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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


泳速は風の如く
●序
 ぱしゃん、と水が撥ねた。ごくごくありふれたスポーツセンターでの屋内プール内での出来事である。最初に異変を感じたのは、プールの監視員だった。休憩の笛を鳴らそうと口元に持っていった途端、誰もいない場所でプールの水が撥ねたのだという。だが、風やモーターが原因かも知れぬと、大して気にもしなかったという。
「ですがね。なんと、ちゃあんと理由があったんですよ!」
 どん、と草間興信所のテーブルを叩きつけた、中年男性。スポーツセンターの管理をしている水口・恭二郎(みずぐち きょうじろう)である。草間は手にしていた煙草を落としそうになりつつ、体を引いて「え?」と聞き返す。
「幽霊ですよ、幽霊!」
「はあ」
「お寺のお坊さんに来て貰ったり、神社の神主さんに来て貰ったり、教会の神父さんに来て貰ったりしたんですけど、どうも効果が無くてねぇ」
(宗教めちゃめちゃじゃないか)
 草間は言いたくなるのをぐっとこらえる。
「そこで、何か被害があるんです?」
「被害……そうですね。泳いでいた人が突如必死になって泳ぎだすんですよ」
「……は?」
 首を傾げる草間に、水口は再び説明を始めた。プール教室等で上級者クラスと初心者クラスが隣り合わせのコースで練習していた時、上級者クラスの生徒が泳ぎ始めた瞬間、初心者クラスの生徒がもの凄い勢いで泳ぎ始めたのだという。勿論、初心者クラスの生徒なのだから途中で沈んでしまい、大変な事態になってしまったのだという。
「聞いても、何も覚えていないって言うし……」
 他にも、ちょっと泳ぐのが速い人が泳いでいると、関係ない人が突如必死になって泳ぎ始めるのだとか。
「つまり……どうも泳ぐのが速い人と競争したがる幽霊がいるのではないかと?」
「そういう事です。どうにかして下さいよ」
 水口は頭を下げ、去って行った。草間は溜息をつき、張り紙を作成した。必須持ち物として、水着、と赤いペンで書きながら。

●用意
 シュライン・エマ(しゅらいん えま)は、草間興信所に貼られた紙を青の目でじっとみつめ、不思議そうに首を傾げた。
「……水着?」
 必須持ち物として上がっているものを見つめ、再び不思議そうに首を傾げた。
(別に必須じゃないと思うんだけど。……ほら、プールに絶対に入らないといけないって訳じゃないし)
 勿論、濡れるかもしれないから水着は必要かもしれない。だが、だからと言って赤ペンで必須持ち物として書かなければならないほどのものなのであろうか。
「武彦さん、これ……」
 草間に尋ねようと、シュラインは顔をそちらに向けた。その拍子に纏めている黒髪がさらりと揺れた。
「シュラインか。何やら変な依頼だよな、それ」
「いいえ、そうじゃなくて……」
「え?違うのか?」
 草間がきょとんとして尋ね返した。シュラインは苦笑し、再び口を開く。
「これね、水着が本当に必須なのかしら、と思って」
「水着は必須だろう。何しろ、プールなんだからな」
「あら。でも別に必須じゃないわよ?」
「……必須だよ」
 草間の語尾が小さくなる。どうやら、草間自身も気付いたようだった。シュラインは小さく笑う。
「そうね、必須よね。じゃあ、私も水着を持っていくわ」
 フォローのようにそう言い、シュラインは微笑んだ。
「明日、調査の為にプールを貸し切ってくれるそうだ」
「そうなの。……じゃあ、貸切でプールに入れるのね」
 にっこりと微笑むシュラインに、ただただ草間は頷いた。微妙なニュアンスの違いは、とりあえず気付かなかった事にするのだった。

●始め
 スポーツセンターのプールサイドに、6人の調査員が集まっていた。
「とりあえず、準備運動でもする?」
 白いワンピースの水着に身を包んだシュラインはそう言って皆を見回しながら笑った。
「まあ、それもありだよなぁ。尤も、俺には関係ないけど」
