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調査コードネーム:身辺警護依頼
執筆ライター :水上雪乃
調査組織名 :草間興信所
募集予定人数 :1人〜4人
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いつもの事務所。
いつものけだるい午後。
そして、いつものように我が物顔で登場する少女。
「よぉ‥‥絵梨佳」
心底いやそうな顔で、草間武彦が手を振った。
「もうちょっと喜んだら? 草間さん」
ぶーっとむくれる芳川絵梨佳。
「そうか‥‥じゃあ、もう退院したんだな。元気な顔が見れて、喜びに胸が張り裂けそうだ」
「じゃあってなによ。じゃあって」
「レトリックだ」
「ぶーぶー せっかく仕事持ってきてあげたのにー」
「断る」
「まだ何も言ってないっ!!」
「あのなぁ絵梨佳。いままでお前が持ってきた仕事で、オレがロクな目に遭ったことがあるか?」
三十男が渋面を作った。
「それは日頃の行いのせいだよ☆」
少女がしれっと応える。
むろん草間は気分を害したが、口に出しては何も言わなかった。
負け戦を戦うつもりにはなれなかったのだろう。
「で?」
「スチュワート・ピーター卿。憶えてるー?」
「ああ。例の兄弟の父親だろ」
去年の夏、スチュワート卿の息子が日本を訪れ、怪奇探偵はある依頼をこなした。
あまり後味の良いものではなかった。
「それでね。今度は卿が日本に来るから、その身辺警護をお願いしたいんだー」
「入国目的は?」
「私に判るわけないじゃんー」
「‥‥そうだろうな」
溜息をつく草間。
絵梨佳の持ち込む仕事で、事前情報が完備されていたことなど一度もない。
今回も例外ではなかったというだけの話だ。
「ホントに断るつもり?」
「いいや。受けるさ。実際問題いまの日本の治安は護衛が必要なくらい悪いしな」
煙草の先に火を灯す怪奇探偵。
このとき、彼の胸中にはひとつの推理があった。
スチュワート卿の来日理由について。
「絵梨佳は連れて行かないぞ。今回は」
「なんでよー?」
「どうしてもだ」
「‥‥‥‥」
明瞭からはほど遠い言いぐさだが、硬質な拒絶の意志を感じ取り絵梨佳が沈黙する。
紫煙が、ゆっくりと回遊していた。
※参照作品「きみのこころ ぼくのこころ」
※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日にアップされます。
受付開始は午後8時からです。
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身辺警護依頼
普段は賑やかな新東京国際空港も、最近はやや閑散としている。
しばらく前に起こったペストの流行が原因だ。
より正確にいうとペストは完全に流行する前に食い止められたのだが、それでも海外からの客が激減するのはやむをえないことだろう。
まして、その件に関して吸血鬼の噂さえ囁かれては。
むろん日本政府はそんなものを公認したりしないし、世界のあらゆる先進国で怪奇現象やモンスターの存在など認めているところはない。
だが、キリスト教国の人々が日本に着たくなくなるのは当然だ。
そんな中、ひとりの英国紳士が極東の島国の大地を踏む。
ピーター・スチュワート伯爵。
どことなくエキゾチックな顔立ち。見事な金髪にはところどころ白いものが混じり始めているが、堂々たる体躯の美丈夫である。
感慨を味わうようにロビーにたたずむ。
彼にとっては八年ぶりの日本だ。
「ようこそ。ピーター卿」
流暢な英語で話しかけながら、黒い髪の女性が近づいてきた。
シュライン・エマである。
彼女の後ろには、巫灰慈と守崎兄弟、そして草間武彦が控えている。
このうち、蒼眸の美女と赤い目の青年、怪奇探偵はピーター卿の知己である。というより彼の息子と面識があるのだ。
もう一年以上も前になるか。
ピーター卿の息子であるフレッドが草間興信所を訪れ、ある依頼をした。
幼い頃に生き別れた兄弟を捜して欲しい、というものだった。
そして探偵たちは依頼を果たせなかった。
結局、兄弟の行方はしれず、何らの手がかりも掴めないまま調査期間は終了した。
と、フレッドは思っているだろう。
しかし、事実は異なる。
「その節は、息子が大変お世話になりました」
ピーター卿が言う。
多少イントネーションのおかしいところはあるが、上手な日本語だった。
イマドキの中高生の使う言葉より、ずっと日本語になっている。
とは、巫が抱いたいささか失礼な感想である。
「いえ‥‥」
シュラインが口ごもる。
世話をした、というほどのことはないが、ピーター卿が口にした息子とはどちらを指すのだろう。
正嫡として公認されてるフレッドのことだろうか。
それとも、忘れ去られた弟のストールの方だろうか。
むろん、探偵たちに解答の持ち合わせはない。
「こちらへ。車を用意しておきました」
誘う。
社用車ではない。
さすがに、貴族たる人を興信所に唯一残っている中古ワゴン車に乗せるわけにもいかないから、稲積警視正から借りたベンツである。
