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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


『人形師のからくり館』
「やれやれだな。本来、こういうのは探偵小説のもっともポピュラーな話であり、俺にとっては大歓迎なのだが・・・やはりそれにはおまけがついてくるんだな」
 草間武彦はマルボロの吸殻の山ができた灰皿に短くなったマルボロを捨てると、紫煙の代わりにため息を吐いた。
 そして彼は頭を掻きながら向かいの席で顔を俯かせる今回の依頼者、桐生奈津子を見た。
 桐生奈津子。19歳。海外にも名をとどろかせる玩具会社である海道家に仕えるメイドだ。
 まずは彼女の持ってきた依頼について話そう。彼女が持ってきた依頼とは彼女と彼女の仕える現海道家当主、海道信吾14歳のボディーガード兼その犯人探しだ。
 事の始まりは先代海道家当主、海道健吾が殺された事に始まる。そしてそれは猟奇殺人であった。彼の体はまるで挽き肉機にかけられたようにずたぼろとなって血の湖に沈んでいた。
 犯人もわからなければ、その殺害方もわからぬこの事件。しかし事はそれで終わらなかった。
 今度はなぜか海道家に仕えるメイドの彼女が謎の視線に悩まされる事になったのだ。
 身の危険を感じた彼女は警察に相談し、警察も彼女の周りに捜査員を動員したのだが…
 結果は何事も無く、警察は彼女の神経過敏と判断した。
 だが、彼女は決してそうではないと感じている。そこで怪奇探偵として名高い草間に依頼してきたのだ。
 だがしかし・・・
「この依頼を受けるにいたって俺が足踏む理由がある」
 この依頼を受ける、その言葉に顔を綻ばせかけた彼女だが、その後の彼の言葉に表情を硬くさせた。
「あんたと海道家の当主は本当にその屋敷を出られないのか?」
 彼女は俯かせた顔を横に振った。
「はい。それが仕来りなのです。当主は一日足りとも屋敷を空にせず、月鈴子(げつれいし)の世話をするように、と」
 草間は苦りきった顔にくしゃくしゃのタバコの箱を近づけて、最後の一本を口にくわえた。これで当分はマルボロともお別れだ。
(いや、下手をすれば、永久に、だな)
 そう、彼女と海道信吾のボディーガードをし、彼女に危機感を感じさせ、あるいは…いや、十中八九海道健吾を殺したそいつと敵対するのもいい。これでも今まで多くの怪奇事件を解決してきたのだから、今更臆するまでもない。しかし・・・
「屋敷の設計図とかはあるのか?」
「いえ…」
 また彼女は顔を横に振った。
 そう、海道薫が永久に動く人形に取り憑かれたように、先代当主の海道健吾もからくりに取り憑かれていた。そう、からくり屋敷に。海道家の屋敷は多くのからくり人形を無料で公開する邸宅美術館としても有名だが、数々のギミックを仕込まれたからくり屋敷としても有名で、そしてこれは実しやかに都市伝説として囁かれていた話であるが、この海道家に忍び込んだ泥棒がそのギミックによって死んでしまったというのだ。そう、そしてそれは本当の事で、海道健吾は実は人を殺すギミックに取り憑かれていて、警察では自分で自分の仕掛けた屋敷のギミックによって死んだのでは? という意見もあがっているのだ。だから彼女の訴えも・・・
 草間は紫煙と共に吐き出した。自分の本音を。
「やれやれ、これは難儀だな」

