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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


Oh my god

 空元気も元気だと言うけれど、これは少しずれている言葉かもしれない。どうしようもない状況から抜け出そうというなら、空元気も一つの切欠であるが、嘘をつく為の空元気なら、後で虚しくなるだけである。
 だからまるで、彼女は死んでる幽霊のように彷徨っている。
 フラつく足元、そして心、
 一つの出来事が全てを変えた訳だ。
「馬鹿」
 雨に紛れる別の雫。


◇◆◇


 雨が降る昼下がりというのは、どうも人々の多くを憂鬱にさせるみたいで。それは子供の時《雨が降れば外で遊べない》という明確な理由を、つまりは残念という気持ちを、大人になっても無意識に感じてるんじゃないかというのは、まぁ、根拠の無い推論である。本能的に人は雨を恐れるように作られてるかもしれないし、そんなもん人それぞれかもしれないし。
 とりあえず後者の説を取るとすると、ヨハネ・ミケーレの雨に対しての反応は、
「……良く降るなぁ」
 その程度の言葉、呟く程度。神聖的な静寂が保たれるべきの聖堂に、雨音という侵攻を許してるといえども、それに気を止める必要は無いし、仮に腹がたったとしても、天の気に唾を吐くなんて恐れ多い事だ。唯一つ恨み言を許させてもらえば、レコードからの交響曲と、いらぬアンサンブルを奏でる所か。雷撃なる乱暴なシンバルが響かぬ分にはいいけれど。
(いや、雷雨なら五番だったら合うかもしれない)
 つまらない事を考えて、つまらないなという理由で苦笑するヨハネ。彼の師匠と違って、友はお茶とお菓子でなく常に音楽である午後の過ごし方。平凡だが神に感謝すべき日常―――、だけど、
 ドンドン、と、「?」雨音に交じるドア叩く音を切欠に、日常が非日常へと移行する。回り続けるレコードが、今日は中断された。
 こんな雨に誰だろう、まずはそう考える。熱心な信者が雨風に負けずお祈りに、そう予想する。それとも知り合いだろうか、続けて予想する。あるいは、
 迷える子羊だろうか、とも。
 もしそうならば、今師匠は例の編集部だ。となると神父の職務を、つまりは懺悔を聞かねばならぬのは、自分。少し、焦る。思い返してみればヨハネはまだその経験が無い。
 予想が杞憂に終わるように、心の何処かで思いながら、「今開けます」鳴り止まぬ教会の扉に手をかけて、開く。「どうしまし―――」
 そこには知り合いが居た。普通なら安心する。
 だがヨハネ・ミケーレの表情は固まった。現れた人物に問題があるのではない。その人物が、
 ずぶ濡れだったからだ。「千里さんっ!?」
 月見里と書いてヤマナシと呼ぶ彼女は、すっかり濡れ鼠。冬の凍てつく雨は鋼鉄のように厳しいというのに、目の前には直撃を受けた彼女。衣服はぐっちゃりと濡れ本来の色を今日の空のように暗くして、髪の毛もぼさりと乱れ散り、肌も温度で変色している。水したたれば男は良くなるとはこの国の言葉だが、女性には適応されないのか、酷い有様。血塗れという言葉を彷彿さるくらい。
 とにもかくにも、慌てる。「な、中に入ってください!なんで傘もささずに」
 招きいれ扉を閉める。聖堂にオルガンの音色でなく、大声を響かせる。「タオル取ってきますから……ああそれよりもお風呂に入ってもらった方が」
「ヨハネ君」
 唐突に。
 天真爛漫が常である彼女の反して、とても静かな声が、だけど逆にその差がヨハネを振り向かせて。続けた。
 能力を使えば傘を指せる彼女が、雨に濡れてきたのは、それを暗示してるというのか、
「シスターになりたいんだけど、どうすればいいの」
 まるで今日の天気のように、暗く思いつめた月見里千里。


