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守護
■ オープニング
何者かに命を狙われている。そう呟く男は切羽詰ってはおらず、むしろノイローゼ気味だった。
草間は男に向かって「失礼」と呟きタバコを銜えたが目の前の男はそれに気づいていない。
「お茶をどうぞ」
零がお盆にのせた湯のみをテーブルの上に置く。
「…お願いできますでしょうか?」
お茶に見向きもせずに男は哀願する。
男は隣町で有名な資産家の冬野忠志(とうのただし)という。彼は命を狙われていると言った。大雑把だったので草間が忠志から詳細を伺おうしたが、中々聞き出すことが出来なかった。
「主にご自宅で奇妙な事が起きるんですね?」
「…はい」
所要時間二時間半。零は部屋の時計を見上げて溜息をついた。
奇妙な現象。何もないところで大きな音がしたり、誰かが動かしたわけでもないのに物が動いたような形跡があったり、忠志はそう説明した。
「分かりました。お引き受けしましょう」
腑に落ちない点がいくつかあったが草間はしぶしぶ依頼を引き受けた(怪奇現象の疑いがあるので不機嫌)。
依頼内容は忠志が自宅にいる間の周辺警護と不可思議な現象の調査。
自宅の間取り図を見る限り、彼の自宅は屋敷と表現したほうが適当だった。とにかく無駄に広い。その敷地面積は東京ドーム何個分的表現が必要かもしれないなと草間は思った(冗談だが)。
周辺警護に加えて屋敷の調査も必要であるに違いない。草間はさっそく調査員を厳選することにした。
■ 調査1
無駄に広い屋敷を三人が歩く。廊下には、いかにも豪華そうな赤い絨毯が敷かれており、時折メイド(お手伝いさん)と遭遇することもある。依頼人の資産家である冬野忠志(とうのただし)の自宅は洋風の造りをしているのだが、何でもアンティーク物の取引をやっているらしく、彼自身もそういった物に目がないらしい。
「うう、広すぎて屋敷全体を五感で把握することができないようじゃ」
先頭を歩いていた本郷・源(ほんごう・みなと)が窓の外に視線を投げる。その先には、これまた無駄に広い庭が広がっている。庭師が手入れをするために存在するのではないだろうかと源は本気でそう思った。
「ちょっと、あのお手伝いさんにお話を聞いてみましょうか?」
海原・みなも(うなばら・みなも)が廊下を掃除している使用人の女性を見つける。
「そうしようか。にしても、この屋敷って広さのわりに、人口密度が比例していないよな」
あたりを見渡しながら武田・一馬(たけだ・かずま)が所感を述べた。
「あの、すいません。ちょっとお話を聞いてもよろしいですか?」
「あ、はい」
みなもが話しかけると女性は一礼して手を休めた。ちょっとオドオドした感じの女性だった。
「早速なんですけど…」
三人は、まず、屋敷でおかしな現象が起きていると言うことに関して、屋敷で働く者たちがどのように認識しているのかを聞いてみた。すると、そういう現象を見たのは主人の忠志ばかりで使用人である自分たちは、あまり本気にしていないということだった。
だが、忠志の側にいることの多い執事や使用人たちなどはけっこう気にしているようで、最近は屋敷中で噂になっているらしい。
「つまり、主人以外にもそういう現象を見た人がいるって事ですよね?」
一馬が質問する。
「はいそうですね。でも、そんな何もないところで物が動くなんて…」
「確かに普通は信じないじゃろうな」
源がうんうんと頷いた。
次に現象の詳細について聞いてみた。とは言え、噂話だったので信憑性は定かではないが、主人の忠志がまだ帰宅していないため、止むを得なかった。
「花瓶が割れた? それは、風とかじゃなく、誰かが触れたわけでもないんですよね?」
「そうらしいです。しかも、何度かあったらしくて…」
一馬の問いに使用人は曖昧に答える。源がそれを変に思ったのか使用人の前に出た。
「何か気になることがあるようじゃな?」
