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『時の巫女のささやかなる実験』
この書き込みを読めているという事はあなたには資格があるという事ね。
資格。そう、資格よ。
私は時の巫女。
時の宮に生まれ、時の糸を死ぬまで紡いでいく存在。
先代の時の巫女が死んだ瞬間に私は生まれ、そしてその次の瞬間からもう私は時の宮で時の糸を紡いでいた。
まあ、私の自己紹介はここまで。
ねえ、あなたに一つ訪くわ。
あなたは時とは一方方向にしか向かわないものだと想って? 進む事はあっても、戻る事は無い、と。
そうね。そう。それが自然の…そして時の摂理。
だけどどうやら、私は時の巫女としては異質な存在のよう。
だって、私は想ってしまったから。こんな生まれた瞬間から死ぬまでただ時の糸を紡ぎ続けるだけの人生なんて嫌だと。もっと、自分の想うままに生きたいと。
だから私はささやかなる自分の運命への、時の摂理への反抗をしてやるの。これはまずは第一の実験。その実験とは紡いだ時の糸を戻す事。
そう、喜んで。
この書き込みを見る事ができるあなたは時を遡る才能を持っているという事なの。
ねえ、あなたにもあるのでしょう?
守れなかった約束。守れなかった愛。失った愛。心に突き刺さっている誰かを傷つけた言葉。
私は時の巫女。そういった過去が人を大人にするという事も充分すぎるぐらいに知ってるわ。だけどそんな痛みを背負って生きるのは嫌じゃない?
だから私があなたを楽にしてあげるわ。そう、私の実験に付き合ってくれるお礼としてね。
さあ、紡いだあなたの時の糸を戻しましょう。
【夕暮れ】
瞼を閉じれば思い浮かぶのはあの懐かしい平安の世の姿。
そこは今、俺が暮らしている平成の世の姿とは似ても似つかない。
吸い込む空気の匂いは今もよりももっともっと草や水、大地…そんなたくさんの自然の匂いが香っていて、そしてそこに暮らす人々の顔も生活は苦しいがそれでも一日一日を毎日一生懸命に力強く生きている・・・そんな気持ちのいい表情が浮かんでいた。
そしてそれは動物たちだって一緒で。
鳥も変わらずに青い空を飛んでいるし、魚だって川や海を泳いでいる。大地を駆ける四つ足の生き物たちだって変わらずに日々を走り抜けていて。それでもあの頃の空に比べれば断然に透明度の落ちた空を飛び、濁った川や海を泳ぎ、硬いアスファルトの上を走ったりするそんな今の動物たちはまるで何かの業を背負い、生き難そうだ。
それはきっといつも満ち足りた表情はしているけど決定的にあの頃の人々よりも何かが欠けてしまった顔をしている平成の人々の中で生きる俺の中で平安の世の世界は色褪せることなくあるから。
永き封印を解かれ、出た世界は俺にとってはほんのちょっと寝ていただけのようでも、それでも紡がれた時の糸の分だけ様変わりしていて、そしてそこに生きる者たちは当然、その世界に上手く適応して生きているのだろうけど、それでもあの頃に比べればそれは生き難そうとしか感じられない。
そんな感覚のズレを抱きながら生きる俺はこの平成の世に適応し楽しく生きていこうという想いと、恋焦がれるように平安の世への懐かしみと憧れとの想いの中で溺れている。
平成と平安。どっちつかずの想い。両方が両方とも俺にとっては大事な居場所。
この俺が生きる平成の世は明るくて煩い時代だけど、今は俺を認めてくれる人がいるから、ここに居たいと想う。だけど、逆に誰も俺を認めてくれなかった平安の世もしかし確かに恋しいんだ。あの時代の空気やゆったりとした時の流れや暗闇は、俺にとって凄く居心地の良い世界だったから。
平成と平安。平成の世で生きていく覚悟をし、事実面白おかしくこの平成を生きながらしかし俺がどっちつかずの中途半端なのは、それは封印されたせいで時の紡がれるのを体感できなかったから。そんな感覚がまだ俺に平成の世という夢を見せているようで、どこかでそれを信じているからだから俺は目が覚めればそこは・・・・・・
「鳴くよ、うぐいす、平安京。か」
俺は今日の歴史の授業で習ったそんな年号の暗記法をまるで自嘲の笑みを浮かべるように口にして、そしてそんなどうしようもできない時というものにまるで物分りの悪い拗ねたガキのような想いを抱く自分に結局は嘲りを最大限に含んだ失笑って奴を漏らしたんだ。
「あははははははは」
口から零れる笑い声。だけどそれがどこか嗚咽のように聞こえるのはこの俺の心のせい?
