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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


天使祝詞


 突然だが、ここに死にかけている男が一人。
 盛岬りょう、その人である。
「な、なんで……」
 電話に伸ばそうとした手は、届く前に力つきた。
 目眩で動けない。
 頭が痛い、吐き気もする。
 咳きも止まらない。
 どこからどう見ても立派な風邪だった。
 むしろ何かに呪われているのかも知れない、そう思えるほど辛い。
 このまま死ぬかも知れないと本気でそう思う。
「なんで、誰も居ないんだ?」
 いつもなら理由無く集まってくるのだが、今回ばかりはタイミングが悪かった。
 この際誰でもいい、助けてくれ。
 かすむ意識の中、誰かが腕を引っ張り上げベットへと戻される。
「………」
 誰かが何かを言う、その言葉を聞き取る前に意識は途切れた。

 次に意識が戻ったのは、たたき起こされた時である。
「ほら見ろ生きてる」
「だからって……」
 脇腹が不自然に痛い事からも、ろくな起こされかをされたのではない事は明らかだ。
「熱引かないね……」
 リリィの言葉を遮り、夜倉木が確認とは名ばかりに問いつめる。
「それよりもナハトはどうした!」
「………は?」
 事情が飲み込めない。
「あのね、りょう。私……学校の帰りに人型のナハトを見たの」
 慌てて飛び起きる。
 その時始めて知ったのだ、ナハトが居ない事に。
「ああああっ!」
 叫んでから、再び倒れた。
 今回もこの男は役にたたないらしい。
「草間の所にでも電話だな」

【光月・羽澄】

 緑の瞳と赤の目が交錯する。
 その瞬間、少なくとも光月羽澄にとっては相手の時間が止まったに違いないと思えた。
 驚いたように見開かれた左目。
 右目は傷で閉じられ、背中を波打つ金の髪となんとなく丈がたりてないが見覚えのある服や、高い身長がやたらと悪目立ちしていた。
「………ナハト?」
 その名が意味するのは、かつて様々な事件を起こし、そして犬の姿へと変化していたはずの彼がどうして人の姿になっているのだろうかと言う疑問。
 元は人型だったが、犬の姿の方が見慣れつつあったのでそう思ったのだ。
 その答えを得るよりも早くナハトが、羽澄に背を向け走り出す。
「待って!」
 とっさに放ったのは振動に力を乗せた言霊。
 言い方がほんの少し犬扱いだとかは、誰にもしてきたれ無かったので置いておく。
 効果は抜群。
 動かなくなったナハトの前に立って再度尋ねてみる。
「ナハトよね?」
 間違いようもないのだが、念のため。
 僅かにためらった後、唸るようにナハトは頷く。
「……そうだ」
 詳しく話を聞きたかったが、ここでは目立ちすぎるから場所を変えたほうがいいだろう。
「何があったのか聞かせてもらってもいい?」
 ナハトを見上げ、ニコリと羽澄は微笑んだ。


 そうして連れてきたのは胡弓堂。
 落ち着かないようだったが、事情を聞かない事には始まらない。
 とにかくテーブルセットに座らせ、お茶を入れる。
「どうして人の姿に戻れたか聞いていい?」
「……推測だが、力を使いすぎたか、風邪を引いて弱ったのが原因だと思っている」
「風邪引いたの?」
 りょうが弱る事とナハトが元に戻る因果関係が解らないが、とりあえず聞いておく。
「疲れていたんだと思う、かなり酷い風邪だったったからクスリを買いに行った方がいいと思った」
「そう……」
 後でお見舞いにでも行って様子を見たほうがいいだろう。
「りょうが弱ったら元に戻れるの?」
「……今回は偶然が重なったんだ、陰の気に当てられたて近くにいるだけで力が流れ込んできて、気付いたら今の姿に戻っていた」
 相変わらず厄介な体質だ。
 それに気になるのがナハトの言葉。
「陰の気?」
「あの家や周囲の人間はみんな陰の気が強い人間ばかりだから、中立が保てなくなったんだろう」
 言われてみれば……確かに思い当たるような節は幾つか。
 夜倉木はその筆頭と言っても以下も知れない。
「でもそんなに不安定だったら大変よね」
「今回は力が弱っていたの陰の気に当てられたのが原因だから、回復さえ出来れば安定すると思う」
「それで買い物に出たのね」
「風邪はともかく、力の回復は家にあったものじゃ出来なかったからな」
 何を買うのかは解らないが、やってみたかった事があるから……これはとてもいい機会だ。
「私も行くわ」
「……え?」
「当然でしょう、ナハト一人じゃまた私の時みたいに見つかるわよ」
 あれでは不審がってくださいと言っているのも同然だ。
「…………」
「ほら、立って」
 渋い顔するナハトに胡弓堂に有った服を手渡し着替えるように言う。
「せっかくだから人間の楽しい思い出を作ろう」
 羽澄の提案に驚いたようだが、大人しく服を受け取りきがえてもどってくる。。
「………着替えてくる」
 出来るだけ違和感の無い服を選んだつもりだが、隻眼と長い金髪は目立ってしまう。
「髪は帽子で隠すしかないわね」
 目は……ここでサングラスをかけてもいいのだが、止めたほうが無難だろう。
「髪でなんとか誤魔化して……これでいいかな」
「………」
 着慣れない服に落ち着かないようだったが、我慢して貰う事にした。
「行こう、ナハト」
「解った」


