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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


目指せ三下オンステージっ!??

 ある日の夕方。五代・真(ごだい・まこと)はアトラス編集部の建物前までやってきていた。
 その目的はただ一つ!
「そろそろかな〜?」
 出入り口を窺いつつ、真はこれから起こる――起こす企みに、楽しげな様子で顔をニヤけさせた。
 ドタドタドタっ――!!
 唐突な音に笑みは引っ込み、代わりに浮かんだのは呆れたような視線。
「・・・・・三下さん・・・」
「あ、こんにちわ、五代さん」
 ものの見事に階段から落ちてきた三下忠雄を見つめ、真は思わず声を漏らした。
「どうしたんですか、今日は?」
 不思議そうな三下の問いに、真はサッと気を取り直して、その腕を捕まえた。
「この前一緒にカラオケ行った時に言っただろ? 次は絶対三下さんの歌も聞かせてもらうってな」
「は、はいぃっ!? 待ってください、僕いま仕事終わったばっかりで・・・」
「ちょうどいいじゃないか、ストレス解消も兼ねて、今からカラオケボックスに直行だ!」
 カラオケが本当に三下にとってストレス解消になるか、きちんと考えてみれば答えは否なのだろうが、もともとストレス解消なんてただの口実。
 往来で大声で言いあっていれば当然目立つ。
 さてそれを目敏く見つけたのは、ちょうど車道を挟んで向こう側の歩道を歩いていた加賀・沙紅良(かが・さくら)だ。
「あれ、三下? どこに行くんだー?」
 パタパタと軽い足取りで駆けてくるその表情は、このうえなく楽しそうである。
「これからカラオケに行くんだよ」
 必死に腕を解こうとしている三下を無視して真が答えると、沙紅良はきょとんとした表情を見せた。
「からおけ? よくわかんないけど面白そうだな。俺の舎弟が面白そうなことするなら、俺も一緒に行くのは当然だよな♪」
 ぽんっと三下の肩に手を置く。
 ちなみに、舎弟は沙紅良が勝手に言っていることで、三下はこれっぽっちも認めていない。認めていないが・・・・・・真正面から思いきり否定するだけの気概も持ち合わせていないのだ。
 面子も決まったところでさあ行こうと歩き出した時だった。
「なんだか騒がしいけれど・・・どうかしたんですか?」
 本日編集長に会いに来ていたのだが、運悪く不在だったために早々に編集部を出てきた相上・葵(そうじょう・あおい)が、捕われた宇宙人のごとく両脇から腕を取られている三下に目を留めた。
「ああ、これからからおけってとこに行くんだ」
「三下が歌を聞かせてくれる約束なんでね」
 沙紅良と真が代わる代わるに告げると、その二人の真中で三下はがくりと肩を落としてついでに眼鏡もずり落ちる。
 一方真は、どこかで見たことがある顔に悩んでいた。
 どこで会ったんだったか・・・・・。その間にも、沙紅良と葵の間ではテンポよく会話が進んで行く。
「へえ、面白そうだね」
「来るか?」
 もともと賑やかな方が好きな沙紅良が短く問うと、葵はにっこりと笑った。
 瞬間、真はどこで葵と会ったのか思い出した。
 真は以前、とあるホストクラブの前に自分の勤め先の宣伝ビラを張ろうとしていた時、葵と顔を合わせていたのだ。思わずドキリとしたが、向こうはどうやら気付かない様子。
「お二人さえよければ、是非」
 葵は、ホスト特有の甘いマスクと響くテノールで笑いかけた。・・・・・・残念ながら、沙紅良はそういった仕草に落ちるタイプではなかったが。