なんだよ? どうしたんだよ、俺? 伍宮春華。おまえは自分の弱い部分を認めず、弱みを人に見せたがらない性格で強気+陽気な態度を崩さない奴だったんじゃねーのかよ?
だけどそんな自分への問いかけに答えてくれる奴は誰もいなかった。
見上げた空。茜色の空。空も太陽も月も、そして星も変わらずにそこにあるのに、その下にあったはずの世界はまったく変わってしまった。
きっと、突然に首輪を外されて、見知らぬ場所に捨てられた犬や猫ってのはこんな気持ちなのかもしれない。
とても寂しくって、物悲しくって、そして自分がこのまま世界から透明になって消えてしまうような・・・そんなガラにもない感覚に包まれる。
夕暮れ時の世界に流れる喧騒。だけど俺はどうしようもなく独りだった。だけど・・・
「伍宮君?」
澄んだアルトはしかしそんな人々が上げる喧騒の中ではものすごく場違いなのように感じられて。
そちらを向くと、そこにはこれまで何度か行動を共にした綾瀬まあやがいた。彼女は腰まである長い黒髪を掻きあげながら、俺の顔を見てわずかに小首を傾げた。
【携帯電話】
「なるほどね」
彼女は静かにそう言った。そしてそのままどこか遠いところをその切れ長な瞳で見つめている。
公園。街頭の光だけが光源の夜の公園にはもう誰もいない。砂場に作られた山の隣に忘れられていったスコップを見つめながら、俺は肩をすくめる。
「悪い。忘れてくれや」
俺は意識しておどけた声を出した。まあやは俺を見ない。それが今はありがたかった。そう、だってそれは彼女の優しさだから。
俺はブランコから立ち上がると、彼女の前に立つ。俺を見上げる紫暗の瞳に俺は微笑んだ。
「聞いてもらったら、すっきりとした。だからもういいよ。それにガラじゃないだろう、こんな俺ってのは」
そう言った俺にしかし彼女は微笑んだ。それはまるで全世界に対して挑戦するかのようなそんな不敵な微笑で。俺はそんな彼女を少し気味悪く想った。
そして彼女は制服のポケットから赤い携帯電話を取り出した。
まあやは俺を見つめて、嫣然と微笑む。
「あたしの質問に真面目に答えて。この液晶画面に映る文字は見える?」
・・・。
からかっているのだろうか?
「見えるに決まっているだろう。ゴーストネットOFFって所の掲示板だ」
「いや、そうじゃなくって、【時の巫女】という人の書き込みは見えて?」
時の巫女?
俺はその小さな液晶画面に視線を注意深く向ける。
「ああ、見え・・・るって、何だよ、これは?」
そこに書き込まれている事は到底信じられない事柄だった。だけどもしもそれが本当の事だったらなんとタイミングばっちりな書き込みなんだろう?
まあやは小さくため息を吐いた。
「おめでとう。ならば、あなたは資格があるという事よ。携帯を出して」
彼女の差し出された手に俺は携帯電話を置く。携帯は最近、無理やり持たされたんだが、しかし使い方がわからないために、鳴っても無視している。だもんだから、学校の奴らに言わせれば豚に真珠。春華に携帯電話って。
返された携帯電話の液晶画面にはまあやの携帯電話と同じゴーストネットOFFの掲示板が表示されていた。
「それじゃあ、がんばって。あなたには可能性があるのだから」
そう言って彼女は公園から去っていった。そしてその彼女の細い背が見えなくなってから初めて俺はなぜに彼女が俺が携帯電話を持っていることを知っていたのかに気がつくがしかし俺の気は完全にゴーストネットOFFの時の巫女の書き込みにいっていたから、すぐにその疑問を忘れてしまった。
【時の宮】
石造りのその宮は時と時の狭間にあった。不思議なのはそこでは俺と時の巫女には色が無かった事だ。
