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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


怪 ─呪(後編)─

 オープニング

 依頼人の名は、阿藤陽平(あとうようへい)と言った。持ち去られた杖の所持者である。
 阿藤は、東京の外れで小さなアトリエを経営していたが、それ以外の事は不明だった。
 草間が知っているのは、かなり崩れた文体で書かれた送り状と、依頼を受けた際の一本の電話から得た情報のみであった。
 ──少しの間、預かって欲しい。
 そう、阿藤は言った。
 報酬が目立って良かった訳では無い。むしろ、日当にすれば三日程度の安い仕事だ。
 だが──匂いがした。危険を予感させる匂い。探偵として生きる草間の感が、首を縦に動かした。
 そして、事件は始まったのだ。
 
「駄目だ。出ないな……」
 肩に挟んでいた受話器を置き、草間は言った。
 腰を預けているのは、スチール製の散らかったデスクである。一つの城を構える主の物とは思えぬ、質素な机だ。そこから離れ、草間はソファーに身を沈めた。軽い溜息を一つ。天井は薄いヤニのベールで覆われていた。
「依頼人は不在、か。嫌な予感がするな……。ここへ来た怪老人の一件がある。良くない事に巻き込まれてなければ良いが……。とにかく依頼人に会い、杖の出所を調べるのが先決になりそうだ。少し下調べをして行くか──」
 そう言って草間は、ジャケットを羽織る。
 扉の外では透き通った青空と、冬の空気が待っていた。
 
 草間の手記より抜粋──
 
 依頼人──阿藤陽平。三十七才。三鷹に『アトリエ阿藤』を持つ、オカルト系の画家。自宅は目黒。題材は重く暗いものを好み、死に関する絵が多い。最近、自画像『死神』を描き上げて以来、挙動不審との情報有り。狂ったとの噂も。
『奇行』──警戒心が強くなった。怒りっぽくなった。夜中に喚き散らして、往来に飛び出る──などおかしな言動が目立つ(アトリエ周辺の目撃談)。交番に駆け込んでは、『呪われた、殺される。奴が来る!』と、警護を訴え泣きついていたようだが、聞き入れられる事は無かった。また、この頃からアトリエ周辺で見知らぬ男が、しばし見受けられるようになる。だがこの男は、一週間も経たぬうち、アトリエから数分の川で水死体になって発見された。自殺と処理されたが、興信所の人間だった。
『阿藤が叫んでいた言葉』──出ていけ、去れ、来るな、クソジジイ、死神? など。
『謎』──男が死んでから、阿藤の奇行は増える。一週間ほど前? 阿藤が夜中に騒いでいるのを、近所の人が聞いている。ジジイを殺った等、聞くに堪えない呪詛の言葉を吐いていた。その後、大きな旅行カバンを抱え、車で出かける姿が目撃されているが、次の日の昼近くに戻ってきた時は、布に包んだ細長い物だけになっていた。車も阿藤も泥まみれだった。
 
 阿藤は本当に狂っているのだろうか。アトリエの中で何が起こっていたのだろう。阿藤の言葉からは、好ましくない来訪者の存在が伺えるが……?
 怯え、怖がっていた原因とは果たして何か。何がそんなに阿藤を追い詰めたのか。興信所の男は何故、死んだのだろう。さらなる謎は、阿藤の怪行動である。阿藤は何を持って出かけ、何をしてきたのだろう。持ち帰った長い物とは、一体何なのか。
 老人を示唆していると思われる手がかりは、阿藤の言葉にのみ顕れている。目撃情報が無いのは何故か──阿藤にしか見えないのだろうか。
 彼は本当に狂っているのかもしれない。だが、鍵はやはりあの家にある。
 アトリエに赴く他無いだろう。
 
「……さて。俺が調べられたのは、ここまでだ。あの怪老人が何者で、阿藤が何故、俺の所へ『杖』を送ってきたのかは、謎のままだが……。誰かこの事件の真相を探りに行く気はあるか?」
 