【他にどう言え、と言うのよ?】
 それは風が運んだ懐かしい香りだった。その残り香が私の心からもうだいぶ薄れてきた時、まるでそれを嫌うように縁の輪が回り出した。
 永き時を生きてきた私はその縁を不思議には想わない。
 かつて私が助け、私を愛した男と永き時をこえて出会った縁がまた新たな縁を作り、そしてそれがまた風を運ぶ。
 人と人との縁が複雑に絡み合う中で私はその風を見、そしてその風にその身を任せるのみ。
 それが私の役目なのだから。
 そして彼をきっかけに私と結ばれたその縁はこうやって風に運ばれてきた。
「いっらしゃいませー♪」
 極上の営業スマイルを浮かべながら軽やかな鈴の音と共に開いた自動ドアを見た私はすぐにその極上の営業スマイルを引っ込める。代わりに私の顔に浮かんだ表情を見て、彼はその顔に苦笑いを浮かべた。
「なんだよ、その嫌そうな顔は?」
「あなたこそ。『安い・上手い・店長が美人』が長所の『丼亭・花音』はしかし短所はその10倍って言ってのけたのは誰よ?」
「なんだよ。冗談だろ、そんなのは」
 火のついていない煙草を口にくわえておどけたように中途半端に両手をあげた彼に私は鼻を鳴らした。
「マルボロじゃないって事は金欠なのね? うちは顔見知りだからってツケはしないわよ」
 そう言って私は彼の口から煙草を取り上げる。『丼亭・花音』は喫煙禁止だ。彼は眉を寄せるが私はそれを無視した。そして彼の横にいる少女に視線を向ける。髪の長い綺麗な娘だ。そして私は彼女を見るなり、彼を睨んだ。
「ちょっと、なによ、この綺麗な娘は。まかさ、援交じゃないでしょうね?」
「あん? 何を勘違いしているんだ。この娘は今回のおまえの相方だよ」
 私は彼のその言葉に唖然とする。そして皺を刻んだ眉間に右手の人差し指をあてて大きくため息を吐く。やれやれ、またか。
「なに、また怪奇絡みの依頼を引き受けたの、怪奇探偵さん?」
 そう意地悪な口調で言ってやると彼はまた苦虫をまとめて噛み潰したような表情を浮かべた。
 私は肩をすくめる。
 この彼、草間武彦はハードボイルドな探偵を気取りたいらしいのだが、しかし悲しいかな、彼の下に持ち込まれる依頼は怪奇絡みの物ばかりなのだ。だからついた綽名が怪奇探偵。この彼、確かに貧乏な事もあるが、しかし人が良い事もあってその依頼を受けてしまう。くわえていた煙草がマルボロではなかったから金欠でもあるのだろうけど、やっぱり今回も困っているクライアントの依頼を無げに拒否できなかったのだろう。やれやれ。
「まだ依頼協力するとは言ってないでしょう。とにかく休憩時間になったら聞いてあげるから座っていて。ああ、それとあなた、よかったらうちでバイトしない?」
「え?」
 彼の隣にいる娘に私はにこりと笑って訊く。
「え、いや、あの、あたし、色々とありますので」
「そう。残念だわ」
(ちぇ。美人店長と美人アルバイトの2枚看板でいけると想ったのに)
 そして休憩時間。
「私は風祭真よ」
「あたしは綾瀬まあやです」
 自己紹介を済ませた私に草間武彦が今回の依頼を話す。
「あなた、馬鹿じゃないの?」
 そして依頼内容を聞いた私の第一声がそれだった。正体不明の敵に、からくり館。尋常じゃない。何よりもそんな依頼に・・・
「そんな依頼にこの娘を投入するなんて」
 腰に両手を置いた私はまあやちゃんに顎をしゃくりながら彼に怒鳴る。しかし彼はそこでにやりと笑った。
「な、そう思うだろう。だから、おまえも今回のこの依頼を受けてくれるよな?」
 ・・・この男・・・・・・
「・・・OK」
 他にどう言え、と言うのよ?
「よろしくお願いしますね、真さん」
 まあやちゃんはにこりと笑った。

