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<東京怪談ノベル(シングル)>


一枚の写真



 水泳部の部室前。
 あたしは部室に入るのをためらっていた。
 今日呼ばれたのは、反省会があるため。先輩曰く、学園祭のことで色々と話すことがあるのだとか。
(何を話すのかな……)
 勿論、先輩に直接訊くことは出来ない。この部活内では、先輩は神に等しいのだ。先輩に逆らうと、裏でおしおきを受けるとか受けないとか――そんな噂も流れている。
 その先輩たちからの呼び出し。名目こそ「反省会」だけれど――。
 妙に静かな部室の前で、あたしの第六感が囁いている。
『絶対何かある』と。

 実際ドアの向こうで待ち受けていたのは――。

「これって……」
 見覚えのある紺色の衣類。あたしが学園祭の時に着た競泳用の水着だ。
「な、なんでこんなものっ」
 水着を引っ掴む。自分が着ていたものかと思うと、もう見るだけであの時を思い出してしまう……。こんなものは鞄に押し込んで、今日はもう帰りたい。
「駄目。ほら返して」
 先輩はあたしから水着を取り上げると、元の棚に置いた。
「焦らないで。今からゆっくり着させてあげるから」
 ――き、着させてあげる?
「また、着るんですか……!?」
「そうだけど?」
 文句あるの?――というような雰囲気。
「それとも、他の色がいいの?」
「――そんなに色があるんですか?」
「水泳部として当然よ。黒でしょ、白でしょ、赤でしょ、青でしょ、緑でしょ……」
 黒と白は学園祭で見たけど、赤や青まであるなんて、前回より色が豊富になっている。
(でも、嬉しくない)
 恥ずかしいだけだもん。緑や赤なんて着たら、目立ってしまう。
「あの……あたしは紺のままで……」
「ねー、紫なんてどう? この色って欲求不満の色って言うよね」
「いえ、あの……紺のままで……」
「ふーん、じゃあ緑は? 他の子に赤を着せてここで人間花ごっこやろうよ」
「…………紺を着させてください……」
 お願いですから紺を着させてください――と三回言ってようやく解放された。
(これじゃあまるであたしが水着を着たがったみたい)
 罠にはめられたような、自分から罠にかかったような。
(どちらにしても結果は同じ)
 先輩には逆らえないのだ。
 諦めて制服のリボンを解く。
 制服の上を脱いで――じっとこちらを見つめている先輩に気付く。
(何でしょうか?)
 とは訊けない。口が裂けても言えない。
 見られているのは他の一年生も同じ。スカートを短くするために普段ウエスト部分を何回も折っている子なんかは、そのままではスカートが脱げないので、罰が悪そうに直している。不恰好。
(折ってなくて良かった)
 大体、折ったりしたらスカートの線がおかしくなるもの。
(って、変なところで安心してる場合じゃないよね)
 先輩に見られてると、スカートが脱ぎ辛い。
(どうしよう)
 スカートに手をかけては、離す。脱いじゃおうと思ったり、やっぱり駄目と思ったり。
 すると、あたしを見ていた先輩がポツリ。
「良い写真が撮れそうね」

