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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


『人形師のからくり館』
「やれやれだな。本来、こういうのは探偵小説のもっともポピュラーな話であり、俺にとっては大歓迎なのだが・・・やはりそれにはおまけがついてくるんだな」
 草間武彦はマルボロの吸殻の山ができた灰皿に短くなったマルボロを捨てると、紫煙の代わりにため息を吐いた。
 そして彼は頭を掻きながら向かいの席で顔を俯かせる今回の依頼者、桐生奈津子を見た。
 桐生奈津子。19歳。海外にも名をとどろかせる玩具会社である海道家に仕えるメイドだ。
 まずは彼女の持ってきた依頼について話そう。彼女が持ってきた依頼とは彼女と彼女の仕える現海道家当主、海道信吾14歳のボディーガード兼その犯人探しだ。
 事の始まりは先代海道家当主、海道健吾が殺された事に始まる。そしてそれは猟奇殺人であった。彼の体はまるで挽き肉機にかけられたようにずたぼろとなって血の湖に沈んでいた。
 犯人もわからなければ、その殺害方もわからぬこの事件。しかし事はそれで終わらなかった。
 今度はなぜか海道家に仕えるメイドの彼女が謎の視線に悩まされる事になったのだ。
 身の危険を感じた彼女は警察に相談し、警察も彼女の周りに捜査員を動員したのだが…
 結果は何事も無く、警察は彼女の神経過敏と判断した。
 だが、彼女は決してそうではないと感じている。そこで怪奇探偵として名高い草間に依頼してきたのだ。
 だがしかし・・・
「この依頼を受けるにいたって俺が足踏む理由がある」
 この依頼を受ける、その言葉に顔を綻ばせかけた彼女だが、その後の彼の言葉に表情を硬くさせた。
「あんたと海道家の当主は本当にその屋敷を出られないのか?」
 彼女は俯かせた顔を横に振った。
「はい。それが仕来りなのです。当主は一日足りとも屋敷を空にせず、月鈴子(げつれいし)の世話をするように、と」
 草間は苦りきった顔にくしゃくしゃのタバコの箱を近づけて、最後の一本を口にくわえた。これで当分はマルボロともお別れだ。
(いや、下手をすれば、永久に、だな)
 そう、彼女と海道信吾のボディーガードをし、彼女に危機感を感じさせ、あるいは…いや、十中八九海道健吾を殺したそいつと敵対するのもいい。これでも今まで多くの怪奇事件を解決してきたのだから、今更臆するまでもない。しかし・・・
「屋敷の設計図とかはあるのか?」
「いえ…」
 また彼女は顔を横に振った。
 そう、海道薫が永久に動く人形に取り憑かれたように、先代当主の海道健吾もからくりに取り憑かれていた。そう、からくり屋敷に。海道家の屋敷は多くのからくり人形を無料で公開する邸宅美術館としても有名だが、数々のギミックを仕込まれたからくり屋敷としても有名で、そしてこれは実しやかに都市伝説として囁かれていた話であるが、この海道家に忍び込んだ泥棒がそのギミックによって死んでしまったというのだ。そう、そしてそれは本当の事で、海道健吾は実は人を殺すギミックに取り憑かれていて、警察では自分で自分の仕掛けた屋敷のギミックによって死んだのでは? という意見もあがっているのだ。だから彼女の訴えも・・・
 草間は紫煙と共に吐き出した。自分の本音を。
「やれやれ、これは難儀だな」

