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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


天使祝詞


 突然だが、ここに死にかけている男が一人。
 盛岬りょう、その人である。
「な、なんで……」
 電話に伸ばそうとした手は、届く前に力つきた。
 目眩で動けない。
 頭が痛い、吐き気もする。
 咳きも止まらない。
 どこからどう見ても立派な風邪だった。
 むしろ何かに呪われているのかも知れない、そう思えるほど辛い。
 このまま死ぬかも知れないと本気でそう思う。
「なんで、誰も居ないんだ?」
 いつもなら理由無く集まってくるのだが、今回ばかりはタイミングが悪かった。
 この際誰でもいい、助けてくれ。
 かすむ意識の中、誰かが腕を引っ張り上げベットへと戻される。
「………」
 誰かが何かを言う、その言葉を聞き取る前に意識は途切れた。

 次に意識が戻ったのは、たたき起こされた時である。
「ほら見ろ生きてる」
「だからって……」
 脇腹が不自然に痛い事からも、ろくな起こされかをされたのではない事は明らかだ。
「熱引かないね……」
 リリィの言葉を遮り、夜倉木が確認とは名ばかりに問いつめる。
「それよりもナハトはどうした!」
「………は?」
 事情が飲み込めない。
「あのね、りょう。私……学校の帰りに人型のナハトを見たの」
 慌てて飛び起きる。
 その時始めて知ったのだ、ナハトが居ない事に。
「ああああっ!」
 叫んでから、再び倒れた。
 今回もこの男は役にたたないらしい。
「草間の所にでも電話だな」

【斎・悠也】

 連絡を受けて向かったマンションは、一見して解る程良くない物が集まっていた。
 はっきり言って斎悠也にとっては雑魚と呼べる程度の物である、気付く事すらない微弱な物だったが……病人が居るから放置するのも良くないだろう。
 そう考え所持していた呪札を扉に貼り付け結界を張ってからチャイムを鳴らす。
「はーい!」
 開かれたドアからリリィが顔を出してニコリと微笑む。
「いらっしゃい、悠也君」
「こんにちは、今回も大変そうですね」
 柔らかく微笑みながら、綺麗な花で飾られたブーケをリリィに差し出す。
 その仕草が様になるのは実に悠也ならではだろう。
「ありがとう。そうね、でもいつもの事よ」
「ずいぶん慣れてますね」
「だって慣れなきゃ仕方ないなもの」
 二人して笑いながら、とにかく様子を見ようと言う事で寝室へと向かう。
「もうシュラインさんと汐耶さんが来てるの」
 その説明を入れたのは、寝室の状況を実に解りやすくしてくれた。
 毛布にくるまりながら、美人二人に囲まれてりょうが今にも倒れそうな顔をしている。
「おじゃましてます、手厚い看病を受けているようで」
「……なら代われよ」
「残念ながら俺は健康その物ですから」
 果物の入ったバスケットを渡し、悠也は人のいい笑みで微笑んだ。
 すぐ後に九尾桐伯と海原みなもも加わる。