 服を買えたのが良かったのか、人混みに紛れ込める程度にはなっていたが念のために気配を消せるようにしておく。
 おかげで町中に出ても、意外なほどに人混みに紛れて行動する事が出来た。
 もっとも、のどかに買い物という訳には行かないようだったが。
「音……?」
「どんな音?」
「笛のような高い音が……」
 立ち止まったナハトにハタと気づく。
 僅かに感じる振動は、間違いなく犬笛だ。
「普通に歩いて」
「……!」
 一つ向こうの通りにいるのはシュライン・エマ。犬笛を使って居るところを見るとナハトを捜しているのだろう。
 一緒に居るのは綾和泉汐耶と海原みなも。
「きっと他にもいるわね」
「……知っている気配が幾つか近い所にある」
 ナハトが知っている気配となると相手は限られてくる。
 羽澄の考えが正しいとしたら、その相手を巻くのはかなり厄介かも知れない。ナハトがここにいるとばれていると考えてもいいだろう。
 僅かに沈黙してから判断は速かった。
「こっちに来て、少し遠回りになるけどまずは距離を置かないと」
 抜け道のような路地に滑り込むのと、シュラインに気付かれたのはほぼ同時。
「……え!?」
 驚いて声を上げたせいか、犬笛の振動が消える。
「こっち!」
 声を上げたのはわざとだ。
 シュラインと視線があったのを確認してから、軽く手を挙げて振る。
「え、え?」
 きっと向こうはナハトだけでなく羽澄が一緒にいるという状況を飲み込めていないだろうから、きっと連絡する筈。
 人が増えるのは厄介だが、少なくともその程度の時間は稼げる。

 少しの間だけでいいのだ。

 なんとか撒けたと思ったのだが……。
「ナハちゃん発見しましたー☆」
「ナーちゃんみっけです♪」
 駆け寄ってきるなり、ナハトに飛んで抱き付いて離れない。。
 おそろいのジーンズのジャンパーに身を包んだ男の子と女の子は羽澄にはとても見覚えのある二人の子供。まるで斎悠也を子供にしたような……そんな容姿だった。
「もしかして……」
「悠でーす☆」
「也でーす♪」
 元気に挨拶をする二人に、なんとなく解ってしまった。
 式神、なのだろう。
「向かえに来るように言われたの?」
 悠と也は首を左右に振って、ニコリと微笑む。
「一緒にいるように言われましたー☆」
「さあ、ゴーですよナーちゃん♪」
 とにかく移動したほうがいい、目立ち始めているのだ。
 移動しながら話を聞くと、どうやら向こうには九尾桐伯もいるそうだ。
 シュラインにみなもに汐耶に悠也。
 向こうが本気を出して捜そうとすれば、かなり厄介な事になったとは思うが……今のところ音沙汰はない。
 念のためにと携帯を取り出し確認してみる。
 数件の着信と、メール。『他がそちらに行くかも知れない、要注意』と言う言葉。
 とりあえずは大丈夫と言う事だろう。
「……知らない気配が来てる」
「そうみたいね。こっちよ」
 人混みに紛れてこちらの様子を見ているのが何名か。こっちを相手にする方が、気分的にはずっと楽だ。
「最初の目的地はどこ?」
「これだけじゃ心許ないから、前に使っていた知り合いにちょっとな」
 観察していた人間を巻いてから、目的の場所だと言ったのはあまり人の入らなさそうな喫茶店。
「いらっしゃい」
「………あの言葉はまだ有効か?」
 ナハトが声をかけると新聞からハタと顔を上げ、そして彼女はニッと笑う。
「もちろん」
 差し出されたのは水の入ったグラス。
 何をする気なのかとは思ったが、行動は一瞬だった。
 ナハトが牙を折り、グラスの中に落とし入れる。
「いたそーう☆」
「大丈夫ー?」
 やりたい事は大体解った。
「いつものクスリとこれの差し引きでいくら払う」
「12.3万って所かな」
「安すぎる! 薬は10万もしないだろう」
 ワーウルフの牙は、確かに買う人間は居るかも知れない。
「じゃあ……15万、どうせすぐに生えてくるんだろう」
「……まあ」
 妥協しかけたナハトに変わり、羽澄がニコリと微笑む。
「それはちょっと安すぎるわ」
「………?」
「あなた……」
 彼女の仕事が何かはわからないが、推測するところ裏の仲介屋と言ったところだろう。 だからこそ、こういう交渉の類はお手の物だ。
「待っててね、すぐに終わらせるから」
 その言葉通り、かなり良い値で買い取ってもらったのは……五分後の話である。