【リュートの音】
 家の庭で俺は木刀を振るっていた。
 木刀が空気を斬る音が心地良い。初めて木刀を握ってから、一日一万回の素振りは日課だ。初めての素振りでは木刀は不恰好な音色しか奏でなかったけど、今ではこれでも澄んだ…そして鋭く切れのある音色を奏でさせられるようになった。しかし、俺は・・・
「一万。・・・ふぅー。しかし、俺もまだまだだね」
 木刀を左手で持って、右手の甲で顎から滴り落ちる汗を拭う俺は苦笑い。
 そう、今では俺も剣の腕は驕りでも冗談でもなく達人級だ。しかしそれでも俺の親戚であり、剣の師匠である御影涼にはまだまだ敵わない。
「やれやれ。まだ先は長そうだね」
 俺は肩をすくめた。と、その瞬間に澄んだ冷たい夜気を震わせて流れるリュートの音色に気がつく。
「この音色、誰だ?」
「今晩は」
 そのリュートの音色に合わせて歌うように響いた凛と澄んだ声に俺はびくりとする。まったく気配を感じなかったのだ。それはまるで闇から浮き上がるかのように突然に現れた。
「君は?」
 リュートを持つ彼女。それは俺よりも少し下ぐらいの髪の長い綺麗な女の子だった。
「人に名前を聞くときは、まず自分から名乗るものではないのかしら?」
 彼女はわずかに小首を傾げてそうクールな声で言った。さらりと揺れた髪の下にある白磁の美貌に浮かぶ笑みに俺は微苦笑を浮かべるしかない。ここは俺の家なのだけど・・・
「えっと、俺は大神森之介」
「あたしは綾瀬まあや」
「なぜにここへ?」
「あなたに因果の音色を教えるために」
「因果の音色?」
 俺は首を傾げる。
 そしてこくりと頷いた彼女はリュートを奏で出した。
 それはとても優しく、そしてちょっぴりと胸が痛くなるような切ない音色だった。そしてそれはとても不思議な事なのだけど、この世界において無音などという事象は存在しないのだ。かならずどんなに深い闇だろうと音は存在する。先ほどまでだってこの夜の闇の帳が降りた庭にだって虫たちが奏でるオーケストラの音が響いていたのだ。しかしどうした事か、綾瀬まあやと名乗ったこの彼女が今、リュートを奏でる闇にはそのリュートの音色以外には無音なのだ。虫すらもはや彼女のリュートの音色に耳を向けているかのように鳴いてはいない。
 そして彼女はリュートを弾く手を止めた。
「この曲は『薔薇の庭』。あなたの親戚であり、剣の師匠である御影涼が起こした奇跡の末に奏でられた曲」
 俺は眉根を寄せる。そして怪訝な顔をする俺に彼女はにこりと笑うと、その薄く形のいい唇を動かした。
「この『薔薇の庭』を涼が知ったのは稀代のからくり人形師と呼ばれた海道薫が作り上げた人の魂を糧として動く人形と関わりあった事から。彼が出会ったその人形にその時に宿っていたのは総一郎という青年の魂なの。彼は愛した女性に伝えたい事があるからと必ず彼女の下に戻ってくる事を誓ったのだけど、哀れにも彼は戦争で命を落としてしまうの。そしてその魂は人の魂を糧にして動くという人形に宿り、街をさ迷っていた総一郎と彼の想い人である聖子とを再会させたのが、御影涼なのよ。そしてその時に彼はこの『薔薇の庭』を知った」
 涼君にそんな事があったなんて。しかし・・・
「それが?」
「そう、その縁によって涼はまたあらたにその海道家と関わりあう事になるの」
「なんだって?」
「今日、草間探偵事務所に依頼が持ち込まれたわ。その依頼はからくり館を動けぬ現海道家当主の海道信吾と海道家のメイドである桐生奈津子のボディーガード。それと先代当主海道健吾を殺した犯人を捕まえること」
 その事件は俺も知っていた。確か海道健吾はまるで挽き肉機にかけられたようにずたずたになって血の湖に沈んでいたそうだ。その死の原因はひょっとすれば彼が作り上げた黒い噂のあるからくりのせいでは? と囁かれている。しかし、涼君・・・
「涼君は受けたのかい?」
「今、草間さんが涼に電話をかけているところでしょうね」
「そうか・・・」
 たぶん…いや、絶対に涼君はその依頼に乗るはずだ。彼はそういう人だから。まったく。
「それでまあやさんはどうしてここに?」
 そう訊くと彼女はくすりと笑いながら肩をすくめた。
「わかってるくせに。草間さんの代理としてここに来たの。それで、あなたはどうするの?」
 涼君は必ずこの依頼を受ける。だけどこの事件、敵は犯人だけでなく、からくり館もまた敵だ。ならばそんな事件に涼君一人を関わらせる訳にはいかない。
「わかった。俺もその依頼協力を受けるよ。からくり屋敷か、俺の家もからくりと云えば云えなくもないけど…面白いな、曰く付っていうところが」
 それにしてもまったく。涼君もいい加減、お人好しだけど。俺もそうだよな。これは御影の血? ん、まあそういうことで。
 肩をすくめた俺に、まあやさんがリュートをぽろんと一鳴らしした。

【合流】
 次の日の朝。俺はまあやさんと共に海道家に来ていた。
 東京の片隅…まだ自然を残すそこにその奇妙な館はあった。見た目は3階建てなのに草間さんにもらった設計図によればその屋敷は確かに5階建てという奇妙な館。その設計図も海道家のメイドである桐生奈津子の手によって書かれたもので、彼女が把握しないからくりがその館の至る場所にまだたくさんあるはずだ。そしてそんな戦慄を覚えずにはいられない館の前で涼君を待っていると、彼は7時を報せるからくり時計の鐘の音と共に現れた。
「森之介!」
 俺は涼君を驚かせてやろうと草間さんに頼んで、俺もこの依頼協力に乗った事を彼に黙っていてくれるように頼んでおいたのだ。期待通りに驚いた声を出してくれた彼に笑ってしまう。そしてこの後に俺がやる事と言えばそれはもう一つしかない。
「やあ、涼君。久しぶりぃ」
 そう言うが早いか、俺はその手に【火徳星君正霊刀・天魁】を出すと、地面を蹴って涼君に肉薄する。今日こそ、一本決めてやる。
「【正神丙霊刀・黄天】」
 しかし涼君はげんなりとした声を出すと、【正神丙霊刀・黄天】で俺の【火徳星君正霊刀・天魁】を受け止めた。その剣風でふわりと涼君の前髪が額の上で踊るがただそれだけだ。完全に一撃に込めた威力ってのは殺されていた。
「踏み込みが甘い。森之介。それと…」
 そしてすぐ間近にある涼君の顔に師匠としての表情が浮かぶ。やばい。
「あ、ストップ。ストップね、涼君。これはご挨拶。ご挨拶なんだから、師匠モードはやめようよ」
 具現化させた【火徳星君正霊刀・天魁】を消して両手をあげると同時に俺はごまかすように愛想笑いを浮かべた。そんな俺に涼君は肩をすくめる。
 御影涼。俺の親戚で、剣の師匠の彼は基本的に穏やかでやさしい性格だが、然しおとなしいわけでない。運動は大好きで剣道を幼少から嗜んでおり全国学生大会優勝保持者なのだ。そんな彼が振るうのが『正神丙霊刀・黄天』だ。森羅万象をも断ち、浄化の力をあらわす。御影一族直系で天狼の加護を持ち、『爪牙天狼剣』継承者の彼を俺は尊敬もしているのだが、時折その優しすぎる性格に心配もする。
「じゃあ、続きは今度の修行日って事で。体捌きの甘さと精神修行とをみっちりと語らせてもらう」
 俺の気も知らないで彼はすっかりと師匠モードでそう言うと、俺の後ろ…まあやさんに視線を向けた。
「やあ、まあや。久しぶりだね」
「ええ」
 ああ、やっぱり彼女と涼君は知り合いだったのか。
「ああ、それでまあやさんはヴァイオリンの事を知っていたのか」
 と、しかし俺はそう言った瞬間に怪訝そうな表情をした涼君に眉根を寄せた。何か俺は変な事を言っただろうか?
 しかしそれを訊こうと口を開きかけるが、それを音声化させる前に後ろで館の玄関の扉が開く気配がした。館の中から草間さんと桐生奈津子さんが出てきたのだろう。俺はそれを音声化できぬままにそちらを振り返った。