 人数が揃ったところで、詳しく話を聞く事にした。
「まず最初にナハトを見かけた時の事を詳しく教えて貰える」
「はい、街で普通に歩いてるのを見た時は本当にビックリして……」
 その時の事を思い出しているのか、何とも言えない表情のリリィにシュラインが尋ねる。
「一目でわかったのね」
 小さく頷いて、それでもため息を付くようにしか言葉を告げられなかった。
 それも当然。
「長身も長い金髪もそうだし、右目もふさがったままだったし……りょうの服着てたの」
 知っている人間ならば、間違いなく目立つだろう。
「それはまた……そのままですね」
 悠也の言葉は、その場の全員の言葉でもあった。誰かに見つかる可能性を考えれば、なかなかに迂闊な行動である。
「面白いですが、見つかると面倒ですね」
 何しろナハトはまず間違いなくIO2に目を付けられているし、犬であるからこそ全ての問題は曖昧にされてきたのだ。それが人の姿であったとすると……それこそ思い浮かぶのは余りよい事ではない。
「どこら辺で見たか覚えてる?」
「駅の近くでした、多分電車に乗ったか駅の反対側に行ったって事になるかな」
「何をするにしても、お金が必要よね……財布はある?」
「盛岬さん、確認をお願いします」
 汐耶に起こされ、ノロノロとした動きで経なのなかを探し始める。
「……無い、あいつは………!」
 がっくりとうなだれ床の上に崩れ落ちたのは……風邪の所為だけじゃないのかも知れない。
「カードも入ってるのにっ!」
「暗証番号は知ってるんですか?」
「……知ってる」
 とりあえず確認は取れたので話を進める事にした。
「ナハトの行動についてだけど」
「盛岬さんを助けようとして……ってのは楽観しすぎるかしらね?」
 その仮定はもしかしたらとは思っていた事である。誰も居ないはずの家で、誰がりょうを助けたかとなると答えは一つ。
「りょうさんをベットに戻したのがナハトだって考えたら、そうなるわね」
「そう、だよな」
「良かったじゃない助けてくれる人が居て、そうじゃなかったら風邪も悪化してたでしょうし。戻ったら感謝しないと……よね」
「そーだな……」
 シュラインの言葉にどことなく安心したように思えた。
「実際危害を加えようと考えたら幾らでも出来たでしょうしね……それこそフルコースで」
 にこやかに付け加えた桐伯の言葉に、りょうは熱で赤いはずの顔を青くさせる。
「……フルコース?」
「詳しく聞きたいですか?」
「……嫌だ」
 打ちひしがれているりょうに、キッチンから戻ってきたみなもがトレイに乗せたお粥を差し出す。
「あの、これ食べて元気出してください。お腹減ってたら治る物も治りませんから」
「うう……ありがとう」
 毛布にくるまりながら、お粥をすすり始めた。
「食欲はあるみたいですね」
 食べるのに集中しているりょうに代わり、リリィが礼を言う。
「ありがとう、みなもちゃん」
「いえ、お世話になってますから」
 そう答えたみなもに逆だろうと誰もが思った事であるが、これ以上病人を弱らせる事もないと口をつぐんでおく。
「話を元に戻しましょうか」
「そうですね、なにかナハトが立ち寄りそうな場所はありませんか?」
「例えば……リリィちゃんが見かけた場所から近い場所に薬局とか無いかしら」
「地図持って持ってくる」
「方向は絞ったほうがいいですね」
 リリィが広げた地図で、ナハトの居場所を確認する。ナハトを見た場所の進行方向に……薬局は意外なほどに多い。
「私の封印効果が生きてますから、それを辿れたらいいんですけれど……なんだか曖昧で掴みづらいですね。盛岬さん、何かしましたか?」
「何もしてない……」
 思い当たる節がないからと言ったふうに否定するが、彼の場合無意識でも何かを引き起こすのであまり納得は行かない答えだ。
「それはあり得ますね、ナハトさんが戻ったのもりょうさんが風邪を引いたからと言う事も考えられます」
「……ありそうね」
 悠也がの言葉に一同がうなずく。
 弱っている所為もあってか、言い返す事も出来ないようだった。
「レッド・アイでも如何ですか?」
「飲む……」
 桐伯の言葉に嬉しそうに目が輝やかせる。
 レッド・アイ。
 名前の通りグラスに赤い色が充たされる。
 注がれたのはよく冷えたビールとトマトジュースがベースのお酒なのだが、そこに卵黄やセロリソルトが加われば栄養補給が出来るのだ。
 それだけに二日酔いの時などによく飲まれるものだったりするのだが、この場合もきっと有効だろう。
 何しろ当の本人がおいしそうに飲んでいるのだから。
「一つだけいいですか?」
「……?」
「ナハトさんは出ていく時に何かおっしゃってはいませんでしたか?」
 悠也の問いに、りょうは少し悩んでから思い出したようだった。
「確か……駄目だ、思い出せない」
「解りました、何かのヒントになるかも知れませんから、解ったら連絡してください」
 何を言ったにせよ、このままにはしておけないだろう。
「とりあえず探しに行ってみましょうか?」
「何か解ったら連絡と言う事でいいでしょう」
「人数は分けた方が効率的ですね」
 簡単に話をまとめ、別れて捜す事に決定する。
「りょうさんはゆっくり休んでくださいね」
「いってらっしゃい」
 動きの取れないりょうはリリィに任せれば大丈夫だろう。



