コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


ハレルヤ 幸せな日々


 ■ホットな季節♪■
 
「……というわけで、お手伝いしていただきたいんですけども」
 ニコリと笑って言ったのは、半分この事務所の住人と化している、ユリウス・アレッサンドロ枢機卿だった。
「大体、何で俺のところでケーキを作らなきゃならないんだ」
 不平を申し立てたのは、間違う事なき当事務所の所長にして、心霊探偵の草間武彦だ。
 それもそうだろう。
 最近、トラブルメーカーの称号を手に入れた友人の相手などしていられない。
 何せ、今は教師も走る師走(12月)なのだ。
 年末調整もあり、遊んでいる暇もない。
 ここでは何人の調査員を派遣しているか、こいつは知っているのだろうか。
 いや……知っていてここに来ているに違いない。
 ここに居れば、宴会のメンバーは自然に揃うのだから。
 武彦は深い溜息をついた。

「ちゃんと分けてあげますからv」
「そう言う問題じゃないだろう。何でうちでやるんだ!」
「面白いからですよ☆」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜(怒)」
 スクッと立つと、武彦は拳を握り締めた。
 無言で振り上げるとユリウスに向かって振り下ろそうとする。
「わあっ! 何するんですか!!」
「お前とは、ここできっちりと話し合う必要があると俺は思ってる。そこに直れ!!」
「ひぃ〜〜〜〜〜ご無体な」
 乙女よろしく怪しい声で身を捩る友人をひっ捕まえ、武彦はクッキーの缶の蓋を何処からともなく取り出してユリウスの頭を叩いた。
 高らかに事務所に響く、缶の音。
「キモい!」
「冗談ですよ〜う」
 後頭部を撫でながら、ユリウスは見上げるような視線で武彦を見る。
「お前の教会で作ればいいだろう」
 そんな視線なぞ鼻から無視して武彦は言った。
 良くぞ聞いてくれましたと言わんばかりに手を打ってユリウスは笑う。
 いそいそと説明を始めた。
「えーっとですね。当教会でもクリスマスパーティーやりますけどもね、教会ですから。でも、日本人の殆どは仏教徒だったり、無神論者だったりするじゃないですか。個人の信仰云々言えばキリがありませんし、せめて皆さんとですね、お互いの信仰や信念について語り合おうかと……」
「ようは騒ぎたいんだろうが」
 武彦は眉を寄せ、いぶかしむような視線を投げかけて言った。
「えへっv そうなんです♪」
 秀麗な容貌に可愛らしい笑顔を乗せてユリウスは言った。
 苦虫を踏み潰したような表情をするや、武彦はクッキーの蓋をユリウスめがけて振り下ろす。
 すかさず、ユリウスは武彦の攻撃を避けた。
「おわぁッ!」
 バランスを崩した武彦はソファーの背もたれを越えて反対側に転がっていった。
 それを見届けるとユリウスは振り返って調査員たちの方へ向く。
「……という訳で、皆さんもケーキ作りに参加しません?」
 ユリウスはニッコリと微笑んで言った。
 つかつかと武彦の傍に歩いていくと、シュライン・エマは相手の腕を掴んで助け起こす。
「大丈夫?」
「あぁ、すまん……」
 助け起こされ、面目無さそうな表情を浮かべつつ、武彦は起き上がった。
「やれやれまったく……仕方ないなあ」
「たまには息抜きもね」
 ニッコリと笑えば、備品や資料は料理等で汚れないように、シュラインはしっかりと棚の上に物を避難させ始める。
「武彦さん、何か食べたい物はある?…っと、その前に」
 くるりと向きを変えると、シュラインはユリウスの方に向き直った。
「材料費はどなたが負担するのかだけは、ハッキリとさせて頂きますね、ユリウスさん?」
 腰に手を当て、有無を言わさぬ無敵の笑顔でシュラインは言った。
「えー……あはははっ♪」
「あはは……じゃないわよ」
「とほほほ……」
