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天使祝詞
突然だが、ここに死にかけている男が一人。
盛岬りょう、その人である。
「な、なんで……」
電話に伸ばそうとした手は、届く前に力つきた。
目眩で動けない。
頭が痛い、吐き気もする。
咳きも止まらない。
どこからどう見ても立派な風邪だった。
むしろ何かに呪われているのかも知れない、そう思えるほど辛い。
このまま死ぬかも知れないと本気でそう思う。
「なんで、誰も居ないんだ?」
いつもなら理由無く集まってくるのだが、今回ばかりはタイミングが悪かった。
この際誰でもいい、助けてくれ。
かすむ意識の中、誰かが腕を引っ張り上げベットへと戻される。
「………」
誰かが何かを言う、その言葉を聞き取る前に意識は途切れた。
次に意識が戻ったのは、たたき起こされた時である。
「ほら見ろ生きてる」
「だからって……」
脇腹が不自然に痛い事からも、ろくな起こされかをされたのではない事は明らかだ。
「熱引かないね……」
リリィの言葉を遮り、夜倉木が確認とは名ばかりに問いつめる。
「それよりもナハトはどうした!」
「………は?」
事情が飲み込めない。
「あのね、りょう。私……学校の帰りに人型のナハトを見たの」
慌てて飛び起きる。
その時始めて知ったのだ、ナハトが居ない事に。
「ああああっ!」
叫んでから、再び倒れた。
今回もこの男は役にたたないらしい。
「草間の所にでも電話だな」
【シュライン・エマ】
けたたましい音で鳴り響く黒電話。
その音が大抵事件を呼ぶのはいつもの事だったが、受話器を取り上げた草間がタバコを吹いて咳き込むのを目の当たりにしたシュライン・エマはすぐに何かの緊急事態だと言う事を察した。
「解った……だか……ああ、解ったよ、くそっ!」
渋い顔をして受話器を切ってため息を付く。
「何があったの、武彦さん?」
「ナハトが居なくなったそうだ」
頭に浮かんだのは、少し前に起こった一連の『S』事件によって犬の姿へと変化したナハトの姿だった。
あの姿ではほとんど何も出来ないから慌てる事もないとは思うのだが、そう考えたシュラインの思考を読んだ様に草間が付け加える。
「最後に見たかけた姿は人型に戻っていたらしい」
「それは、確かにまずいわね」
「また厄介な事に……いいですけどね」
草間が借りていた本を回収しに来た綾和泉汐耶がため息を付くが、もっともな意見では有った。
色々しでかしただけに、目を付けられていると見て間違いないだろう。
このままだったら何が起きるか解らない。
「それに盛岬も風邪でダウンして動きが取れないらしいし……夜倉木がばれないようにしたいと言ったからな、俺も本部の方に顔を出してくる」
立ち上がった草間に習い、シュラインと汐耶も出かける準備をする。
「解ったわ、じゃあ私は人を集めてりょうさんの様子を見てくるわ」
「私も行きます、捜すのなら人手はあった方がいいでしよう」
「頼んだぞ」
「いってらっしゃい」
興信所は零に任せ、一度草間と別れてりょうのマンションへと向かった。
チャイムを鳴らすとすぐにリリィが扉を開く。
「ありがとう。シュラインさん、汐耶さん」
「いいのよ」
「おじゃまします」
家自体は比較的いい物件なのだが、ここのマンションにまつわるうわさ話を聞けばあまり住もうという気にはなれないだろう。
やたらと都市伝説的な噂の多いマンションだったが、今日は更に何かの気配が多い。
それに気付いた汐耶が、部屋の中だけでもと封印をかけておく。
「何かあったんですか?」
「……?」
「力自体は大したことはないですが、色々と集まってきてますよ」
「弱ってるからかな?」
リリィが向いた視線の先には、りょうが居るのだろう。
とりあえず話を聞こう。
そう思い寝室へと案内して貰うと……ベットの上にはロールケーキ、もとい毛布や布団でグルグル巻きにされたりょうが転がっている。