これを草間が運転し、助手席に守崎北斗が座り、後部座席には卿を挟む形でシュラインと巫が座す。
席次としては少しおかしいのだが、護衛という仕事の特性上これは仕方がない。
ちなみに北斗の兄、啓斗はオートバイで後ろから付いてきている。
ホンダFTR。新車である。
なけなしの資金を使って新しく購入した追跡用の車体だ。価格としてはざっと五〇万円。すでにいろいろと改造を施してある。
これともう一台、シャドウスラッシャーというバイクも購入したのだが、こちらは大型二輪免許を持っていない啓斗には運転できない。
「もう壊さないでね」
啓斗にキーを渡す時、いくどもシュラインが念を押したものだ。
まあ、大蔵大臣としてはこれ以上社用車がダメになるのを見たくないのだろう。
ここ一、二年で消えていったのは軽自動車とセダン車とカタナの三台。
会計を預かるものが嘆かないわけがない。
「先行偵察をする。目的地を教えてくれ」
ヘルメットに内蔵された無線を通して、ベンツに呼びかける啓斗。
「目的地は‥‥静岡だ」
怪奇探偵の声が告げた。
ベンツの車内。
穏やかな微笑をピーター卿が浮かべる。
「やはり、気づかれていましたか」
「まあ、なんとなく想像はつきましたので」
シュラインが応えた。
去年の夏、探偵たちはストールに会った。
そして、主治医から余命についても聞いている。
保って半年だと言われていたのだ。
あれから一年以上。ストールが生きていると考える方がどうかしているだろう。
沈痛な面持ちの巫とシュライン。
不幸な少年は、なんのために生まれなんのために死んでいったのか。
その表情を見遣った伯爵が、くすりと笑う。
「誤解しておられるようですな。ストールは死んでおりません」
「は?」
「医学の進歩というものは素晴らしいですな。いまではベッドから起きあがれるそうですよ」
「はぁ‥‥?」
意外な話、というより、にわかに信じられるようなことではなかった。
全身麻痺で余命半年といわれていた少年が、一年半の間に動けるまでに回復する。
ありえるだろうか。
不審そうな探偵たちの顔を見遣り、もう一度ピーター卿が微笑んだ。
「信じられないかもしれませんが、事実なんですよ。つい先日ビデオレターが届き元気な姿を見せてくれました。いてもたってもいられなくなり、すぐにニッポンに駆けつけようかと思ったのですが‥‥」
ペストの発生とそれに伴う大混乱で、とてもではないが来訪できる状態ではなかった。ようやく混乱も収まってきたので、来日の運びとなったのである。
「で、今後どーすんです?」
振り返った北斗が尋ねた。
一応、敬語らしきものは使っているが、ぶっきらぼうな口調と不機嫌な表情が少年の内心を如実にあらわしている。
「ストールが元気になったら、事故のことフレッドに話すんですか?」
核心を突いた質問だ。
「もちろんですとも。ストールが元気になってくれたなら、フレッドの傷も癒されるでしょうし」
ピーター卿の答えである。
甘いな、と、北斗は思った。
たとえ奇跡が起きてストールが元気になったのだとしても、それだけで万事解決するはずがない。
フレッドが弟を傷つけたのだという事実は、厳として動かないからだ。
それに、相続のことだってある。
もし、もう一度ストールをスチュワートの一員として迎え入れれば、波風が立つのか当然だろう。
「将来は、兄弟が協力して事業を継いでくれればいいと思っていますよ」
嬉しそうに語るピーター卿。
たしかにそれは理想的な未来図だろう。
どとこなく不機嫌そうに、巫とシュラインが車窓から見える景色を眺めている。
この時点では、怪奇探偵の推理は外れていた。
彼は、ストールが既に亡くなったか、あるいは危篤状態ではないかと思っていたのだ。
だからこそ、ベンツのトランクには人数分の喪服が用意してある。
しかし、少年が健康を取り戻しつつあるなら、せっかく用意した荷物も無駄だ。
もちろん喪服など出番がない方が良いに決まっているが。
「目的地に到着した。いまのところ異常はない」
啓斗から連絡が入る。
えらく素っ気ないのは、彼の性格のためではなく必要なことを簡潔に、というのが無線の使用法だからだ。
「了解。こっちはあと三〇分で付く」
助手席の北斗が応える。
先行偵察の兄と、本隊でナビゲーション役を務める弟。
さすが双子だけあって、息はぴったりだ。
このあたり、フレッドとストールの双子とはだいぶ違うようである。
やがて、ベンツは豪壮な屋敷へと到着した。
表札には、陽月と記されている。
ピーター卿の母の実家だということを、シュラインと巫は知っていた。
この家の主は、陽月静恵。
母の妹。つまりピーター卿から見れば叔母にあたる。
恰幅の良い気さくな老婦人で、昨年あったとき探偵たちは一様に好感をもったものだ。
「啓斗がいないわね」
「周辺の警戒にあたるそうだ」
シュラインの問いに、インカムを付けた北斗が応える。
ぱかばかしいほどに広大な敷地だ。
啓斗ひとりでフォローしきれるはずもないが、この場所にそれほど危険があるとも思われない。被害の多かった関東圏ではないのだ。
あくまで、念のための警戒である。
「ん‥‥?」
最初に車を降りた巫が小首をかしげる。
この家‥‥人の気配がなさすぎないか?