 深い溜息をつくと、ユリウスはしぶしぶとお財布をシュラインに渡した。
「主よ……年の瀬に貯蓄を求めてはいけないのですね……」
「宵越しの金は持たないのが下町の正しい姿だ」
 武彦はフフンッ♪と笑ってユリウスに言う。
 ざまあみろと言わんばかりである。
「聖職者からお金を巻き上げるなんて……ねぇ?」
 ユリウスは近くに居た冠城・琉人に同意を求めた。
「え……えぇ、まあ」
 恥ずかしそうに琉人は笑う。
 日本製の僧衣服(カソック)を纏った琉人に同じ神父としての親しみを感じて、ユリウスは話し掛ける。
 自分が宗派の中で異端とされていることに引け目を感じている琉人は、ユリウスに見上げるような視線を向けた。
 その仕草も何処か仔犬じみた印象を与えていて、ユリウスはまたニコニコと笑う。
 ユリウスとて、時あらば、カソリックに有るまじき異教の呪業を為すのだ。
 人のことは言えない。
 とはいえ、破門の危機を回避すべく、ユリウスは日夜無意味な努力を重ねているのだが。
 そんな二人の横でふんわりと優しげな笑みを浮かべている人物がいた。
「ケーキ作りですか、楽しそうですね。わたくしも参加させていただきますわ……クリスマスパーティーは生まれて初めてですから」
 隣でユリウス達のやり取りを見ていたのは榊船・亜真知。
 そう言っては、また嬉しげに微笑んだ。
 ユリウスが主催する数々のパーティー…もとい、乱痴気騒ぎに参加してきた亜真知は、今回も料理の腕前を披露しようと張り切っている。
「あら、初めてなのね?」
 やはり、微笑んで一部始終を見ていた倉前・沙樹が言う。
 コクリと亜真知が頷いた。
「何を作ろうか迷ってしまいますわね」
 沙樹は嬉しそうに微笑む。
「ユリウス様はどのようなケーキをイメージしていらっしゃるのでしょう?」
 亜真知が小首を傾げるような仕草でユリウスに尋ねた。
「食べられれば……いえいえ、皆さんが作ってくださるものでしたら何でも。……あー、そうですね、ブルーベリーとかが一杯のケーキも良いですけど、やはり苺ですかね。あ、でもチョコレートも捨てがたいです。アップルダンブリングみたいのも良いですし、伝統にのっとってプティングも良いですね。……そうそう!! いつかシスター麗華が作ったキャラメルグラニテとカスタードソースのプティングが絶品でしたね。あーゆーのも食べたいなぁ♪」
 ケーキのオーダーと聞くや、ユリウスはマシンガンのように好みを言っていく。
 あまりにも際限なしな申し出に亜真知はキッパリと言った。
「滞納分は早く払って下さいませ」
「ぐう……」
 亜真知に痛いところを突かれて、ユリウスはうめいた。
 みんなの笑い声が事務所を満たす。
「ユリウスさんがやるクリスマスパーティなら楽しそうだし、俺も参加しようかな……な? お前も参加するだろ?」
 ニコニコと笑って言ったのは、御影・涼だ。傍らに立つ少年、篠原・勝明に向かって訊ねるも、勝明の方は「俺は準備だけ参加」とにべもなく言う。
 クリスマスははやり一緒に過ごしたいと思っていた少年に言われ、二の句が告げずに涼は心に吹く北風を感じた。
 人数も揃い、さてこれからどうするかと考えておれば、武彦の目に何かが写る。
「……ん?……」
 武彦が声を上げた。
 もそもそと何かが机の上で動く。
 一同が見遣れば、何処からともなく現れた茶色い生物(ナマモノ)が受話器を外して電話を掛け始めた。
「あー、もしもし? 海原さん、出撃だよー☆」
「……って、かわうそッ? 何で電話かけてるんだ!!」
「基本だよー、基本」
「これ以上、人間増やすなッ!」
「かわうそ? ……は人間じゃないし」
 武彦の言葉も何のその。もう一件、電話をかけ始めた。
 深い溜息をついて武彦は項垂れる。
「シュライン……」
「はいはい」
 これから起こるだろうパーティーの行く末…というか、優雅な草間興信所の夜に思いを馳せ、愁眉を寄せた所長をシュラインは慰めた。