「…え?」
使用人が驚き目を見開いた。源は五感が常人離れしている。よって、相手の表面的な情報は誰よりも敏感にキャッチすることができるのだ。源は使用人の女性から特別な何かを感じ取ることが出来た。
「どうなんじゃ?」
少し詰問口調なのだが、源には悪気はなかったりする。
「…えっとですね、思い出したことがあるんですよ」
「思い出したこと?」
みなもがオウム返しに尋ねる。
「はい。先月のことなんですが、同僚が事故にあったんです。ご主人様直属の使用人だったんですけど」
「今回の話と関係あるんですか?」
「え? あ、関係…ありませんね。あはははっ」
一馬のツッコミに使用人が笑って応えた。
三人は使用人の女性に礼を言うと再び、だだっぴろい屋敷の廊下を歩き始めた。
不可思議な現象が起きた現場へも行ってみたが有力な情報は得られなかった。前もってみなもが周辺の住民にも聞き込みをしていたらしいが、屋敷内のことは殆ど外部に知られていないようだった。
「とりあえず、こいつを仕掛けておこう」
一馬が一見すると役に立ちそうにもない、ボロボロのカメラを取り出した。これは、物を“品物の幽霊”として召喚することが出来る彼の能力だ。つまりこれで監視しようというわけだ。
「それって、どうやって確認するんですか?」
「ああ、これを使うんだ」
そう言って、今度はモニターの幽霊を召喚した。幽霊とはいえ物なので意志や知性はない。そして、これらは一馬にだけ操ることが出来る。
「そろそろ、屋敷の主が帰ってくる時間じゃろ?」
「では、そろそろホールの方へ向かいましょうか?」
「そうだな」
ホールと言うのは玄関がある部屋のことだ。二階へ続く階段などもあるため吹き抜けになっており、広い空間を有している場所である。
三人は沈みかけた夕日の陽が差し込む廊下を歩き、玄関ホールへと赴いた。
■ 調査2
主人の忠志が帰ってくるまでに屋敷の調査が終わりそうになかったので六人は二手に別れていた。そして、もう一組がこの三人だ。
「まるで学校みたいだね」
大神・森之介(おおがみ・しんのすけ)はあたりを物珍しそうに眺めていた。
「森、あんまキョロキョロするなよ」
森之介に無理やり連れてこられた御影・涼 (みかげ・りょう)が注意するが、森之介は聞いていなかった。
「他の三人は使用人の方を当たっているみたいだから、私たちは、執事さんに話を聞きに行きましょうか?」
最後の一人、シュライン・エマ(しゅらいん・えま)が二人に問いかける。
「そうしましょうか」
森之介と涼は同時にそう答えた。
この屋敷の執事の名前は芳野仁(よしのひとし)という。執事の部屋は二階にあった。三人はノックをして返事があったのを確認すると部屋の中へと足を踏み入れた。
「お話は聞いております。さあ、お掛けください」
やや、年老いた感じ。執事といえばやはり白い髭の似合う礼儀正しい初老をイメージするものだ。三人もそうであったらしく、お互いの顔を見て何となく苦笑してしまった。
「このお屋敷はいつ頃建てられたものなんですか? それから、この土地の所有についての経緯についても」
エマの最初の問い。
「確か二十年ぐらい前でしょうか。私もちょうどその頃に執事としてやって来ましたので。更地で荒れ放題だったこの土地を旦那様が買い取りまして屋敷を建設したそうでございます。何か曰のある場所だったと言うことは特に聞いておりません」
「じゃあ、地縛霊とかは関係なさそうだね」
森之介がそう言うと執事は上品に笑った。
「では、最近、新たに工事をしたとか、そういうことは?」
エマが続けて質問する。
「配水管の補修工事を今やっていますね。それ以外では特にこれといっては」
「そうですか。でしたら、次に今回起きた不可思議な現象について伺ってもよろしいですか?」
エマは本題に入った。今までの質問は余念のない彼女の準備運動と言ったところだろう。
