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<東京怪談・PCゲームノベル>


【庭園の猫】抜け出した思い出

人の世は儚いからこそ、優しくて。
そして時に思い出は美しいまま、記憶にとどまる。

それら全てを記憶の中へ留めておくのは無理だと知っているけれど。

けれど。
今になって、その優しい時へと想い馳せる。

遠い――思い出は、庭園より抜け出してゆく。

――猫と共に。


                       ◇◆◇


ちりん……。

風鈴の音が風に乗った。

「綺麗な音ね……懐かしい何かを思い出させるような音だわ……」

差し出されたお茶を優雅に飲むのはウィン・ルクセンブルク。
豪奢な美しく波打つプラチナブロンドを綺麗に流し、目の前の和服の少女へと微笑む。

「そう、ですか? では、この音はもしかしたら、ルクセンブルク様のお知り合いの方が作った風鈴かもしれませんね」
「あら、どうして?」
「音は人に似ているもの……好ましい音なのであれば、やはりそれは遠からず知り合いであったという事が多くあるようすから……」
少女は瞳を伏せつつ、冷めてしまった紅茶へ口をつける。
ウィンは、「そういうものかしらね……」とだけ言うと、はたと気付いたような顔をした。
「ああ、違うわ。こう言う話ではないのよね。確か……此処に入ったときに聞いた話では猫が居なくなった…って聞いたけれど……」
「はい……私はこちらを留守に出来ないので誰かのお力を借りませんといけなくて……」
「解ったわ、私が探してあげる……猫は大好きだし任せて頂戴」
「――良いんですか?」
「あら、だから呼んだのでしょう? 此処へ、この場所へ私を」
先ほどの微笑よりも更に深くウィンは微笑む。
どのような人物であろうと見惚れてしまうであろう程に艶やかに。
「なら、もう安心なさい。絶対に見つけて見せるから…さ、猫の詳しい特長とかを教えてくれる?」


                       ◇◆◇


猫は音のある方向へと進んでいく。
美しい音、美しい風景は何よりも猫が最も好むものだったから。

静かに、たゆたうように鍵盤が歌う。
さざめく波にも似た深く哀しげな音の調べに――銀の瞳の色が一層強くなり黒い毛並みは更に深さを増した。

(……何もかもが消えようと音だけは、残る……)

言葉にして呟くこともないまま、猫は眠りにつく位置を決めると其処へ丸くなって眠る。

――此処でなら、いっそ迷いこんだままでも良いかもしれない、と考えながら。


                       ◇◆◇


「で、ええと……黒猫で瞳の色が銀色……あら、貴方と一緒の色合いなのね」
「はい、お揃いの色合いです。…多分、見かけたらすぐに解るとは思うのですけれど……」
「ええ、瞳の色が珍しい色をしてるし……で、この猫について一番の問題なのだけれど」
此処が一番のポイントだ。
猫探しにおいての最大の難関とも言って良いかもしれない。
真面目な顔をして問いかけるウィンの雰囲気が伝わったのか、少女も真面目な顔になり問い返す。
「――はい、なんでしょうか?」
だが。
少女はその後、心の中で大きく転ぶような言葉を聞くことになる。
それは、
「この子……猫じゃらしや、猫缶に反応する?」
と言うもので……どう答えて良い物なのか少女は返答に困りながらも「た、多分……」とだけ答えた。
「あら、おかしな質問だったかしら?」
ウィンは首をかしげる。
少女は、慌てるように首を振り否定する。
おかしな、と言う事ではないのだが――やはり、どう言ったものか惑う。
姿は猫ですが思考は人です――だなんて。
ウィンも否定した少女にまだ聞きたいことはあるが、とりあえず猫の情報を集めることにする。
「名前はある?」
「……いえ、此処は私と猫しか居ませんので"猫"とだけ」
「……何て言うか、此処は随分と奇妙なところよね、貴方も名前がないでしょう?」
「…そうですね、不自由は無いので良いのですけれど……考えてみると奇妙でしょうか」
急に笑顔を作り出す少女にウィンは微かに聞こえないような溜息を一つ、つく。
「よければ今度、その猫にだけでも名前をつけてあげるわね」
――少女と同じように作った微笑を浮かべながら。