 結局のところ、かわうそ?が呼んだのは、海原みあお、久遠・樹、天薙・撫子、紗侍摩・刹の4人。
 総勢12名+一匹? …の大所帯である。
 静かで優雅な探偵の夜は望めそうにもなかった。


 ■草間武彦の受難■

「お姉さんが『たまには(迷惑をかけない程度に)行ってらっしゃい』って。みあお一人で参戦なのっ!」
 海原・みあおはジュリエットのようなデザインの白いサテンのドレスに、白い兎の毛皮のコートを着ていた。可愛らしくスカートの橋を摘んで、くるりと回転してみせる。
 銀の髪に映えるドレスとコート姿が愛らしい。
 しかし、手に持った妖しげな紙袋が異様なオーラを放っている。
 嫌な予感を感じ、武彦は身震いした。
「パーティって言えば、やっぱりゲームだよな?」
 折り紙を短冊状に切って繋げ、紙の鎖の飾り物を作る手を休めて涼が言った。
「そーそー、みあおね。持ってきたのバツゲーム」
 と言って、プラプラとその紙袋を見せた。
「あ、そーなんだ。俺も持ってきた♪」
 殊の外、嬉しそうに涼は己が持参した紙袋を見せる。
 二人の姿を見て、武彦は何気な〜くあたりを見回した。ゆっくりゆっくりと壁伝いに移動していく。

―― き、危険だ……今日の事務所は危険すぎるッ!

 やっと、ドア近くに辿り着いたところで、買い物から返ってきたご一行様にとっ捕まった。
 そのうちの一人、シュラインが声を掛ける。
「あら、武彦さん。何処行くの?」
「…え…あ〜、煙草……」
「買い置きなら、2カートンもあるでしょ?」
「…そ、そうだな……あはは……」
「変な武彦さん」
 事務所の全てを知り尽くしているシュラインに看破され、武彦は逃げ場を失った。
 恵み多きこの夜、草間武彦の上にだけは恩恵が訪れないらしい。
 しおしおと引き下がっては、デスクの前に武彦は座った。


 ■猊下…至福の時■

 一方、ユリウスの方は持ってきたみあおのショートケーキをじっと見つめている。
 クリームの香りだけといって開けようとしたところ、手出しする寸前で手元に料理用の竹串が突き立っていった。
「くぁあああああああッ!!」
 プスッと音を立てて突き立ったそれを震える手で外して、ユリウスはソファーに蹲って撫子を見つめた。
「撫子さん……ひどい」
「摘み食いはいけませんよ。パーティまでお待ちくださいまし」
 ニッコリと笑って言う姿に異様なプレッシャーを感じてユリウスは引き下がったものの、仄かに香ってくるクリームの匂いに目尻が下がる。
 ソファーに蹲って隙をうかがい、息を潜めた。
 再度、手を伸ばそうとした瞬間、口直し用の和菓子を黒塗りの盆に乗せて、撫子がユリウスの前に現れる。
「お腹が空いているようでしたら、どうぞ?」
「け、結構デス」
 ふるふると首を振って、ユリウスは退散した。
 キッチンの方から聞こえる賑やかな話し声に耳を傾け、ユリウスは呟く。
「皆で楽しんでこそのパーティーですからね……主よ、口寂しいデス」
 テーブルに『の』の字を描いて項垂れた。