【期待していいわよ♪】
 夕刻5時。お店の夜の部の仕込みを済ませて、後はバイト君たちに任せた私は東京の片隅にあるからくり館に来た。
 茜色の空から降りる光のカーテンに包まれたその館は時計塔の針が遅れている事を除けばモダンなデザインで造られており、実しやかに囁かれている黒い噂など信じられぬように美しい。
 思わず私はルーベンスの絵を初めて見た時の様にその場に感動して佇んでしまった。ちなみにルーベンスの絵から想像できるのはフランダースの犬で、そして日本のアニメではなんとなくパトラッシュはセントバーナードのように見えるが原作では、パトラッシュは狼の血を引く犬で、そして狼と言えば私の眷属であり友人だ。
「疾風」
 草間武彦の護衛付きで現れた海道家のメイドであり、今回のクライアントである桐生奈津子に開けられた玄関から館に入った私がその名を呼ぶと、私の傍らにいた彼は私の左手に鼻先を擦り付けて来る。
「疾風。あなたは館の中を見回って。それで何かあったら教えて頂戴ね」
 そう言うと彼は一鳴きして、風のようなスピードで館の奥へと消えていった。
「じゃあ、後は任せた」
「ん。任された」
 草間武彦はそう言って、警察にいる友人から情報を集めるために館を出て行った。その彼の遠ざかっていく後ろ姿を見つめる奈津子さんの目があまりにも心配そうだったので、私は思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「大丈夫よ、任せて。あなたと信吾君は私とまあやちゃん、それに疾風が守るから。それとプラス2人がね」
 そう言ってウインクした私に彼女は小さく小首を傾げた。
「あの、でも・・・」
「ん?」
「怖くありませんか? その、健吾様の死に方って…普通じゃなかったから……」
「ああ、そうね。挽き肉は痛そうだし、美しくないわよね。それはちょっと困っちゃうわ。だけどまあ、なんとかなるでしょ♪ 私は人じゃないし、死ぬ事もないからね」
 言葉の最後は口の中だけで呟くにとどめて、私はまだ不安そうな彼女に微笑む。だけど彼女はちょっと怖い顔をした。私は責めるように。
 そんな彼女の表情を見て私は肩をすくめる。これでも伊達に長生きをしてるわけじゃない。私の言いようが気に入らなかったのだろう。そんな彼女の肩に私は手を置いた。そして小首を傾げて、
「気楽過ぎるって? いいじゃない。俯いてばかりじゃ見える物も見えないわよ?」
 微笑する。すると彼女は頬を赤らめて頷いた。彼女も不安なのだ。そしてそういう不安を解消する方法はいくつかあって、その中の一つは、
「それよりも私、お弁当を作ってきたの。先代御当主さんが亡くなってから色々と大変で、まともな物を食べていないそうじゃない。だから皆でいただきましょう。これでもものすごく激料理の腕には自信があるから、期待していいわよ♪」
 私がウインクすると彼女は子どものように微笑んだ。
「あの、私、お荷物、持ちます」
 どうやら心を完全に開いてくれたようだ。
「お願いね」
 そして彼女は皆がいるリビングへと一足先に入っていた。
「さてと・・・」
 私は瞼を閉じて・・・

「今は何も感じねーな」
 俺、【破壊】のしんはすべての感覚を鋭くさせて館全体の気配を伺うが、不信な気配ってのは感じられない。
「敵も馬鹿じゃねーか」
 俺は肩をすくめる。と、リビングのドアが開いた。そしてそこから出てきたのは、まあやだった。彼女は俺を見るとにこりと笑う。
「初めまして、と言うべきかしら? しんさん」
「そうなるな」
 彼女には真が俺たちの秘密を伝えている。この体を3つの神格が共有している事を。そしてそれを見分ける方法が瞳であることも。俺の場合は水色だ。
「それで何かわかりましたか?」
「いや、さっぱりだ。敵は姿を見せない。どうやら俺の出番はまだらしいよ」
 俺はそう言って彼女にウインクすると、瞼を閉じた。