ピーター卿が訪ねることは事前に連絡されていたはずだ。にもかかわらず出迎えのひとりも立っていない。
「どうしたの? 灰慈」
横に立ったシュラインが問う。
「静かすぎると思わねぇか? シュライン」
「ふん‥‥たしかね‥‥」
警戒の視線が周囲を走査する。
おかしいところはない。少なくとも表面上は。
「気に入らないわね」
「まったくだ」
それは、幾度も死線をくぐってきた二人なればこそ感じた違和感だろうか。
「武さん。ピーター卿を‥‥」
中へ戻せ、と、巫がいおうとした時。
戸口に人影が映る。
成人のものではない。
軽やかな音を立てて引き戸が引き戸が開く。
「ストール!?」
歓喜に震えるピーター卿の声。
北斗が押しとどめるのも聞かず、真っ直ぐに息子へと駆け出す。
大きく手を広げて迎え入れる少年。
八年間の時差を埋めるような抱擁。
感動的な光景だった。
もう一度、親子がともに暮らせるのだ。
「ストール‥‥」
「父上‥‥」
息子の腕が父の身体を抱きしめる。
強く強く。
「おいおいストール。そんなに強く抱いたら痛いぞ」
「でしょうね」
微笑んだ少年は力を緩めるどころか、ますます強い力で締め上げる。
「ぐ‥‥ストール‥‥」
「父上も、僕の仲間にしてさしあげますよ」
にっこりと。
笑った少年の口元から覗く異常に肥大化した犬歯。
「なっ!?」
ピーター卿の首筋に牙が突き立‥‥たなかった。
「かんどーの再会を邪魔してわりーな。でもこっちも仕事なんでね」
声とともに、高速の回し蹴りがストールの頭にヒットする。
いつの間にか少年の後ろに回り込んでいた北斗の仕業である。
大きく弾き飛ばされるストール。
その間隙を突いて、巫とシュラインがピーター卿を安全な後方に引きずっていった。
親子の再会を邪魔するほど怪奇探偵たちは野暮ではない。が、感動に打ち震えながら黙ってい見ているほどウブでも純粋でもなかった。
おかしなことだらけなのである。
どうして全身麻痺だったストールが動き回れるのか。
どうして陽月邸には人の気配がないのか。
前者の答えは簡単だ。
「おめぇ。吸血されたな?」
じっとストールを見つめたまま、巫が言う。
視線の先で、少年が身を起こしつつあった。
体術に優れた北斗の蹴りがクリーンヒットしているのに、である。病み上がりの人間に、否、健康な人間にだってできることではない。
なんらかの訓練を積んでいるならともかく。
むろん、ストールに武術の心得などあるわけもない。ずっと寝たきりだったのだから。
では、どうしてこんな非常識なことが起こるのか。
それは、少年の行動から類推することができる。
ストールはピーター卿の首に噛みつこうとしたのだ。
「‥‥あの方は、僕に力を与えてくださったんだ」
戦闘態勢も取らずに立つ少年。
探偵たちは無根で頭を振った。
あの方とは誰か、尋ねる気にもなれない。
「解せないのは、どうしていまさら動いたのかってことだけどな」
北斗が呟く。
ヴァンパイアロードが滅び去ったいまになって行動を初めても、どうにもなるまい。
「ホントはずっと前から動いてたんだけどね」
くすくすとストールが笑う。
「でも、父上ったらなかなかニッポンにきてくださらないんだもの。手遅れになっちゃった」
「そう‥‥もうひとつだけ訊いて良い? ストールくん」
「なんなりと。シュラインお姉さま」
「この家の人たちはどうしたの?」
これも、本当は答えのわかっている質問だ。これだけの騒ぎになっても誰もでてこない。それが解答を雄弁に語っている。
殺されたか。仲間にされたか。
「知りたい?」
「いや、訊かなくてもわかる。家の裏で人間の骨を見つけたからな」
声はストールの後ろから聞こえた。
啓斗だ。
先行偵察していた彼は、いちはやく核心に迫り、大量殺人の証拠を掴んでから仲間たちと合流したのだ。
陽月邸には誰もいない。
主人たる老婦人も、その子供も孫も、家令も、すべて殺され焼き尽くされていた。
すでにストールは、殺人の禁忌が届かない領域まで行ってしまったようだ。
「おお‥‥」