 キッチンの方では、マッドサイエンティストよろしく白衣姿の久遠樹とキッチンの主(あるじ)・シュライン、青いエプロンを付けた沙樹がケーキ作りに熱中していた。
「クリスマスと言えば…やっぱりブッシュ・ド・ノエルよね」
「そうですよねー」
 ニコニコと笑って沙樹が答える。
 樹は薬の調合をするかのように、正確に測ってケーキを作っていた。
 ユリウスがいては足りぬだろうとシフォンケーキも作る。事務所の至る所に卵とバターの甘い匂いが漂っていた。
 それでも足りなくなり、砂糖1Kg・卵20個・バター2ポンド、生クリーム3リットルを買いに行く羽目になった。
 買いに行ったのは、紗侍摩・刹と勝明と涼。
 流石に生クリーム3リットルは見つからずに、かなり遠くまで買いに行く。その甲斐あって、ケーキの仕上がりは上々だった。
 にんまりと笑いを浮かべて、ユリウスは眺める。さすがに気になるのか、同じ聖職に付いている琉人の手元を見た。
 僧衣にフリフリエプロン姿の琉人の姿は何処か可愛らしくもある。
 憑いた悪魔の所為で体の成長が止まっているとはいえ、齢84歳に向かって『エプロンがお似合いですね☆』と言う訳に行かず、黙って作業を眺めていた。
「ん?」
 13杯の砂糖を入れた紅茶を啜っていたユリウスは、泡立てたクリームの中に入れられてゆく粉に気がついて、思わず声を上げた。
「あぁッ!!!」
「どうしました?」
 琉人はニッコリと笑ってユリウスに言う。
 手には抹茶の葉が入った缶を持って、小首を傾げた。
 こともあろうにユリウスの大好きなクリームに、ユリウスの苦手な抹茶の粉末が入れられているのだ。
「そ、それは……」
「え? ……あぁ、これですか? 私、抹茶が大好きなんです。とっても美味しいんですよね。楽しみにしていてください」
「あ……あはは☆」
 大真面目にも嬉しそうに言う相手に、何も言えなくなったユリウスは頬を引き攣らせる。
「……神様の意地悪」
 そう言うと、ユリウスはすごすごと引き下がった。
 片や、ケーキ作りに興じているのは、樹だけではなかった。
 クスマスにパーティーにゲームは付き物で、そこからヒントを得た勝明は、それが振舞われる時期は早いのだがガレット・デ・ロワを作ることにした。
 日本人は元々そういうことを気にする人種でもないので、それでいいかと片付けた。
 中に入れる人形は一つで、当たった人間が一日だけ王様になれるというゲーム性のあるケーキなのだが、勝明は『一人を覗いて全員に行き渡る』様に仕込んでおくことにした。
 次々とケーキが並べられるテーブルの上に置いておく。
 勝明はニッと笑った。

 暫くすると、撫子の作成した高菜チャーハンやら、鶏の紅茶煮やらが並んでいく。
 シュラインが作ったのは筑前煮と、里芋のバター醤油炒め。沙樹はポテトフライ等の揚げ物を担当した。
 半熟卵とルッコラのシーザーサラダ、チーズの盛り合わせ、ローストターキー、ローストビーフ、コンソメのゼリー寄せ、野菜スティック、トマトとバジルのパルミジャーノピザ、スコーンにクッキー、シャンパン、乾き物にポテトチップス……

「実に素晴らしい!!!!!!」
 ユリウスは豪華な食卓にうっとりとした視線を投げる。
 ブルゴーニュの名門ネゴシアン「アルベール・ビショー社」のジュブレ・シャンベルタンを握り締めて、夢見る乙女のような表情を浮かべていた。
 最もユリウスの心をときめかせたのは、亜真知が作った大きなケーキである。
 砂糖細工の人形は白いケーキの上に生誕のシーンを作り上げている。
 中身はフランボワーズムースとスポンジのケーキだった。
 苺細工の薔薇の花がケーキを彩る。
 何と言っても、大きさが肝だった。
 直径50センチの二段重ねとあっては、酔いしれるのも仕方がない。
 ユリウスは手に持った紅茶のカップを片付けはじめる。
 もう、ひもじい思いをしなくてもいい事に満足しているようであった。


 ■テーブルの上の夢■

 片づけやら、買出しやらと裏方に回っていた刹は、手が空くとキッチンの方から歩いてきた。
「お疲れ様、刹さん。準備OKですよ」
 沙樹がにっこりと笑って言う。
 その笑顔へ躊躇いがちね瞳を向けた。
 こくんと小さく頷く。
 ふと顔を上げて、テーブルの上のものに視線を奪われた。
「……大きな……ケーキ……」
 呆然と刹はケーキを見つめる。
 忙しさに気が付かなかったが、望んでいても手に入らなかった光景がそこにあった。