「色とは時の中を動くものだけが認識できるもの。時という制限の中から外れてしまった物は色を持たないの」
彼女はそう言って笑うと、
「それでは実験を始めましょうか? で、あなたは何時へ戻りたい?」
「平安と呼ばれていた頃へ」
「OK。では、時渡りをしましょう」
【平安の時】
瞼を開くとそこは平安と呼ばれた世だった。
吹いた風は自然の匂いを香らせ、空の青さも、雲の白さも、水の透明度もまるで平成の世とは違う。
そこは俺の中にあった平安の世の風景よりも美しい世界で、そしてだからこそ俺の瞳から涙が溢れ出てきた。
吹く風に全身を撫でさせ、空気を胸いっぱいに吸って、そして森を風と共に駆け抜け、野で動物たちと戯れる。川の流れに身を任せて流れ着いた海でたゆたい、そうして俺は濡れたまま大地に大の字になって転がって、青い空を見つめたんだ。
平安の世。ずっと思い描いてきた望みを思う存分にやって、恋焦がれるように憧れ求めてきた世界を俺のすべてで感じる。・・・しかしそこはとても懐かしくって、愛おしくって、だけどそれだけで。そう、この感覚には自分でも大変に驚くのだけど、もうそこは俺の世界ではないと感じた。
この世界のすべては敵意を剥き出しにして異邦人である俺を攻撃する事はなく、優しい母の腕の中にいるようにそのすべてで抱きとめてくれる。だけどもう、俺が駄目なんだ。だから・・・
何も俺は時の巫女にアバウトに平安の時に戻してくれと頼んだ訳ではない。明確なる意思の下に戻してもらった時。日。
そう、俺の運命を変えた日・・・
吹く風に髪を想うままに遊ばせながら、瞼を閉じていた俺はその瞼を開く。
「時間だ」
収納していた翼を開き、それを羽ばたかせると同時に大地を蹴る。そして空に向かって一直線に飛翔した俺は森の木々よりも高い場所で空中停止すると、一点を見据えた。転瞬その場より空に向かって光の柱が伸びる。
「ひゅー♪ あん時は訳のわからんままに封印されて終わったけど、俺を封印したパワーってのはあんなにも強力な物だったのか」
そう、それは俺を封印した時の光。俺が彼女に頼んだ時は、俺が封印された時だったのだ。すべてはケジメをつけるために。
「じゃあ、行くか」
俺は頷くと、翼を羽ばたかせてそちらに向かった。
【ケジメ】
忌々しい拠り代の石の前では貴族のいでたちをした年若い陰陽師がいた。そう、そいつが俺を封印した男。
そいつはすべての気力を使い果たしたというような顔で、しかし同時になんとも表現し難い…どこか寂しそうな表情で自分で俺を封印した拠り代の石を眺めていた。
そいつの姿を見ていた俺の中で悪戯心が目を覚ます。そしてこの時代での久々の悪戯に心ときめかせながら俺は気配を殺して、そいつの後ろを取ると、大きな声で、
「わぁ!!!!」
「おわぁ」
大声を出した瞬間、そいつはまるでなんか変な生き物のように高く飛び跳ねて、その後はその場に腰を抜かして座り込んでしまう。そして前に降り立った俺を見上げたそいつの顔に浮かんだ表情ってのは、これまたものすごく不思議そうなぽかーんとした間の抜けた顔だった。
マジで、面白い♪
「き、貴様は? 馬鹿な・・・どうして」
(驚いている。驚いている。いっひっひっひ)
俺を見て驚いた表情を浮かべているその陰陽師の面にいっひっひと笑いながら俺は満足げに頷いた。
「貴様はたった今、俺が封印したはずだ? 一体どんな妖術を使って、封印から逃れた?」
そいつは俺との間合いを計りながら、気を練っている。ぞわっと鳥肌が全身に浮いた。今更ながらにこいつの強さを肌で感じる。
(さすがは俺を封印した男。あれだけの術を使ったすぐ後でまだこれだけの力を出すなんて。いや、これは命の炎を燃やしているのかな?)