                       ◇◆◇

音は幾度となく巡る。
ある旋律を何度となくつまずいては弾きなおし、気に入らないと言っては鍵盤を叩き、また弾きなおす……その繰り返し。
だが、その人物の気分の移り変わりが猫にはとても好ましかった。
この人物の奏でる旋律は美しい。

決して妥協しないからこそ、奏でられる旋律がその指先には、込められている。

(――祈りに似ている)

何かに魂を捧げる行為は、祈りに。


                       ◇◆◇


ウィンは少女から聞いた猫に対する情報を頼りに街を歩いていた。
庭園から、一歩を踏み出せば東京の街へ戻ることは簡単だった。
出てきた場所が東京のとある街並みであることを確認するとウィンは、所々の地点でぴたりと手をつけ瞳を閉じた。
――サイコメトリ、である。
ありとあらゆる物から記憶を読み、構成する能力であり、この能力は探索や索敵に何より有効ともされている。

(……中々、人通りも多いから情報量が半端じゃないわね)

黒い銀色の瞳の猫。
その能力を使い、建物や動物たちから様々な情報を得るが、黒猫はその場所、その場所の記憶に現れては来なかった。
どうやら公園や橋の袂には来てはいないらしい。
ある程度、行きそうな場所を絞り込んでは見ているものの……流石は猫、と言うべきか。
時に予測不可能な動きをしてくれる動物である。

そこで、探すのは少々休憩……とばかりに、ウィンは橋からとある聖堂までを歩くことにした。
祈りに行くわけではないので、お叱りを受けてしまいそうではあるが、聖堂の庭はとにかく広く、緑も多く休憩するのには絶好の場所だから。

そっと、忍び込むようにして庭へと入り椅子に腰掛けようとした、その瞬間。
ざぁ…っと、椅子から黒い猫のビジョンが見て取れた。
黒い猫に、特徴と言えば特徴的に過ぎる銀色の瞳。

どうやら、猫は意外にも此処で日向ぼっこでもしていたらしい。
ウィンは口元に微笑を浮かべると、見たビジョンを元に、額に意識を集中させた。

ざわざわと自分の中に何かが浮かんでは消えていくのが解る。
額よりも更に奥の部分が、熱い。
白い閃光が瞼の奥に焼き付けられるような、熱さを経て――。
見えてくるのは狭い世界。
猫の目線で世界を追っているからだろうか――千里の先をも見渡す瞳は、そこで漸く猫の姿を捉えた。

ピアノが置いてある…此処は……。

(講堂……?)

それともピアノのリサイタルを開催する何処かのホールだろうか?
とにもかくにも、其処に猫はいた。
瞳を細めて気持ちよさそうに何かを聞いているように見える。

――人など、誰も居ないのに関わらず、に。


                       ◇◆◇


思いも音と同じくして、巡る。
巡って巡って、遠くへと。

叶えられる未来は一つ、起こりえた過去も一つ。

「〜していたら」、「〜れば」と言う「たられば」話は通用しないのが、現実。

風鈴は、告げる。

―――音の名を。

                       ◇◆◇


猫の居た場所を、確定するとウィンは急いでその場所へと向かった。
良く手入れがされた瀟洒な音楽堂は、悠然と一人の来訪者であるウィンを見下ろしている。

「――ここね。……とにかく入るしかないけれど……」

音楽堂に入ることに対して何故か一瞬酷くためらう。
だが、見つけるためにはこちらの場所へ入るしかないのだ。
ウィンは意を決すると扉に触れ――すると、難なくその扉は簡単に開いた。
まるで、初めから此処に来ることを知っていたかのように。

堂内に入ると、ピアノがあるであろう小ホールへと向かう。

すると、そこから。

(ベートーヴェンのピアノソナタ……?)