 テーブル一杯の料理と温かい部屋。
 たくさんの人々、ローソクの優しい光……ケーキの甘い馨り。

 何もかもが夢のように見える。
 窓の外はホワイトイルミネーション。
 部屋の中は賑やかに飾られたクリスマスカラーの飾り物。
 刹にとっては初めての経験だった。
 普通には生きられず、人並みに生きようと思えなかった自分の前にある、『形ある幸福の姿』
「パーティー……か」
 ぽつっと小さな声で呟く。
 なぜか、そんな些細なことが嬉しいと刹は思った。
 ふと目を細める。
 うっすらと浮かんだ表情は笑んでいるようだった。そして、キッチンの方に歩いていこうとする。
 言葉少ないまま、再びキッチンへと向かう刹の様子に、武彦とユリウスは顔を見合わせた。
「今……何を考えました?」
「お前と同じことだよ、ユリウス」
 武彦の言葉にユリウスはニッコリと微笑んだ。
「数多の人々に、幸せを……」
 ユリウスの言葉を聞いて武彦は笑った。
「当面の幸せはパーティに参加させることだろうな」
「同感ですね」
「俺が呼んでくる……」
 武彦は立ち上がるとキッチンの方へと向かった。


 ■Let's ミッドナイトパーティー■

「メリークリスマス!!」
 乾杯の音頭を皮切りに、掲げたグラスを互いに鳴らす。
「メリークリスマス♪」
 ご機嫌この上ないユリウスは始終、くふくふと気味の悪い笑みを浮かべていた。
 武彦が白い目でそれを見つめる。
 女子群の装いも艶やかに、その横で撫子はお気に入りの西陣の着物を披露していた。
 桐の模様に青海波の白い絞り染めの着物、帯は黒地に金の亀甲模様だ。
 従妹の亜真知は白を基調とした、巫女風の紫の正装を纏っている。みあおは事務所に来たときのままで、代わりにコートを脱いでいた。
 シュラインは忙しくジュースやシャンメリーを注いで回りつつ、正月の着物の相談を撫子に持ちかけている。
 賑やかな女達の会話に乗じて、勝明は逃げようとしていた。
 注目が女子に向いている隙にドアの方ににじり寄る。
 それ以上居ると草間興信所では、とんでもないオチが待ってそうで嫌だったのだ。
 ついでに勝明は人が多いのも苦手である。
 しかし、あと2メートルというところで涼に見つかってしまった。

「どうしたんだ?」
「うー……」
 言い訳し辛い相手に見つかってしまって、思わず勝明は唸る。
「どうしたんだよ」
「……くっそー」
「?」
 相手の様子に涼は首を傾けた。
「何が……起こるか分からないし……逃げようかと思ってさ」
 しぶしぶと勝明は白状した。
「折角のクリスマスなのに……」
 寂しそうな涼の表情を見ると、勝明は困ったように眉を寄せた。
「わかったよ」
 呟くように言うと、勝明は紙皿に料理を乗せ始める。
 そんな様子に涼はクスクスと声を立てて笑った。
 涼の笑い声を聞き、勝明は拗ねたように口を尖らせてそっぽを向く。
「そんな顔するなよ」
「………」
「クリスマスには恋人は付き物だろ?」
 涼はニッコリと笑った。
「……………………気障」
 俯いてボソッと言うと、勝明はキッチンの方に歩き始める。
 今、顔を見られてしまったら、赤くなってしまったのがバレてしまうからだ。