 家を出た直後に、悠也が人型の和紙を2枚取り出し軽く息を吹きかけ力を込める。
「ナハトさんを捜すのは、三人に任せましょう。俺の式神も先に行かせますし」
 紙から人へ。
 フワ、と地面に降り立ったのは悠也を子供の頃に戻したような男の子と女の子。
「悠でーす☆」
「也でーす♪」
 とても微笑ましい、そんな元気の良い挨拶だが水干服と巫女服姿で歩くのは流石に目立ってしかたがないだろう。
 可愛らしいと見る人もいるだろうが、それとこれとは話が別だ。
 ポンっとコミカルな音を立てた次の瞬間には悠と也の姿は子供服のカタログから抜け出たような服へと替わっている。
 デザインの違うおそろいのジーンズとジャンバー。
 これなら、大丈夫だろう。
「二人とも、ナハトさんを見つけたら一緒にいて上げてくれますか」
「はーい☆」
「いってきまーす♪」
 元気良くかけだした二人を見送ってから、改めてやろうとしていた事に話を戻す。
「杞憂で終わればいいのですが」
 二手に分かれて街を歩き始めた桐伯と悠也は、捜す相手であるナハトとはまた別の意味で人目を引く容姿であるのだが……今はその話はこの際置いておこう。
 とにかくこの二人だけで行動しているのには理由がある。
「メノウと再び接触してしまう事で悪い方向に行くかも知れない、というのは考えすぎでしょうか?」
「それは……ちょっと待っててください」
 なり始めた携帯に話を中断させられたが、電話に出た悠也が驚いて聞き返す。
「……ナハトと羽澄さんが?」
『ええ、何故か……一緒にいたの』
 桐伯と悠也は目を見合わせたが、先ほど悠也が行かせた式神の二人が到着したようで大体の事情は理解できた。
「解りました、ナハトは羽澄さんに任せていいと思いますが。IO2の吠えヶ面倒な事になるかも知れませんのでそちらの方の対処をお願いします」
 向こうでも話し合う声、状況を理解するために必要な事なのだろう。
 その間にこちらでも手身近に会話を交わす。
「どうやら羽澄さんはナハトさんを遊ばせてあげたいらしいです」
「……彼女らしい選択ですね」
 クスリと笑みをこぼす。
 それで済むなら問題はないだろうが、いつIO2が動き出すとも限らない。
 そうなると……事前の交渉、と言う物が必要だろう。
『もしもし』
 シュラインの声に、悠也が話を戻す。
「はい」
『解ったわ、もう周りにそれらしい人がいるから、そっちを何とかするから……』
「こっちは本部に行って掛け合ってみます」
『お願いね』
 そこで電話を切り、深呼吸を一度。
「やれるだけの事は、やってみましょうかこちらにもカードはありますから」
「……それは、盛岬さんの事ですか? それとも……メノウ?」
「するどいですね」
 桐伯の勘の良さは、今に始まった事ではない。
「あの事件の後、メノウがどうなったか知ってますか?」
 後に続く言葉を、無言で耳を傾ける。
 虚無に所属し……IO2に敵対した少女がどうなるか。
「殺されはしませんでしたが、良くて洗脳……そんなところですか?」
「一部の人間がやった事と、信じたいですけど」
 それを何かした場合のナハトに当てはめたら、次はどうなる事か。
 面白い想像ではない事は確かだ。
「急ぎましょうか」
 本部にはあの事件のおかげで何度か出入りしている。
 少し進んだところで夜倉木と草間を見つけて手短に事情を話す。
「あー」
「……一応盛岬にも知らせてた方が」
「そうだな……直接行ってくる」
 電話をしかけだが、夜倉木は携帯を切り立ち去ってしまった。
「行ってしまった数人は仕方ないですが、後は出来る限り押さえようと思いまして」
「出来るのか?」
「やるんですよ」
 そのためにここに来たのだから。
 草間に責任者の所へ案内して貰い、まずは挨拶。
「どうも、お久しぶりです」
「良く来ていただいたと言うところだが、あいにくお茶は出せそうにないな」
「結構ですよ、何を入れられるか解りませんから」
 穏やかな口調でかわされるやりとりは、あまりにも冷ややかだ。
「なんのためにここに来たかの理由ぐらいは解ってるんだが」
「それなら話は早いです、ナハトの件は私たちに任せてください」
「駄目だ」
 あまりにも即座に言ってのけた言葉に、桐伯と悠也はそこに何か別の意図があるのではないかと言う事に気付く。
「どういう事ですか?」
「組織は一枚岩ではない、ナハトの件に関して見守る事に賛成派もいれば反対派もいる」
 つまり彼の下にいる人間とは別の人間が、ナハトを追っている事になると言う訳だ。
「部署が違うからな、こちらも内部衝突は避けたいと……」
 ため息を付く男に、桐伯がデスクにあった内線の受話器を取り上げて差し出す。
「お願いします」
「……話を聞いてないのか?」
「聞いてますよ、だからお願いしてるんです」
 口元だけで作られた笑みに、笑っていない目。
 言葉でそう言い表すのは簡単だ。
 ただ桐伯のそれにはそれだけで済まない何かが含まれている。
「もっと別の方法でお願いした方がいいですか?」
 含みを持たせた言い方が、今この場ではやけに想像を駆り立て、傍で話を聞いていただけの草間が一歩後ずさる。
「……脅しには乗らないと言ったら?」
 なお食い下がる男に、桐伯が付け加える。
「脅しなんてそんな事しませんよ、だだ……メノウにした事を盛岬さんに話したら、簡単に協力は得られなくなると考えたほうがいいのではないでしょうか」
 思い切り眉間にシワを寄せてから深々とため息を付く。
「解った……多少は時間をかせごう」
 実際の所どうかなんて解らないが、そんな事は関係ない。
 多少脅してから他に交渉の余地を作る事で、ほんの少し思考を誘導しただけの話だ。
「日暮れまでに盛岬の元に戻す、それが条件だ」
「ありがとうございます」
 だだ、それだけの事である。


