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夜の大学ツアー
●オープニング
（学校なんて何年ぶりかしら……）
そう考えながら、沢渡京子（さわたり・きょうこ）は開けっ放しの戸から小さな教室に入った。すると、先にいた女性が驚いたように振り返り、黙ったままじっと見詰める。
（……え？ 何？）
やがてその女性は、顔を緩め、屈託無く笑い出した。
「やだ、ごめーん。オリエンテーションに来た人だよね」
「ええ。そうです」
京子が少し離れた席に座ると、追い掛けるように隣にやって来た。
「あたし、鈴木今日子（すずき・きょうこ）」
「私は、沢渡京子です」
「ええっ？ あなたもキョウコさん？ うわあっ、奇遇ー！」
「ええ、まあ、そうですね」
「……実は、ね」
鈴木今日子は、ふいに声を潜めた。
「この教室。出るらしいの」
そう言いながら、胸の辺りで手をブラブラさせる。さっきの妙な反応はそのせいらしいが、何とも失礼な話だ。
「今夜辺り、ちょっと調べてみない？」
「……はあ？」
「あたしたちの友情を深めるために。ね？」
いつから友達になったのだろう。だが、久しぶりに学生気分に帰るのも悪くない。……新しい人生の幕開けとして。
「……そうですね。ここは夜間部もあるようですし……」
こうして、夜の学校探索の相談がまとまったのである。
●夜間大学部探検隊
「お嬢ちゃん。初等部の授業は終わったんじゃないかな？ もう帰りなさい」
「あ、えーと……」
いきなり守衛に呼び止められる海原みあお。しかし、すぐ前を歩いていた少年がすぐさま声を掛ける。
「ほら。離れて歩くからだ」
「ごめんね。お兄ちゃん」
呼んだのは御巫傀都。みあおとは兄妹（きょうだい）でも何でもなく、赤の他人。助け船を出す義理などさらさらなく、何となく気が向いて呼んでみただけだ。
いい加減校門から離れてから、みあおは唐突に自己紹介を始める。
「海原みあお、って言うの。お兄さんも探検？」
得意げに見せるのは『アトラス増刊・神聖都学園の謎を追え！』というタイトルが付けられた雑誌。傀都は、あからさまに不快そうな顔を見せた。
「やめておけ。素人が手を出すと痛い目に遭う」
「みあお、しろーとじゃないもん」
一瞬の間の後で返された答えを聞き、傀都はみあおをしげしげと見る。
（この子が『能力者』？）
だったら大丈夫だろうか？ いや、却って危険かもしれない。何しろこの学園、あちこちに妖気が漂っていて、何が起きるか分からない。いっそ丸ごと浄化したいくらいだが、そこまで大きな力を介入させたら、この土地自体が消滅するかもしれない。陰陽道に精通した傀都ですら――否、彼だからこそ、下手に手を出せないのだ。
「……仕方ないな。付き合ってやるよ。俺は御巫傀都」
「ありがとっ！ 傀都」
結局、自分の目の届く所にみあおを置こうと決めたとき、眼鏡を掛けた少女が話し掛けてきた。
「あのぉ……、どうかしたんですかぁ？」
少女の制服には見覚えがある。……と言うより雑誌の表紙で見たばかりだ。
「……あ、探検ですかぁ」
その、みあおが持ったままの雑誌を見て、少女はのんびり口調で笑った。自分の学校が面白可笑しく取り上げられていることは、さして気にならないようだ。
「あたし、大曽根千春って言いまぁす。実は……、あたし、今朝見た夢で、校舎の片隅に血塗れの死体が倒れているって言うのを見たんですよぉ」
みあおは目を輝かせる。
「え？ ねえねえ、それってどこ？」
「見たことのない校舎でしたからぁ……大学部かもしれませんです」
みあおは雑誌のページを繰り、傀都は自分の学校の進路指導室から持って来た『学校案内』を広げる。
「大学部はこっちですよぉ」
見たことはなくても、さすがに場所は知っているようで、千春はずんずんと歩き出す。だが……。
「きゃっ！」
「あ……ごめんなさい」
運の悪いことに、一瞬よそ見をした千春は、同じようによそ見をしながら歩いていた女性と出会い頭にぶつかってしまった。
「大丈夫ですか？」
向こう側にいたスーツ姿の女性が、気遣わしげに尋ねる。
「はい。何ともないですぅ」