―― 涼の馬鹿……

 思わず見とれていた自分に気が付き、恥ずかしくなって、ずんずんと歩いていく。
 振り切るように、バタンと音をさせてドアを閉めた。


  *  *  *  *  *  *  *  *  *  * 

「これ、美味しい〜〜〜っ!」
「みあおちゃん、気に入った?」
 沙樹はにっこりと笑って言う。
「うん、みあおはこれ好きっ」
「よかった」
 ほんわりと微笑んだ。
「本当に美味しいわねぇ」
 鳥の唐揚げを摘みながら、シュラインが呟く。
 何の変哲もない唐揚げが、こんなに美味しいとは思ってもみなかった。
「これはざるに乗せて、低温に熱した油を掛けつづけるだけなんですけど、それだけで美味しくなっちゃうんです」
「そうなの?」
 半ば呆気に取られたまま、シュラインは言う。
「みあお、お姉さん達に食べさせてあげたいなぁ〜…持っていっていい?」
 お土産用のタッパーを取り出してみあおが言った。
「いいですよ」
 撫子がみあおに向かって笑いかけた。
「ありがと☆」
 ニッコリと笑って返すと、みあおはめぼしい物をタッパーに入れていく。
 料理は豊富にあったので、皆は何も言わなかった。
 どちらかといえば、美味しいと言って貰って満足なのだ。
 ケーキも箱に入れてもらって満足したみあおは、持ってきたウノやら、ボードゲームを持ち出した。
「ゲームやろうよー」
「お、いいな」
 人生ゲームとドンジャラを見た武彦が反応する。
「負けたやつにバツゲームってのはどうだ?」
「それは基本ですよね…」
 最強卓上ゲーマーの樹はニヤッと笑って言った。
 それはここにいる人間が知らない事実である。
 勝算は完全に樹にあった。
 知らない涼は自分の持ってきた紙袋を出す。
「負けたら、これを着るって言うのはどうかな?」
「ん?」
 武彦はその見覚えのある袋に眉を顰め、じっと見つめた。
 ニコニコと笑って涼が中身を出す。
「げぇええええええええええ!!!!!!!」
 武彦は思わず叫ぶ。
 中に入っていたのは『ミニ丈のメイド服』だった。
 頬を引き攣らせながら、良い事を思いついた武彦はせこい作戦に出る。
「な、なあ? 懐かしのドンジャラやりたいな〜なんて…ははは☆」
「え? いいですよ」
 武彦の申し出に樹は頷いた。

―― 勝算は我にあり!!!!

 武彦は心の中で拳を握る。
 人生ゲームでイカサマはできないが、ドンジャラなら出来ない事はない。
「まず、俺が参加だろ? …他にやりたいヤツはいるか?」
「当然、俺もやります」
 そう言って、手を挙げたのは涼だ。
 続いて、樹が当然とばかりに手を挙げる。
 こそこそと手を挙げた琉人を含めた4人でドンジャラをする事になった。