 細かい話をするのは草間に任せ、桐伯と悠也は羽澄とナハトの方へと向かう。
 ある程度許可は得たとは言っても日暮れまでの時間はあまりにも少なすぎる。
「どうせですから、可能なら盛岬さんをこっちに連れてきてもらいますか」
「……飼い主の責任ですし、そうしますか」
 もっとも半ば冗談で出した意見であって、連絡を入れようとしていただけだったのだが……。
 最初に電話に出たのが夜倉木だったおかげでどうやらこっちに来るという案は実行されてしまいそうだった。
『解った、そっちに連れて行く』
『無茶いうな……げほ、ごほっ、がはっ!』
「大丈夫ですか?」
『すぐに行く、場所は?』
 結局本当に連れてきてしまったのだが、この行動は意外に正解だったかも知れないと思ったのは……間違いではないだろう。

 響く歌声。

 誰にも等しく降りそそぐ、その聖歌。
 ナハトを鎮めた時に羽澄が歌って居たのと同じ曲。
 二度目に聞くアヴェ・マリア。
 今、どんな気持ちで聞いているのだろう。
「ナハトは、どうしてる?」
 分厚いコートを着たまま、地面へと座り込んでいるおかげで様子がわからないようだ。
「大人しく聞いてますよ」
「そっか……よかった」
 力無く笑うその顔は、熱で弱っているからと言う理由だけではないのだろう。
 複雑すぎる感情は、きっと心を持つ物にしかできない事だ。
「今のナハトさんも、同じような表情をしてますよ」
「似てるからな」
 フラフラと立ち上がるりょうに桐伯が声をかける。
「歩けるんですか?」
「なんとか、さっきの看病が効いたかな。あんな環境じゃ病気にもなってられねぇし」
 頭を左右に振ってから、ナハトの方をジッと見る。
「さっきよりも顔色が悪い気がするんですが」
 そこで、悠也が何かに気付く。
「ナハトさんが元の姿に戻れたのは、りょうさんの力が逆流したからですか?」
「多分な」
 サラリと答えてみせる。
「ナハトが俺の所にいられる理由の一つは、あの事件で弱くなった霊的結界の守り役って奴があるからな。風邪引いた所為でおかしくなったんだ……でいいのか?」
「大体」
 ため息を付くように夜倉木が肯定する。
「大分意識ははっきりしているようですね」
「一応な、他には黙っといてくれよ。なんかカッコ悪いし」
「さあ、どうしますか?」
「秘密主義は良くないですよ」
「………二人には言われたくない台詞に聞こえるのは俺の気のせいか?」
 半眼で呻いたのはさておき、ある程度は解っていて好きに行動させていたと言う事か。
「それから、思い出した」
「何をですか?」
「悠也が聞いただろ、出かける前になんて言ったかって」
 今度は、ニッと笑って一言。
「行ってくる、だと」
「なるほど……」
 解ってしまえば、あまりにも簡単な事。
「それなら向かえに行ってあげてください」
「もちろん」
 それが、家族と言うものだから。