『怪』──あやしきに、道理はない。
 

 1 アトリエ阿藤

 阿藤のアトリエは、こじんまりとした紅茶色の洋館だった。黒い鉄柵の内側に沿って、ニオイヒバがグルリと植えられている。建物の左手には小さな庭があり、奥に背の高いポプラと、そこに鼻を突き合わせるようにして、旧型の白いBMWが停まっていた。手入れを全くしていないのか、落ちた落葉樹の葉が、屋根やボンネットに模様となって貼り付いている。庭も塵と落ち葉だらけで荒んでいた。
「掃除が嫌いなのかな?」
「得意では無いみたいね」
 門扉越しに庭を覗き込んでいた男女は、そう言って顔を見合わせた。一人は穏やかな風貌の青年である。名を御影涼(みかげ・りょう)と言った。十九才の大学生である。もう一人は涼やかな中に色香漂う雰囲気の女で、シュライン・エマと言う。草間のあらゆる意味での片腕でもあった。
 二人はこの呆れた惨状に、しばし目を奪われた。
 阿藤は、留守なのであろうか。窓は閉じられ、黒のカーテンが引かれている。中の様子は全く見えず、物音一つ聞こえない。静まり返っている。
 つい、とシュラインの目が、車のタイヤとその周辺を汚す泥へと向いた。赤っぽい色をしている。庭の土は黒く、明らかに別の場所のものに違いなかった。他にも茶色の松の葉が、何本か確認できた。庭にも近隣にも、それらしい木は無い事から、阿藤は赤土で松の木のある場所へ行ったと思われる。
「泥質やメーターの走行距離数から、出かけた場所を割り出せないかしら」
 シュラインは、門扉にそっと手をかけた。門は黒い格子扉で、横にスライドさせるタイプのものだ。鍵はかかっておらず、中に入るのは容易い。トリップメーターを読みとるだけで良いのだが。
「この家、本当に留守よね?」
 紫の帯びがヒラリと。
「ちょっと確かめて来る」
 シュラインの背後で流れた。禄上藤湖(ふちかみ・とうこ)が長い紫髪を揺らし、玄関へと近づいて行く。はつらつな動作だが、彼女の年齢は三桁。人では無く、神に属する者──精霊であった。
 藤湖は臆する事もなく、コンクリートの階段を二つ上がり、焦茶色の扉の前に立った。呼び鈴にも埃は積もっている。それを指先で押した。
 遠く、くぐもったチャイムの音が家のどこかで鳴っている。三人は耳をそばだてたが、誰かが動く気配は感じられなかった。
「……いないようだな」
 洒落たスーツの青年が、家の前まで来て足を止めた。唇の中央でふかす煙草の煙に、目を細めている。陰陽師、真名神慶悟(まながみ・けいご)であった。
「なにか掴めた?」
 振り返ったシュラインに、慶悟はいいやと首を振った。近辺の聞き込みは、すでに得ている情報だけだったようだ。
「皆、阿藤は狂ったと言っているが──正気故の奇行とも取れる。中に手がかりがあると良いが」
 慶悟は、護符を一枚取り出すと、立てた指で小さく印を切り、何事かを呟いた。手から放たれたそれは、鬼のような形相の式神となり、二人の前に立った。
「探れ」
 慶悟の一声に、式が飛んだ。玄関では無く、壁へと吸い込まれるようにして消える。だが、次の瞬間。慶悟の顔に、一瞬の動揺が走った。
「何かあったの?」
 藤湖が玄関から声をかける。
「……消えた。いや、消されたと言った方が正しいか」
「消された? 式神が?」
「あぁ。中に『あれ』がいる。直接来い。そう言った」
 ギィ、と音がした。藤湖が首を曲げると、閉まっていたはずの玄関扉が、豪快に開いている。
 横に来た慶悟の顔を、藤湖は見上げた。
「大歓迎みたいね」
「行くしかない。それが向こうの望みだ」
 酔狂な片笑みを浮かべ、慶悟は中を覗き込んだ。差し込む光は廊下と、向こうから手前に向かって登る階段を浮かび上がらせている。物が至る所に散乱しており、割れたコップや茶碗も通路に多く転がっていた。
「ドアは自動でも、明かりは手動、か」
 スイッチは玄関脇の下駄箱の上にある。やれやれと言った顔で、慶悟はスイッチを入れた。階段の手前右手に、ドアが一つ。それから階段の向こうに、こちらを向いて二つ並んでいる。一つは他の物より少し細い。トイレのようだ。もう一つは台所か、風呂だろう。慶悟は靴のまま家に上がった。
「土足でごめんなさい、って感じかな?」
 倒れたスリッパかけをヒョイと跨ぎ、藤湖も続いた。この家にいる間中、何かを跨がなければ進めないかもしれない。涼は小さく苦笑して、シュラインへ顔を向けた。
「見える?」
「光が反射して……」
 窓越しから覗く車内のメーターは見づらかった。挙げ句、窓の内外がかなり汚れている。苦戦してやっと読みとった数字は、シュラインに軽い溜息をつかせた。
 阿藤と言う人間は、この庭が告げる通りの男だったのだろう。トリップメーターの走行距離は、八百キロと少し。ガソリンの残量は、三分の二ほど残っている。使用燃料は多くても二十リッターだろう。だとすれば、一リッターで十キロ走ると考えても走行距離は二百km、少し多くて十五キロとしても、二十リッターでは三百kmが上限である。
 給油のあと、トリップメーターを0に戻してくれさえいれば、手がかりの一つになったのだが。
「距離から位置を絞るのは無理か……。土で場所を特定するしか無さそうね」
「残念だね」
 涼はその話に頷いたあと、それにしても、と付け足した。
「阿藤本人は、どこへ行ったんだろう」
「武彦さんの言う嫌な予感が、当たってなければ良いんだけれど」
 この事件を引き起こした発端者。全ての鍵を握ったまま、まだ、その足跡は用として知れなかった。