「何があったの?」
汐耶が言った言葉を今度はシュラインが別の意味で問う。
「りょうが寒いとか言ってたら、夜倉木さんが五月蠅いって言って……」
とりあえずこのままでは話が聞けないし、後出来た人も驚くだろうからと毛布から解く事にした。
「ーーーーあ?」
良く事情を飲み込めてないらしい様子に、具合の悪さは相当なのだろうと言う事だけは解った。
「具合はどうですか?」
「………駄目っぽい」
「ぽいならまだ大丈夫ですね、話を聞いてもいいですか」
疑問系ではあったが、否定する要素は全くなかった。
「うう……」
チャイムの鳴る音。
「見てくるから、よろしくね」
パタパタとスリッパの音を響かせて居たリリィが、すぐに斎悠也を連れて戻ってくる。
「おじゃましてます、手厚い看病を受けているようで」
「……なら代われよ」
「残念ながら俺は健康その物ですから」
果物の入ったバスケットを渡し、悠也は人のいい笑みで微笑んだ。
すぐ後に九尾桐伯と海原みなもも加わる。
人数が揃ったところで、詳しく話を聞く事にした。
「まず最初にナハトを見かけた時の事を詳しく教えて貰える」
「はい、待ちで普通に歩いてるのを見た時は本当にビックリして……」
その時の事を思い出しているのか、何とも言えない表情のリリィにシュラインが尋ねる。
「一目でわかったのね」
小さく頷いて、それでもため息を付くようにしか言葉を告げられなかった。
それも当然。
「長身も長い金髪もそうだし、右目もふさがったままだったし……りょうの服着てたの」
知っている人間ならば、間違いなく目立つだろう。
「それはまた……そのままですね」
悠也の言葉は、その場の全員の言葉でもあった。誰かに見つかる可能性を考えれば、なかなかに迂闊な行動である。
「面白いですが、見つかると面倒ですね」
何しろナハトはまず間違いなくIO2に目を付けられているし、犬であるからこそ全ての問題は曖昧にされてきたのだ。それが人の姿であったとすると……それこそ思い浮かぶのは余りよい事ではない。
「どこら辺で見たか覚えてる?」
「駅の近くでした、多分電車に乗ったか駅の反対側に行ったって事になるかな」
「何をするにしても、お金が必要よね……財布はある?」
「盛岬さん、確認をお願いします」
汐耶に起こされ、ノロノロとした動きで経なのなかを探し始める。
「……無い、あいつは………!」
がっくりとうなだれ床の上に崩れ落ちたのは……風邪の所為だけじゃないのかも知れない。
「カードも入ってるのにっ!」
「暗証番号は知ってるんですか?」
「……知ってる」
とりあえず確認は取れたので話を進める事にした。
「ナハトの行動についてだけど」
「盛岬さんを助けようとして……ってのは楽観しすぎるかしらね?」
その仮定はもしかしたらとは思っていた事である。誰も居ないはずの家で、誰がりょうを助けたかとなると答えは一つ。
「りょうさんをベットに戻したのがナハトだって考えたら、そうなるわね」
「そう、だよな」
「良かったじゃない助けてくれる人が居て、そうじゃなかったら風邪も悪化してたでしょうし。戻ったら感謝しないと……よね」
「そーだな……」
シュラインの言葉にどことなく安心したように思えた。
「実際危害を加えようと考えたら幾らでも出来たでしょうしね……それこそフルコースで」
にこやかに付け加えた桐伯の言葉に、りょうは熱で赤いはずの顔を青くさせる。
「……フルコース?」
「詳しく聞きたいですか?」
「……嫌だ」
打ちひしがれているりょうに、キッチンから戻ってきたみなもがトレイに乗せたお粥を差し出す。
「あの、これ食べて元気出してください。お腹減ってたら治る物も治りませんから」
「うう……ありがとう」
毛布にくるまりながら、お粥をすすり始めた。
「食欲はあるみたいですね」