 かなり暖かくなった財布を持って、町中へと引き返す。
「もういいの?」
「ああ、元々これだけのつもりで……」
「それなら今度は私と一緒に来て」
「……?」
 困惑したナハトに、羽澄が続ける。
「行こうー、ナハちゃん」
「早くー」
 悠と也なりの方が簡単に状況をつかんだようだった。
「少しだけかも知れないけど、普通に歩くのもいいでしょ」
「……いいのか?」
 羽澄を見下ろすその視線が、まるでしかられるのを待つ子供のような……そんな不安と動揺が入り交じった視線。
 きっと自分がどうすればいいかすら、見つつかっては居ないのだ。
「行こう、ナハト」
 いくらか増えた監視の目をかいくぐり、その場から走り出す
「………!?」
 今日の事が、何かナハトに残せればいい、そう思ったのだ。
「まだ来てますよー☆」
「どうしましょ〜?」
 一度あっさりと見逃した事もあってか、今回は結構しつこい。
「巻くのなら……」
「ナハトは出来るだけ何もしないで、厄介な事になるから」
 ここでナハトが手を出したら、あとあと厄介な事になる。
 鬼ごっこでもするかのように人混みを走り抜け、距離を離していった。
「追いかけられるのは……苦手なんだが」
「そう、じゃあ楽しければいいのね」
 進行方向上に視線を向け、ある程度距離を開けた事を確認してからさほど込んでいないドーナツ屋に駆け込む。
「甘い物は好き?」
「……少し」
「ドーナツー☆」
「おいしそーう♪」
 ガラスケースをのぞく悠と也には悪いが、ゆっくりと選んでいる暇はない。
「エンジェルショコラ二つとオールドファッション四つ。あとカスタードパイとマフィンも三つ」
 空いていたおかげで手早く買う事が出来た。
 ドーナツを分けたところで再び人混みをかき分けてくる黒服の姿。
「行こう!」
「こっちが少ないですよー」
「早く、早くっ」
 ギリギリまで来たところで引き離し、引き離してはまた何かできる事を捜す。
「ジュースも買ったでしょ、次は……」
 目に入ったのは使い捨てカメラ。
 今度もまた手早く会計を済ませ……走りながらフィルムを巻く。
 そして、一枚。
「現像したら、見せてあげるから」
「…………ああ」
「みんな、驚くと思うよ」
「………ああ」
 それは、人である事の証明。
「どう、まだ逃げるのは苦手?」
「……悪くない」
 こんな風に、驚いたりも、意外そうな顔も、僅かでも……笑う事が出来るのだと。
 それは、人である事の証明。


 ビルの屋上に上がり、悠と也には好きなのを食べていいと言ってから羽澄もナハトの隣に腰掛けた。
「紅茶、ストレートとレモンティーどっちがいい?」
「すまないな」
 差し出した缶のうち、ストレートの方を受け取り喉に流し込んでから羽澄の方を真っ直ぐに見つめる。
「………怖くは、無いのか?」
 きっとそれはナハトが一番聞きたかった事なのだろう。
「今日出かけたのも、りょうのためなんでしょう」
「それさえ出来ればいいと思っていた」
 少しずつ傾きかけた夕日が、空を真っ赤に染め上げる。
「ねぇ、ナハトって真っ直ぐな目をしてるのね」
「……………えっ!?」
 驚いたように、目を見開く。
「真っ直ぐだから肩の力を抜けかったのね。私も器用じゃないから色々回り道したわ」
「そうか……」
「けど、何一つ無駄な事はなかった」
 今まであった事も、出会った人も、全てが大切な記憶なのだ。優しい思い出は全部忘れる事なんてできないし、辛い記憶だって羽澄を強くしてくれる。
「その分、代償は払ったけど……」
 例え何かを得るために失う事が逃れられないとしても、それすらも……きっと何かのために必要な事なのだと、そう思いたい。
 僅かに目を細めたナハトは、被っていた帽子を取って羽澄にかぶせる。
「……ナハト?」
「歌を……唄ってもらってもいいだろうか?」
 どんな表情でそれを言ったかは解らなかったが、真剣である事は声で解った。