 ……そして私は瞼を開く。
「どうしますか?」
「敵が動くのを待つしかないでしょうね。その間に情報収集もしっかりとやっておきましょう」
 そう言うと、私は風精霊を召還するべく神力を放出する。
「聖なる風の眷属よ、真実の姿を解き放ちなさい」
 まあやちゃんも風の精が感じられているようだ。私の周りに召還され、放たれた風精霊たちを目で追う。なるほど、闇の調律師というのも伊達じゃない。あの子たちが奏でる風の音色が聞こえているのだろう。
「さあ、行きましょうか、まあやちゃん」
 護衛役がいつまでも護衛対象の側を離れているわけにはいかない。
 リビングに入ると、お弁当はもう広げられている。
「さあ、どうぞ。たーんと食べてちょうだい」
「「「いただきます」」」
 3人はとても美味しそうに私のお弁当を食べてくれる。嬉しい。
「信吾君。美味しい?」
 私がそう言うと、からあげを口に頬張っていた彼は14歳という年の頃に相応しい笑みを浮かべて頷いた。正直、父親があんな殺され方をしたのだから、その息子である彼はかなりの落胆をしているのだろうと想ったが、しかし意外にも彼はしっかりとしていた。その訳は・・・
「ほら、奈津子さん、これ、美味しいよ。食べてごらんよ」
 彼は重箱から鳥の照り焼きを箸でつまんで、奈津子さんのお皿に盛る。どちらが年上だかわからない感じだ。
 私はまあやちゃんと顔を見合わせて、笑いあった。
 そしてそんな微笑ましい光景を作り出す信吾君と奈津子さんを見つめる。おそらくは信吾君にとっては奈津子さんは守られる相手ではなく、守る相手…好きなのだろう。だから彼は怯える彼女のために父親が殺された悲しみを必死に乗り越えて強くあるのだろう。そして自分が狙われているにも関わらずに彼女がこの海道家を離れないのも、彼がここにいるから。
「ほんと、妬けちゃうわね」
 私が肩をすくめると、まあやちゃんも同じように肩をすくめる。
「ほんとですよね」
 信吾君はやはり歳相応に私達の言葉の意味がわからずに目を瞬かせ、奈津子さんは赤らめた顔を俯かせた。
 私はもう一度肩をすくめると、なかなかに人気のあるからあげを取って、口に運ぶ。うん、我ながら最高の味付けだ。
「ねえ、真さん」
「ん? なに、信吾君」
「このからあげって、からあげ粉じゃないんでしょ。どうやって作るんですか? それとこの一口ハンバーグは?」
 ああ、なるほど、先ほどからその二品だけを食べている奈津子さんのために覚えようというのか。まったくもってますますと健気なことだ。
「ああ、ほんとは企業秘密なんだけど、いいわ。教えてあげる。そこのお嬢様お二人もよく聞いておいて。このレシピ、男を落とす時に使えるから」
 そう言ってウインクすると、私は説明した。作り方は簡単だ。からあげの場合はミキサーに、しょうがとおろしわさびを少々、そして次に砂糖。レモン汁、料理酒にみりん。からし。そして醤油を入れて混ぜるのだ。この時、気をつけねばならぬのはミキサーの蓋をしっかりと手で押さえておくこと。じゃないとせっかくのタレが零れてしまうから。うちのバイト君は時折、これを忘れてくれる。(笑) 後は小麦粉に卵を入れて、このタレをそこに入れてよくかき混ぜればタネの完了だ。後は普通のからあげの作り方と同じ。ハンバーグは別に特別な事はしてはいない。挽き肉にこんがりと飴色に焼いたたまねぎを入れて、塩、コショウ、トマトピューレー、パン粉を入れて、よくかき混ぜて、ハンバーグの形に整える時にほんの少し注意して、ハンバーグの中の空気を出してやること。ただそれだけでいい。後はハンバーグを焼いて、その後にそれを焼いたフライパンにトマトケチャップと砂糖、ソースを入れて混ぜて、そこにまたハンバーグを入れて焼く。それでOKだ。または市販の物でもいいし、手作りでもいいからデミグラスソースをかけてやれば。うちはそのデミグラスソースも手作りで作っているが。
「まあ、でも、料理は愛情よ。だから私の愛情たっぷりのお弁当も美味しいでしょう♪」

