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<東京怪談ノベル(シングル)>


みかねの憂鬱
●秋深し 頭を垂れる 乙女かな
 木の葉がはらはらと舞い落ちる銀杏の木がある公園。そのそばのベンチに、少女が1人腰を降ろしていた。
 団地のそばにあるその公園には、少女以外誰も居ない。静かな空間がそこにはあった。
「……はあ……」
 少女――志神みかねは物憂気な顔で溜息を吐く。秋という季節、思春期の少女であれば、落ち葉を見て何かしら思う所があるのだろう。傍からだと、そのように見えていた。
 だが、よくよく観察していなければ分からないことであるが、みかねの視線はこの公園へ来てからただの1度も銀杏の木に向いてはいなかった。終始うつむき加減のまま、ベンチへ腰かけているのだ。
「……ふう……」
 みかねはまた溜息を吐いた。がっくりと肩を落としながら。
(……どうしてかなぁ……)
 ゆっくりと左右に頭を振るみかね。ふと視界に、握りこぶしより二回り小さな大きさである石が入った。みかねの視線が石へ向かったまま止まった。
(あれだったら……)
 ごくっとみかねの喉が鳴った。そしてみかねは視線の先にある石に、自らの意識を『うーん』と集中させる。自らの能力を用い、石を動かすべく。
(動け……動く……動いて……動くはず……お願い……!)
 けれどもそんなみかねの思いも虚しく、ぴくりとも石が動く様子はない。
「……あう……」
 意識の集中を解くのとともに、みかねの身体から力が抜けた。
「やっぱり動かない……」
 みかねはそうつぶやいて、色々と思い悩む重い頭を抱えた。

●冬近く 悩みを抱えし 乙女なり
 みかねは悩んでいた……最近思うように行かない自分の能力、念動力に対して。といってもこれが初めてではない。過去にも何度か思い悩むことはあった。
 が、今回はちょっと根が深そうだった。物を壊すかもしれない、それにより人を傷付けるかもしれないという後ろめたさ。そんな感情が今のみかねの心を覆っていたのだ。
 そのため、危険な場所や状況に赴くことをみかねは自然と、また意識的に避け始めていた。普通に暮らしている方が能力も現れないし、いいのかなと思い。
 確かに危険な場所へ行かなければ、能力が発現する可能性はぐっと小さくなる。そういう選択も、ありといえばありだろう。
 けれども、別の思いもあった。能力が発現しない怖さ――危険が起きた時に、自分が何も出来ないことへの恐怖だ。
 危険な場所に臨んでいる友だちや彼氏が居て、自分の能力のことも知っている。しかし、何かあった時に自分の能力が発現しなかったらと思うと……それは想像したくない怖さである。
「……ダメだなあ……」
 頭を抱えたまま、みかねが溜息混じりに言った。その言葉には少し諦めの気持ちも、正直混じっていたかもしれない。
 昔――人を轢きそうになった車を止めることが出来て、それが自身の自信になった。あの時は確か、急に車のボンネットが開き、黒い煙を吹き出して止まったはずだ。
 けど、それから進歩がない。いや、逆に退化しているのではと思う節もなきにしもあらず。先日に至っては、他所の家の物を壊してしまった。せっかくの自信も、こうなると揺らいできてしまう。
 もちろん、みかねも手をこまねいている訳がない。人知れず努力はしていた。今日だって公園に来る前、家で小さなぬいぐるみを自分の意志で動かそうとしてみたのだ。
 だがぬいぐるみは全く動かない。落胆しつつ気分転換にやってきたこの公園でも……石はぴくりとも動かない。まるで落ち込みのスパイラル状態である。
(練習してもしょうがないのかな)
 一朝一夕で制御出来るようになる訳がないのは、みかね自身も分かってる。だけどここまではっきりと自覚させられると、たまったものではない。
「……他の所行ってみよ」
 みかねは静かにベンチから腰を上げると、ややふらつき気味の足取りで公園から出ていった。
 そして、公園には誰も居なくなる。先程みかねが見ていた石が、元の場所より10センチほど先に落ちていた。落ちて転がったと思しき跡を残しながら。

