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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


パーティー・アイテム


 海原家に1ヶ月近く早いクリスマスプレゼントが届いて――本人たちも、一体何のプレゼントだろうと首を傾げたりもしたが――ようやく、その自慢の品々をお披露目する日がやって来た。やって来た、とは言っても、3人が3人ともこの日を『この日』と取り決め、指折り数えて待っていたわけではない。必然的に、そういう日が唐突に訪れたと言ってよかった。
 みその、みなも、みあおの3姉妹が揃うのは、まれだった。
 そして、この3女が揃い踏みすると、大抵何か一般家庭では考えられないことが起きる。この日もまったくこのジンクスからは逃れられなかった。みあおの無邪気な一言が、この夜を招いたのだ――

「あーっ、そう言えば! ねえさまねえさま、おとーさまからすごいものもらっちゃったの!」

「えっ、あ、そう言えば、あたしも!」

「わたくしも、とても素敵なものを」

 3人はそれぞれが受け取ったプレゼントを、居間に集めた。みそのが受け取ったのは、黒い大きなパソコンのようなもの(1枚のデータディスクも受け取っているのだが、それは受け取ったその日からこの機械の中に入れっぱなしになっていた)。みなもが受け取ったのは、豪奢な縁の古い姿見。みあおが受け取ったのは、PS2のオリジナルソフト『みあおのアトリエ』だ。
「本当に、クリスマスでも誕生日でもないのに……お父様、どうしてこんな……」
「みなもは、嬉しくはありませんでしたか?」
 そう尋ねるみそのの微笑みは、みなもがこれまでに見たこともないほど幸せなものだった。みそのは奇妙な時期合わせのプレゼントを、ひどく気に入っている。みなもはそれれを知って、苦笑しながらかぶりを振った。
「いいえ、そんなこと。不思議な夜を過ごせた気がするから、とても嬉しいです」
「それなら、いいじゃない」
「そうだよ、いいんだもん」
 がちゃがちゃと慌しくPS2をセットしているみあおまでもが、みそのの相槌に割り込んできた。
 『いいじゃない』……みそのがこう言うときに、何かろくなことが起きていたことがあっただろうか。みあおはどうやらみそののこの口癖じみた開き直り(みなもは、そうとらえている)を真似しているらしい。みなもは実は少し嫌な予感がしたのだが、それを苦笑で忘れることにした。

「あー!」
 『みあおのアトリエ』起動。しかし女の子向けのファンシーなタイトル画面で、みあおが落胆の声を上げた。
「どうかした?」
「データきえてるう! いちばんさいしょにクリアしたときのデータあ。あれ、すごくおもしろいエンディングだったのに……」
 ぷう、と頬を膨らませるみあおの横で、あらあらとみそのが苦笑いをした。
「どうやら、消えてしまったのではなく、みあおが自分で消してしまったようですよ。『めもりーかーど』の中の流れが、何度も上書きされておりますわ」
「ああん、しっぱいしたなあ……。どうやってあそこまでいったかわすれちゃった」
「それじゃ、最初からやろうよ。みんなで進めていったらもっと面白いエンディングになるんじゃない? それで……どういうゲームなの?」
 みなもの言葉に、みあおはたちまちぱっと顔を輝かせた。
「あのね、ねえさまとみあおが出てくるの! でねでね、きのうも1回クリアしたら、みそのねえさまも出てくるようになったんだよ! アトリエが、本当にうちみたいになったの!」
 みあおはその銀の目をきらきらさせながら、『あたらしくはじめる』を選択した。
 みそのは、画面に映ったドット絵やメッセージを、そのまま見ることは出来ない。だが、電子信号の流れを、液晶の流れを見れば済む。最近のゲームはフルボイスだから、メッセージをみなもとみあおが読み上げる必要もない。
 ゲームの目的や操作方法は、みあおの助手『みなも』と、隠しキャラだった家庭教師『みその』が丁寧に音声で説明してくれれる。
「わあ……本当に、あたしたちそっくり……。声まで同じだね」
「そうだよ、すごいんだよー。おとーさまが作ったゲームだもん!」
「そうですわね。あの方は本当に、素敵なお方」
 みそのが、ほうっと溜息をつく。
 そして、この場の誰もが知らないのだ。みあおが最初に迎えたエンディング直前のデータが消えていたことは、みなもにとってとても幸運であったことなど。みそのが知らず知らずのうちに、ゲームを最初から始める方向に、姉妹の物語の流れを制していたと言うことも。

