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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


家族の情景

それは、どこにでもある、家族の情景。
ありふれた、でも、幸せな、家族の形…。

一家の主婦の財布というのは厚いもの。
お札で厚ければ言うことは無いが、大抵の場合そうではない。
レシートや、クーポン券、そしてサービス券などなど。
彼女、海原・みなもが財布の整理中に見つけたのも、そんな買い物の副産物の一つだった。
「この年末福引券、抽選期限がもうすぐですね。どうしましょう…。」
すっかり忘れかけていた福引券をじっと見つめる。
「特等 温泉旅行 一等 パソコン 二等 電子レンジ 三等 洗剤セット う〜ん、魅力的。やっぱり…もったいないですよね。」
キッチンを見てみれば、パンや野菜もそろそろ心細くなってきているし、冷蔵庫の中の空間もかなり広くなってきている。それに…
「あ、もう、マヨネーズがきれてたんです。そういえば、確か今日は駅前のスーパーで…。」
朝刊チェックは主婦のたしなみ。チラシ特売の記事を思い出し…冷蔵庫のドアを閉めた。
「うん、やっぱり行きましょう!」
レシートを片付け、財布を籠に入れると、みなもはキッチンを出た。
行きがけにダイニングに声をかける。そこには、先に帰っている妹がいるはず…。
「みあお〜、これから買い物に行くんですけど、一緒に行きますか〜?」
トタ!トタトトト〜〜〜。軽快な足音と、開かれた扉が答えだった。
「行く!!」

初冬の夕暮れは早い。5時を回れば、もう空気は闇色を帯び始める。
「少し、急ぎましょうか?」
「うん♪」
繋いだ手を握りなおして、二人は少し足を早めた。
商店街にもそろそろ灯りが灯り始める。
「こんばんは〜。」
みなもの顔が覗くと、八百屋の店主の顔がにかっと笑みを浮かべた。
「よお、みなもちゃん、久しぶり。どうだい、今日はキノコとサツマイモ、それにりんごがいい感じだぜ、最後だから安くしとくぜ。」
大人たちのみなもへの評価は高い。働き者で素直と評判の商店街のアイドルなのだ。
「じゃあ、大根とほうれん草も買うから、もう少しおまけしてくれません?」
いいもの選ぶなあ、店主の機嫌も上々だ。
さらに青いセーラー服を着た美少女の、天使の微笑み。店主の鼻の下がいつもより3センチ弱(推定)伸びている。
「みなもちゃんにはかなわねえな〜〜。よ〜し、これと、これもおまけだ!」
予定の買い物の前だが、みなもの手には野菜のぎっしり詰まった白い三角袋が一つかかった。
「お姉ちゃん、重くないの?」
心配そうに袋を覗き込む妹の言葉に、みなもはにっこりと微笑んだ。
「これくらいなら、まだぜんぜん平気です。そう毎日は来れないから、必要なものは買っておかないと。」
言葉に違わず颯爽と歩く姉を、みあおは小さな感嘆の声をあげて見つめていた。
「みあお、早く行きましょう。」
「うん!」
そう呼ばれて後を追いかけて走るまで…。

肉屋で、少し惣菜品を買った後、2人は目的のスーパーまでやってきた。
自動ドアをふたつ潜ると、軽く暖房がかかった明るい店内。
「本日はお忙しい中、またお寒い中当店にお越しくださいまして、まことにありがとうございます。」
店内放送が2人を出迎えてくれる。
閉店間際で刺身や、お肉なども値段のシールが貼りなおされている。今日中に売り切りたい生鮮食品たちが2〜3割から半額までになっている。
これが実は狙いだったわけで、みなもは魚は…とりあえずスルーすると、鳥もも肉やひき肉を色を確認して買った。
「良いものを、より安く、です。」
緑色のスーパーの籠が半分ほど埋まりかける頃、本日の目玉商品が、通路の向こうから顔を出した。これが狙い、その2である。
『大特価! マヨネーズ 200g入り メーカー希望小売価格、298円の品 98円!(お一人様一個まで)』
品物は中央に目立つように並べられている。前を通る人の9割が手を伸ばしているので、残りはもうわずかだ。
みなもは、首を下げて横のみあおを見つめた。この為に連れてきた訳ではないが、ここは一つ。
「ねえ、みあお。あのマヨネーズ、お一人様一つ限り、なんです。みあおも一つ買ってきてくれませんか?」
「?いいよ。」
姉から、100円玉一つと10円玉一つを渡されたみあおは、それを右手にぎゅっと握り締めた。
左手にはマヨネーズを抱えて…。もちろん、みなもも籠にマヨネーズを入れる。
「先に行って買ってるねえ。」
レジに向かってみあおが走り出す直前、
かさっ。何か小さな音がしたような気がした。みなもは籠を覗き込み、苦笑した。
「あらら…。」
籠の中には一つ、みなもの入れた覚えの無いものが…ある。手に取って見てみた。
『プチキャンディ とってもキュートなぬいぐるみ付き。』
「みあおったら…。」
お菓子売り場を通り過ぎるとき、みなもはそれをそっと棚に戻した。
それからレジに並ぶ。戻したお菓子の代わりにある売り場に寄って、あるものを籠に入れて…。