 2 死神

「点けるわよ?」
 藤湖の声と共に、暗い部屋に明かりが満ちた。がらんとした四角い空間が広がる。階段手前の扉。どうやらここが、アトリエ阿藤のメインルームのようだ。広さにして二十畳ほど。フローリングの床に、棚が一つ置いてあるだけの殺風景な部屋だった。
 不規則に詰め込まれた、棚の画材。将棋倒しになったままのイーゼル。天井も照明のかさも、蜘蛛の巣と埃だらけだ。
「『誰かさん』より、だらしないわね」
 シュラインがついた呆れ混じりの声に、慶悟が答えた。
「『あそこ』には『掃除係』がいる。ここよりマシだ」
「……それ、誰の事かしら」
 涼しい顔で部屋の中央へ移動する慶悟を、シュラインの同じく涼しい目が追った。
 もはや、どこの誰がだらしなくて、誰がそこの片付けをして歩いているかなど、言わずと知れた周知の事実である。答える必要も、問いつめる必要も無い。藤湖と涼からクスリと小さな笑いが漏れた。
 だが、その笑みさえ吸い込んでしまいそうな、鬱屈とした空気がここにはある。
「描いた絵に、何らかの呪いがかかっても、不思議じゃないわね」
 そう呟いたシュラインの目は、床に飛び散った絵の具を見つめていた。全てトーンを抑えた暗色である。これを見ても、阿藤の絵の傾向が伺えた。慶悟が爪先でその一つを掻いた。赤褐色の滲みは、すっかり渇いている。
『死』を好んで題材にしていた画家は、自らの自画像に『死神』と名付けたと言う。何を思い、描いたのか。そこに何が起こったのだろう。
「絵はここにあるのかな」
 壁際に立てかけてあるカンバスに、涼が手をかけようとしたその時だった。
 床の『滲み』が、口を開いたのだ。
『死を欲する者の元へ。手を下すは己と呪……』
 グニャグニャと変形しながら、それは床板から浮かび上がってきた。慶悟がシュラインに、前へ出るなと合図する。
「残念だが、ここに『それ』を望む者はいない。荒事は避けたい。この意味が分かるな?」
 慶悟の前で蠢いている赤黒い塊は、無言でヘラリと嗤った。見るまに、ヒト型を形成して行く。涼が慶悟の向いに回った。
「避けられないと言うなら、仕方ないけどね」
 穏やかながらも、涼の目は鋭い光を宿している。その眼差しは、完全に人を為した塊を見下ろしていた。漆黒のマントと杖。あの老人だ。
「一度、お逢いしてるわね」
 シュラインが言った。
 老人は、骨と皮だけの手で、おもむろにフードをあげた。毛髪が無く、目は黒い空洞だった。鼻は削がれ、二つの鼻腔が開いている。口の中には歯も舌も無い。下あごも上あごも、喉も無い。ただ、ギョロギョロと動く目が、パックリと開いた口の中の闇に浮かんでいた。
「あの目は、『書』の世界の──」
 藤湖の一言にシュラインが反応する。
「えぇ、そうみたいね」
 破れた空から覗いていた目は、この老人のものだったようだ。
「全てお見通しって事か……。『死神』──」
 涼の声は凪いでいる。老人は静かに首を振った。
「『死神』では無い。『目』だ」
「目、か。本体は、そっちだな」