 無難なエンディングを迎えることになったみあおのゲームだったが、みあおが操作に慣れてコツを掴んでいたこともあり、2時間程度で終わったプレイ時間中、ずっと3人は笑っていた。『みなも』と『みその』の性格や口調が本人とそっくりなのは言うに及ばず、時折登場する冒険者たちや町人は、皆彼女たちの知人だった。知人たちもまた、性格と口調は同じだったのだ。
「あ、そう言えば、みそのねえさまを出したあとから、エンディングでへんなこと言われるんだよ」
「え?」
「みてて」
 短いエンドロールが終わり、ぴこぴこと画面の外から、2頭身の『みその』が出てきた。
『この「げーむ」を起動したまま、「ぴーえすつー」と、お父様からいただいたわたくしの宝物を、「ゆーえすびーけーぶる」で繋いでみてくださいね。それでは、ごきげんよう』
「ね、へんなこと」
「お姉様の宝物と……PS2を……わかったよ! ちょっと待ってて」
 みなもが慌てて、自室に駆けこんだ。
 みあおにとって『へんなこと』は、みそのにとっても『へんなこと』である場合が多い。ふたりは、ゲームの『みその』が言っていることが理解できず、みなもの到着を待つしかなかった。
 退屈したみあおの目が、みなもの宝物を見た。そう言えば、自室にあったようななかったような。みなもとみあおの部屋は、同じなのだ。
「……このかがみ、みなもねえさまのだよね?」
「ええ。ただ、わたくしは……平面に映るだけのものは、見えません。残念ですわ。少し、お二人が羨ましいかもしれませんわね」
 みそのはそれでも、微笑んでいた。
 みあおは純粋に顔を曇らせて――それから、すぐにぱっと顔を輝かせると、みそのの腕を取った。
「だいじょうぶ! みあおが、うつってるみそのねえさまがどんなかんじか、話してあげる。だから、前に立ってみようよ!」
 そうして、ふたりは、姿見の前に立った。
 額に飾り文字。とこしえに横たわる、古い言葉。"Cognosce te ipsum"。
「あれっ……あれれ?」
 みあおが、目を白黒させた。

 映っているのは、闇と手を組むみあおの姿。しかしそのみあおは、驚いた表情など見せてはおらず、ただ妖艶に、大人のように微笑み――いや、実際のその姿は20代も半ばを過ぎた『女』であった。鏡の中で、羽根が舞っていた。
 羽根は、みそのが映っているはずの場所……ただ、漆黒の深淵が広がるばかりの平面の中に、音も立てずに吸い込まれていく。みそのは鏡の中に存在していなかった。
 深淵と手を組むみあおの後ろに、ふわりと神々しい翼が浮かぶ。銀色の天使が、現実を伺っていた。青い鳥が、ぱたぱたと、天使や女や深淵の肩に、とまっては飛び立ち、とまっては飛び立ち――
 微笑む女が、手招きをした。
 ここにおいで。
 ここには、真実があるのよ。

「何が見えますか、みあお?」

 黙りこんでしまったみあおを心配して、こまった笑みのみそのが声をかける。みあおは、ぴくりと跳ねた。
「あっ、うん、いつものきれいなみそのねえさま! ながーい黒いかみに、黒い目で、すてきな黒のドレスをきてるよ。でもねえさま、ちょっとかお色がわるいよ。お外に出て、太ようにあたらなくちゃだめ」
「あらあら」
「いつもうみに行っちゃうんだもの。……みそのねえさま、こんどみんなで、お外をさんぽしようよ……」
 ぎゅう、とみあおがみそのの腕にしがみつく。
 かがみのなかのみあおは、深淵に口付けをした。
「お姉様、みあお。持ってきたよ……USBケーブル。繋げてみよう」
 背中にかけられた言葉に、みあおとみそのが振り向くと、みなもが呆然と立っていた。青い髪は、少し乱れていた。USBケーブルを探すのに、かなり急いで、かなり焦ったからだ。
 そして呆然としているのは、かがみのなかの真実を、後ろで垣間見てしまったからだ。


