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<東京怪談ノベル(シングル)>


二度目のバースディ

運命の変わり目というものは、いつ訪れるか解らない。
後で、思い返したときにはじめて知るのだ。
あの時こそが、自分のそれだったのだと…。

『私』の最後の記憶は、白衣を着た男とすれ違ったこと。
「お嬢さん、ちょっといいかな?一緒に来て欲しいんだが。」
「イヤ!」
「お嬢さんがイヤでも…、私たちには…関係…。も…聞こえ…だろ…。睡眠…はよく…。」
甘いにおいと遠ざかる風景、消えていく意識…。微かにしか聞こえない声。
それが、『私』との決別だったことをその時は、考えることすらできなかった。
それから長いこと、考えることすら…できなかった。

………

●月×日
日記なんて、無意味なことかもしれない。でも、あたしたちが、どうなっていくかを覚えておくために残しておこうと思う。
誰にも目に留まることの無い、心の中に…。
あたしに、名前は無い。でも、あたしの身体は、こう呼ばれている。
『みあお』
そう、私はみあおという女の子の身体と、心の中にいる。俗に言う多重人格、という奴だ。
『二重』ではなく、『多重』なのはここにいるのがあたしだけではないから。
天使のような姿と心を持つ「私(わたくし)」小鳥のような姿になる「アタシ」そして、ギリシャ神話のハーピーのような姿を持つ「あたし」
あたし達は、待っている。
最初の『私』が、『みあお』が戻ってきてくれるのを…。深い、心の闇から…。

●月△日
ガシャン!!
テーブルの上の皿が、すべて叩き落とされた。
ここに来て、2日。『みあお』は何も口にしていない。
「みあおちゃん、何か食べないと…。」
白い服の女性が近づいてくる。
触れようと、手を伸ばした時、みあおはテーブルそのものを彼女に向けて倒すテーブルが倒れる音と共に奇声があがる。
「ギャア!!!」
布団を被って身体全体を隠してしまう。
「ヤ!ヤ!!」
その絶叫にも似た声に、彼女は、看護婦は深く、息をついていた。

トントン!
「入ってもいいでしょうか?」
柔らかい声に看護婦が了承の合図を返すと、その人たちが…入ってきた。
「どうですか?彼女の具合は?」
「まだ、心を開いてくれませんわ。あのとおりです。」
「そうですか…。酷い状況でしたから、無理も無いですけどここで、少しでも心を開いてくれればいいのですが…。」
一人がゆっくりと、静かに布団を被ったみあおの側にやってきた。ベッドサイドに座り、そっと頭を撫でてくれた。
みあおは、身体を小さく震わせたけど、悲鳴はあげなかった。
布団の上からで、体温など感じるはずが無いのに、不思議に暖かく感じたことを覚えている。

●月◇日
少し、落ち着いてきただろうか…。
人が見ていないときは、手づかみでだけど、食事を食べるようになった。
でも、まだ看護婦や医師が近づいてくると、攻撃をする。奇声を立てる。怯えて、布団を被ってしまう。
投薬も、点滴も出来ない。医師たちのため息が聞こえるようだった。

布団の隙間から、医師と看護婦の声が聞こえる。
「長い研究所での生活で、白衣の人間に恐怖感を抱いているのだろう。」
「病院のような施設にも抵抗感があるのかもしれませんね。彼女には白衣で接しない方がいいかもしれません。」
「そうだな。本当なら研究所を思わせる設備からは早く離してあげたほうがいいのかもしれないが、せめてもう少し落ち着かないと…。」
会話が途切れた。医師たちが会釈して、誰かを迎えたのが解る。
「みあおちゃん…。」
あの人、いや、あの方たちだ。また、みあおを撫でてくれている。
みあおの布団が、ほんの少し開いて、自分を撫でる手を見つめたことを、あの方たちは解っただろうか…。

●月○日
「ねえ、このままこの子放っておけないよ!」
深夜、あたし達は相談してた。
横になれず、膝を抱えて眠るみあおの中で…。
みあおは、少しずつ安定を取り戻してきていると思う。
看護婦さんは、毎日、どんなに攻撃されても、奇声を上げられても怒らないで、めげないで、優しくいたわってくれる。
白いナース服じゃなく、薄ピンクや、水色の服を着てくれて、少しみあおも警戒を解き始めた。
何より、心は沈んでいても、みあおはすべてを手放してはいない。表に自分を残している。たとえ『臆病な野獣』であったとしても…。
今なら、あたし達が『みあお』を乗っ取るのは容易い。研究所とかで一番『表』に出て世話を焼いたりしているあたしなら、なおのことだ。
でも…
「そうですわね、私も、早く彼女に戻ってきて欲しいですわ。」
天使は、そう言って微笑んだ。そして、優しく癒しの歌を歌う。もう一人の自分に贈るそれは励ましのメッセージ。
「アタシ、みあおは戻ってきたがってると思うな。一緒に…呼びに行こうよ…!」
小鳥はあたしの肩に止まった。小さな身体は震えている。それは、当然だ。みあおの心の傷は、闇はとてつもなく深い。
それは、誰よりあたし達が、よく知っている。それでも…
「そうね。あたし達はみあおと一緒に生きて生きたいもの!」
決めた。奥に沈む、『みあお』を迎えにいこうと…。