【犯人は人形?】
 しかし楽しいお食事タイムもそうは長くは続かなかった。
(どうしたの、風精霊?)
 私の耳元で奏でられた風のメロディーは風精霊からのメッセージだ。それによれば館の時計塔の中で何かを発見したらしい。
 私は立ち上がると、
「ちょっと、館の中を見回ってくるわ」
「あ、あの、だったら僕も一緒に。この館には父が残したギミックがあって」
「大丈夫よ。ギミックの大半はもう理解してるから」
 私のその言葉に彼は目を大きく見開いた。しかしそれは嘘ではない。館に放った風精霊はギミックを解き明かし、それを詳細に私に教えてくれているし、疾風もギミックをクリアーしながら解除している。もはやほとんどこの館のギミックは稼動してはいない。
「じゃあ、まあやちゃん、後は頼むわ」
「はい」
 そうして一度、護衛対象の下を離れた私は時計塔に登った。そこにあるのは陰惨なる光景だった。
「これは…ここで殺されたのね・・・彼は・・・」
 時計塔の歯車は真っ赤な血で染まっていた。しかも乾いた血の粉が歯車と歯車との間に入り込んだりしているためにそこに不具合が生じて、時計の動きがおかしかったのだ。
「挽き肉機の正体はこれだったのね」
 犯人は歯車と歯車の間に海道健吾を突っ込んだのだろう。まったくもって惨い事を。そしてごたいそうにもその死体を死体発見現場に移動させた。
「でも、これで自分の作ったからくりで事故ったっていうのは消えたわね」
 やはりこれは怪奇絡みの殺人事件ということだ。そしてその犯人への手がかりがそこには残されていた。
 私は床に跪いて、視線を床板へと落とす。そこには血でついた足跡があるのだ。そしてそれは私が見知った物であった。
「これは基信の足跡と同じだわ」
 そう、基信。木曽基信。因果の糸を手繰り寄せればそれはつい先日、風が運んだ懐かしい香りへと辿り付く。この海道家の先祖、海道薫が作り上げた人形に宿った魂は私の知人で、そして私は彼の願いを叶えるべく、協力した。その願いとは彼の描きかけの絵を完成させる事であったのだが、その時に見た彼の足跡(美術館に侵入するときに土に付いた彼の足跡)と積もった埃のためにその床に残った犯人の足跡がそっくりだったのだ。つまりは…
「犯人は人形?」
 そう、そう考えるのが妥当だ。そして今のところ、それに思い当たるのは海道家に伝わる意味深な【月鈴子】のみ。
「と、いう事なのだけど、どうかしら?」
 リビングに戻った私は現海道家当主である信吾君にすべてを聞かせ、意見を求めた。しかし彼はその私の推測に首を横に振った。
「それはありません。【月鈴子】ってのは海道家の守り神を憑依させるための神具なのです。それが父を殺すだなんて。ここだけの話、つい先日、騒がれた例の人形も海道薫が【月鈴子】を基に作り上げた人形で、そしてそれは【月鈴子】に比べれば足下にも及ばないのですよ。しかもそれでもそういう人形は海道薫以外には成功させられなかったですし」
 しかしその【月鈴子】によくないものが憑依しているという事はないだろうか?
 ・・・私がそう想った瞬間、
「ウォオオオオーーーーーー」
 気高い咆哮が館の空気を震わせた。疾風だ。
「こ、これはなにぃ?」
「犬の遠吠え?」
「真さん! 疾風ですかぁ?」
「ええ。不信な動く人形を見つけたって」
 それは失敗だった。それを聞いた信吾君が部屋を飛び出してしまう。
「あ、ちょっと、待ちなさい」
 えーい、こうなったらしょうがないか。私はまあやちゃんを振り返った。
「まあやちゃん、奈津子さんをお願い。私は信吾君を守るわ」
「わかりました」
 まあやちゃんが頷くよりも早く私は部屋から飛び出す。その私の背を奈津子さんの声にならぬ声が追いかけてきた。
「お願いします」
 もちろん、私は頷いた。