「私も、長いことこの屋敷で執事をやっておりますが、あのような現象は初めてです。ポルターガイストとでも表現すれば良いのでしょうか?」
「それに近いんじゃないですかね? えっと、具体的にはどのようなことが?」
涼が聞く。
「花瓶や天井のシャンデリアが突然落ちてきたり、停電が起きたり、様々な現象が起きています。ほとんど、旦那様が現場にいる時に事件は起きているようでして、こうも立て続けに起きますとノイローゼにもなります」
つまり、偶然にしては出来すぎていると言う訳だ。これには三人も首を縦に振らざるを得なかった。
命を狙われていると忠志が思っているのは、自分がいる場所ばかりで事件が起きるからであろう。シャンデリアが突然落下してくれば、やはり、このレベルの大富豪ともなれば作為を感じるのかもしれない。
「あの、失礼ですが、ご主人はこの屋敷ではどういう存在なのでしょうか?」
涼が回りくどく質問をすると執事が意図を理解したらしく笑顔でこう言った。
「旦那様はこの屋敷では大変評判がよろしいですよ。ただ、仕事の方ではやはり規模が規模だけに、恨まれている可能性はありますでしょう」
草間の話ではかなりやつれていたらしいが、普段はかなり評判が良いらしい。富豪といえば、踏ん反り返ってあくどい事をやっているようなイメージは拭えないが、ここの主人に関しては、それはないようだ。
三人はその後、事件の起きた現場へ向かった。しかし、場所や時間などは固定されているわけではなく、まったくのランダムだ。ただ一つ、主人の忠志がいた場所で事件は起きている。
「原因が不鮮明ね…」
エマが呟く。
「本当ですね。てっきり、家庭内の事情だと思ってましたよ。でも、家族はいないようですね?」
森之助が言うと涼が答えた。
「らしいね。仕事一筋ってわけだ。あー、訳が分かんないな」
だんだん、事件の真相があやふやになってきた。調べれば調べるほど、疑問だけが泉のように湧き出てくる。
「あれ? 何か…」
涼が足を止める。そして、感応能力によりその場所の残留思念を読み取った。
「何かあったの?」
エマが尋ねると涼が曖昧な顔でこう答えた。
「何だか、優しくて温かい感情が流れ込んできたよ」
「うーん、今回の事件とは関係がなさそうだね」
森之介が言うと残りの二人も頷いた。
忠志が帰ってくる時間が近づいてきた。一行は一旦保留にして直接本人に話を聞いてみることにした。
■ 調査3
「気が動転していたんだ。いや、誰だってあんな目に遭えば命を狙われているんじゃないかと誤認するよ」
六人は忠志の書斎で事情を聞いていた。思ったほど落ち着いているのは、六人によって守られているが故だろう。
六人はいくつか質問して事件の真相を整理しようとしたが、既知の事実ばかりで本人からも有力な情報は得られなかった。
「さて、食事でもしようか。芳野さん、彼らを案内してくれないか? 私もすぐに行くから」
「はい、かしこまりました」
執事の芳野が六人を誘導する。
室外へ出て、長い廊下を全員で歩く。外は既に闇に包まれており肉眼では何も見ることが出来ない。
一行が一階のホールまで来たとき悲鳴が聞こえた。同時に発砲音のようなものが響いた。
「今のは、旦那様の声?」
執事がたじろく。
「しまった…」
エマが舌打ちした。護衛の任務を忘れていたわけではないが、すぐに追いつくようなことを言っていたし、それに数人の使用人がついていたので軽視していた。
「どうしましょう?」
みなもが冷静に言う。
「ちょっと待ってくれ。すぐに調べるから」
昼間に設置して置いた“監視カメラの幽霊”を使って一馬が現場を確認する。死角が出来ないように設置したので必ず見つかるはずである。
「どこじゃ?」
源がしびれを切らせてディスプレーを覗き込む。
「二階のトイレ近くだ。それから、怪しい人影がこちらとは反対側の階段の方に!」
一馬が声を上げて言う。
「じゃあ、俺たちが犯人を追うから、冬野さんを頼みます!」
森之介がすかさず走り出す。涼とエマもそれについていく。