◇◆◇


「とりあえず修道服を着て貰ってますけど」
 ヨハネは溜息を一つ出してから、座る自分の目の前に話しかける、
「別に、修道女になる事をおすすめしてる訳じゃないですから」
「えー、でも結構似合ってるよ?」
 そう言って雨だれが這う窓に、紙のように薄く映る自分の姿を、自分で褒めて上げる千里。「に、似合うとか似合わないとか、そういう問題じゃ」「何事も形から入る物でしょ?」
 神に仕えるのにふさわしい心構えではありません。そう言いたかったがどうせ聞く耳はもたぬだろうから、代わりに溜息をもう一度。
 しかし説得はせねばならない。道を誤らぬようにするのが、神に仕える物の勤めだから。……いや、シスターになる事が誤ってる訳ではないんだけど、彼女がシスターになるというのは……。とりあえず、
「だいたい、なんでまたそんな事を?」
 大本の原因を探る為の質問。しかし、
 千里は沈黙した。修道服を着て、僅かに戻った明るさも消え、訪ねて来た時に舞い戻る彼女の光度。
(……よっぽど言いにくい事なのかな)
 その時、
 その時ヨハネははっとした、
 天真爛漫の彼女が奈落の底まで暗い理由、そして修道女の道を選択した事、
 まさか―――
「彼が亡くなったんですか!」
「勝手に殺すなあぁぁっ!」
 ちーちゃんパンチが頭にどごーん。い、痛いですよ……と頭を擦るヨハネ君。
 だがしかし、次の彼女のセリフが答えになった。「……だいたい、死のうが生きようがもう知らない」「え?」
 そこで視線を後ろに落として、呟いた。
「あんな奴なんか……」
 ……ああ、亡くなった訳じゃないけど、
 彼氏と喧嘩したんだ。それも唯の喧嘩じゃなく、破局も秒読みの。それで思いつめてヤケになって―――
 ……いや、これは憶測に過ぎないが、本当にそうとなると深刻な問題である。なにせこの二人の熱々ぶりは周り全てを砂糖練成機にする程だったのだから、訪れた冬は甘いバナナも人殺しの凶器に変えるレベルだろう。野次馬根性的にはその経緯を聞きたいのだが、ヤブを棒でつつく行為は控えたい、何より、
(変に思い出させたら……)
 悲しむだろうから。ヨハネは敢えて何も聞かなかった。彼女の沈み具合から見ると、時が解決する問題でもなさそうだが、……その悩みを晴らすには僕はまだ半人前すぎる。自分がふがいなくなるヨハネ、うつむく。だいたい人を好きになる経験とか、僕には……、
 その時、ヨハネは誰かを思い出して、自分でも訳が解らず、頬を少し染めた。な、なんでこんな時に、そう首をぶんぶん振る彼。ちーちゃんが何時も通りだったらめざとくその様子を察して、芸能レポーターよろしく追及する展開だが、彼女は傷心中である。
(と、ともかくッ!)
 愛や恋の問題は置いといて、他に自分が出来る事を、
「ねぇ、とりあえず聖書ちょうだい。ヨハネ君の師匠って古本屋巡りしてるんだから、古いのなんか余ってるでしょ?」
 この無駄にやる気になってる事をなんとかせねば。だいたい師匠は立ち読みばかりで店主達からもブラックリスト……、ええと、これは余談である。
「……とりあえず千里さん、座ってください」
「うん」
 素直に従う千里。正面に彼女が座ってから、ヨハネ、襟を正して、
「はっきり言って、千里さんには無理ですよ」
「厳しいから、って言いたいんでしょ?そんな事わかってるわよ、でも、私の決意は固いの」
「一生TVゲームが出来ませんよ?」
「い、一生!?」
 決意、軽く揺らぐ。
「ええ、シスターになりたいなら、修道院に入らなければいけないんですけど、そこでは規則正しい生活が当たり前ですから……。早寝早起きは当たり前で、毎日のお祈りも欠かせないし」
「……そ、そんなのなんて事無いって!遊べなくなるのは覚悟の上!」
「外に出られません」
 決意かなり揺らぐ。
「世俗から離れなければいけませんから……、そうですね、年に何回かは………」
「………夏と冬の数日だけでも駄目かな?」
「駄目です」
 だいたいそこはいかがわしいし、とは突っ込まないヨハネ君である。知識にないゆえ。
 だけどまぁ、この様子だったらどうやら諦めてくれそうである。実際のイメージとかなり違ったのだろう。……いや、もしかしたらうちの師匠を見てそこまで厳しくはないと思ったとかだったら、
(余り言いたくないけど、師匠は、例外もいいところだと思うし)
 今日三度目の溜息を深く吐いてから、ヨハネ、顔をあげて、
「そういう訳ですから、やめますよね?」
 心を癒すような笑みを向ければ、千里は、
「それでもいい」と。
「………え?」
 きっ!
「それでもいいと言ったの!あたし、絶対シスターになるんだからっ!」
 ……本気ですか?