 さて、やってきたのは改装されたての綺麗なカラオケボックス。
 時刻は夕方と言えど、冬は陽が落ちるのも早い。
 暗くなり始めた空の下、そのカラオケボックスはネオンの多い街の中でも特に賑やかな光で彩られていた。
「おお〜」
 自動ドアを入ってすぐのところには部屋待ちのお客用のロビーがある。
 お客を逃がさないためか飽きさせないためか、待合用のロビーはなかなかに立派なものだった。
 入って右に受付、左には発光ダイオードで出来た滝もどき。
 カラオケボックス初体験の沙紅良が感心しつつ見ている間に、真が手早く受付を済ませてきた。
「おーい、こっちこっち」
 いつまでも滝もどきを見つめていそうな沙紅良に声をかけ、葵と真で三下を連行し。
 一行は、部屋の中へと入って行った。
 室内は今ではありふれた内装で、壁一面にファンタジーな絵が描かれ、絵の所々が薄暗い明かりの中で淡く光を放っている。
「なあなあ、これはなんなんだ?」
 カラオケの機材やらマイクやらをいちいち指差しては尋ねる沙紅良に、真が一つ一つ適当に答えている。
 一通り尋ねたところで、沙紅良が高らかに宣言した。
「よし、まずは歌おう!」
 当初の目的を忘れたわけではないが、せっかく来たのに一曲も歌わないのはちょっとムナシイ。沙紅良はカラオケ初体験だし、尚更歌ってみたかった。
 受付で渡されたマイクは二本。
 一本を手に取り、止まった。
「これ、どうやれば歌えるんだ?」
 確かさっき一通りの説明は聞いたはずなのだが・・・・・・。
 まったくカラオケ機材の使い方を理解していない沙紅良であった。
「何歌うんだ?」
 真に聞き返されて、沙紅良は即答した。
「『陰陽探偵はぐれ旅ケニア編』の歌はあるか?」
 沙紅良が毎週欠かさず見ている番組である。テレビでしか知らないから一番しか歌えないが、それを差し引いても、まともに歌える数少ない曲の一つと言えよう。
「ちょっと待ってな・・・よし、入れたぞ」
 画面の映像が唐突に切り替わり、
「あれ・・・絵は違うんだな」
 普通カラオケとはそういうものである。・・・・・・初体験の沙紅良が知らないのも無理はないが。
 映像を期待していなかったと言えば嘘になるが、番組自体が好きなだけに曲もとってもお気に入りなのだ。
 沙紅良が思いきりノリもよく豪快に一曲めを歌っているその頃。
 葵は残ったマイクを確保して、
「さて、次は三下さんですね」
 無理やり三下に押しつけた。
「歌なんて無理ですよっ」
 往生際悪くマイクを押し返そうとする三下はまったく無視して、葵は手近にあったリモコンを手に取った。
 カラオケの入力番号が載った分厚い本を片手に、ピッピと数曲立て続けに登録する。
「はー、面白いなあ、からおけって」
 お気に入りの歌を歌えて大満足な沙紅良が椅子に座り直した直後、ぱっとモニタの画面が変わった。
 現われた映像の中に映っているのは可愛い女の子。
「あの、本当に僕が歌うんですか・・?」
「当然だろ」
「それが今回の本題なんだから」
 か細い三下の問いに、沙紅良と真がすぐさまサッと振り返った。
「期待してるからな♪」
 流れるイントロを楽しげに眺めつつ、真と沙紅良は三下がにげられないよう――まあ、部屋に入った時点で三下の運命は決まったようなものだが――隣を陣取り、景気付けに手拍子までしてやる。
「うう・・・・」
 ここにいたってとうとう観念したらしい三下。・・・・待ち伏せされていた時点でもう手遅れなのだから、もっと早くに観念すれば良いものを。
 しかしやはり歌うのは苦手らしい。
 ・・・・・・いや、選曲にも問題があるのかもしれない。
 なにせ葵が入れた歌はすべて可愛い女の子の登場するプロモが映し出される曲ばかり。言うまでもなく、今時風のテンポの良い曲が多い。
「三下さん・・・・」
 返すに返せないマイクを握ったまま、いつまでも歌おうとしない三下に、葵がぼそりと呟いた。
「ここに入った眼鏡の人は、マラカス振りながら歌わないと呪われるんだよ」
 途端、鬼の首でもとったかのごとく真と沙紅良が騒ぎ出す。
「そうそう。呪われたくなかったら歌わないとなあ」
 各部屋備え付けのマラカスを手に、真がこれ以上ないくらいの笑顔で告げた。
「どうしても歌えないってんならまあ・・・・呪われとくか?」
 ニッと悪戯心満載の笑みで三下に視線を向けると、どうやらかなり本気にしているらしい。
 良い大人がそんなもの信じるなよと言いたくもなるが、勤め先が勤め先だ。
 呪いも幽霊も妖怪も現実にあるということを、三下はその身でひしひしと知っている。
 真、沙紅良、葵の三人はビクつく三下を面白がり、固い結束の元、さらにあるコトないコト吹き込んでみた。
 だがそれでも三下は歌わなかった。
 なかなかに根性の座った(?)往生際の悪さである。
 と、その時。
 ――ピルルルルルッ!
「もうそんな時間かあ」
 鳴った電話に、真が呟く。
「十分前だそうだ」
 受話器を取りに行った葵が告げた。
「三下・・・いい加減覚悟を決めろよ」
「最っ低でも、一曲は歌ってもらわないとなあ」
「ねえ、三下さん?」
 にこやかな笑顔の三人。だが、目は笑っていない。いや、面白がって笑っているのだが、それは三下にとっては恐怖の対象でしかなかった。
 そんな三下に目をやって、三人はニッと口の端を上げて互いに目配せをした。
「セリフ入りアニソンを熱唱しないと不幸が訪れるぞ」
「セリフ入りアニソンを熱唱しないと不幸が訪れますよ」
「セリフ入りアニソンを熱唱しないと不幸が訪れるからな〜?」
 三人同時の脅しの言葉に、とうとう三下はその場に泣き崩れた。

 ちなみに、三下はそれでも歌は歌わなかった。
 泣くだけ泣いて、残り十分が終わってしまったのだ。
 しかし・・・・ここまでしても歌わないとは・・・。
 カラオケになにかイヤな思い出でもあるのか聞いてみたいところだ。

 さて、カラオケ清算時。
 三下はさっそくの不幸に見舞われていた。
 今回の経費の全てがいつのまにやら三下持ちになっていたのだ。ちゃっかりそれを請求したのは真である。
 しかも・・・・・・三下の不幸は、それだけでは終わらなかった。
「俺はちゃーんと忠告してやったもんなー♪」
 三人の中では一番の悪戯好きでもある沙紅良が、きっちり有言を実行に移したのだ。
 面白がって三下の不幸制作に参加した葵と真も同罪だが。

 三下の不幸はまだまだ続く・・・・・・――合掌。