 と、慶悟は老人の手が握っている、杖へ目をやった。老人の口が三日月に裂け、目の黒い空洞が細くなった。どこからか、「その通りだ」と低い声がした。
「待っていた。『呪』から逃れし者達。『死』を望まぬなら、何を望む」
 続く声に、藤湖が返した。
「真実かな。あなたは何故、ここにいるの? 阿藤さんが描いた自画像に『招かれた』とか?」
「絵は恐らく、『死神』そのもの──つまり、その姿と杖が描かれていたのではないかな」
 老人は涼の胸ほどの身長しかない。ふと、目の穴が鼻や口と繋がっていない事に、涼は気づいた。見えるはずの『瞳』が、目の奥に見えなかったのだ。
「御影君?」
 シュラインが涼の腕を掴んだ。声に緊張が現れている。涼はハッとして、シュラインを振り返った。ほんの数歩、先程と立ち位置が変わっていた。それで、自分が無意識の内に歩き出していた事を知った。
「いったい何が……」
「言い当てられた仕返しかしら。興信所の方も、そうやって始末を?」
「我を邪魔する者──『嗅ぎ回る犬』には『死』を。我らは、欲せられ、やってきたのだ。望む物を与える為に。だが何故、憧れながら、遠ざけようとするのか。我を追い払おうとしても無駄だ。我は『呪』であり『死神』。死に希望を見る者から、離れはしない」
 やはり阿藤は、自らが描いた絵によって『死神』を呼び寄せてしまったようだ。筆を取っていた間の思念が、絵に宿り彼に届いてしまったのだろう。
 だが、阿藤は『死神』の姿を見て、怖くなったに違いない。警察へ駆け込み、保護を訴えた。取り合って貰えぬ事を知ると、今度は金で安心を買った。興信所の人間は、阿藤のボディガードを任されたのかもしれない。そして、巻き込まれ命を落とした。
「それを見た阿藤氏は、怯えたのね? 次は己の番だと、奇行が増えた」
 シュラインが誰にともなく呟く。ポケットに手を深く突っ込んだまま、慶悟は言った。
「果ての殺人、か。『これ』が『人』と呼べるなら、の話だが」
「でも、杖が『死神』だとは思ってなかった。鞄に詰めて、どこかに埋めてきたのは──」
 目の前にいる、老人では無かったのだろうか。藤湖は首をひねった。老人はこうして立っている。では一体、阿藤は『何』を埋めたのか。四つの視線に応えたのは、口の中の異形だった。
「我、だ。我は『目』。全てを見る者。姿は仮初めに過ぎない。いくらでも作れるのだ。この姿は、あのニンゲンの『死神』なのだろう?」
『目』は、嗤った。声を立てている。何かのテープをスロー再生したような、ノロノロとした低い笑い声だった。それを涼が遮った。
「絵と、阿藤はどこに?」
「終焉の時間だ。もう話す事は無い。いずれ、見つかるだろう。『我と共に』」
 ヘナヘナと老人の体が頽れて行く。四人の見ている前で、それは床の滲みに戻った。慶悟は火の無い煙草を唇に挟み、足下の汚れを見下ろした。もう、動く気配は無い。
「一足遅かったか……」
 ──我と共に。
 阿藤の死を暗示する言葉。
「警察に連絡を入れておきましょう。表の車についた泥があれば、現場を突き止められるはず」
 シュラインはそう言って、明かりのスイッチに手をかけた。