 話をまとめると、ナハトはりょうの陰陽のバランスが崩れたのを治すために出かけたのだそうである。
 普通ならばこれほど酷くはならないのだが、周りに陰の気を持つ要素が多かった事と風邪を引いた居たのが決定打だったそうだ。
「ここの家も、周りも陰の気配が色濃いからな」
 確かに幽霊マンションで、人身事故の犠牲者が飛び込んでくるなんて噂のマンションなだけはある。人に関しては、夜倉木や今ここにいない人間を含めて考えれば具合も悪くなると言うものだろう。
「ちなみに今ナハトがそうして人型の姿をとっている事も、体力を削ってるんだそうだ」
 あっさりと、言ってしまった夜倉木にナハトがりょうの方を見た。
「そうなのか!?」
 驚いたナハトの気持ちは良く解る。
 助けたかったからの行動だったのだから。
「夜倉木テメェは……」
「事実だ」
 大人げないにらみ合いを始めそうになったので、とりあえずりょうにはベットに戻って貰う事にして話を元に戻す。
「ナハトさんが持ってきたクスリがあれば何とかなるのよね」
「でしたら、クスリを飲んでからどうするかを考えればいいのでは」
「そうですよ、盛岬さんなら待つ積もりだったんでしょうから」
「とにかく今の状態を何とかする方が先でしょう」
 ナハトが買ってきたという、小瓶を前に興味もわいてくると言う物。
「何で作られているんですか?」
「……固形物だったものと、液体のようなものや色々な薬草だ」
 答えになっていない。
 むしろ聞かなければ良かったとすら思ったのだが、飲むのは自分ではないから所詮は他人事だった。
 りょうがここにいなかった事も幸運だろう。
「飲んでも平気なの」
「良く効くのは俺が保証する……ただこれだけじゃ飲めないから、普通は栄養価が高い物に混ぜて飲むんだ」
「例えばどんな?」
「普通の食事に混ぜればいいだけだから、今家にある物だけで代用できるだろう」
 さっそくと家の中にある物を集め出したナハトに、みなもがいつも扱う霊水を取り出す。
「あたしにもお手伝いさせてください、これ使えますか?」
「助かる」
 霊的防御という点に置いては、確かに効果はありそうだ。
「力の欠如が原因なら、力を注いでみるというのは」
 符術を取りだした悠也に、僅かに考え込んだがナハトは今度もうなずく。
「そう言えば、前にも試した事が……」
「栄養という点ならこれもどうですか?」
 トンと桐伯がテーブルに載せたのはハブの卵を漬け込んだ、ハブの卵酒。
「それ……」
「面白そうだと思いませんか?」
 楽しんでやっているのは明らかだが、この場に止める物はいなかった。
「確かに栄養はありそうだけど……」
「りょうなら平気じゃない?」
「それなら入れてみましょうか」
 こんな調子で、家にある物から選んで入れていく……。
 そして完成したのだが。
「本当に飲めるの?」
 不思議な色合いに変化した『クスリ』は、誰がどう見ても怪しいと断言できる色合いだった。
 形容するのは難しいが、水たまりの中に浮かんだ油を色彩反転させた様な代物と想像していただければいい。
「あまり食材から逸脱した物は入れなかったはずですが」
「何ででしょう?」
 考えたところで原因が解るはずもない。
「飲んだら倒れたりしないわよね」
 シュラインが確認を取る気持ちは良く解る。
 全員が見守る中ナハトは鍋から一サジすくい取り、味見をしてみる。
「………大丈夫だ、効果は保証する」
「回復は可能みたいですね」
 力が強まったのを感じ取った悠也が保証する。