【からくり人形】
 依頼者の桐生奈津子と彼女の主である海道信吾の護衛役を草間武彦と入れ替わった俺たちは、館の居間で皆一緒にいた。
「どうもすみません。ご無理を言って」
「いえ、別にかまいませんよ」
 涼君はにこりと笑って、緊張と怯えに顔を硬くさせる彼女にそう言う。そして俺も、
「そうですよ。困ってる人を助けるのは当然の事。それに俺たちは力を持っているんだから奈津子さんと、信吾君を守る事が出来る。安心して」
 御影の血には人を穏やかにせずにはいられない力が宿ってるらしい。俺と涼君にそう言われた彼女はほんの少しだがその固かった表情を緩めた。それはまるで花のつぼみが綻ぶようで、俺の胸に温かい物を感じさせる。だが、奈津子さんとまあやさんに挟まれて座る海道信吾君の顔は以前表情は無かった。しかしそれはしょうがない事だ。確かにまだ14歳と若い彼にとっては父親の事はショックだったに違いないから。だがしかしこれは少々困ったかもしれない。このからくり館は謎が多すぎる。桐生奈津子さんには知りうる限りの情報をもうもらっているのだ。だがしかしそれでもこのからくり館の全容をすべて知り得た訳ではない。彼女自身もそれはからくりの半分以下だと言っていた。つまりがこの館で動くには当主である彼の情報も必要なのだが・・・
「とてもじゃないけど、訊ける雰囲気じゃないね、彼。痛々しすぎるよ」
 居間から出て、廊下で俺と涼君は話し合っていた。吐いたため息で俺の額の上で前髪が踊る。
「だけど、情報を得ておかないと犯人探しやこの家を動くのに難儀するのは確かだよね。特に【月鈴子】の事について詳しく聞きたいんだけど」
「ああ、森之介もやっぱりそれに行き着くか」
「当然でしょう、涼君」
 苦笑いを浮かべながら肩をすくめる俺に彼は真面目な声で訊く。
「【月鈴子】って何かな。人形? 世話っていうのだしそうだろうな、たぶん。だとしたら…怪しいよな、其れ」
「うん。涼君。俺も恐らくは人形…じゃないかと想う」
「此れは憶測に過ぎないけれど、このからくり屋敷もその月鈴子を守る為にあるんじゃないかな。其の為に人形師は在る、とか。だとしたら余程凄い人形なんだろう」
 廊下の壁にもたれながら腕組して頭に浮かんだのであろう予測を一つ一つ確認するように口にしていく涼君の隣で軽く握った拳を顎にあてていた俺も頭に浮かんだ予感を音声化させる。
「このからくり屋敷自体も其の為に? うん、只の先代の趣味だったら嫌だしね、こんな手の込んだ事がさ。ロマンもクソもない。だったらひょっとして、その【月鈴子】ってのはこの海道家の真の当主だったりしてね」
 涼君はその俺の音声化させた予感に絶句したようだった。そしてなぜだかわずかに片眉の端をあげると、俺の頬を引っ張った。・・・・・・・・あの、すんげー痛いんですけど?
「あ、あにょ、りょひゅん?」
「意味は無いよ」
 彼はそう言って俺の頬から手を放すと、頬を摩る俺に言った。
「俺はこれから先代の死んだ場所へ行き残留思念を読んでみようと想う。何かわかるかもしれないから」
「え、え、涼君。だったら俺も行くよ。一人は危険だから」
 慌てた俺にそう言った涼君は首を横に振った。
「森之介は二人の側にいてくれ。まあやの能力はサポート系だ。おまえの力が必要になる」
 確かに犯人探しも重要だが、奈津子さんに信吾君を護衛する事も重要だ。
「了解」
 俺は頷いた。それに此方の動きを派手にすれば涼君に当主やメイドへの攻撃はないんじゃないかと想うし。