「あー。すっかり話に夢中になっちゃって。ごめんねー」
よろけていたジーンズ姿の女性は、校舎の壁に手をついたらしく、叩いて砂を落としていたが、ふと千春の服装に目を留める。
「……あ、その制服ってことは、ここの高等部なんだ？」
「そうですぅ」
「ねえねえ。そしたら知ってる？ この先の……」
「鈴木さん」
連れにたしなめられるが、その女性――鈴木今日子は話したくて堪らないらしい。
「この先の教室に、出るらしいわよ」
「血塗れの死体ですかぁ？」
「あれ？ 血塗れなんだ？ あたしが聞いたのは、女の人の幽霊ってだけだから」
あっと言う間に意気投合する、みあお、千春、今日子。もう一人の女性――沢渡京子は、苦笑いしながら眺めている。
「大変ですね」
傀都が半ば呆れながら言うと、京子は、手のかかる子供の親のように笑った。
「ええ、まったく」
●夜の学校
（教授も人使いが荒いですねぇ……）
すっかり暗くなった大学部の敷地で、一際明るいのは、夕食時の学食。夜間部のみならず、昼間部の学生もサークルやらゼミやらで居残っているものだから、昼食時と全く変わらず賑わっている。
（……おや？）
柚品弧月は、昼間部しか使わないはずの校舎に向かう一団を見付けた。
（何かイベントでもありましたか？）
急ぐ用事もなし。弧月は何となく、彼らの後を追った。
「あたしたち、実は、大学じゃなくて専門学校の方なんだ」
「あれぇ？ 専門学校の校舎は、こっちじゃないと思うんですけどぉ？」
「専門って言っても、先生はこちらの法学部の教授だそうですから、先生にとって都合がいい場所に移したんだと思います」
暗い廊下に女子学生の声が響く。声を潜めているつもりだろうが、しんとした場所なので、どうしても響いてしまうのだ。
（恐くて喋らずにはいられないのでしょうね）
非常灯の緑だけがやけに眩しい夜の学校は、いかにも何かが出てきそうな雰囲気だ。
「今日子は声が大きい。そんな声で喋ってると、幽霊出てこないよ」
一番小さな少女の台詞に、弧月は知らず笑みを浮かべた。
（なるほど。面白そうですね）
階段を上り、右に曲がろうとした今日子は、何者かに肩を掴まれた。
「……！ ぎゃああああああっ！」
絶叫しながら十メートルばかり転がっていく今日子。振り向きざま、デジカメのシャッターを切るみあお。そして……。
「何奴っ！？」
いつの間に、右手に符を構える傀都。今日子を驚かせた手の主、弧月は、両手を挙げながら詫びた。
「あ、いや、申し訳ありません。そんなに驚くとは思いませんでした」
傀都も緊張を解く。
「……すみません。俺としたことが……」
（参ったな。そこいらじゅうに「いる」んだが……。言っていいものかどうか……）
考えている間に、弧月は自己紹介を済ませ、ここに至るまでの事情を説明した。
「大学部の人なんですかぁ。それじゃあ、ここの教室に、血塗れの死体が倒れているって話は知ってますかぁ？」
「俺が聞いたのは、長い髪の女の幽霊ですが？」
「ふうん。いっぱいいるんだねっ」
無邪気に言い放つみあおに、傀都は苦笑いを浮かべるしかなかった。
●幽霊との遭遇
弧月も加えて総勢六人となった『臨時夜間大学部探検隊』は、まず、問題の教室前で記念撮影。これは、みあおの強い希望によるものだ。
「今度は、京子が入って、他の人が写真撮って」
「あたしがやりますねぇ」
京子からデジカメを受け取り、千春は壁を背にする。
「うーん。そこの幽霊さん。もう少し寄ってください」
何気ない一言に、傀都が固まる。
「……見えるのか？」
「見えますよぉ。あ、そこです。はい、撮りまぁす」
「なんだ、千春も傀都も見えるんだ。だったら、みあおも、言えばよかったねっ」
「そんなにいますか。大丈夫ですか？」
篭手を持っていないことに内心歯噛みしながら、弧月も動じた様子なく尋ねる。呆然としているのは、京子と今日子。二人のキョウコだけ。この二人は、幽霊を見たこともなければ金縛りにすらあったことがない、どちらかと言えば「霊感なんて全然ない」タイプだ。
「でも、血塗れの死体はありませんねぇ。あたし、よくこういう夢を見て当たるんですよぉ。もうどうしたらいいのか不安で不安で……」