 だから、唄う。

「Ave Maria Jungfrau mild」

 二度目に唄う、アヴェ・マリア。

「er hoere einer Jungfrau Flehen」 

 街を赤く染める夕日と、その景色にとけ込むような歌声。
 誰にも等しく降りそそぐ聖歌。
 僅かな隙間からかいま見えたナハトは、夕暮れに染まる街を眩しそうに見つめている。泣くのを堪えているようで、いま目の前を噛みしめるような……多彩すぎる感情を必死に隠そうとしていた。

「ora pro nobis peccatribus」

 それは、心がある物にしかできない事。
 日が沈むその瞬間まで、羽澄は歌い続けた。

「そろそろ帰る頃ね」
 周りに良く知っている気配がちらほら。
 案の定屋上から降りたところでりょうが軽く片手を上げる。
「よぉ」
 ナハトが言葉に詰まっていた様だが、先に言葉を続けた。
「遅かったな」
 いつもと変わらない風を装っては居たが、風邪は辛いはずだろう。
「大丈夫なのか?」
「寝てられっかよ、とにかく帰ろうぜ」
「……そうだな」
 ナハトを先に行かせたりょうに、羽澄が駆け寄り話しかける。
「具合悪そうだけど」
「夜倉木に叩き起こされた」
 いかにもやりそうな事だ。
 並んで歩きながら、羽澄が小さな声で話しかける。
「ナハトに人間らしい事させたかったの」
「……聞いた、ありがとな」
 本気でそう思っているのだろう。
 りょうが感情移入した理由がまた一つ解った。
 似ているから重ねてしまう。
 止めたかったのだのは、助けたかったのはきっと自分自身。
「羽澄は……」
「待って」
「………?」
「前に優しいって言ったでしょ。優しくないわ。甘いの。りょう達が気づかないだけ」
 僅かに沈黙した後、自分の髪を引っかき回してから一言。
「そっか」
「そうよ」
 簡潔なやりとり、今はそれで十分。
「早く風邪治してよね」
 戻った時にはお粥でも作ってあげようとか考えながら、微笑んだ。