◇◆◇


 本気だったらしい。
 この話があった翌日にはもう、月見里千里はヨハネ君に、無理やり紹介させた修道院に居たのである。その院を取り仕切る人への挨拶の時も、眼差し高く、覚悟を決めた顔であった。……のだが、
「……う、嘘、まだ四時でしょ?」
 ご老人よりも早い時間に起きて、「ええと、お祈り」をして。「ま、またぁ?」その一時間後にはまた祈りを捧げ、陽が昇った頃にもう一度朝の祈り。これは三時課と呼ばれ、昼のそれは六時課、夜のは九時課というのだが、千里は覚えていない。
 起きてから三時間以上経ってからやっとの、「……これだけなんだ………」朝食を終えた後には、聖書を読む時間となる。「あの〜、《漫画でわかる聖書》とかそんなのは、……ごめんなさい」
 読書の時間が終わった後にはやはりお祈りをして、それから労働時間。千里に与えられたのは掃除であったが、「お、っと、、っととっとっとおとぉ!」磨いていた壷を落としそうになって間一髪だったり。働いた後すぐに食事でなく、前述した六時課、その後に昼食。
 その後、この修道院には二時間の自由時間が設けられていたのだが、慣れぬ生活に疲れた彼女は、人目のつかない場所で眠りこけ。その後、自由時間終了を知らせる鐘の音に跳ね起きて、あやうく九時課に遅れそうに。
 休んだ後はまた労働、労働、単調な作業……、「……こういうのも、修行の一つなのかな」遠くなりそうな意識を必死で繋ぎとめる。
 この後、夜の祈り、夕食、そして就寝と続くのだが、彼女の様子は最早語るまでも無い。このようなスケジュールを二日目、そして三日目と行って、千里は、


◇◆◇


 今、ヨハネの目の前である。
 部屋は千里がシスターにならせてと迫ったあの部屋。この日の窓からやってくるのは、雨音ではない眩しい日差し。人々が高揚する昼下がりだ。
「でも三日ももつなんて凄いですよ、もっと早く音を上げると思ってるから」
「……なんか嫌味っぽく聞こえるんだけど」
「そ、そんな事……」
 冷や汗をかくヨハネの顔を、ポテチを食べながらじとーっとみつめる千里。この教会にはある人物によりケーキが冷蔵庫に溢れてるのだが、それよりもコンビニで買ってきたジャンクフードを貪る彼女。無性に世俗的な物が食いたかったのである、後でラーメンを食べに行く予定。まぁケーキを食べないのは、甘い物が一つでも無くなると、ある人物が落胆する事もあるのだけど。
 それはともかく、『もっと早く――』のセリフから伺える通り、ヨハネが千里を修道院に預ける時、一日ももたないと思いますからと口添えはしておいたのは事実だ。おかげで千里はすんなりと帰ってこれた訳だが、雰囲気を伺うと、本来の問題はやはり解決された様子はない。
 正真正銘、無駄な行いだった訳である。
(かといって、僕に出来る事は無いし。……彼に電話をかけて、事情を聞くって事くらいかな。でも、やっぱりこういうのは当人の問題だし)
 悩み始めるヨハネ君。だったが、「ねぇ、ヨハネ君」「あ、はい」
 ごめんなさい、なんですか?そうポテチを食べ終わった彼女に聞けば、
「あたし、ヨハネ君の紐になる」
 え。
「ヨハネ君の紐になるの、身も心も貪られて、お昼の番組に電話かけるの!それであいつの分を含めて恨みつらみを全部ぶちまけてやるんだからぁっ!」
 主よ、我を救いたまえ。ヨハネは泣いた。