【リュートの音】
「涼は?」
 まあやさんは一人で戻った俺を見ると、すかさずにそう訊いた。
「うん。ちょっと、捜査に」
 それで彼女にはわかったようだ。彼女はわずかながらに眉根を寄せるとため息を吐いた。
 俺はおっかないな、とかと思いながら肩をすくめると、以前表情の無い信吾君を見た。本当にまるで人形のようだ。それはあながち間違った印象ではないようで、この居間に置かれた数多くの人形がとても不気味に思えた。できるなら、その人形たちをどこかにしまってしまいたい。いっその事、黒子達を呼んで、片付けさせようか?
「どうしたの、真剣な顔をして?」
「え? あ、いや、なんでもないよ」
 俺は愛想笑いをしながら頭を掻いた。
 そして思考はまた巡り巡って最初に戻る。
「信吾君はずっとこんな調子なんですか?」
 俺は奈津子さんに訊いた。
「はい。先代当主様のお隣にいた時から・・・」
 そうか。そういえば彼が父親の第一発見者だったのだ。
「キツイな」
 父親の変わり果てた姿…異常な殺人現場を見て、彼は心を閉ざしてしまった。それはとても辛い事だ。悲しみはいつか時間が解決するというが果たして本当にそうなのだろうか? 俺はずっと彼がこのままなのではないのかという気がした。
 彼の虚ろな瞳はただ虚空を見据える。
 俺はそんな彼の姿に決心してこくりと頷いた。
「あの、上手くいくかはわからないけど、一つ試させてくれないかな?」
 俺は俺を見る二人に請け負うように頷いた。
「俺には感応能力がある。その能力を操って、殻に閉じこもった彼の心に触れて少しでもその傷ってのを癒せれば」
 そして俺は彼の冷たい体に手を触れた。だけど・・・
「これは…感じられない? 何も・・・」
 見えるのは闇しかない。聞こえる音すらもないのだ。
「どうしたの?」
「何も感じられないんだ。こんなにも彼の心は・・・」
 しかしそれにまあやさんは髪を掻きあげながら、一つため息を吐いた。
「うかつだったわ。あたしには音が聞こえるの。世界が、闇が、人の心が奏でる音が。その音を調律するのがあたしのやり方なのだけど…調律師として失格ね、あたしは」そう言ってまた大きくため息を吐いた彼女はリュートをその手に持って「彼から発せられる音楽が狂っているのは彼の精神状態故にしょうがない事だと想っていた。そしてこの館が奏でる鐘の音のような音楽にあたしの耳は傾けられていたから…いいえ、言い訳はやめましょう」
 そう言って彼女はリュートを奏でた。それは心休まる音色だった。油断すると涙が零れそうだった。しかし・・・
 それでも信吾君に代わりはない。そしてそんな彼を見て、彼女は顔を横に振った。
「やはり彼の心は肉体には無いわ」
 それは充分に俺を絶句させた。