 話をまとめると、ナハトはりょうの陰陽のバランスが崩れたのを治すために出かけたのだそうである。
 普通ならばこれほど酷くはならないのだが、周りに陰の気を持つ要素が多かった事と風邪を引いた居たのが決定打だったそうだ。
「ここの家も、周りも陰の気配が色濃いからな」
 確かに幽霊マンションで、人身事故の犠牲者が飛び込んでくるなんて噂のマンションなだけはある。人に関しては、夜倉木や今ここにいない人間を含めて考えれば具合も悪くなると言うものだろう。
「ちなみに今ナハトがそうして人型の姿をとっている事も、体力を削ってるんだそうだ」
 あっさりと、言ってしまった夜倉木にナハトがりょうの方を見た。
「そうなのか!?」
 驚いたナハトの気持ちは良く解る。
 助けたかったからの行動だったのだから。
「夜倉木テメェは……」
「事実だ」
 大人げないにらみ合いを始めそうになったので、とりあえずりょうにはベットに戻って貰う事にして話を元に戻す。
「ナハトさんが持ってきたクスリがあれば何とかなるのよね」
「でしたら、クスリを飲んでからどうするかを考えればいいのでは」
「そうですよ、盛岬さんなら待つ積もりだったんでしょうから」
「とにかく今の状態を何とかする方が先でしょう」
 ナハトが買ってきたという、小瓶を前に興味もわいてくると言う物。
「何で作られているんですか?」
「……固形物だったものと、液体のようなものや色々な薬草だ」
 答えになっていない。
 むしろ聞かなければ良かったとすら思ったのだが、飲むのは自分ではないから所詮は他人事だった。
 りょうがここにいなかった事も幸運だろう。
「飲んでも平気なの」
「良く効くのは俺が保証する……ただこれだけじゃ飲めないから、普通は栄養価が高い物に混ぜて飲むんだ」
「例えばどんな?」
「普通の食事に混ぜればいいだけだから、今家にある物だけで代用できるだろう」
 さっそくと家の中にある物を集め出したナハトに、みなもがいつも扱う霊水を取り出す。
「あたしにもお手伝いさせてください、これ使えますか?」
「助かる」
 霊的防御という点に置いては、確かに効果はありそうだ。
「力の欠如が原因なら、力を注いでみるというのは」
 符術を取りだした悠也に、僅かに考え込んだがナハトは今度もうなずく。
「そう言えば、前にも試した事が……」
「栄養という点ならこれもどうですか?」
 トンと桐伯がテーブルに載せたのはハブの卵を漬け込んだ、ハブの卵酒。
「それ……」
「面白そうだと思いませんか?」
 楽しんでやっているのは明らかだが、この場に止める物はいなかった。
「確かに栄養はありそうだけど……」
「りょうなら平気じゃない?」
「それなら入れてみましょうか」
 こんな調子で、家にある物から選んで入れていく……。
 そして完成したのだが。
「本当に飲めるの?」
 不思議な色合いに変化した『クスリ』は、誰がどう見ても怪しいと断言できる色合いだった。
 形容するのは難しいが、水たまりの中に浮かんだ油を色彩反転させた様な代物と想像していただければいい。
「あまり食材から逸脱した物は入れなかったはずですが」
「何ででしょう?」
 考えたところで原因が解るはずもない。
「飲んだら倒れたりしないわよね」
 シュラインが確認を取る気持ちは良く解る。
 全員が見守る中ナハトは鍋から一サジすくい取り、味見をしてみる。
「………大丈夫だ、効果は保証する」
「回復は可能みたいですね」
 力が強まったのを感じ取った悠也が保証する。
「味はどう?」
 毒ではないとはいえ、普通の神経をしているのなら嫌がるだろう。
「………クスリは苦い物だから」
 その一言で、大体事情は飲み込めた。
「まあ、何事も経験でしょう」
 そう言いきった桐伯は、どことなく楽しそうではあった。
「と言う事で頑張って飲んでね」
「………なぁ」
 目の前に置かれたお猪口に並々と注がれたクスリを前に、当然の質問。
「ナハトはこれを買いに出てたのよ」
 だから飲んでねと、無言の圧力。
「でも……」
「味見はしましたから」
 ナハトが、である。
「効果は保証します」
「そうですよ、ナハトさんが頑張って買いに行ってくれたんですし」
 そう言われたら、何もいえないだろう。
「飲んだら治るんだし、一気に飲んじゃえば大丈夫よ」
「不安なら、味覚を封じますか?」
 逃げ道は無い。
「諦めてとっとと飲め」
「寝込んでられないんでしょ」
「ーーーっ、解ったよ!」
 お猪口をつかみ、一気に喉へと流し込む。
「おおっ!」
 ワッと上がる驚きの声。
 そして、固まる。
「………大丈夫?」
 流石に不安になったリリィがりょうを揺すってみた。
「りょう?」
「なっ、なんか宇宙が見えた!!!」
 味覚の表現としてハヤは利欲解らない例えを開設しながら、グッタリと壁へと寄りかかるがそれ以外の異常はないようだ。
「具合はどうだ?」
「……楽には、なった」
「そうか」
 ホッとしたようなナハトに、夜倉木が時計を見てから声をかける。
「やりたい事が済んだなら、犬に戻ってもらっていいな」
「ああ」
 短く答え頷いたナハトはどこか満足げだった。

 そして犬の姿へと戻ったナハトに、りょうが軽く頭を撫でたりもする
 今はまだ、色々な事が落ち着いていないから、こうしなければならないのだ。
 こうして事件は解決したのだが……。
「ところで武彦さんは?」
「……あ」
 IO2本部にてストッパー役を任されていた怪奇探偵が解放されるのは、もう少し先の話。



     【終わり】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0164/斎・悠也/男性/21/大学生・バイトでホスト】
【0332/九尾・桐伯/男性/27/バーテンダー】
【1252/海原・みなも/女性/13/中学生】
【1282/光月・羽澄/女性/18/高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【1449/綾和泉・汐耶 /女性/23/司書 】

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■         ライター通信          ■
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参加していただいた皆様に心から感謝します。

天使祝詞、つまり『アヴェ・マリア』でした。
そして思った事……プレイングって凄いなぁ、と。
ナハトがまさかここまで幸せになれるとは思ってませんでした。
再び犬状態ですが、彼にも得た物はある事と思われます。

今回は大きく分けて三部構成になっています。
羽澄ちゃん。
九尾さんと悠也君。
シュラインさんとみなもちゃんと汐耶さん。
他の話も合わせて読むと全体が把握できるかと思いますので、良ければそちらも読んでいただけたら幸いです。

それでは、またのご参加をお待ちしております。