【基信・・・】
 私は焦った。
 どこにも信吾君を見つけられないのだ。
「そんな、あの子、どこに行ったのよ?」
 この館は3階建て。しかし、3階にあがっても私は彼を見つけられなかった。
 敵を逃した疾風が同じ階段の上から私に向かって降りてきていたので、やはり彼は忽然と消えた事になる。
「落ち着いて。落ち着くのよ、私」
 この館はからくり館だ。だとしたらこの事にもやはりからくりが関係しているのだろう。私は風精霊が送ってきたこの館の見取り図と、私が見てきた館の全てとを脳内でトレースさせる。
 ・・・。
「って、ちょっと、待って・・・おかしいわ」
 疾風が私を見上げた。私の周りに集まる風精霊たちも不思議そうな顔で私を見る。
「この館は3階建てだわ。外から見た館の外見も確かに3階建てに見える。だけど館の中を通る風の音は3階建ての音じゃない。そう、この風が奏でる音は4階建てよ」
 そう、そうなのだ。ずっと何か感じていた違和感はそれだったのだ。
 それに気づいた私は3階と2階の間にある踊り場に立った。壁を手で叩く。しかしその音に不信な感じはしなかった。次は2階と1階の間・・・空洞音。
「ビンゴ」
 大気凝縮…武器創造。そして私の手には大きなハンマー。名づけて100万トンハンマーだ。
「そーれ!」
 私は100万トンハンマーを叩き込んだ。
 粉砕された壁の向こうには廊下。そしてその奥には大きな扉が。
「疾風。私が扉を粉砕したら、飛び込んで」
 扉撃破。そして疾風が飛び込む。
「ウォォォオオオオオ」
 疾風が怒りの咆哮をあげる。
 そして私もその光景を見て一気に頭に血が上るのを感じた。
「信吾君!」
 そこにあったのは古めかしいが神秘的な雰囲気を放つ人形に押し倒された信吾君がいる光景だ。しかも彼の肩には人形作りの道具が突き刺さっていたのだ。
「このぉぉぉぉーーーーー」
 大気凝縮…武器創造。私の手には刀。その刀を横に一閃させる。しかしその瞬間に人形は掻き消えるように凄まじいスピードでその場から飛びのき、私の刀はただそこを通るだけだ。
「ちぃぃぃ」
 舌打ちと共に私はそのまま刀を一閃させた勢いを利用してその場で舞いを踊るように回転すると、壁を蹴って、ジャンプ。刀を両手で持つとそのまま大きく振りかぶって・・・
(このまま刀を叩き込む)
 しかし私はその次の瞬間、大気を凝縮させて創造した刀を解除した。なぜなら・・・
「あなた、基信?」
 茫然とする私はただそれだけの言葉を押し出すのが精一杯だった。
 私と月鈴子の間にはまだ作りかけの不恰好な人形が立ったのだ。そう、月鈴子を守るように。そしてその人形を包み込む風が私の鼻腔に運ぶのは懐かしく…そしてつい最近にまた香った香りであった。そう、浮世絵を描く時に使う・・・
「基信・・・」
 作りかけのその人形には表情すら無い。だけど私には力が抜けたようにがしゃりとその場に崩れゆく人形ののっぺらぼうの顔に笑みを見たような気がした。

【どうしたの、信吾君?】
「月鈴子、あなたは信吾君を助けようとしていたのね」
 だけど私は勘違いし、そして月鈴子はただ彼を守らんと、凄まじい敵意と殺気を放つ私に反応した。
「ふぅー。やれやれだわ」
 私はため息を吐くと、気絶している信吾君を抱き上げた。そして瞼を閉じる。さな、お願い。

 ええ、任せて、真。
「信吾君。ちょっと痛いですけど、我慢してくださいね」
 【慈悲】それが私の神格。そして私、さなの能力は・・・
 私は信吾君の肩の傷に手をあてながら彼の唇に自分の唇を重ね合わせた。そのまま数秒。彼の傷口から溢れ出し…私の指の間から零れ落ちる血が止まる。そう、それが私の力。慈悲の力。後は任せますわよ、真。

 癒えた傷に私は一安心し、彼に活を入れた。
「気づいたようね」
「・・・はい」
 彼は頷いた。
 そして彼は突然、泣き出した。
「どうしたの、信吾君?」
 私は彼を宥めるように言う。彼の心から吹く風はとても寂しく、悲しい…心に痛い風。そしてその風を心から嗚咽のように吹かせる彼は泣きながら懺悔した。
「・・・父を、父を殺した人形は僕が作った人形なんです。小さい頃からずっと見続けてきたこの月鈴子のような人形を作りたくって…それで僕は見よう見真似で、そして、月鈴子の神を降ろすための神石の一つをその人形に…そしたら、その人形が…その人形に魂が……」
「どうしてその人形がお父さんを?」
「父は僕の作ったその人形を一度壊しているんです・・・」
 そして桐生奈津子には嫉妬というところか。
「で、その人形はどこにいったの? 肩はその人形にやられたのでしょう」
「・・・僕がこの部屋に入ってきたら、奴が月鈴子から最後の神石を奪おうとしていて。それを止めようとしたら・・・」
「やられたか」
 私は唇に軽く握った拳をあてた。もはや奴は創造主にも見放された。次はどう動く?
 しかしそれは考えるまでもなかった。階下の方から聞こえた悲鳴は奈津子さんの物であった。