 さくっ、とケーブルを差し込み口に。
 さくっ、とみそのの宝物と繋げる。
「何だか見たこともないパソコンだなあ……」
「おとーさまのパソコンだもん、そこらへんのとちがうよー」
「うふふ……素敵なものなのですよ」
 黒い筐体が、低い唸り声を上げ始めた。この音は……みなもとみあおは、聞いたことがある。パソコンの中で、PS2の中で、CDが回る音だ。
 筐体の前面に取りつけられていたレンズが、真っ青な光を放った。
「あっ!」
「あー!」
 みそのは、ただ微笑んだ。
 青い光に包まれて現れたのは、裸の『みなも』。胎児のように丸くなった姿で床に横たわり、やがて、ゆっくり目を開けた。
「あれ……ここ……あたしの、家……」
 そして、その青い目が、みなもの青い目と合った。
 びゅうん、と『みなも』の身体にノイズが走った。
 『みあおのアトリエ』は起動したまま。
 ローディングに入り、メモリーカード内のデータを読み込み始めている。
 びゅうん、と再び『みなも』が揺らいだ。ノイズが収まった次の瞬間には、『みなも』は『錬金術師見習い・みあお』の助手の姿になっていた。ライトファンタジーもののゲームやマンガに出てくる、魔術師のような服装だ。
「すっごい……」
 みあおが呟くその横で、みなもはぽかんと口を開けていた。
 しかし、黒い筐体の瞬きは止まなかった。カメラがシャッターを切る、パシャッという音を、パシャパシャパシャパシャと立て続けている。そして、赤や青や白の光を、その『目』が放ち続けていた。
「きゃあっ!」
 みなもが悲鳴を上げた。彼女の身体が宙に浮いていたのだ。その足に触手が絡みついていた。
「きゃあっ!」
 助手『みなも』が悲鳴を上げた。彼女は、太い丸太のような腕に掴み上げられていた。
「わっ、わわっ、クラーケン! ミノタウロスも!」
 スライムも。ゾンビも。チビドラゴンも。
 みあおが『みあおのアトリエ』で遭遇し、モンスター図鑑におさめてきた怪物たちが、パシャパシャというシャッター音と同時に現れたのだ。
 断末魔の声が響き渡った。
 みなもの目は、幸運にも(と言うべきか)クラーケンのスミで塞がれていた。助手『みなも』がミノタウロスに八つ裂きにされるところを見なかった。みあおは――スライムを踏みつけて足を取られ、床に転んでいたところだった。
「あらあらあら……うふふふふ」
 テーブルをひっくり返し、冷蔵庫を叩き壊し、冷蔵庫から溢れ出した食物をあさり、『みなも』の肉片と臓腑を喰らい、みなもを振り回し、みあおをくすぐる怪物たちの真ん中で、みそのはころころと品のいい笑い声を上げた。その笑い声に、ごぼごぼとした水音混じりの笑い声が重なる。
『がフ グルイ いあ! クトゥルフ ふタぐん! アイ! アイ! グフハハハ!』
「お姉様! 助けて!」
「あはあはあはははは、くすぐったあい! もうっ、おかえしだよー!」
「うふふ、うふふふふふふふ、ああ、何て素敵な夜!」
 笑う拍子に屈みこんだみそのの頭上を、ミノタウロスの斧が薙いだ。みそのがそのまま仰け反って笑っていたら、首が飛んでいた。『幸運』だった。青い羽根が飛んでいる。死神の鎌が、クラーケンの触手に巻きつかれたみなもの首目掛けて打ち下ろされた。だがこれまた『幸運』なことに、クラーケンがグリズリーに頭を噛まれて仰け反ったため、捕らえられていたみなももまた天井近くにまで持ち上げられた。死神の鎌は、みなもの魂を刈り取り損ねた。
 振り回されたみなもの手が、PS2のリセットボタンに触れた。その瞬間に、データの転送が中断された。
 黒い機械の瞬きが止み、モンスター図鑑の読み込みが止まって、怪物の供給が途絶えた。
 スライムとオバケイソギンチャクにくすぐられていたみあおの姿は、あの姿見に映った女となり――腕は翼に変じており、するどい爪が、くすぐられた仕返しをしていた。
「もう、お片付けの時間なのですね。わたくしもお手伝いしましょうか」
「お、お姉様……みあお……助け……」
 みそのとみあおの顔が、苦しい声にさっと振り向く。
 グリズリーを絞め殺したクラーケンが、次にはみなもを締め上げて、その邪悪な口の中に放り込もうとしていた。
「『姉様を離しな!』」
 青のハーピーが吼えた。鋭い爪を備えた脚が、クラーケンの触手を掴み、ねじ切った。
 クラーケンの身体が、PS2と黒い筐体の上に、どうと倒れた。
 CDが飛び出し、煙が上がった。
 『みあおのアトリエ』のディスクは、みなもの姿見に激突した。
 3姉妹を除いたすべてのものが、幻のように消え去った。


「あーあ……」
「うわー……」
「まあ……」
 3人はそれぞれ、壊れてしまった宝物の前に跪き、落胆の溜息を漏らす。
 『みあおのアトリエ』は、データ転送中にリセットさせたせいで、セーブデータは壊れてしまった。ディスクも、鏡にぶつかったショックで何かが壊れたらしい。起動しても、バグってどうしようもない画面になるだけだ。
 みなもの姿見は、割れてしまった。ただその古ぶるしい額は無事で、"Cognosce te ipsum"の文字は読み取れた。文字が嗤っているようだった。みなもは、破片を拾い集めた。破片一つ一つに映る自分の姿は、それぞれがどこか微妙に違う気もした。イカスミで汚れた自分の顔に、思わず力なく笑う。
 みそのの『ぱそこん』は、元よりオーバーワークをさせてしまっていたのか、しゅうしゅうと煙を上げている。電源を入れても切っても、うんともすんとも言わない。『目』じみたレンズは割れてしまっていた。
「こわれちゃったね……」
「家の中もたいへん」
「遊んだあとは、お片付けですわね」
 みそのは、切り替えが早い。転がっているものに蹴躓きながらも、ふたりの妹を励まして、夢の跡を片付け始めたのだった。
「片付けよっか」
「そうだね」
 事情を話せば、彼女たちの父はまた同じものを贈ってくれるかもしれない。
 みなもとみあおは顔を見合わせ、噴き出した。
 みなもの顔はイカスミで、みあおの顔はスライムの青い粘液で汚れていたからだ。

 すべてが、消えたわけではなかった。
 それは、ひょっとすると、素敵な夜の記憶なのかもしれない。




<了>