 雨合羽を着込み、片手でゴムボートを持っている影崎・雅(かげさき みやび)はそう言って笑った。黒髪が揺れ、黒目が悪戯っぽく光っているのを際立たせる。
「しかし、初心者を巻き込んでいるのは、洒落にならないな」
 紺のトランクス型水着を着、神妙な面持ちで守崎・啓斗(もりさき けいと)は言った。茶色の髪の奥にある緑の目でプールを見る。
「大変なのー。こんなに水があっても、ミネラルウォーターじゃないのー」
 海パンにうきわという格好をし、藤井・蘭(ふじい らん)はちょっとずれた感覚で言った。緑の髪の奥にある銀の目で、啓斗と同じくプールを見ている。尤も、こちらは水の種類について考えているようだが。
「あら、でも簡単じゃないですか。成仏させればいいわけですから」
 にこにこと笑いながら、天樹・燐(あまぎ りん)は言った。背中の大きく開いた、白と青の競泳用水着を身に纏っている。黒髪に黒の目である燐にそれは素晴らしく似合っていたが、それ以上に露出が気になって仕方が無い。
「あのさ……ちょっとそれ……」
 頬を軽く紅潮させながら、緑のトランクス型水着を着た守崎・北斗(もりさき ほくと)が言った。茶色の髪の奥にある青の目は、微妙にちらちらと燐の背中に向けられる。
「あら、これが一番速く泳げるんですよ?」
「いや、そうかもしれないけどさ」
 まだちらちらと見てしまう北斗に、燐はぐっと拳を作る。
「だから、気にしちゃ駄目です!」
 気にするなと言われても、ついつい目は行ってしまう。その場にいる全員が思わず心の中で突っ込む。
「ともかく、今日は一日貸し切りにしてもらったんだから。しっかりと解決しましょうね」
 シュラインが言うと、とりあえず皆が「おー」と答える。その様子に、思わずシュラインは苦笑した。
「やあ、どうも。本日はご足労を頂きまして」
 普通の服で現れたのは、依頼者である水口であった。シュラインはにっこりと笑う。
「いいところにいらっしゃいましたわ。少し、お聞きしたいんですけど」
「何ですか?」
「今回の怪異が始まった頃に亡くなった、ここに通っていた競泳をやってらした方とかはいらっしゃらないんです?」
 シュラインの問いに、水口は「うーん」と考えてから口を開く。
「特には思いつきませんねぇ。それでしたら、先に興信所で言っていますよ」
「客じゃなくてもさ……そうだ、職員とかではいないのか?」
 雅が尋ねると、水口はただただ首を振る。
「いいえ。怪異が始まったのはつい最近の事ですし……」
 うーん、とシュラインと雅と水口の三人が唸った。その間に、啓斗は準備運動を始め、北斗はその場に腰を降ろし、蘭は水辺でばちゃばちゃと足をつけ始め、燐は水口に向かってにっこりと微笑んだ。
「私思ったんですけど。本人に聞くのが一番早いと思うんですよ」
「本人?」
 燐の言葉に、皆が注目した。燐はすっと腕を伸ばしてプールの中の一箇所を指差した。その場所で、小さく水面が撥ねている。
「ね」
 にっこりと燐は微笑んだ。じっと皆が見つめていると、だんだん姿を現し始めた。ぱっと見た感じから、ひ弱そうな少年だ。中学生くらいであろうか。
「ああ!」
 水口がその姿を見て叫んだ。
「知ってる人か?」
 北斗が尋ねると、こっくりと水口は頷いた。
「知ってるも何も……このスポーツセンター始まって以来のカナヅチだと言われていた、プール教室の生徒さんです!」
 妙に感心しながら、水口は「亡くなっていたんだなぁ」と呟いた。
「感心している場合じゃないでしょう?」
 思わずシュラインが突っ込む。
「カナヅチ……?」
 そっと、啓斗が呟いた。その目が鋭く光るのをたまたま見てしまった北斗は、思わず身震いする。
「知ってるんだったら簡単じゃん。ちょっくらデータを教えてくれたらいいんだからさ」
 雅が言うと、シュラインもこっくりと頷く。
「そうそう。彼のことを知っているんだったら、教えて下さいな」
 シュラインが言うと、水口はぱたぱたと事務所に帰り、一枚だけ紙を握り締めて帰ってきた。神妙な面持ちで、水口は口を開く。
「彼は……そう。このスポーツセンター最大の難関とも言われる生徒でした」
(大袈裟じゃない?)