しかし、残念ながら俺はこいつと殺りあうために来たわけじゃない。
「待て。待てよ。たったついさっきまで殺し合いしていた奴に言われても信じられんかもしれんが、正しく言えば俺はその俺であって、俺じゃねー」
その俺の言葉にそいつは眉根を寄せて怪訝そうな表情をしたが、しかし、なぜかそれで俺がそいつに敵意とかといった物を持ってはいない事を感じ取ってくれたようだ。そして俺は両手をあげて、わずかに傾げた顔に友好の笑みを浮かべた。
その後、俺たちは川辺に移動して、俺が川に潜り魚を採り、その魚を陰陽師が起こした火で焼いて、二人でその魚をつまみに酒を酌み交わした。
「なるほどな。この平安の世よりも遥か遠い先の世界でおまえは封印より解き放たれ、そして時を司る神の力によってこの平安の世に戻ってきたと」
「ああ」
頷く俺にそいつは魚の頭をぼりぼりと食って、酒を喉に流すと、俺に意味深な笑みを向けた。
「それでおまえはこの時に戻ってきて、何をするつもりなのだ? この俺を殺し、そして、この時代の自分の封印を解くか?」
なるほど。そういう考え方もあるか。俺は目を鋭くさせて、そいつを見据える。
「そうだとしたら?」
「ならば今一度おまえをこの時代に封印してやろう」
そいつの目は本気だ。空気がびりびりとした殺気と緊張を孕んでいく。しかし、俺はそんなそいつににんまりと微笑んだ。
「冗談だよ」
そしてそいつも目じりを垂れさせて笑う。
「わかってるよ。この時代のおまえの目はどこか道に迷った子どものような目をしていた。しかし先の世より戻ってきたおまえの目は澄んだよい目をしている。それではもう一度訊こう。おまえはこの時代に何しに来た?」
俺は頷く。
「ケジメをつけにきた。もう一度、この世界をちゃんと見て、この時代の空気を感じて、そしてあんたに出会って、今の俺がどう生きているかを話して、そうしてこの世界にお別れを言おうと想ったんだ。それでもここは俺の故郷だから、懐かしく想う気持ちは消えないだろうけど、それで俺の中にある中途半端な感じは消えて、平成の世にちゃんと足を着けて生きていけると想うから」
そう、俺はこの平安の世のすべてを感じて、そしてこの想いを一番伝えたかった俺を封印して平成の世と出会わせてくれたこいつに伝える事でケジメをつけられると想ったから・・・だからこの時に来たんだ。
「ん?」
「どうした?」
「ああ、どうやらもう時間らしい。俺が俺がいる場所に戻る」
「そうか」
そして俺たちはどちらからともなく手を差し出しあって、握手をした。
「じゃあな」
「ああ、待て。この刀を持っていけよ。おまえの刀だ。そちらの時代での物の怪退治の役にたつだろう」
「ああ、懐かしいな。その刀。俺のだ。だけどさ、そいつはあんたが持っておいてくれ。この時代より物を持っていくのは残念ながら禁じられているんだ」
「そうか。ならばいつかおまえの手にちゃんと渡るように然るべき事をしておこう」
「頼むよ」
そして俺はそいつに手を振って、平安の世とちゃんとお別れをした。
【ラスト】
そして俺は平成の世にいる。
東より昇る太陽が世界を照らし、そして街は動き出す。
空より見下ろす世界はやっぱり先ほどまでいた平安の世とはまったく違うけど、だけど平安の世と同じぐらいに愛おしく感じられる。
すぅーと息を吸い込んで、そして、
「これからもよろしくなぁー、今のじだぁーーーーーーい!」
それに応えるように世界の息吹かのような強き一陣の吹いた風に全身を撫でさせながら良し、と俺は拳を握って一人微笑んだ。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1892/伍宮・春華/男/78/中学生
NPC/綾瀬・まあや/女/17/闇の調律師
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、伍宮春華様。
はじめまして。この度、担当させていただいたライターの草摩一護です。
時の巫女の実験という今回の依頼にこんなにも印象深いプレイングをご依頼してくださり、
本当に感謝しております。
平成という今を生きるために、平安の世にお別れをしに行った彼の気持ちにものすごく共感しました。^^
前半は彼の苦悩とか、平安の世への憧れ、そして後半は物語の核となる彼なりのケジメを中心に書かせていただきました。
どうでしょうか? 春華なりのケジメとはと考えさせてもらった結果、このような形にさせてもらいました。
どうでしょう? 今回のご依頼、満足していただけましたでしょうか。もしもご満足していただけたのでしたら、
作者冥利に尽きます。^^
ケジメのつけ方と考えた結果、これが一番ベストに感じられ、そして面白いのではと思いました。
そしてラスト。ラストはできる限り爽やかな感じにしたくって、こういう風にしました。
早朝の空の下、眩しい光の中でガッツポーズをする春華を文体から想像してもらえていたら、それは本当に嬉しい事です。
惜しむのはもう少し、春華の魅力である自由奔放さと、そして悪戯をする事で人と触れ合いたいというような彼の感じを表したかったです。^^;
それでは本当にご依頼してくださってありがとうございました。
またよろしければ、伍宮春華さん、を書かせてください。
その時は誠心誠意書かせてもらいます。
『ドリームコーディネート』『悪夢のように暗鬱なる世界への扉』
と、二つの部屋を開いてます。情報もこちらに載せていきますので、
お暇な時にでも覗いてやってください。^^
それでは本当にありがとうございました。
失礼します。
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