どう見ても不安そうに見えないが、本人は本当に不安らしい。
「この校舎自体は新しい物ですね。特に変わったことはありません」
壁に手をついて、弧月が学者のように言う。その時だ。
「危ない！ 下がれ！」
傀都の声。しかし、下がるも何も、一瞬にして、六人は漆黒の闇に包まれた。
●最後の望み
「水を……。水を、ください……」
闇の中に倒れている人影。何の灯りもないはずなのに、なぜか、その人影は淡い光を纏っている。そして、その光に照らされ、闇に飲み込まれた六人の姿も浮かび上がる。
「あ……、この人です……。あたしの……夢の中に出てきた人……」
もはや人としての原型も留めないほどに焼け爛れた姿は、確かに、血塗れの死体にも見える。
「お水が欲しいんだね。お茶でもいいかな？ 冷たいお茶だよ」
みあおは、布のバッグからペットボトルを取り出し、蓋を開けると、人影に差し出した。しかし、『それ』は差し出された物が水とは理解できないのか、同じ言葉を繰り返すばかり。
「みあおさん。頭から水を掛けてやってくれ」
傀都に言われたとおりボトルの中身を注ぐと、『人らしき物』は僅かに上体を起こした。
「ああ……、水……。水だわ……」
その間に、弧月は何かを拾い上げる。
「……東京大空襲……？」
「……え？ でも、こんな場所まで？」
あまりの気味悪さに口を押さえていた京子が、喘ぐように尋ねた。
「何かの理由で、引き寄せられたんだろう」
油断なく周囲に気を配りながら、傀都が答える。
「詳しくは知らないが、ここは、かなり曰く付きの場所らしい。何かの力が働いているか……、あるいは、彼女自身がここに戻ることを望んだのかもしれない」
やがて闇は薄れ、元の光景に戻っていく。「ありがとう」の言葉を残し。
しばらくの間、六人は押し黙っていた。もっとも、今日子は、喋りたくても失神していたので喋れなかったのだが。
最初に声を上げたのは、みあお。
「あ、写真撮るの忘れたあっ！」
弧月が微笑む。
「いいじゃありませんか。無事に戻れて良かったですよ」
「他の幽霊さんも、いなくなっちゃいましたねぇ」
千春がきょろきょろと辺りを見渡す。
「そうだな。力場が一つ消えた……というところか」
傀都が言うと、千春はほっとした表情を見せた。
「それじゃあ、あの人、成仏したんですねぇ」
弧月は、手にしていた布の切れ端を傀都に手渡した。
「これは？」
「あの方の側に落ちていました。おそらく、着物の一部でしょう。供養してあげてください」
一瞬、躊躇っていた傀都だったが、力強く頷いた。
「分かった。任せてくれ」
【完】
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
【0170／大曽根・千春／女／17／高校生】
【1415／海原・みあお／女／13／小学生】
【1582／柚品・弧月／男／22／大学生】
【1953／御巫・傀都／男／17／傀儡師】
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■ ライター通信 ■
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お待たせいたしました。「神聖都学園」のノベルをお届けします。
ほのぼのコミカルなお話を期待していた方には、少々予想とは違う物になっていたかもしれません。私にとっても、予想とはだいぶ違いました。これもまた、ウェブゲームの楽しみということでご理解下さいませ。
大曽根千春様。今回のストーリーの方向性は、千春さんのプレイングが決めたと言っても過言ではありません。なお、神聖都学園は自由な校風の（何でもアリの）学校なので、私服で登校してもよいのですが、せっかくなので制服姿で登場していただきました。敷地内には学生寮もありますので、そこに住んでいるという設定／プレイングも可能です。参考までに。
それでは、またお会いできますように。
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