●月■日
「大変です!『みあお』さんの意識レベルが3に…」
「何だと!すぐに…、それから…連絡を!!」

あたし達は、『みあお』を呼びに行くことに決めた。天使は癒しの歌を歌い、『みあお』の警戒を解く。
小鳥と、あたしが、潜ってみあおを連れて行くのだ。
「どうか、お気をつけて。お戻りをお待ちしていますわ。」
「解った!ここはお願いね。」
「行ってくるね!」
トトン!足元に穴が開いた。そこから先はあたし達も知らない世界。
「行こう!」「うん!!」
あたしたちは、顔を見合わせ、お互いに頷きあって、そして飛び込んだ!!

そこは、真の暗黒だった。落ち続ける。足さえも付かない。あたし達は飛んだが、それでも、行き場の無さは変わらなかった。
「『みあお』はどこにいるのかしら…。」
「!あっち!!」
感覚の鋭い小鳥が、何かを感じたようだった。あたしと、小鳥は、そこに飛んでいく。
ぽわっ。白い光が突然闇の中に浮かぶ。
「これは…?」
(「そうね、成績上がったら考えてあげる。」「ずる〜〜い!」)
(「ねえ、あの人素敵だと思わない?」「そうね、カッコいい!!」)
(「帰りに何か食べていこうよ。」「私、ケーキがいいなあ。」「そっか、もうすぐ誕生日だよね。」)
それは、あたしたちの知らない『みあお』だった。ごく普通に、幸せに生きてた頃の…『みあお』

「見ないで!!それは、私のものよ!!」
突然、光が弾けた。そこには『みあお』がいた。今の外見とは似ても似つかない、日本人中学生の『みあお』
「あんたたち、『私』を奪って、私の思い出まで取っていくの?そんなの許さない!!」
『みあお』が攻撃してくる。風が、闇が、すべてが敵となって、襲い掛かってきた。
「?何よ。抵抗したら?そして、『私』を消しなさいよ。そしたらあんた達が、『私』になれるわよ。」
あたし達は抵抗も反発もしなかった。みあお』は見つめている。その表情は口調のような修羅ではない。むしろ…今にも泣き出しそうな子供の顔…。
「そんなことは、あたし達は望んでいない。帰ろう?『みあお』そして、一緒に生きよう。」
あたしは、抱きしめずにはいられなかった。『みあお』が愛しかった。『みあお』は攻撃を止めた。寂しそうに呟く。
「もう、帰れないよ。『私』の帰るところなんて無いんだから。」
「そんなことは、ありませんわ。…ごらんなさい。」
天使の、声がした。暗闇に光が浮かぶ。さっきの懐かしい白い光ではない、薄青色の現実の光。

意識の無い『みあお』の髪を撫でてくれる優しい声…。
「みあおちゃん、もどっていらっしゃい。あなたを待っているわ。」

「あれは…、私は生きられるの?もう一度」
「みんな、『みあお』を待っているよ。一緒に帰ろう。」
「うん…。」
あたし達は、手を繋いだ。闇が消える。天使の歌声が、白と青の光が私達を導いて…。

「お帰りなさい…みあお。」

そうして、『みあお』は戻ってきた。
もう一度生きるために…。

○月◎日
明日は、退院の日。
長かった気がするけど、短かった気もする。

『戻って』きたとき『みあお』は言った。
「『私』はここに置いていく。『私』の帰れる場所じゃないから。みあおとして生きなおすから…。」
ホントはみあおの為なら、あたし達は消えた方がいいのかもしれない。でも、
「一緒に生きようって言ってくれた。だから、みあおも言うよ。一緒に生きよう。」
その言葉が泣きたいほど嬉しかったのは、誰にも内緒だ。

最後には、看護婦さんとも仲良くなった。みんな退院を喜んでくれた。
もう、みあおは大丈夫。きっと。

………

運命は変わった。
もう、戻ることはできない。
でも、大丈夫。
みおあは、一人じゃないから。どんな時も絶対に一人じゃない。
これって結構、凄いことかもしれないね。
そう、思えるようになったことが、今は…うれしい。

あの方が、迎えに来た。
今日から、名前が変わるのだ。ちゃんと言えるだろうか。
深呼吸して、お辞儀した。

「海原・みあおです!」

もう一度、生きなおそう。みんなと、一緒に…。