「うーむ……」
 配られた牌を見れば、まあまあと言ったところか。
 武彦は背水の陣を覚悟で『青い猫もどき耳なしロボット』の牌を隠す。
 これで逆転劇はなくなった。我ながら狡い手である。
 先ほどから、茶色い生き物の視線が痛いが、そこは無視に限る。
 大人たちの静かな闘いが頂点に達したとき、涼が小さな溜息を付いた。
「負けました…………」
 セットになる牌も無く、無残な状態を涼は見せた。
「決定だな」
 自分で持ってきたものを自分で着なくてはならないほど、みっともない事は無い。
 仕方なく手を伸ばした瞬間に、樹が涼を突付く。
「な、何……」
「気が付いたんですけど」
「ん?」
「これって、ガレット・デ・ロワですよね?」
「そうだと思うけ…ど……」
「フッ、気が付きませんか?」
「あ! なるほど……」
 ポンと手を叩いて涼は言った。
 ニヤリと樹が笑う。
「ケーキカットで次の生贄を決めましょう」
 こそこそと言うと、二人はナイフとケーキを用意した。
 その向こうでは、勝利を得た武彦がこちらに気がつかないままでいた。
 巻き返しのチャンスはまだあるようだ。
「折角、ケーキもあるし。食べようよ」
「それは良いですねー」
 ひょいと顔を出したユリウスが言う。
 まず、生贄予定者第一号のお出ましだった。
 ケーキを切り始めると気になるらしく、皆が集まってくる。適当に人数分に切ると分けていった。
「季節はずれですけど、良いですね。こう言うのも……さて、誰に当たるんでしょうね?」
「当たるって何が当たるの、ユリウス?」
 みあおが訊ねた。
「ガレット・デ・ロワには当たりがあるんです。陶器の人形が入ってるんですよー☆」
 ニコニコと笑ってケーキを突付く。
 カチッと音がして、何かがフォークにぶつかる。
「わ♪ 当たりですね」
 ウキウキとユリウスが言った。
「いいなぁ、みあおも欲しい」
「そうですねー、どうしましょうか」
「あら、私のも入ってるわよ」
 シュラインが横から言った。
「わたくしのも入ってましたわ」
 亜真知も小首を傾げて言う。
「俺のも……入ってた」
 刹がボソッと言う。
 皆の中に入っていたらしい。
 フォークを指しても何の抵抗も返さず、武彦のガレットにフォークが突き刺さる。
「…………ぅ……」
 その哀れな声に皆の視線が集中した。
「武彦のは入ってない」
 かわうそ?が、ポンと武彦の肩を前足で叩いた。
「あは…あはははは……」
 武彦は項垂れた。
 ニッコリと涼がメイド服を差し出す。
 ふるふると武彦は首を振った。
「い…嫌だ……」
「いやだじゃないですよ、草間クン。皆にあって、草間クンのに入ってなかったら、やっぱりバツゲームですよ♪」
 樹が首を傾けて、嬉しそうに笑う。
「嫌だぁあああああああああああああッ!!」
 逃げようとしたが、武彦の後ろに立っていたユリウスに阻まれて進めない。
「だめですよ、逃げちゃ」
 ね?…と茶目っ気たっぷりにユリウスは言った。
「ユーリーウース〜〜〜〜〜〜」
 ブンブンと武彦はフォークを振り回す。
「わぁっ! 私の所為じゃないですよ!」
「ほらほら、草間さん。着替えに行きましょう☆」
 ユリウスに避けられ、バランスを失った武彦を掴むと、涼はキッチンの方に引っ張っていった。
「助けてくれぇえええええ!!!」
「あはは、いってらっしゃ〜い」
 ニッコリと笑って、ユリウスは手を振った。
 憎々しげに武彦が睨む。
 有無を言わさず、キッチンの方に連れて行かれてしまった。
「……いい……のか?」
 ぼそっと刹が言う。
「いいんですって♪」
 目の前の出来事に呆気に取られていた刹に向かって、ユリウスはやれやれと肩を竦めて見せる。
「バツゲームなんですから。後で草間さんの素敵な『艶姿』が見られますよ?」
「…ん……」
 刹はそう言うも、怪訝そうに相手を見つめた。
 ユリウスはそんな視線に気がつき、微笑み返せば、先ほどから気になっていることを質問してみる。
「貴方は積極的に参加してませんでしたねぇ……どうしてです?」
 拒否をしているのではなく、相手が何処か戸惑っているように見えてユリウスは尋ねた。
 俯いていた顔を上げて、刹は呟くように言う。
「正直、自分でも驚いている……あれだけ人を殺しておいて……」
「殺して?」
 刹は頷いた。
 この少年の背景は知らないが、色々あるのだろうと思えば、ユリウスは何も追及しなかった。
 スッと視線そらして辺りを見れば、再び料理を食べ始めている皆が見える。
 そして、また視線を刹の方へと向けた。
 再び、感情の篭らない声で刹が話し始めた。
「こんなに人間が嫌いなのに……まったく、なんて矛盾だ……。でも、これが初めてで……最後になるだろう。…人と交わるのは……」
「そうですかねぇ?」
 少年の呟きに、ユリウスは微笑んで言った。
「…………?」
「人生なんて分からないですよ? 恵みを与えられるのは、何も善人だけではありませんしね」
「え?」
「人を殺さずとも、人を殺す以上の罪を犯す者もいますよ」
 訳がわからずに、刹はユリウスを見つめると目を瞬かせる。
「罪深いからこそ救われるべきでしょう? どんな罪にも時効があっていいと思うんです」
 そんな言葉が納得いかなくて、刹は再び俯いた。
 ポンポンとユリウスは刹の肩を叩く。
「神という存在は、万人に等しく光を投げかけるからこそ、神なんですよ」
「俺には……分からない……」
「誰しもが、それに気がついていないんです……貴方だけじゃない」
 ユリウスは肩を叩いた手を下ろして言った。
 その刹那、棚の影からひょいと顔を出して此方を窺っていたみあおが歩いて来る。
 手には、白い和紙に貼られた青い羽の栞を持っていた。
「ユリウス〜〜〜☆」
「なんですか、みあおちゃん」
「プレゼントだよー、ユリウスは本たくさん読むから使うよね?」
「あ…はい、使いますよー……あれっ? 羽の栞ですか?」
「そうだよー、お兄ちゃんにもあげるね」
 ニコニコと笑って、みあおは刹に栞を差し出す。
 思わず刹は受け取ってしまった。
「…………」
「それね、みあおの羽なの」
「え?」
「みあおは青い鳥なの。幸せの青い鳥……あ、シュラインおねーさんのもあるよー!!」
 事務所内で読書量ナンバーツーのシュラインを発見するや、そちらのの方に歩いて行ってしまった。
 残された刹は渡された青い羽の栞を見つめる。
「…幸せ……の…羽…」
「良かったじゃないですか、刹さん」
 ユリウスは嬉しげに言った。
 刹はじっと栞を見つめたまま。