【人形】
「な、ちょっと、待って」
 海道家当主の部屋であり、海道健吾の殺人現場となったその部屋の扉を開けた時、涼君がそう焦った声をあげた。
「涼、君…。俺、何か決定的な失敗を今・・・」
「いや、気にする事は無い。それよりもどうした?」
「あ、うん、まあやさんが御当主について重大な発見をして、それで涼君を呼びに来たんだ」
「信吾君について?」
 涼君は表現し難い表情を浮かべる。
「それは一体?」
 と、次の瞬間に、いきなり部屋が沈んだ。
「な、なに、これは?」
「からくりだ。何かからくりが作動したんだ」
「だけどちょっと、待ってよ。この部屋には警察も」
「ああ、だから何者かがからくりを作動させた」
「何者かって?」
 思わずそう言った次の瞬間に俺はその答えを出している。決まっている。犯人だ。
「とにかく部屋を出よう、涼君」
 そう言って振り返るがそれと同時に部屋のドアが閉まり、もはや俺が何をしようが扉は開かない。
「な…。だったら、【火徳星君正霊刀・天魁】」
 しかし扉に向かって一閃させた【火徳星君正霊刀・天魁】は信じられぬ事に扉に弾き返された。なんだよ、これ?
「対呪霊用コーティングがされているんだ」
 そしてその部屋はからくりと言えばおきまりの状況に見舞われる。
「て、天井が下がってくるだとぉ」
「オリジナリティーなさすぎだ」
「だけど効果は抜群だろ」
 もはやまあやさんをここまで呼んで外から扉を開けてもらう訳にもいかない。
「とにかく森之介」
「うん」
「【火徳星君正霊刀・天魁】」「【正神丙霊刀・黄天】」
 霊刀は俺たちの霊力をイメージし具現化させたものだ。ゆえにその形も変化させられる。そして霊力の棒とかした俺たちそれぞれの刀は天井を支えた。しかし……
「ねえ、涼君。これ、結構キツイ」
 膨大な霊力を放出し、しかもそれをイメージし具現化させ続けるのは確かにキツすぎる。このままではいずれ俺たち二人は・・・
 そのどうしようもない現実に絶望しかかった時、突然、部屋の空気がざわりとざわめいた。さっきまで出ていた汗がその空気に一瞬にしてひく。全身が粟立っていた。しかも信じられぬ事に並んでいた人形の一体が動き出したのだ。
「総一郎ぉ。総一郎かぁ」
「涼君? どうしたのぉ。それにあの人形はァッ」
 涼君がその人形に向かって、総一郎、と叫ぶ。もしもまあやさんに聞いていなければこんな状況で一人だけ狂って楽にならないでもらいたいとかって想ったかもしれない。だけどそうではない事を俺は知っている。確か総一郎とはこの海道家と涼君に縁のある者の名前のはずだ。
 そして涼君がこちらを向く。その茶色の前髪の奥にある青色の瞳には確かに希望がある。
「森之介。しばらくの間、一人で堪えられるか?」
「もちろん」
「OK」
 俺はさらに霊力を放出させる。
 涼君は部屋の奥に行く。しかし様子が変だ。
「森之介」
「なに?」
「これ、わかるかぁ。俺にはさっぱりなんだ。縦横100センチの大きさのパズル。それが四組。そしてピースは12星座に、トランプのクローバー、ハート、スペードにダイヤ。そして火・風・水・地の文字」
 俺はそれらを脳裏に浮かべる。そしてすぐに閃いた。
「パズルを組み込む板は四枚なんだよね? だったら、その枠には棒や剣、それに聖杯や金貨は書かれていない?」
 もしもそれらが書き込まれていたら、それは・・・
「書いてある。書いてあるぞ、森之介」
 ビンゴ!
「やっぱり。それはタロットカードだよ、涼君」
「タロットカード?」
「うん。俺が言う通りにはめていって」
 俺は小さく息を吸い込むと、
「まずは【棒】。それはワンドと呼ばれる物で、それに組み込めれるのは、クローバー、火、牡羊、獅子、射手座。次に【剣】。それはスペードに、風、双子、天秤、水瓶座。【聖杯】にはハートに水、蟹、蠍、魚座だ。最後の【金貨】はダイヤ、地、牡牛、乙女、山羊座」
 そう、それはタロットカードの知識だ。棒はワンド。燃えるような情熱を象徴し、剣はソードで鋭い知性や言葉、合理性を象徴する。そして聖杯はカップで情感、豊かな愛情を。金貨はペンタクル。触れられる感覚や物質を象徴する。
 そしてかちゃりという音が扉の方でした。
 だが、それは決定的な希望の兆しなのに涼君は体をほんの一瞬だけ固くさせた。なんとなくそれで彼が知り得た事に気がついてしまう。まったく、君っていう人は・・・。
「森之介。今から俺が扉を開く。だからおまえはその瞬間にこの部屋を脱出しろ。俺も次の瞬間に部屋を飛び出すから」
「OK」
 そして涼君は扉を開いた。
「さあ、森のす…」
 しかしその瞬間、俺は涼君を後ろから突き飛ばす。
「な、森之介」
 信じられぬという表情をする彼に俺はにこりと微笑み、そして次の瞬間に新たな扉が下りた。

【階段】
「さてと、格好をつけたのはいいけど、これからどうする?」
 天井は無慈悲に迫ってくる。
 だがしかし、その時にあの人形が一本しかない腕で壁を指した。
「その壁に何かあるのか、総一郎」
 にやりと不敵に笑う俺は【火徳星君正霊刀・天魁】を具現化させて壁に一閃させようとするが、その俺の前に周りの人形どもが一斉に動き出した。
「ちぃぃ」
 時間は無い。ならば、
「黒子ぉー」
 俺は指を鳴らした。そうすればつるはしを持った数十人の黒子がどこからともなく現れる。
「黒子。おまえらはその壁を壊せー」
 その間に俺は人形どもを【火徳星君正霊刀・天魁】で叩き斬る。そして最後の一体を叩き斬った時に壁は粉砕された。
 その向こうにあったのは、
「座敷牢?」
 その座敷牢の中にいたのは鬼だった。長い黒髪に、白磁の美貌。そしてその瞳は血のように赤く・・・。
 しかし俺の瞳はその鬼の脇に置かれた人形にいく。だけどその時に俺は想ったんだ。あの人形の顔はなんと寂しげで悲しそうな表情なんだろうって・・・。
 その座敷牢は壁の向こうにあった。壁があった場所から座敷牢までは廊下もある。まったくもって、たいしたものだ。
「このからくり館・・・ったく」
 そして俺は壁に開いた穴を潜り抜けて、天井が落ちる前にその廊下に出た。しかし・・・
「うわぁぁぁあああー。嘘だろぉー」
 廊下の床は回転床となっていて、俺は階下へと落ちた。落ちる瞬間に見た鬼の顔には嘲笑が浮かんでいる。あんにゃろぉー。
 しかし落下する俺にとって今の問題はあの鬼じゃない。差し迫ってくる床だ。俺は指を鳴らした。すると眼下の闇から浮き上がるようにして救助用のマットを持った黒子たちが俺の落下点に現れる。そして彼らは見事に俺を受け止めてくれた。
「ふぅいー。危機一髪。しかし・・・そうも気楽な事は言ってられないな」
 マットから立ち上がった俺は周りを見回す。そこは円柱の中のようだった。
 しかしそこからの脱出方法は意外なほどに簡単に見つかった。叩いた壁が反転し、その奥に階段があったのだ。
「進むのみ」
 俺はその階段を不吉な予感を胸に上るのだが果たしてその不吉な予感ってのは当ってしまった。なんともその階段は不思議な階段だった。上っていたと思えば、いつの間にか下がっていて、しかもその階段には終わりがないのだ。
「なんだよ、これは? 絶対に東京タワーよりも多く階段を上ってるぞ」
 俺は顎から滴り落ちる汗を拳で拭う。しかし拭いきれなかった汗が足下に落ちて、その音が聞こえたような気がした瞬間、とても澄んだ声がした。
「本当にたいしたからくりだよね」
 そしてその声の主はいつの間にか俺の後ろにいた。振り返らずとも、その声の主が髪が白く、その瞳は蛍光かのような色をしているのがわかった。
「君は?」
「白亜。この世の可能性を見守る者」
「可能性?」
「そう、可能性。そして白亜はキミという可能性を見ている。さて、この階段。キミという可能性はクリアーできるのかな?」
 なんとも不思議な声。クールなようでいてそのくせどうしようもなく人懐っこい声に聞こえる。
 俺は肩をすくめる。
「やってやるさ」
 そう不敵に笑って見せると、俺は瞼を閉じた。そして精神集中。心眼開眼。そうすれば俺の後ろにもう一つの階段が見えた。
「なるほどね。まったくもってたいしたからくりだ」
 色んな思想や技術を貪欲に注ぎ込んだこのからくり館を造った海道健吾を俺は心の奥底から賞賛した。そしてだからこそ全身全霊を込めて、今・・・
「この、結界術を破る」
 俺はそう叫ぶと、【火徳星君正霊刀・天魁】を突き出しながら、階段から何も無い空間へと飛んだ。【火徳星君正霊刀・天魁】の切っ先が結界という壁を貫き粉砕する。その瞬間、俺の視界を覆ったのは窓ガラスに石を投げつけた結果のような光景であった。砕け散る幻の空間。
 そして俺はあの穴の中に変わらずにいた。ただし、その俺の前には螺旋階段があった。