食べるのに集中しているりょうに代わり、リリィが礼を言う。
「ありがとう、みなもちゃん」
「いえ、お世話になってますから」
そう答えたみなもに逆だろうと誰もが思った事であるが、これ以上病人を弱らせる事もないと口をつぐんでおく。
「話を元に戻しましょうか」
「そうですね、なにかナハトが立ち寄りそうな場所はありませんか?」
「例えば……リリィちゃんが見かけた場所から近い場所に薬局とか無いかしら」
「地図持って持ってくる」
「方向は絞ったほうがいいですね」
リリィが広げた地図で、ナハトの居場所を確認する。ナハトを見た場所の進行方向に……薬局は意外なほどに多い。
「私の封印効果が生きてますから、それを辿れたらいいんですけれど……なんだか曖昧で掴みづらいですね。盛岬さん、何かしましたか?」
「何もしてない……」
思い当たる節がないからと言ったふうに否定するが、彼の場合無意識でも何かを引き起こすのであまり納得は行かない答えだ。
「それはあり得ますね、ナハトさんが戻ったのもりょうさんが風邪を引いたからと言う事も考えられます」
「……ありそうね」
悠也がの言葉に一同がうなずく。
弱っている所為もあってか、言い返す事も出来ないようだった。
「レッド・アイでも如何ですか?」
「飲む……」
桐伯の言葉に嬉しそうに目が輝やかせる。
レッド・アイ。
名前の通りグラスに赤い色が充たされる。
注がれたのはよく冷えたビールとトマトジュースがベースのお酒なのだが、そこに卵黄やセロリソルトが加われば栄養補給が出来るのだ。
それだけに二日酔いの時などによく飲まれるものだったりするのだが、この場合もきっと有効だろう。
何しろ当の本人がおいしそうに飲んでいるのだから。
「一つだけいいですか?」
「……?」
「ナハトさんは出ていく時に何かおっしゃってはいませんでしたか?」
悠也の問いに、りょうは少し悩んでから思い出したようだった。
「確か……駄目だ、思い出せない」
「解りました、何かのヒントになるかも知れませんから、解ったら連絡してください」
何を言ったにせよ、このままにはしておけないだろう。
「とりあえず探しに行ってみましょうか?」
「何か解ったら連絡と言う事でいいでしょう」
「人数は分けた方が効率的ですね」
簡単に話をまとめ、別れて捜す事に決定する。
「りょうさんはゆっくり休んでくださいね」
「いってらっしゃい」
動きの取れないりょうはリリィに任せれば大丈夫だろう。
町に出て汐耶の施した封印能力を元にナハトの場所を探っていたのだが、何かしているのか上手く場所が割り出せない。
「隠れているのかも知れません」
「仕方ないわね……とりあえず近づけるところまで行ってみましょう。そしたら私が足音で捜してみるから」
そこまで近づければ、すぐに解るだろう。
「私も聞き込みしてきますね、見かけた人がいるかも知れませんから」
「そうね、目立つ外見してるから……」
思い立ったように、シュラインが動きを止める。ナハトはワーウルフであるから、もしかしたらと思ったのだ。
「犬笛って聞こえるのかしら」
「可能性は高いでしょう」
「やってみましょう」
そして……息を吸い、人の耳では聞き取れない音を作り出す。
一度、二度……。
そこで人混みのなかで他の人とは明らかに違う動きをしている人物を見かけてしまった。
「……え!?」
思わず動きを止める。
一際背の高い姿は、話とは違い服装や帽子を被っていたのだが……一緒にいるのは光月羽澄。
「こっち!」
シュラインと視線がい、軽く手を挙げて振ってくる。
「え、え?」
状況を理解するよりも早く、二人の姿は路地裏へと滑り込んでいった。
「……どういう事でしょうか?」
「一緒にいましたね……」
無理矢理と言った様子ではなかったが……。
「とにかく連絡しましょうか」
後を追いながら連絡をしたのが悪かったのか、向こうはこちら以上に機敏に動き、その姿はすぐに見失ってしまった。