 生まれて初めてのクリスマス。初めてもらったプレゼント。

 ふと、刹は目を細めた。
 何か醒めるような気がして、その蒼さに見とれる。
「これは…俺のもの……」
 刹はそれをポケットに入れた。

 キッチンの方で歓声とも取れる声が聞こえる。
 ユリウスと刹は振り返った。
 勝明の辛らつな批評とともに、メイド服を着た武彦と涼がキッチンから出てくる。
 笑いを堪えて、目に涙を浮かべたシュラインが武彦の姿を正視できずに目を逸らしていた。

「さぁ、行きましょうか。パーティーはまだまだ続きますよ」
 ユリウスは少年の背を押して笑いかける。
 少年は頷いて、皆の方に歩き出した。



 幸せな日々よ
 主は 私たちの罪を洗い流してくださる

 幸せな日々よ
 主は共に我とあって
 教え 見つめ 戦い…そして祈ってくださる
 毎日……毎日… 
 
 ハレルヤ!

 我が主 

 ハレルヤ!

 私が愛した神よ

 Amen ……


 ■END■

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0328/天薙・撫子/女/18歳/大学生(巫女)

1415/海原・みあお/ 女 / 13歳 /小学生

2209/冠城・琉人/男/84歳/神父(悪魔狩り)

1576/久遠・樹   / 男 / 22歳 /薬師

2182/倉前・沙樹/女/17歳/高校生

1593/榊船・亜真知/女/999歳/超高位次元生命体:アマチ…神さま!?

2156/紗侍摩・刹/男/17歳/殺人鬼

0932/篠原・勝明/男/15歳/学生

0086/シュライン・エマ/女/28歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

1831/御影・涼 / 男 /19歳 /大学生兼探偵助手

           (以上、五十音順 総勢10名)

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 こんにちは、朧月幻尉です。
 皆様、いかがお過ごしでしょうか?
 このようなクリスマスの話もよいのではないかと思いまして、シナリオをアップしてみました。
 皆様が楽しんでいただけましたら幸いでございます。
 今回のユリウス様は真面目に神父していて、自分でも新鮮でした。

 ユリウス猊下が持っていた、ジュブレ・シャンベルタンというワインはボジョレーです。
 高級ワインというわけでもないのですが、美味しいので書いてみました。
 一本3000円前後であったと思います。
 ちなみに赤ワインです。

 ご感想、苦情、ご意見等、ございましたら、お申し付けくださいませ。
 ご参加ありがとうございました。

             朧月幻尉 拝