 シュラインはそっと心の中で突っ込んだ。口元に苦笑を携えながら。

●泳
 スポーツセンター主催の「楽しい水泳教室」は、毎回定員割れなど起こらぬという盛況っぷりであった。全く泳げなかった者も、水泳教室を終える頃には100メートルを泳ぎきる事が出来た。しかも、クロール・平泳ぎ・背泳ぎ・バタフライの4種目全てが25メートルずつ泳げるようになって、である。丁寧・親切・分かりやすいをモットーにしているスポーツセンターは、その水泳教室を誇っていたと言ってもおかしくない。それだけの実績をも持ちえていたのだが。……しかし。
「どういったものでも、壁というものは登場するのです」
 しみじみと水口は呟いた。突如やって来た、壁。それは超初心者向けの水泳教室にやって来たのだ。今年中学二年生だと言う金城・永智(かなぎ えいじ)は全く泳ぐ事が叶わなかった。それだけではない。浮かぶ事すら出来ず、ビート板などの補助具を使っても沈んでいくと言う特異な性質の持ち主だったのである。決して、太っている訳ではない。どちらかと言うと、その逆であったのだから。
「彼は一ヶ月と言う水泳教室の期間を終えても……最後まで泳げませんでした。ビート板を使って浮かぶ事ですら!」
 ぐぐぐ、と水口は拳を握って力説した。結局、水泳教室として効果が無かったとして、レッスン代を返却したのだとか。
「その永智君が、どうしてここにいるんだ?」
「彼には夢が有ありまして……」
 水口は言いにくそうに口を開く。それを受けて、プールの中の永智が皆の方を見て口を開いた。
『僕、水泳の選手になりたかったんだ』
 沈黙が皆の間に広がった。ビート板で浮く事すら叶わなかった少年が、水泳の選手に生りたかったというのだ。疑問ばかりが浮かんでくる。
「どうして?」
 無邪気に蘭が尋ねた。永智は小さく微笑み、口を開く。
『僕、お魚になりたかったんだ』
(話が噛み合ってない気がするんだけど……気のせいかしら?)
 シュラインは思わず永智を見つめる。キャッチボールをしようと試みて、こちらに返さずに逆方向に投げ返された気分がする。
『その為には、泳ぐのが速い人よりも早く泳がなくてはいけないでしょう?だから』
「だからって言っても……ねぇ」
 シュラインは苦笑する。
「しかし、競争する前にとり憑く相手の実力も考えた方がいいぞ?せめて息継ぎだけでも出来るようなってからじゃないと……相手は生身なんだから」
 至極真面目な顔で啓斗は諭す。
「兄貴……そんな事大真面目に言わなくても」
「北斗。これは大事な事だぞ」
 北斗の突っ込みもものともせず、啓斗は言い放った。
「つまり、競いたいだけでなくて競って勝ちたいわけか」
 雅が言うと、永智はこっくりと頷いた。
「じゃあ、こうしましょう!私と……私達と競泳して燃え尽きて成仏してください!負けても勝っても大人しく成仏をしましょう!」
 燐が指をびしっと指して言い放つ。
「燐さん、多分永智君は勝ちたいんだと思うんだけど……」
 シュラインがやんわりと嗜めると、燐はにっこりと笑ってから近くにいた浮遊霊を指差した。そして、一瞬光を放ったかと思うと浮遊霊は突如消えてしまった。燐の持つ、解体という現世の繋がりを絶つ強制的成仏が発動したのだ。
「こうして問答無用で成仏するよりも……勝負して成仏する方がいいと思うんです」
 燐の言葉に、永智がびくっと体を震わせた。慌てて燐の持っている刀の白帝が『もう少し平和に事を進めた方が……』と進言したが、それは燐の笑顔で沈黙させられた。
「沈むよりも静かに見ていた方が平和でしょう?」
 誰にも聞こえぬよう、そっと燐は呟く。
「分かった……では、俺が泳ぎを教えようじゃないか。ちょっと厳しいが、すぐに早く泳げるようになるぞ」
 啓斗がぐっと拳を握りながら言った。
「ちょっとどころじゃないぞ……」
 ぼそり、と北斗が言ったがそれは無視されてしまった。
「じゃあ、僕の体を使っていいのー。ずっとここにいるのは、かわいそうなの」
 蘭が言うと、燐がにっこりと笑いながら蘭の頭を撫でる。
「大丈夫よ、蘭さん。あそこにいる水口さんがきっと体を貸してくれるから」
 ぶるぶる、と水口は拒否した。永智は申し訳無さそうに『あのう……』と呟く。
『できる事ならば、もっと僕の波長に近い人にしてもらえませんか?体型が近いとか』
 シュラインはそれを聞いて、皆を見回した。そして、ぽん、と北斗の肩を叩いた。
「決定」