 そう、先輩たちは、あたしたちの写真を撮るつもりだったのだ。

 気付いたからと言って、あたしに何が出来る筈もなく。
 連れて来られた先は、温水プール。
 周りには――カメラを持った先輩たちと、写真部の人たち。
「写真部の人たちにも撮影に協力してもらうよ。これでアングルはバッチリね」
 この写真部の人たちは普段、景色やスポーツの写真を撮っている。
(今回のとは、写真の種類が違う気がするけど……)
 それとも、今日撮るのはスポーツ写真なのかな?
(だったら、そんなに恥ずかしくないかも……)
 それに恥ずかしがったりしてたら、写真部の人に失礼になるもんね。
「海原さん、プールの中に入って」
「はい」
 どうやら本当にスポーツ写真みたい。
 温水の中に入る。なまあたたかいような温度。寒くはないから身体が震えることはないかな。毛先が温水を含んで、ゆらりと揺れている。
「何泳ぎが良いですか?」
 クロール、平泳ぎ、バタフライ――全部やった方がいいのかな?
(泳ぎによって、写真の雰囲気も大分変わるし――)
 そう思ったのだけど、先輩は意味を量りかねたような顔をしている。
「泳ぐ必要はないよ?」
「――え?」
(泳がないで、何を撮るの?)
「その場で浮いて」
「はい」
 けのびのように、身体を水面へ浮かせる。
「そうじゃなくて、仰向けで浮いて」
 身体を仰向けにして、浮きなおす。
 髪が肩に絡んで、水面で揺れている。唇のところにも髪が来たから、濡れた手でそっと離した。
「そうそう。で、視線こっち向けて」
「はい」
「で、パチリ」
 光るフラッシュ。
 先輩はデジカメを眺めて、
「あー海原さん目瞑っちゃったねー。もう一回ね」
 ――…………。
「あの、何か間違ってないでしょうか……?」
「何も間違ってないけど?」
 ――そうでしょうか……?
「いいわよー何でも質問して。答えてあげる」
 余裕顔の先輩たち。答えられる自信があるみたい。
「それじゃあお言葉に甘えて――この写真はどうするんですか?」
「言えない」
 ――全然答えになってません。

 訳もわからず続く撮影会。

「海原さん、プールから出てー」
「はい」
「ここ座って」
「はい」
「視線上に」
「はい……」
「で、パチリ」
 ――これは一体、何なのでしょう?

 全ての写真を撮り終えてから――。
 先輩が何気なく言った言葉。
「うん、これだけあれば先生の口止めには十分ね」
 ――え…………。
 先生ってまさか――。背中に滴が流れる。
「先生に渡すんですか!?」
「まぁね」
 背中に滴が流れて行った。心臓がトクンと大きな音を立てて、鼓動が速くなる。
(じゃあ、さっき撮ったあれも、これも……)
 先生の手に渡るの?
「だっ 駄目です!」
「そう? プライバシーを守るために渡す相手は厳選するよ?」
「そういう問題ではないですっ 危険です!!」
 慌てて先輩のデジカメを奪おうとしたけれど、遅かった。
 先輩はあたしの腕をすり抜けてプールサイドを左右に逃げる。そうしながらデジカメを高く上げて、
「ほらほら〜こっちよ〜」
 と走り回る。
「か、返してください〜……」
 あたしは追いかけるけど、追いつかず。
 身体についていた滴は温水から汗に変わり、あたしはプールサイドにへなへなと座り込んだ。
「もう駄目です……」
 疲れきったあたしに先輩が近寄ってきて。
「はい、パチリ」
 ――もういいです。
 先輩には勝てません。

 そういえば、写真部の人たちはどうしてるんだろう?

 肩で息をしながら、プールサイドの端に視線を合わせる。
 と――写真部の人たちは数人で話し込んでいた。
 手に持っているのは、数枚の写真。相手が持っている写真を眺めて、批評しているみたい。
(真剣そう)
 あたしたちが騒いでいたのと対照的で、話し込んでいるのにとても静かだ。
 でも、時折単語単語の声が大きくなっている。スローシンクロ、とか何とか……技法の話みたい。
(どうしてそんなに)
 まっすぐな目で……。
 何だろう。
(あたし)
 すごく羨ましい。
(あたしも)
 ああなれたらいいのに。

 羨ましくて、眺めて。
 ああなりたいと願って。

 先輩がポラロイドカメラをあたしへ向けた。
 あたしの横顔に、カシャリ。
「これは海原さんにあげるわ」
 手渡された一枚の写真。
 タイトルは『憧れ』ね――と先輩は呟いた。


 終。