結局は連絡に専念したほうがいいと言う事。
「もしもし、ナハトを見たんだけど……羽澄ちゃんが一緒だったの」
『……ナハトと羽澄さんが?』
「ええ、何故か……一緒にいたの」
それだけで、大体の事情は察する事が出来たようである。
『解りました、ナハトは羽澄さんに任せていいと思いますが。IO2の方が面倒な事になるかも知れませんのでそちらの方の対処をお願いします』
「ですって……」
これだけで事情を飲み込めと言うのは少々酷な話だが、裕也の話ならナハトを羽澄に任せてもいいと言う事だ。
「……見たところ、羽澄さんは無理矢理連れて行かれてるという感じではなかったですし、何か考えがあるのかも知れませんね」
「そうね、確かにナハトだけに注意を向ける訳にも行かないようですし」
悟られないように汐耶が辺りへと目配せをする。
「あれで隠れてるつもりなのかしら……」
一般人に紛れて、IO2職員とおぼしき人物達が集まりつつあるのは確かだ。
「もしもし」
シュラインの声に、悠也が話を戻す。
『はい』
「解ったわ、もう周りにそれらしい人がいるから、そっちを何とかするから……」
『こっちは本部に行って掛け合ってみます』
「お願いね」
そこで電話を切り、深呼吸を一度。
「さ、行きましょうか」
何かやりたい事があるというのなら、それを手伝うぐらいはしてあげたい。
距離を開けたまま、見た感じで職員だと解る人が居たら解らないように邪魔をしていく。
例えばどこにいるかをシュラインが割り出し、連絡を取ろうとしていた小型通信機をを封印してみたり、頭から水をかけてみたり。
「あくまでも後で言い訳できる程度にしておきましょうね」
この程度なら、後で誤魔化せる範囲な筈だ。
もっともそう長くは続かなかったが……そろそろ日が沈もうかという直前になってようやく、偶然とは言い難い不幸の連絡にこちらの存在に気付いたらしい。
「何を考えている」
足早にこちらに来ては、吐き捨てるような口調。
まあ、ここらが潮時だろう。
「気持ちは解るけれど少し敏感になりすぎなんじゃないかしら?」
「ならあんたらはあの犯罪者が何もしないと言い切れるのか、もし何かあった場合の責任は誰が取る」
犯罪者。
確かにそれは絶対に消えない事実であり、認めなければならない事なのだ。
「それならばもっと早く判断をするべきですよね、何故今まで盛岬さんの所に置いておく事を許可したんですか」
「必要だから、よね。あなたたちの都合で自分たちの優位になる能力者を管理下に置くための」
誰もが、自分たちのために動いている。
ある時は許して、こうだから許さない。
それは……大人の勝手な都合でしかないのだ。
「そんなお為ごかしを話したい訳じゃない、あんた達は殺されかけたんじゃないのか?」
それこそが……自分たちが知っていた事で彼が知らない事。
ナハトと一緒にいるのが羽澄だからこそ、任せても良いと言える。
あの事件に関わったから、こうして出歩いている理由が予測できるからこそ、大丈夫だといえるのだ。
「だからですよ、あたし達は……今のナハトさんは話せば解ってくれるって思ってます」
真っ直ぐな、みなもの視線。
顔をそらし彼は言う。
「有り得ない、あれは……人を脅かす存在だ」
彼も悪い人ではないのだろう。
だだしこのままでは意見は平行線であり、交わる事はない。
「なら、確かめてみましょう」
「何を……」
シュラインが何かに気づき、どこかへと案内する。
それは、とあるビルの屋上近く。
「ここが一体……?」
「シッ、聞こえない?」
耳を澄ませば、向かいのビルの屋上から確かに聞こえてくる音色。
静かで、とても優しい。
「……あの時の歌」
それは、前にりょうがナハトを説得する時に羽澄が唄っていた曲。
「アヴェ・マリアですね」
「綺麗な歌ですね」