「……はあ?」
 北斗の顔が一気に青ざめる。啓斗が妙に微笑む。
「そうか、北斗か。それは丁度いいな。折角だから、もう一度鍛えなおすか」
「い、いやだ……!」
 北斗は思い切り頭を振る。だが、皆が北斗に暖かく期待に満ちた目を向けていた。
「体型的に、仕方ないって」
「俺さ、修行で猪に滝壷に追い込まれて落とされた事があるんだけど」
 雅が親指をつきたててにっこりと笑うが、北斗は顔を強張らせたままだ。
「僕の代わりに、頑張ってなのー」
「俺、兄貴に『ついでに泳げるようになれ』って言われてほっとかれたんだけど」
 蘭が応援するが、北斗は相変わらず顔を強張らせたままだ。
「水口さんが駄目なら、仕方ありませんよねぇ」
「溺れる寸前まで、岸の上から見下ろされて助けて貰えなかったんだけど」
 燐がちらりと水口を見てから言うが、北斗はガタガタと小刻みに震えるだけだ。
「大丈夫大丈夫」
「大丈夫じゃないから言ってるんだけど!」
 シュラインが手をぱたぱたしながら言うが、北斗は激しく否定する。その内、啓斗が大きく溜息をついてにっこりと笑う。
「北斗。……運命だと思って」
「ち……畜生!」
 北斗は走り出し、プールに飛びこんだ。その途端、そっと永智の体が覆い被さるようにして乗り移った。意識が完全に奪われる事はなかったが、確かに永智がいる事も分かる。不思議な気分である。
「さて……レクチャーを開始しようか」
 啓斗がにっこりと笑い、北斗が涙目になり、北斗の中の永智はわくわくと胸を躍らせた。その間、燐はプールで蘭と一緒に和やかに遊び、シュラインと雅は後に行われる競泳の準備を進めた。
「あ、犬さんー」
 蘭はふと隣を泳いでいる黒い狼に気付いてにこにこと笑った。
「まあ、本当ですね」
 燐もにこにこして狼を撫でた。その様子に気付き、水口が慌てる。
「い、犬は勘弁して貰えませんか?」
 水口が言うと、雅はにっこりと笑う。
「大丈夫だって。あいつ、護法だから衛生面的にはなーんも問題ないから。それより、このピストル俺が撃っていい?」
「いいわよ。……あ、このトロフィーも頂いていいかしら?」
 シュラインと雅は、大して気にもせずに準備だけを進めていく。そんな中……。
「遅い!それでは早く泳ぐ事などできない!」
「うおおおお!」
 啓斗の声と北斗の涙混じりの声だけが響くのであった。

●競
 1時間後。どうやら永智は人並みに、いやそれ以上に泳げるようになったらしい。啓斗が満足そうに皆に言う。
「これで、普通に競泳が出来ると思う」
「出来るに決まってるじゃねーか!あれだけしごきゃ、誰だって泳げるように……」
「北斗、何か言ったか?」
 ぎろり、と啓斗が北斗を睨んだ。北斗は言葉を飲み込み「イイエ」とだけ答える。
「じゃあ、始めるか。参加者は誰だ?」
 雅が問い掛けると、啓斗が一番に手をあげた。
「やはり、成長は俺自身で確かめないとな」
 次に、燐が勢い良く手をあげた。
「負けませんよ!これも成仏の為ですし!」
(成仏の為なら、負けないといけないんじゃ)
 シュラインはふと思うが、あえて口には出さなかった。
「僕も出たいのー」
 蘭が言うが、シュラインはにっこりと笑いながら目線を合わせた。
「危険な事には、あまり関わらない方がいいわ」
「じゃあ、最後にぽちに出てもらって……と」
 雅の指示で、ぽちもコースに入った。かくして、北斗(永智)・啓斗・燐・ぽちが一斉にスタートラインにつく。
「よーい」
 ピストルを雅は上に掲げた。一斉に皆が構え、蘭とシュラインは耳を塞いだ。
 パーン、という音がプール内に響く。途端、皆は一斉にスタートした。どのコースの選手も、あまり差がなく泳いでいる。今のところ、啓斗・燐・ぽち・北斗(永智)の順番だ。
「おお、金城君が泳いでいる!沈んでない!」
 何故か、水口が目元にハンカチを持っていった。よほど苦労をしたのであろう。
「北斗君だったら、もっとちゃんと泳いでるんでしょうけどねぇ」
 泳ぎ方を見ながら、シュラインは苦笑する。
「そうだな。まあ、仕方ないと言えば仕方ないか」
 雅もしみじみと同意した。何とか泳いでいる、と言った方が正しい泳ぎ方だ。何かに終われているかのような泳ぎ方でもある。
「特訓の成果なのー」
 きゃっきゃっと、蘭が笑った。あの必死な泳ぎ方は、啓斗に教えられると皆そうなるような気がしてくるから不思議だ。