【月鈴子】
 螺旋階段を上りきり、天井を押し上げると、そこは居間の前の廊下に出た。そしてそこから完全に出ると、俺はうーんと伸びをする。冗談ではなくずっと閉じ込められていた俺にとっては空気が新鮮だった。
 そしてそこにあるのは・・・
「森之介は?」
 まあやさんの怪訝な声。涼君の背中が震える。なんとなくその震えた背中に俺はくすぐったいような感じを覚えた。
「森之介は・・・」
 震える彼の声を制するように俺は言葉を紡ぐ。
「ここにいるよ」
 そしてその声に涼君は今までで一番の素早い動きで振り返って、今にも怒り出しそうなそれでいて泣き出しそうな表情を浮かべた。
「森之介」
「やだな。涼君。そんなお化けでも見たような顔をして。ちゃんと足もあるよ」
 ウインクする俺。涼君は顔を俯かせると、
「【正神丙霊刀・黄天】」
 と、ぼそりと呟いて、いつもとは立場逆転で俺に【正神丙霊刀・黄天】を叩き込む。そしてこちらも立場逆転だ。
「【火徳星君正霊刀・天魁】って、ちょっと、涼君。踏み込みが甘いんじゃないのかい?」
 にこりと笑いあった俺たちは拳を軽くぶつけ合う。
「で、お二方。もういいかしら、感動の再会は?」
 まあやさんのクールな声に俺たちは顔を見合わせあってから彼女に微苦笑を浮かべた。
「で、先ほど森之介にまあやが何か重大な事に気がついたって聞いたんだが」
 頷く俺。まあやさんはソファーの上のリュートを手に取るとぽろんと鳴らした。
「あたしの能力は知ってるわよね、涼」
「ああ」
「あたしは彼の疲弊した心にリュートの音色で問いかけようとした。その時にわかったのよ。彼の心が肉体に無いのが」
「じゃあ、彼の心ってのは?」
「俺は知ってるかもしれない」
 その言葉に涼君とまあやさん、それに放心状態だった奈津子さんまでが俺を見た。
「森之介? 何かを知っているのか?」
「ああ」
 俺は頷いた。そして奈津子さんを見る。
「奈津子さん、あなたは【月鈴子】ってのが何なのか知ってますか?」
「え、いえ。【月鈴子】は当主だけが知る事柄ですので。あたしは…」
「そうか」
 そして俺は真剣な表情を浮かべる涼君を見ると、
「【月鈴子】はね、涼君、人形じゃなかったよ」
 涼君は眉根を寄せる。
「先ほどの部屋で俺はあの人形が助けてくれんと指差した壁をぶち壊して、その難を切り抜けたのだけど、その壁の裏には何がいたと想う?」
 一拍間を開けて、俺は言った。にやりと彼に笑いかけて。
「そう、【月鈴子】さ。それは人形を脇に座らせた【鬼】だったよ」
「お、に、だって」
「うん。そして人形にそんな物があるはずないのにだけどその時に俺は見たんだ。その人形が表情を浮かべていたのを。とても悲しそうな表情だったよ」
「あ、あの、どういう事ですか? 私には上手く意味が理解できない…」
 奈津子さんの声は震えていた。そしてその瞳からは涙が滝のように溢れ出している。ここに来て麻痺していた心がまた新たな情報を得た事によって動き出したんだろう。
「つまりが彼の心は人形の中にあって、そして居場所さえわかればあたしならばその心を彼の肉体に戻せるって事よ」
 まあやさんはそう請け負うと、リュートを奏でだした。そしてその音色が部屋から消えた時、
「父ぉさんッ」
 今までそれこそ人形かのようにソファーに力なく座っていた信吾君が立ち上がって叫んだ。そしてそれはまるで魂の奥底から吐き出されたかのように心に痛い声であった。
 その声に俺は確信した。自分の見たあの表情が目の錯覚だったのではなかった事を。
そしてその瞬間に脳裏に映像が浮かぶ。それは人形を脇に座らせた古めかしい着物を着た女の鬼に刀を振り上げて肉薄するビジョン…つまり海道健吾が最後に見ていた光景か? そしてその彼の前に歯車が天井から降ってきて、それを最後に映像が途切れる…涼君の表情から、それを彼もまた見ていた事を悟った。おそらくは涼君の感応能力と俺の能力……御影の血が共鳴しあって俺たちに同時に見せた光景なのだろう。
「海道健吾さんは君を助けようとして、殺されたんだね?」
 涼君は静かにそう訊いた。その言葉に大きく見開いた目から涙を零し始めた信吾君はしかし震える下唇を噛み締めながら頷いた。
「海道家のすべては【月鈴子】のためにあったんです。【月鈴子】、彼女は江戸時代…8代将軍徳川吉宗の時代に生きていた人でした。名だたる商家の娘として、彼女は生まれてきたんです。双子として。だけど彼女は姉を殺して、そしてそのために父親に殺され…彼女は鬼となったんです。海道家はその商家に恩があって、それで鬼となって自分の家を滅ぼした彼女を守ってきたんです。永久に動くからくり人形も、何もかも…海道家のすべては彼女のためにありました」
「それがなぜ、こんな事に?」
「【月鈴子】が僕に恋をし、そして僕を我が物とするために先祖が作り上げた人形に僕の心を封じ込めてしまったために。そのために父さんは…僕を、助けようとして……」
「やりきれないな」
「そして奈津子さんが危機感を感じ得た理由ってのはそのためなのか。彼女が信吾君の恋人だから」
 二人は見合わせた顔を真っ赤にした。
「だけどこれで事件の解決策は見えたね」
「ああ」
 俺と涼君は頷いて、信吾君を見る。
「【月鈴子】を倒さねばいけないと想う」
「うん。海道家の因縁とかってあると想うけど、もうこれは放置できないよ」
「だけど…僕は………」
 父親を殺されたにも関わらずに信吾君がそう躊躇いを見せた瞬間、
「「これは・・・!」」
 俺と涼君は声を揃えて上を見た。