レジを通り過ぎた先、荷物を入れるサッカー台の前で、みあおは待っていた。袋は断ったのかシールの貼られたマヨネーズを両手で抱えている。
「はい、お姉ちゃん。マヨネーズ。」
「ありがとう。みあお。」
おつりと一緒に受け取ると、みそのは、おつりをレシートと一緒に財布に、マヨネーズを袋へと入れた。
(う〜ん、もう一本くらい買っておきたいところだけど…止めましょう。)
自分たちの外見が、結構目立つものであることは知っている。『お一人様一本』もう買ったことはバレバレだろう。
もう一度並んでも、ダメだとは言わないだろうが…やっぱり恥ずかしい。
新しく増えた、3つの袋に、力を込めようとしたとき、
ちょん、ちょん。スカートが引っ張られるのを感じて、みそのは下を見た。
「あの…、お姉ちゃん?」
もじもじ、もじもじ…。言葉を濁すみあおが、何を言いたいか、みそのはよく解っていた。
「だめですよ、みあお。勝手にお菓子、籠に入れちゃ!」
強い口調で、叱られて…顔を下げたみおあには、みそのの顔が見えない。彼女がどんな表情をしているかわからないまま。
「ごめんなさい…。」
小さく呟いた。
「えっ?」
額に、ひんやりとしたものが触れる。暖房の効いたスーパーで感じる心地よい冷たさ…。
慌てて上げた視線の先には、アイスクリームと、ウインクする姉の笑顔があった。
「お手伝い、ご苦労様。欲しいものがあるときは、今度は先に、一言言ってくださいね。」
「ありがとう!!」
自分の好みを良く知っている姉の選んだ大好物のアイスクリーム。みあおは、待ちきれずもう、封を開けていた。
幸せいっぱいの表情を浮かべる妹の笑顔。
それがみそのにはどんな菓子よりも美味しくて、幸せで、飽きることなく見つめていた。

2人、手を繋いで歩く帰り道、みそのはある店の前で足を止めた。
「いけない、忘れるところでした。福引、福引。」
今回の買い物の主目的の一つ。「ダイナマイトセール協賛 空クジなし 年末福引第一弾」その抽選会場だ。
当選者の名前が書かれた紙が、テントの端にひらひらと揺れているがそれほど多くは無い。
まだ、当選者にはかなりの余裕がありそうである。みそののように、忘れている人も多いのだろうか?
「パソコンや、電子レンジも魅力的ですけど、重いし、やっぱり狙うは洗剤です!」
(洗剤も、十分重いんじゃないかなあ。)
みあおはそう思ったが口には出さなかった。
福引券は今日の買い物の分を入れて4枚。あんまり縁起がいい数ではないが、仕方が無い。みそのは腕をまくってがらり、福引機を回した。
ことん、皿の上に転がったのは白玉。
「残念〜。はい、5等のティッシュだよ。」
コロロン、コトロン。ティッシュの数が1つから3つになる。小さく息をついた直後、みそのは何を思ったのか、いきなり回れ右をした。
「みあお、力を貸して!」
「???」
みあおの小さな手を、両手で包み込むようにぎゅっ、と握るとみそのは目を閉じた。姉の行動に驚きつつも、みあおは抵抗しなかった。
お互いの体温が、同じになった。そう感じるころ。
「おじさん!あと一回お願いします!!」
「よっしゃあ、がんばりなよ!」
力を込めて、ハンドルを握った。願いを込めて、気をこめて。妹の「幸せを呼ぶ力」も借りて一気にまわす!
(当たって、当たって、お願い!!!)
コロロロロン…。
「大当たり!!! 特等 家族5人 豪華温泉旅行ご招待〜〜〜!」
「えっ?えええええっ!!」
「お嬢ちゃん、良かったねえ、泣くほど嬉しいかい?」
自分たちをとり囲む拍手と、祝福の声。それを聞きながら、皿の上の金色のボールを見つめながら…みそのは泣いていた。
「おねえちゃん?」
彼女の涙が、うれし涙ではなく、悔し涙であることを、知るものはいない。

抱きしめた白い封筒を見つめ、みあおは小さく微笑んだ。照れくさそうに、そして嬉しそうに。
反面、手を繋いでいるみそのの表情は、暗い。
「残念です。欲しかったのに。洗剤…。」
どこか、力なく、買い物袋さえも地面に摺りつきそう。みそのの気持ちのように…。
「ねえ、お姉ちゃん、見て!!」
地面を見つめていたみそのは、その声に誘われるまま、指と、彼女の目線の先にあるものを見つめた。
白い指が指し示すもの。それは空、銀の瞳が見つめるもの。それは月。
空に輝く光が、あんまりにも白くて、みそのは、涙が止らなかった。今度は悔し涙ではない。理由の無い涙。
そうして、前を見る。すっかり暗くなった空気の中、我が家が見える。家族が、大切な人が待っている家が。
唯の買い物だったはずなのに、なんでこんなことを考えたのだろう。
でも、みそのには、明るい光が、無性にうれしかった。
「お姉ちゃん、早く帰ろう。お母さんたちに見せてあげようよ。おんせんりょこー♪」
飛び跳ねるみあおに、みそのは微笑んだ。そして、頷く。
「そうね、早く帰らないと、お母さんや、お姉さまがお料理始めてしまうわ。」
「え〜っ、みあおはヤダよ。2人のごはんは〜。」
くすくすっ。微笑みながら2人は手を繋いだ。そして、ゆっくりと扉を開ける。

「おかえりなさい。遅かったですこと…。」
「ただいま戻りました。すぐに、食事の用意を…。」
「あのねえ、凄いんだよ、みそのお姉ちゃん。今日ねえ、福引でねえ。」
「あら、あら、なら、今度皆で…。」

どこにでもある、幸せな家族の情景。
それは、どんな能力者でも、変わることなく、何時の時代も、きっと同じだろう。
天に輝き見守る、星たちのように…。