それを静かに耳を傾けているるナハトは、紛れもなく人にしかできないような……今にも泣きそうで、辛そうで、それでいていま目の前にある景色を真っ直ぐに見つめている。
まるで、失った何かを取り戻すように。
それはきっと心がある者にしかできない表情。
「……ズルいな、こんな物を見せる事無いだろう」
「それじゃあ……」
「勘違いするな、俺だって人間なんだ」
携帯の振動に男が気付き、それに出てから背を向けてこの場から立ち去る。
「上が帰れと言ってきた、だから……後はあんた達の勝手にやってくれ」
階段を下り去っていく後ろ姿を見ていたが、みなもが決意したようにこくりとうなずく。
「後で、ちゃんとお話ししたいです」
すれ違って居るままでは、嫌だから。
「彼ならきっと解ってくれるでしょう」
「そうね、お菓子でも持っていきましょうか」
そして再び沈黙。
日が沈み、歌声が途切れるその僅かな間、静かに耳を傾けてた。
話をまとめると、ナハトはりょうの陰陽のバランスが崩れたのを治すために出かけたのだそうである。
普通ならばこれほど酷くはならないのだが、周りに陰の気を持つ要素が多かった事と風邪を引いた居たのが決定打だったそうだ。
「ここの家も、周りも陰の気配が色濃いからな」
確かに幽霊マンションで、人身事故の犠牲者が飛び込んでくるなんて噂のマンションなだけはある。人に関しては、夜倉木や今ここにいない人間を含めて考えれば具合も悪くなると言うものだろう。
「ちなみに今ナハトがそうして人型の姿をとっている事も、体力を削ってるんだそうだ」
あっさりと、言ってしまった夜倉木にナハトがりょうの方を見る。
「そうなのか!?」
「夜倉木テメェ……」
「事実だ」
大人げないにらみ合いを始めそうになったので、とりあえずりょうにはベットに戻って貰う事にして話を元に戻す。
「ナハトさんが持ってきたクスリがあれば何とかなるのよね」
「でしたら、クスリを飲んでからどうするかを考えればいいのでは」
「そうですよ、盛岬さんなら待つ積もりだったんでしょうから」
「とにかく今の状態を何とかする方が先でしょう」
ナハトが買ってきたという、小瓶を前に興味もわいてくると言う物。
「何で作られているんですか?」
「……固形物だったものと、液体のようなものや色々な薬草だ」
答えになっていない。
むしろ聞かなければ良かったとすら思ったのだが、飲むのは自分ではないから所詮は他人事だった。
りょうがここにいなかった事も幸運だろう。
「飲んでも平気なの」
「良く効くのは俺が保証する……ただこれだけじゃ飲めないから、普通は栄養価が高い物に混ぜて飲むんだ」
「例えばどんな?」
「普通の食事に混ぜればいいだけだから、今家にある物だけで代用できるだろう」
さっそくと家の中にある物を集め出したナハトに、みなもがいつも扱う霊水を取り出す。
「あたしにもお手伝いさせてください、これ使えますか?」
「助かる」
霊的防御という点に置いては、確かに効果はありそうだ。
「力の欠如が原因なら、力を注いでみるというのは」
符術を取りだした悠也に、僅かに考え込んだがナハトは今度もうなずく。
「そう言えば、前にも試した事が……」
「栄養という点ならこれもどうですか?」
トンと桐伯がテーブルに載せたのはハブの卵を漬け込んだ、ハブの卵酒。
「それ……」
「面白そうだと思いませんか?」
楽しんでやっているのは明らかだが、この場に止める物はいなかった。
「確かに栄養はありそうだけど……」
「りょうなら平気じゃない?」
「それなら入れてみましょうか」
こんな調子で、家にある物から選んで入れていく……。
そして完成したのだが。
「本当に飲めるの?」
不思議な色合いに変化した『クスリ』は、誰がどう見ても怪しいと断言できる色合いだった。
形容するのは難しいが、水たまりの中に浮かんだ油を色彩反転させた様な代物と想像していただければいい。
「あまり食材から逸脱した物は入れなかったはずですが」