【霊刀】
 館全体を震わせるような不吉なからくり時計の鐘の音。そしてそれが途切れた瞬間に、天井を突き破って、乱暴的な破壊音を奏でながら歯車が降ってくる。
「ちぃ」
 間違い無い。海道健吾を殺した歯車だ。
「ガーディアン」
 信吾君の恐怖と戦慄に満ちた声。
「【火徳星君正霊刀・天魁】」
 俺が【火徳星君正霊刀・天魁】を具現化させると同時に涼君も【正神丙霊刀・黄天】を具現化させている。
「「だぁーァァァッ」」
 俺たち二人に向かって確かに凄まじい殺気を放ちながら落ちてきた歯車を【火徳星君正霊刀・天魁】と【正神丙霊刀・黄天】とで受け止めると同時に、
「「殺られるかよぉーぉぉぉぉッ」」
 そのまま庭へと続く窓へと弾き飛ばした。
 ガラスが砕け散る暴力的だが澄んだ音でもある破壊音をあげながら庭に飛び出た歯車は、庭に着地すると同時に芝生が植えられた大地を削って衝撃を殺すと、逆回転。そしてそのままビデオを逆回転させるように歯車が俺たちにまた向かってくる。だがそれは・・・
「布石だ。森之介」
 その歯車が今まさに俺たちに肉迫せんとした時、天井からもう一つの歯車が落ちてくる。しかし俺も涼君も常に目の前の敵と殺りあっている時でも周りにも気を配っている。正面の敵は俺が。そして天井からの歯車は涼君が請け負った。その意思疎通は無言のうちにかわされる。それが俺と涼君の絆だ。そして俺が【火徳星君正霊刀・天魁】で正面からの歯車を弾き飛ばすと同時に天井から落ちてきた歯車も涼君の【正神丙霊刀・黄天】によって庭へと弾き飛ばされている。
 そして庭では今度は二つの歯車がその場で大地を削って回転した。
「涼君。あいつ」
「ああ。あの扉と同じだ。対呪霊コーティング。俺たちの霊刀でも弾き返される」
 このままではいずれ・・・
「ああ、そういう事。ならば任せて」
 と、言ったのはまあやさんだ。そして彼女はリュートを奏でる。その旋律に2種類の力を込めて。
 歯車からは対呪霊コーティングの波動が消え、そして【火徳星君正霊刀・天魁】がその鋭さを増す。彼女のリュートの音によって俺の霊力がUPしたのだ。これならば・・・
「森之介」
「うん」
 そして俺と涼君は居間の床を蹴って、歯車へと肉迫する。
「【火徳星君正霊刀・天魁】」
 そして【火徳星君正霊刀・天魁】の一閃は見事歯車を両断した。
 しかしそれはこの戦いの終わりではない事を俺たちはその場の空気に満ちる憎悪と怨念のプレッシャーに悟っている。
 見上げれば館の尖塔の頂上には鬼がいた。月鈴子だ。
「あの歯車はガーディアン。彼女がいた座敷牢の結界の役目も担っていたんです」
 ガーディアンを倒した事で結界が消えたのだ。なるほど、海道家は月鈴子にそこまでの忠誠を誓っていた。ガーディアンを倒された時にはその者の手に彼女が落ちぬように逃げられるようにしていたのだ。
 ふわりと彼女は霊刀を構える俺たちの前に降りてくる。彼女の両手の爪が一瞬で50センチ程伸びる。この女、強い。俺と涼君…二対一でもキツイかも…。
「待ってください」
 しかしその一食触発の空気を震わせたのは信吾君の声だった。
「待ってください。あの、僕は…もういいんです…」
 月鈴子と俺たちとの間に入った彼はなんの後悔も無い笑みを浮かべながらそう言うと、視線を奈津子さんに向ける。
「奈津子さん、ごめん。僕はあなたも好きだけど、だけど月鈴子の悲しみとか寂しさ、想いを知ってしまったから。だから僕は彼女をもう独りにできないんだ。ごめん。ありがとう、奈津子さん」
 彼はとても綺麗な笑みを浮かべながら、そう言って、そして立ち竦む月鈴子の方へと向かっていく。
「もう独りじゃないよ。月鈴子」
 月鈴子の前に立った信吾君はぎゅっと彼女を抱きしめた。そして月鈴子の瞳から涙が滝のように零れる。
 俺たちの脳裏に浮かぶのは彼女が人だった頃の記憶。そして鬼となってからの記憶。誰からも…この世で一番の味方となってくれるはずの両親にすら愛して貰えなかった彼女のこの永き時の記憶。
「ありがとう。信吾。だけどもう私はいい。だってあなたにそう言ってもらえたから。それだけでもう充分だから、だからあなたは生きて。人として。あなたまでも闇の中で生かさせたくない。って、私が言うのもなんか矛盾した話だけど・・・」
 彼女はそう言ってくしゃくしゃにした花束のような悲しさと寂しさを感じさせる笑みを浮かべるとゆっくりと、信吾君の両手を解いて、俺たち二人の前に立った。
「天狼の加護を持つ御影の血を引く方々よ。どうか私を殺してください」
 俺はぎゅっと拳を握り締める。この先の展開・・・どうしようもない事と言えども・・・。
「彼女を人として逝かせる方法があるのだけど、どうする?」
 そう言ったのはまあやさんだった。思わず俺たちは振り返る。
「【正神丙霊刀・黄天】と【火徳星君正霊刀・天魁】の二振りの霊刀ならば彼女を人に戻して逝かせる事ができる」
 俺たちは顔を見合わせあうと、頷いた。
「しかし、それをやればあなた方はしばらくはまともに動けなくなるわよ」
 訊かれる間でも無かった。彼女がそう言った次の瞬間に俺は【火徳星君正霊刀・天魁】を具現化させた。