……音が、している。
音につられるように、ウィンは小ホールへと入る。
其処に居るのは黒い猫のみ、人はウィンのみ。

なのに、音が聞こえるから。
最も好きだった歌うようなピアノを弾いていた、手を思い出す。

その人物の長くて細い指がどうすれば、こんなに素晴らしい技巧を持って動かせることが出来るのかと言う様に鍵盤の上を滑り、踊っているのを見るのが好きだった。

確か、…この曲は――『悲愴』

彼が最も愛した、旋律。
深く静かで感情をこめるのに、これほど良い曲は無いと笑っていた。

私が14で、彼は確か16歳……二つ違いの初めて、付き合った人。
穏やかで優しい人で、深い黒い髪と同じように深い、黒い瞳を持っていた――ああ、黒い色は今回探している猫と同じなんだわ。
懐かしい――わね。
結局、彼とは一緒にはなれなくて。
彼にはピアニストとして約束された未来があったから。

…かなり、悩ませてしまっていたのではないかとも思うわ。

私と、ピアノ。
彼にとっては大事なもの、二つ。

それでも、彼は苦悩の果てに答えを出して――恋は終わってしまったけれど。
今にしてみれば懐かしい、優しい思い出。
あの思い出がなければ私も今、こうしていないんだものね。

「彼は――元気でいるかしら?」

誰に言うでもなく唇から出てしまった、呟き。

誰からも答なんて出るわけないのに――声がした。

「元気だよ――彼は」

……猫の、居る方向から、声が。



                       ◇◆◇

「…喋れるの?」
「まあ、人並みには」
「……今にして、漸くあの子が『猫じゃらし』と聞いて惑っていたのか良く解ったわ……けど」
「?」
「人の思い出を覗くなんて悪趣味よ、貴方」

軽く睨むウィンへ、猫は人間だったらば「やれやれ」とポーズを取り肩を竦めてただろう溜息を出した。

「これは、貴女の思い出というわけじゃない……彼の、思い出だ」
「――彼の?」
「そう、様々な想いが結晶となり固まって――やがて風鈴となる。それぞれの想いの音と一緒にね」

ちりん……。

猫の頭上に黒色の土台に金の線が入り、所々に青が散る風鈴が浮かび上がる。
彼の髪と瞳の色。
自分の髪の色と瞳の色。
それらが合わさっている風鈴が、鳴る。

「……彼にとっても良い思い出だったのかしら?」
「そうでなければ、こんなに綺麗な音色は出ない」
「そう……」

ウィンは風鈴を手にとり、眺めた。
手の中にある風鈴は、手にしっくり馴染むほどに心地よい。
どちらにとっても懐かしい思い出が、こうして形になるのなる。

…いつか、自分の思い出もこうして風鈴へと変わっていくのだろうか……。

「……ああ、そうだ。あの子が迷子になってるかもって庭園で待っているわ。一緒に帰りましょう?」
「…おやおや、今回こそは風鈴と一緒に本当に迷子になれるかもと思っていたんだが」
「駄目よ、迷子はお家に帰るのが仕事なんだから」
「……なるほど」

掌には風鈴。
腕の中には黒い猫。

ウィンは、東京の街並みを歩きながら庭園へと再び入り込む。
奇妙な猫探しをさせてくれて、ありがとうと少女に伝えるために。

そして庭園では。
クリスマスローズの花が今を盛りに咲き誇っていた。

クリスマスローズの花言葉は――『思い出を、懐かしむ』

懐かしい思い出に、今一度出会うための花言葉。






―End―

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■   登場人物                  ■
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【1588 / ウィン・ルクセンブルク  / 女 / 25 / 
 万年大学生】
【NPC / 猫 / 男 / 999 / 庭園の猫】
【NPC / 風鈴売りの少女 / 女 / 16 / 風鈴(思い出)売り】
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■        庭 園 通 信          ■
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初めまして、こんにちは。ライターの秋月 奏です。
今回はこちらのシナリオにご参加くださり誠に有難うございます!
ウィンさんは天音神さんと同じく初めてのご参加ですね。
今回は本当にどうもありがとうございました(^^)

さて、今回は個別と言う事でウィンさんのは、こう言う風に
なりましたが……如何でしたでしょうか?
少女も猫も、名前もないNPCでしたが、このちょっとした出会いが
ウィンさんにとって悪いものでなければ良いのですが……。
宜しければテラコン等からのご意見などお待ちしております。

では、また何処かにて逢えますことを祈りつつ……。