両手で顔を覆って崩れるピーター卿。親類を殺され、しかも殺したのは実の息子だなどと。
「全部調べはついてるってわけか。じゃあもう語るべきことはないね」
少年の声。
無言のまま、守崎兄弟が奔る。
少数ながら持ってきていた炸裂弾が爆発を連鎖させ、ストールの視界を奪う。
戦後から斬りつけられる小太刀。
むろん、これだけで吸血鬼に致命傷を与えることはできない。
「くっ!?」
よろめくストールの胸に赤い花が散る。
銃声は、あとから聞こえた。
草間の拳銃が火を吹いたのだ。
「ぐ‥‥は‥‥っ」
ごく少量の血が少年の口から零れる。
「さよならだ。ストール」
巫の声。
同時に炎上する少年の身体。
炎の物理魔法だ。
心臓を銃弾に貫かれ、灰になるまで焼き尽くされては、いかな吸血鬼といえども生きていられない。
死に至る苦悶の中で、ストールは一歩、二歩と双子の方へと進み、
「きみたちは‥‥なかよくね‥‥」
啓斗と北斗の耳にだけ届く声。
三歩目を、少年は刻めなかった。
地面に崩れ落ち、灰になってゆく。人間でいることをやめてしまったものの最後だ。
暗然と視線を交わす守崎兄弟。
歩み寄ってきたシュラインが、二人の肩に手を置いた。
「もしかしたら、ストールはこうなることを願っていたのかもしれないわね‥‥」
呟いたあと、苦い表情になる。
死者を前にして語りすぎたような気分だった。
鮮やかに染まった山波が、立ちつくす探偵たちを見つめていた。
赤く赤く。
血と同じ色で。
エピローグ
陽月家の仮葬儀を済ませ、失意の貴国をするピーター卿を空港まで見送ったのち、ぽつりと草間が口を開いた。
「ビデオレターが届いたのは、ペスト騒動の当日だったそうだ」
「そう‥‥」
シュラインが頷く。
その時期に届いたのであれば、ピーター卿は来日したくてもできない。
だが、それは本当にミスだったのだろうか。
父を危険な目に遭わせたくなかったからではないのか。
レターには去年お世話になった人たちとも会いたいと吹き込まれていたという。
あるいはそれは、自分を殺せる人間を呼び寄せたかったからではないのか。
陽月家の面々を殺したのはストールだと、探偵たちは読んだ。
しかし、本当にそうだろうか。
少年を僕にする際、ヴァンパイアロードが殺したのではないか。
疑問が、次々と浮かんでくる。
もちろん想像の域を出ないものだ。
「なあ。最後、あいつなんか言ったのか?」
巫が、たたずむ双子に訊ねた。
「いや‥‥」
「べつに、たいしたことじゃないさ」
それぞれの為人に応じて答える啓斗と北斗。
なんとなく、他人に言うようなことではないと思った。
彼らとは違う生き方を選んだ双子。
少年が最後に見せた穏やかな微笑は、しばらく忘れられそうもなかった。
終わり
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/ シュライン・エマ /女 / 26 / 翻訳家 興信所事務員
(しゅらいん・えま)
0143/ 巫・灰慈 /男 / 26 / フリーライター 浄化屋
(かんなぎ・はいじ)
0568/ 守崎・北斗 /男 / 17 / 高校生
(もりさき・ほくと)
0554/ 守崎・啓斗 /男 / 17 / 高校生
(もりさき・けいと)
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■ ライター通信 ■
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お待たせいたしました。
「身辺警護依頼」お届けいたします。
今回もまた、後味の良くないお話だったかもしれません。
結局、スチュワート家には不幸がつきまとうんですねぇ。
まあ、絵梨佳と知己になっただけでも充分に不幸だという説もありますが☆
楽しんで頂けたら幸いです。
それでは、またお会いできることを祈って。
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