【ラスト】
「今回はご苦労だったな。3人とも」
 それから数日後、俺は涼君とまあやさんと共に、草間探偵事務所にいた。
「いえ、あたしは今回はサポートでしたので。お二方がやってくれました。それにしても本当に涼だけでなく森之介も結構なお人好しで。月鈴子を人として逝かせるために危うく死にかけたのですから。あたしがいなければ間違いなく…ね。それが御影の血なのかしら」
 草間さんの隣で雫ちゃんが苦笑いを浮かべている。俺は人懐っこい笑みを浮かべた。
「ん、まあそういうことで」


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

2235/大神・森之介/男/19/大学生能役者

1831/御影・涼/男/19/大学生兼探偵助手

NPC/綾瀬・まあや/女/19/闇の調律師

NPC/白亜//女/13/世界の可能性を見守る者

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、はじめまして。大神森之介様。
この度担当させていただいたライターの草摩一護です。
依頼参加ありがとうございます。

まずは今回のノベルの説明をさせてください。
今回、大神様と御影様のプレイング内容、それにお二人の関係とを見させていただいて、
このような形にさせていただきました。
もしも大神様のご想像と違っていましたらすみません。

しかし、今回のこのノベル、僕としては大変楽しく書かせていただきました。

大神様の森之介と御影様の涼、この二人の師弟関係とか、友情、信頼関係などの描写が一番楽しかったです。
森之介視点と涼視点とでお二方のノベルを書かせてもらえた事で、それぞれのキャラの良さも書かせてもらえましたし、
またお互いを労わりあう姿といった僕の一番好きな描写も書かせてもらえたので、本当にこのノベルは楽しんで書かせてもらえました。
→ここら辺は御影様のノベルを読んでもらえましたら、また違った視点で二人の関係が見えるので、楽しんでもらえると想います。
そしてこれは御影様の方にも書かせてもらったのですが二振りの霊刀の描写も本当に楽しめました。
どうでしょうか、今回の小説、楽しんでもらえましたでしょうか? もしも気に入っていただけたのでしたら、作者冥利に尽きます。^^

それではまた、宜しければ依頼参加してやってください。
その時は精神誠意書かせていただきます。^^

受注窓を開く予定などは『ドリームコーディネート』や『悪夢のように暗鬱なる世界への扉』で載せていますので、
お暇がある時に宜しければ覗いてやってくださいね。

それでは本当にありがとうございました。
失礼します。