 ピー!笛がプール内に鳴り響いた。ゴールの順番を見て、水口が笛を吹いたのだ。順位は結局、泳いでいた時そのままの順番であった。啓斗・燐・ぽち……そして北斗(永智)。永智は北斗の体からそっと出て、残念そうに溜息をついた。
『犬にまで負けるなんて……』
「なんなら、もう一度教えた方がいいか?」
 啓斗が言うと、永智は顔を引きつらせた。それは嫌なのであろう。
「これで成仏できますよね」
 にっこりと笑って燐は永智に言った。ぽちも慰めるように、「わん」と吼える。
「本当だぜ。これで成仏してもらわねーと、困るっつーんだよ」
 妙に息切れをしながら、北斗が言った。心なしか、顔が青い。昔の記憶とオーバーラップしたのかもしれない。
『……そうですね。ちゃんと、泳げた訳だし』
「永智君、これ」
 シュラインはにっこりと笑って賞状を見せた。そこには『努力賞・金城永智』と書いてある。
「頑張ったから、努力賞!良く泳げましたで賞」
「おお、良かったな」
 ぱちぱち、と雅が拍手をしだすと、他の皆も拍手をし始めた。一瞬きょとんとしていた永智だったが、徐々に顔を綻ばせながら触れられぬ賞状に手を伸ばした。
『こんなの……貰った事も無かったよ』
 にっこりと笑い、そして……消えた。皆、互いに顔を見合わせて微笑む。
「じゃあ、遊ぶか!」
 うーんと伸びをし、雅はゴムボートをプールに浮かべて乗っかった。
「私ももう一泳ぎします」
 にっこりと笑い、燐は雅に続いてプールへと向かう。
「そうねぇ、折角だものね。……いいですよね?」
 有無を言わせず、シュラインが水口に言った。水口は苦笑しながらも「どうぞ」と答える。
「僕もー」
 蘭は浮き輪を手にとてとてと歩いてプールに入る。
「何なら、泳ぎ方を教えてやろうか?」
 啓斗が至極真面目な顔をして蘭に尋ねた。蘭が何かを答える前に、北斗が青い顔のまま首を振る。
「やめとけ」
 きっぱりと言い放つ。啓斗はにっこりと笑い、北斗を手で招いた。
「じゃあ、北斗。今度はお前自身に特訓だな」
「嫌だあぁぁ!」
 北斗は慌てて逃げ出した。
 貸し切り状態のプールは、また明日からも数々の水泳客を迎え入れるのだろう。そうしていつしか、水泳選手に、魚になりたいと思う全く泳げぬ少年が再び来るかもしれない。風のような速さを求めて。

<プールは賑わったまま・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0554 / 守崎・啓斗 / 男 / 17 / 高校生(忍)】
【 0568 / 守崎・北斗 / 男 / 17 / 高校生(忍)】
【 0843 / 影崎・雅 / 男 / 27 / トラブル清掃業+時々住職 】
【 1957 / 天樹・燐 / 女 / 999 / 精霊 】
【 2163 / 藤井・蘭 / 男 / 1 / 藤井家の居候 】

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■         ライター通信          ■
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 お待たせしました、コニチハ。霜月玲守です。このたびは「泳速は風の如く」に参加いただきまして、本当に有難う御座いました。今回は皆さまのプレイングによってギャグかしリアスかを決定しようと思っておりました。……微妙にコメディちっくになっているような気がしますが、いかがだったでしょうか?
 シュライン・エマさん、いつも有難う御座います。今回、自分が考えていたものよりもシュラインさんのプレイングの方がしっかりしていてビクビクしました。どうしようかと本気で考えました。結局、こういう形に納めてしまいましたが。
 補足をば。永智は別に水泳絡みでなく、単なる事故で亡くなっております。水泳教室を辞めて大分経ってからだったので、存在は覚えていてもその後の動向にまではスポーツセンター職員は分からなかった、と言う事で。ついでに、スポーツセンターのプールはボートや浮き輪は禁止かと思われます。うちの近所にあるスポーツセンターは、水泳帽が必須でした。尤も、ここ何年も泳ぎに行ってないので変わっているかもしれませんが。
 今回も、少しながら個別の文章となっております。宜しければ、他の方の文章とも見比べてみてくださいね。
 ご意見・ご感想等心よりお待ちしております。それでは、またお会いできるその時迄。