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<東京怪談ノベル(シングル)>


受け入れる

 君の笑顔は輝いてます。流浪の旅人は微笑みました。
 皆にそうなってもらいたいから。少女は笑って答えました。
 だけど貴方は自分に冷たい。花売りは花を差し出しました。
 だからこうやって繋がるのです。少女は笑って受け取りました。
 ならば孤独の夜はどうする。犬は悲しく鳴きました。
 私だけの問題ですから。少女は笑いかけました。
 辛い目にあってましょう。占い師は見透かしました。
 ……それでも、
 たった一人の、だから、って、
 少女は。

 ―――、

 シャワーの音がする。
 始まりの為の行いである。
 宴の。


◇◆◇


 指で触れれば損ないそうな美しい形に、内面から、弾けるような力強さを持った身体。豊満という言葉の例となりそうなくらい実り。魅惑の膨らみは誘うように揺れ、指先まで淫らを歌いそうな。
 水のしだれが妖しい隙間に這って、排水溝に流れていく。汚れが、落ちていく。
 儀式である。まっさらになるのは。
 あれから、そしてこれからも続く時。その為。
 ファルナはシャワーを浴びる。
 その頃すでに、疼くのだ、肉でなく、心に、あれから刻まれ続けている心の痕が、過去と未来を繋ぐように。
 箇所に手をあてがう、感覚は奔らない程度に。唯手をあてる、そう。
 何時から必然が遊戯となったのだろうと、一度だけでも充分な所為が、寧ろ、その充分な部分を狡猾に欠かした所為が、つまりはこれからが、意識に浮かぶ。
 嫌だ、と心が揺れた。だけど具体的な言葉にはならない、不安という名の雰囲気でとどまって。そして希望たる幸なのか、あるいは不幸なのか、気付かずにファルナ、
 彼女は笑顔を浮かべる。
 シャワーの音が止まった。


◇◆◇

 もうすでに用意されてるのだ。
 新しい、新しいドレス。
 一夜限り。

◇◆◇


 腕を通せば。
 最高級の見立てによりあつらえられたドレス、素敵なファルナと一つになって。もしここがお花畑で、彼女が無垢にくるりと回れば、どれだけの子供が笑顔を浮かべよう。
 けれどここは、夜の宴。許された子供は、彼女だけ。弄ばれるようだ、その事を思う。するとシャワーの音で掻き消されていた不安が、具体的な言葉になった。
 辛い。
 笑顔が、消えた。
 彼女の笑みは誰かの為で。けして我の為で無く。だから、時折、孤独になれば、笑顔など無いのだ。だけどそれは、蒼い涙を流す事も無ければ、烈火の怒りを吼える事も無く。無感情―――
 ゆえに浮かぶのは戸惑いで、複雑な顔が、世界に落とされる。
 私はもう見過ぎました。小川のせせらぎを聞きながらも、土のように踏みつけられる人を。アスファルトの隙間の花は、子供の感情で詰まれる時が。いやそれはまだましだ、比べれば、一つの輝きもない事象と、何処までも良いところの無い空間と、比べれば。何一つ選べず見てきた彼女にとって、この顔は当然なのだ、欠陥する喜怒哀楽。それがファルナで。心の揺れは必要なく。
 まるで、悲しみに埋もれた小鳥のよう。鳴く事もやめた、世界の中心。
 苦楽ある人生で、彼女は偏っていると、落ちていると堕ちる転がる主導権は他者の心と身体は人形です堕ちました暗い方へ暗い方へ世界の全ても一つだけの物も結局は彼の彼女は彼女は彼女は、
 不幸せだ――誰かが言いました―――
 、
 だけど、
 ファルナ、

 笑顔を、浮かべる。
 一人じゃないから。

 壊れてしまった羞恥心、知識は世から外の外、はみだした道、ねじれた歩調、
 なんだかもう随分と、普通からかけ離れてしまったけど、
 まだ心にあるのだ。

 、
「お父様」
 重い扉を開けば。


◇◆◇

 響く。

◇◆◇


 受け入れる。
 夜も、人も、彼女自身も、知れない心。
 今も疼いている。