【風は・・・猛り、鎮め、癒し、見守る。全てを・・】
「ちぃぃ」
 私は舌打ちすると、その部屋から飛び出した。
「月鈴子。あなたは信吾君を守って」
 そして私はリビングに飛び込む。その瞬間に見た光景に私は歯軋りした。
 人形の突きがまあやちゃんの腹部を貫いていたのだ。
「疾風」
 私は叫んだ。疾風は心得て、人形に襲い掛かる。その間に私はまあやちゃんに駆け寄った。彼女はもはや虫の息だ。
「ま、ま、ま・・・」
 奈津子さんは完全に混乱している。私はすかさずポケットから取り出した薬草を彼女の顔に押し付けた。その次の瞬間には彼女は昏睡している。その彼女を風精霊による結界で包み込むと、私は再度、さなにチェンジして、まあやちゃんを回復させた。
 そして私は・・・
「ちょっと、おイタがすぎたわね、あなた。だから・・・破壊神しん参上。俺の相手をする不幸な奴ってお前? んじゃあ、ぶッ壊させてもらうぜ!」
 大気凝縮・武器創造。俺は剣を作り出すと、まあやの血に濡れた床を蹴って、飛ぶ。
「どけぇー、疾風ぇー」
 疾風がどくと同時に俺は剣をそいつに叩き込む。そいつは左腕で俺の剣をガードしようとするが、
「甘い」
 俺の剣はそいつの左腕を叩き斬り、更にはそのまま二の腕も叩き斬る。しかしそいつはそんなものは関係無しに体を沈めさせると、着地した瞬間の俺の足めがけてブレイクダンスを踊るように蹴りを放つが、
「風よ」
 俺は風の力を借りて浮上する。
 しかしそいつもそれで終わらない。その蹴りの勢いを利用して立ち上がると同時にジャンプ。俺を追いかけてくる。そしてそいつはアッパーを放つが俺はそれを上半身を逸らして避けると同時に舞いを踊るように体を旋回させて、アッパーを放った瞬間に大きな隙を作ったそいつのボディーに一撃を一閃させた。
「風は・・・猛り、鎮め、癒し、見守る。全てを・・。そう、俺はおまえも見守るぜ」
 その瞬間、迷子の子どものようだったそいつの顔が安らいだ。

【ラスト】
 その後、しんの一撃はその人形にはめられていた神石をも真っ二つにしている事が判明したが、信吾君はそれでよかったんです、とただ一言言って、その自分の作った人形を悲しげに見つめていた。
 そして・・・
「信吾君は月鈴子を始めとする海道家の人形をすべて博物館などに寄付したそうです。それにからくり館も今日行ったら解体されていました」
「そう」
 私はあの夕暮れ時に佇む壮麗な館の姿を想像して、ちょっともったいないなと想った。
「それであの二人は?」
「ええ。信吾君と奈津子さんは信吾君の叔父様の家にそろって行くそうです。叔父様夫婦にはお子さんもおられないそうで、皆さん、とても幸せそうな顔をしてました」
「そう」
 それが一番の気がかりだったので私は安心した。ならば後は・・・
「はい、まあやちゃん」
 私は彼女の前にお手製料理を並べる。
「・・・えっと、なんですか、これは?」
 テーブルの上に並べられたレバーと薬草とを使った特別料理に彼女は苦笑いを浮かべる。そんな彼女に私はもちろん、極上のスマイル。
「貧血気味のまあやちゃんへの私の愛のこもったお手製愛情料理よ。たーんと食べてね」


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

1891/風祭・真(しん・さな)/女(男)/987/『丼亭・花音』店長/古神
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■         ライター通信          ■
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こんにちは、いつもありがとうございます。
ライターの草摩一護です。

さてさて、今回のノベルも楽しんでもらえましたでしょうか?^^
シチュエーションノベルで3人それぞれを書かせてもらえた経験を活かして、
真・しん・さなを存分に楽しく書けました。
特に真は真らしさを出せていると想うのですが? 
風祭様にもそう感じてもらえたら嬉しい限りです。作者冥利に尽きます。^^

そしてお弁当のご持参もありがとうございます。
おかずは数品しか描写してませんがまだまだたくさんの『丼亭・花音』の目玉料理が重箱の中に入っているはずです。^^

今回の目玉武器は100トンハンマーです。
この100トンハンマーを振るっていた真はそれはそれは嬉々とした表情を浮かべていたとか。^^

それでは今回も本当にありがとうございました。
また、気に入った依頼があればどうぞ、ご依頼してくださいませ。
その時は誠心誠意書かせてもらいます。

それでは失礼します。