遠慮なく頂くぞ」
 童女もやはり酒が好きなのだろう、奢りと聞いて目を細めながらコップを受け取るとくぃーっとそれは見事な飲みッぷりを披露してみせた。
「なんと……いい飲みっぷりじゃ!気に入ったぞ……わしは本郷 源じゃ、お主は?」
 ほれほれ、と更に酒を注ぎながら自己紹介をした源に、椅子で足をぶらつかせていた童女は機嫌良さそうに応じ、「嬉璃ぢゃ」と名乗って見せた。
「嬉璃殿……さっそくじゃが、秘蔵のポン酒があるのじゃが、やってみるかの?」
「うむ。そうぢゃの、あと大根とたまごももくれぬか」
 ごそごそと何やら調理場を漁り、一本の酒瓶を取り出すと嬉璃に注ぎながら、たまごと大根を掬って皿にのせ箸と一緒に渡し、自分もコップに酒を注いで嬉璃の横に座る。
 かちん、と秘蔵のポン酒で乾杯などしつつすっかり意気投合の二人。
「旨いのぅ…やはり、冬はおでんなのぢゃ」
「今宵の月も綺麗じゃしの……ほれ、スジがいい頃合で煮えておるぞ」
「ほほぅ、ではついでにちくわも所望ぢゃ」
 どうみても年相応ではない会話をしながら、普通ならば潰れるようなペースで酒を注しつ注されつ、月とおでんを肴にどんどん飲み続け。


 やがて、空も白む頃…──。
「旨かったのぢゃ、また来るぞ」
「嬉璃殿が来るのを楽しみにしておるのじゃ」
 唐突に始まった童女達の冬の酒盛りは、全くもって素面と変わらないやり取りでお開きとなった。
 昭和初期の流行歌を口ずさみながら、さて、と撤収にかかる源を、おびただしい数の空の酒瓶が見守っていた。



〜おしまい〜