●迷い子を 解き放ちたる 幼子が
 みかねの足は、自然と公園近くの団地へ向いていた。7階建ての建物が規則正しく並んでいる空間は、ちょっとした迷路のようであった。今のみかねには、相応しい場所だったのかもしれない。
「あれ……ここは?」
 きょろきょろと辺りを見回すみかね。どうも似た風景が続いていたために、現在位置が分からなくなったようである。
(案内板ないのかな)
 団地にはたいてい案内板がつきものである。みかねがそれを探していると、近くの建物の前にあるのを見付けた。
「あ、あった」
 とことこと案内板へ近付くみかね。必然的に建物にも近付くことになる。その時、上の方から子供の声が聞こえてきた。
「うきゃ〜っ♪」
 声の聞こえた方を見ると、7階の窓から小さな子供が若干身を乗り出して、嬉しそうにこちらへ手をぶんぶんと振っているのが見えた。みかねも表情を和らげ、小さく手を振り返す。
(悩みなさそうでいいなあ……)
 無邪気な子供の様子を見て、そう思ってしまうのはやはり悩みを抱えているがゆえだろうか。
(でもちょっと危ないかも。大丈夫かな……)
 少し危惧を覚えつつも、そのままみかねは案内板へと向かってゆく。そして、案内板で自分が居る位置を確認する。
「えっと、これが18号棟だから……まず右の道に出て……」
「うぎゃーっ!」
 ただならぬ悲鳴に、みかねははっとして建物を見上げた。何と、先程の子供が真っ逆さまに落ちてしまっているではないか!
「あ!!」
 反射的にみかねの足は、子供の落下予想地点向かって動いていた。だが子供の落下速度とみかねの移動速度を比較すれば、まず間に合わないことは明白だった。
(ダメ! 落ちないで!!)
 みかねは落ちてゆく子供に目を向けた。もう子供は5階を過ぎ、4階に差しかかっていた。
「ダメーーーーーーーーーーーッ!!!」
 みかねは全神経を集中させ、無我夢中で叫んでいた。すると――どうしたことか、子供の落下速度が急激に低下したではないか。
 それは木の葉がはらはらと舞い落ちるほどの、いいやそれ以下の本当にゆっくりとした落下速度であった。映像に撮りスローモーションで再生したら、ちょうどこんな感じになるのだろう。
 こうなると先程の比較内容は逆転する。みかねは楽々と落下予想地点に到着し、子供は見事みかねの腕の中に舞い降りてきたのである。怪我1つもなく。
「だ……大丈夫?」
 みかねがおずおずと腕の中の子供に尋ねた。
「う……ふぎゃぁーっ!!」
 みかねに声をかけられてほっと安心したのか、子供がわんわんと泣き出した。
「あ、えっと……どうしよう」
 泣く子供を抱えておろおろとなるみかね。やがてそのうち、子供の母親らしい女性が階段の所から飛び出してきた。

●うろこ雲 負けるなみかね ここにあり
 それから約15分後、みかねは団地から出てきた。入った時とは違って、顔をしっかりと前に向けたまま。手にはお菓子の詰まった紙袋を持ちながら。
(いいのかなあ?)
 ちらりと紙袋に目をやるみかね。それは子供の母親が、お礼としてみかねに手渡した物であった。最初は固辞したのだが、どうしてもと言うので受け取らざるを得なかったのだ。
「……いいんだよね」
 みかねはぽつりつぶやいた。
 無我夢中だった。自分で能力を制御出来たとは言い難い。むしろ能力が爆発したと言える状況。
 しかし――必要とされる瞬間に自らの能力が発現したのは事実。そして何より、子供を救ったことも事実。無我夢中であったけれど。
「もうちょっと……頑張ってみようかな」
 空を見上げるみかね。頭上にはうろこ雲が広がっていた。
(地道に練習していって……少しずつ……少しずつでも……うん)
 みかねは自らにそう言い聞かせ、大きくこくんと頷いた。

【了】