「何ででしょう?」
考えたところで原因が解るはずもない。
「飲んだら倒れたりしないわよね」
シュラインが確認を取る気持ちは良く解る。
全員が見守る中ナハトは鍋から一サジすくい取り、味見をしてみる。
「………大丈夫だ、効果は保証する」
「回復は可能みたいですね」
力が強まったのを感じ取った悠也が保証する。
「味はどう?」
毒ではないとはいえ、普通の神経をしているのなら嫌がるだろう。
「………クスリは苦い物だから」
その一言で、大体事情は飲み込めた。
「まあ、何事も経験でしょう」
そう言いきった桐伯は、どことなく楽しそうではあった。
「と言う事で頑張って飲んでね」
「………なぁ」
目の前に置かれたお猪口に並々と注がれたクスリを前に、当然の質問。
「ナハトはこれを買いに出てたのよ」
だから飲んでねと、無言の圧力。
「でも……」
「味見はしましたから」
ナハトが、である。
「効果は保証します」
「そうですよ、ナハトさんが頑張って買いに行ってくれたんですし」
そう言われたら、何もいえないだろう。
「飲んだら治るんだし、一気に飲んじゃえば大丈夫よ」
「不安なら、味覚を封じますか?」
逃げ道は無い。
「諦めてとっとと飲め」
「寝込んでられないんでしょ」
「ーーーっ、解ったよ!」
お猪口をつかみ、一気に喉へと流し込む。
「おおっ!」
ワッと上がる驚きの声。
そして、固まる。
「………大丈夫?」
流石に不安になったリリィがりょうを揺すってみた。
「りょう?」
「なっ、なんか宇宙が見えた!!!」
味覚の表現としてハヤは利欲解らない例えを開設しながら、グッタリと壁へと寄りかかるがそれ以外の異常はないようだ。
「具合はどうだ?」
「……楽には、なった」
「そうか」
ホッとしたようなナハトに、夜倉木が時計を見てから声をかける。
「やりたい事が済んだなら、犬に戻ってもらっていいな」
「ああ」
短く答え頷いたナハトはどこか満足げだった。
そして犬の姿へと戻ったナハトに、りょうが軽く頭を撫でたりもする
今はまだ、色々な事が落ち着いていないから、こうしなければならないのだ。
こうして事件は解決したのだが……。
「ところで武彦さんは?」
「……あ」
IO2本部にてストッパー役を任されていた怪奇探偵が解放されるのは、もう少し先の話。
【終わり】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0164/斎・悠也/男性/21/大学生・バイトでホスト】
【0332/九尾・桐伯/男性/27/バーテンダー】
【1252/海原・みなも/女性/13/中学生】
【1282/光月・羽澄/女性/18/高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【1449/綾和泉・汐耶 /女性/23/司書 】
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■ ライター通信 ■
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参加していただいた皆様に心から感謝します。
天使祝詞、つまり『アヴェ・マリア』でした。
そして思った事……プレイングって凄いなぁ、と。
ナハトがまさかここまで幸せになれるとは思ってませんでした。
再び犬状態ですが、彼にも得た物はある事と思われます。
今回は大きく分けて三部構成になっています。
羽澄ちゃん。
九尾さんと悠也君。
シュラインさんとみなもちゃんと汐耶さん。
他の話も合わせて読むと全体が把握できるかと思いますので、良ければそちらも読んでいただけたら幸いです。
それでは、またのご参加をお待ちしております。
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