「味はどう?」
 毒ではないとはいえ、普通の神経をしているのなら嫌がるだろう。
「………クスリは苦い物だから」
 その一言で、大体事情は飲み込めた。
「まあ、何事も経験でしょう」
 そう言いきった桐伯は、どことなく楽しそうではあった。
「と言う事で頑張って飲んでね」
「………なぁ」
 目の前に置かれたお猪口に並々と注がれたクスリを前に、当然の質問。
「ナハトはこれを買いに出てたのよ」
 だから飲んでねと、無言の圧力。
「でも……」
「味見はしましたから」
 ナハトが、である。
「効果は保証します」
「そうですよ、ナハトさんが頑張って買いに行ってくれたんですし」
 そう言われたら、何もいえないだろう。
「飲んだら治るんだし、一気に飲んじゃえば大丈夫よ」
「不安なら、味覚を封じますか?」
 逃げ道は無い。
「諦めてとっとと飲め」
「寝込んでられないんでしょ」
「ーーーっ、解ったよ!」
 お猪口をつかみ、一気に喉へと流し込む。
「おおっ!」
 ワッと上がる驚きの声。
 そして、固まる。
「………大丈夫?」
 流石に不安になったリリィがりょうを揺すってみた。
「りょう?」
「なっ、なんか宇宙が見えた!!!」
 味覚の表現としてハヤは利欲解らない例えを開設しながら、グッタリと壁へと寄りかかるがそれ以外の異常はないようだ。
「具合はどうだ?」
「……楽には、なった」
「そうか」
 ホッとしたようなナハトに、夜倉木が時計を見てから声をかける。
「やりたい事が済んだなら、犬に戻ってもらっていいな」
「ああ」
 短く答え頷いたナハトはどこか満足げだった。

 そして犬の姿へと戻ったナハトに、りょうが軽く頭を撫でたりもする
 今はまだ、色々な事が落ち着いていないから、こうしなければならないのだ。
 こうして事件は解決したのだが……。
「ところで武彦さんは?」
「……あ」
 IO2本部にてストッパー役を任されていた怪奇探偵が解放されるのは、もう少し先の話。



     【終わり】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0164/斎・悠也/男性/21/大学生・バイトでホスト】
【0332/九尾・桐伯/男性/27/バーテンダー】
【1252/海原・みなも/女性/13/中学生】
【1282/光月・羽澄/女性/18/高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【1449/綾和泉・汐耶 /女性/23/司書 】

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■         ライター通信          ■
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参加していただいた皆様に心から感謝します。

天使祝詞、つまり『アヴェ・マリア』でした。
そして思った事……プレイングって凄いなぁ、と。
ナハトがまさかここまで幸せになれるとは思ってませんでした。
再び犬状態ですが、彼にも得た物はある事と思われます。

今回は大きく分けて三部構成になっています。
羽澄ちゃん。
九尾さんと悠也君。
シュラインさんとみなもちゃんと汐耶さん。
他の話も合わせて読むと全体が把握できるかと思いますので、良ければそちらも読んでいただけたら幸いです。

それでは、またのご参加をお待ちしております。