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<東京怪談ノベル(シングル)>


虎落笛

 冬の心は何処か軽くて、吹く風にさらわれてしまいそうで。だからマフラーを巻き、コートをかぶって、その奥で自分を抱え込んで、役目を果たして舞い落ちた、木の葉を踏みしめながら歩く道、内場邦彦。
 20才でもう大人、だけど容姿は子供っぽい。ほら、今、薄い雲が漂う空をみつめる、色素の薄く、人懐こそうなその顔も。外見だけじゃなく内面も、
(粉雪が舞ったら、キレイなんだろうな)
 幻想に憧れを抱くように、ロマンチストで。……ああ、だけど、
(だけど本当にそうなったら、家に帰らずにいられない)
 現実はこんなもんだった。寒さという厳しさは、すでに彼から離れようとせず。これ以上冷え込んだら、缶コーヒー一本くらいじゃ凌げなくなる。いや、本当だったら今日だって、あの歌の猫と同じようにこたつで丸くなりたかったんだけど、それでも足を向けたのだ。今更、自然に負けて引き返すような結果は、望ましくない。やり遂げなきゃ。
 久しぶりなのだから―――肩から下げた鞄を見ると、今でも浮かぶあの人の姿。
(おばあちゃん)
 大好きだった人の、墓参りです。


◇◆◇


 大好きだった。面白い事を話してくれた所為か。おにぎりを作ってくれた所為か。怪我の手当てをしてくれた所為か、
 暖かい、匂いがした所為か。
 今でもそっと目を閉じると、あの頃のぬくもりが蘇る。
 貴方が居た事の証明です。


◇◆◇


 誰も居ない墓場だけど、夜じゃない今、恐ろしくは無く、唯静かさだけが際立って。
 だから邦彦の足音も、それなりに響く。右手には、冬の所為で高い花。緑色の部分に、申し訳なさそうに花びらが埋もれている程度の代物なのに。左手には、水を入れた桶に柄杓。両手と右肩に荷物をぶら下げて、少し奥の方へ行けば、有りました。おばあちゃんの墓です。
「お久しぶりです」
 にこやかに挨拶をしたけど、すぐに、墓が汚れている事に気付き、今の自分のセリフが、チクリとした痛みになって。ほったらかしにしすぎたなぁ、と。
 掃除、花を生ける前にすべき事だ。邦彦はもう一度、桶と柄杓を借りた所へ戻って、ボロボロの布を借りてきて、そして、桶の中にその布を入れて――
 指先が、冷たい。顔をしかめながら、なんとか人差し指と親指だけで、布に水を含ませる事が出来たけど、墓石を磨くには片手だけでも掌を使わなければいけない訳で。
「うぅ、凍りそう」
 ゴシゴシする度バシバシ凍てつく。薄い色の手の肌が、かじかみ、赤く。
 墓石全てを吹き終わった頃には、右手はすっかり痺れてしまった。コートにこすり付けて、あっためようとする邦彦。冷たいを通り越してちょっと痛い。
 でも、綺麗になった墓を見ると、笑顔になる。
「……お久しぶりです」
 改めてそう言ってから、左手と同じように動かせるようになった手を懐から出して、備え付けの、壊れない素材で作られた花瓶に、華を。
 ある科学者曰く―――彼が話しかけてるのは唯の石である。その下に埋まってるのは骨だけである。科学万能の時代で彼の行為は、石を綺麗にするだけで収まらず、あろう事か花を捧げ、しかも話しかけるなる奇行である。
 だけれども。
 お墓参りはとても大切な事だと思うのだ。霊が居るとか居ないとか、そんな事は関係なく。その人を思い出すだけでも供養になる物と、テレビの霊能者言っていた。それと同じ事だ、信憑性は、さておきだ。
 お化けや幽霊と随分と慣れしたんだ人間が言うには少しズレてるかもしれないけど。くすりと笑う。そういえばその切欠もおばあちゃんが作ったんだっけ、って、邦彦は鞄を掌で、撫でた。
 遺品、である。大好きな、おばあちゃんからの。それも唯の遺品では無い。不思議と無縁に生きてきた邦彦を、怪奇な舞台に誘った入り口。
 この鞄は、ただ、取り出す事だけが可能である。逆は無理、入れ物として機能しない。そして誰が入れたのか、飛び出すものは奇奇怪怪。例えば日本最南端にある電柱であるし、生きた化石のシーランカスや、墓荒しが喉から手が出る宝剣だって。
 だがしかしこの鞄、望みどおりの物が出ないのが、青猫ロボットのとの歴然の差。金品財宝等の幸が飛び出す事もあれど、災厄も招かざる客として訪れる事が、例えばゴキブリとかが、多々ありのこの鞄は、本来ならパンドラの箱として、押入れの隅にでも遠ざけるべきなのだが、それは出来ない事だ。
 祖母より、託された物だから。
 ………約束したから。
 手を合わせる。念仏を唱える。南無阿弥陀仏が交じる羅列を、思うよりもそらんじる事が出来る邦彦の暗記力。今はもう遠い人への、言葉。
 僕は元気にしてますよ、とか、そちらはどうですか、とか、まだおばあちゃんの所に行けそうにないけど、とか、時々こうやって会いに来ますから、とか。
 何時か、貴方との約束を、
 、
 叶えられますように、とか。


◇◆◇


 ―――この鞄の存在意義を調べてほしい
 死に逝く貴方は言いました。
 あれからいくらか経ったけど、感じた事と言えば、僕の方がこの鞄に使われてるんだろうなぁ、って事で。
 だけどそれが貴方との、約束の答えとは、少し、思えないから。
 だから、おばあちゃん、
 もう少しだけ待っていて。何時か、何処か、で。
 きっと。

 目をそっとつぶれば、聞こえるのは貴方の声と、
 静かな場所を貫く、冷たい風。