残りの三人は忠志のいる場所へと向かった。執事もオドオドしながら後をついてきた。
忠志は床に座り込んでいた。
「窓が…」
みなもが呟く。窓に銃弾が貫通した痕が残っていた。
「まさか、人為的なものだったなんて…」
誰もが霊か何かの仕業だろうと思っていたところへ、本当に命を狙いに来た人間がいたのである。
「旦那様、大丈夫ですか?」
執事が近寄る。
「…発砲される前に尻餅をついたんだ」
忠志が冷静な口調でそう呟く。意に介さない発言だった。
「捕まえたよー」
しばらくすると、森之介がロープでグルグル巻きにした犯人を引っ張りながら姿を現した。
「配水管の工事を装って潜入していたらしいわよ」
「俺たちが来て、焦って犯行に及んだんじゃないかな」
エマと涼が事実と推測を述べる。
「あれ? 昼間のお手伝いさん…」
みなもが彼女の存在に気づく。
「守護霊だったようじゃな」
源がそう言うと、使用人の女性はこくりと頷いた。
「旦那様、ご無事で何よりです」
ニッコリと忠志に向かって微笑んだ。
「…もしかして、今までの出来事は全部君が?」
忠志は妙に納得していた。執事は守護霊と聞いて肩を震わせている。
「どういうことですか?」
一馬が忠志と使用人の女性の顔を交互に見た。
「あはは…。実は全部、私の失敗だったんですよ。花瓶を割ったのは転んでぶつかったのが原因で、変な音とかも私のくしゃみとか、物にぶつかった音とかで…」
「はははっ…。君はドジだったからね」
忠志が苦笑した。
「たまに自分の体が実体化することがあって、私も良く分からないんですけど…。あ、でも、シャンデリアが落ちたのは違います。そこの人が仕掛けたものです」
女性が指差す。
「まあ、犯人の事情聴取は警察に任せましょう」
そう言って、森之介と涼が犯人を連行していった。
その後の話だが、逮捕された男は数日前から忠志のことを狙っていたらしい。動機はただの逆恨みで、個人的な犯行だった。ヤクザ絡みの借金があったようで、どうも精神的に病んでいたようだ。
「皆さん、ご迷惑をおかけしました。いろいろと、混乱させちゃったみたいで」
ドジな守護霊は幾度か言葉を交わすと消えてしまった。成仏したわけではなくただ見えなくなってしまっただけだと、残った四人が忠志に説明した。
彼女は先月事故で亡くなったらしい。側近として働いていた彼女は、忠志に迷惑ばかりをかけていたらしいが、誰よりも一生懸命だった。
使用人の現世に対する執着が未練となり、成仏できず彷徨った結果、守護霊となったのだ。
守護霊は通常、先祖などの血縁者が多いのだが例外もある。彼女はその例外。一生のうちに守護霊は何度か入れ替わるのだが、もうしばらく彼女は彼の側に居続けるのではないだろうかと誰もが思った。
<終>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1108/本郷・源/女/6/オーナー 兼 小学生】
【1252/海原・みなも/女/13/中学生】
【1559/武田・一馬/男/20/大学生】
【2235/大神・森之介/男/19/大学生 能役者】
【1831/御影・涼/男/19/大学生兼探偵助手?】
【0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
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■ ライター通信 ■
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こんにちわ、担当ライターの周防ツカサです。『守護』如何だったでしょうか?
少し、回りくどい展開になってしまいましたが、何とかまとまったかと。
楽しんでいただければ幸いです。では、またお会いしましょう。
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