 3、発見

 ──二日後、草間興信所。
「阿藤の遺体が見つかった。場所は、自宅から二十キロ離れた山林だ。死後四,五日が経過しているそうだ。ここにあの老人が現れた日の前後……と言う事になるな」
 悪い予感は的中した。すでに阿藤はこの世のものでは無かったのだ。草間の言葉に、皆、顔を見合わせた。
「外傷は足にのみ。現場まで裸足で歩いたようだ。それ以外に目立った傷は無く、死因は『心不全』だそうだ」
 そう言って草間は黙り込んだ。依頼人に大事のあった仕事は、後味が悪い。ここにいる皆が、同じ気分だろう。だが、それ以外に何か含みのある顔つきをしている。
 シュラインは草間を見上げた。
「『心不全』の原因となるような物が、そこにあったのね?」
「……あぁ、そうだ」
「なるほどね……」
 藤湖の顔が曇る。
 山林。
 阿藤がそこへ向かったのは、二度目になる。一度目は災いを埋めに。そして二度目は──
 殺したはずの老人が現れた時、阿藤の正気は消え失せたのかもしれない。裸足で飛び出し、一心不乱に現場へと舞い戻る。やがて彼は、掘り返した土の下に、犯した過ちが夢で無かった事を確認した。生き返ったわけではない。それはそこにずっと居たのだ。ならば再び現れた『あれ』は?
 逃れられないと知った時、阿藤をこの世界に繋ぎ止めていた生命の糸が切れたのではなかろうか。怯えていた彼に、その現実は絶えられなかったのかもしれない。
「現場に、軽い混乱が起きているようだな。見つかった『もう一つの遺体』が、絵の中の人物に似ていれば、無理も無いが……」 
 草間の話を聞き終えたシュラインは、こめかみに指を添え、そこを軽く圧した。
 阿藤が死んだのは、自業自得と言える。全ては自らが招いた結果なのだ。『呪』は遂げられ、死神は去った。巻き込まれた同業者には、同情を覚えざるを得ない。だが──
「まだ『最大の謎』が残っているのよね」
 シュラインは、フウと小さな息を吐いた。溜息に近い。
「最大の謎?」
 繰り返す藤湖に、シュラインの視線が動いた。その先には、銜え煙草の探偵の姿。
「何故、うちにあの『杖』が送られてきたのか──武彦さん、身に覚えは無い?」
 その一言で、場の空気が変わった。重苦しいものが、いくらか軽くなったようだ。いつもの事務所に戻りつつある。
 慶悟はからかい調子の声で、草間を突いた。
「そう言えば……。確か、阿藤との面識は無いと言っていたはずだが」
 四人の顔が、草間に向かう。探偵は唇から指に煙草を移し、あからさまに不服の表情を作った。
「ま、待て。俺が嘘をついてるとでも? 一歩間違えば危なかったのは、皆が知ってるだろう? 面識は無いし、俺はこの事件に巻き込まれた一被害者だ」
「でも、興信所なんて他にいくらでもあるし」
 と、神妙な顔で藤湖。目が微かに笑っている。
「本当だね。どうしてここが選ばれたんだろう」
 涼の語尾が、ジリジリとうるさい電話のベルに掻き消された。皆に一瞥をくれてから、草間は受話器を取る。
 当の本人を覗き、ヒソヒソと円陣を組んだ四人の耳に、探偵の声が響いた。
「噂を聞いた? 怪奇探偵事務所? 怪奇事件はここへ持ち込め、だって?」
 新たなる依頼の電話である。それも、『お決まり』の。
 一同揃って、がなる草間に目をやった。
 阿藤は死神を恐れた。杖と老人を引き離したのは、それを奪えば力を封じられるとでも、思ったのだろうか。蘇りを恐れたのかもしれない。今となっては、真相は闇の中であるのだが。
 だが、シュラインの言い出した最後の謎は、確実に解けた。
「ここは、その筋の110番じゃない!」
 草間は言うが。
「意図せず、本人の撒いた評判のせいと言う訳か」
「あっさり解決ね」
「『掃除係』の人も、色々と大変だなあ」
「……それ、誰の事かしら」
 道理とは、もののことわり。
 物事がそうあるべき筋道を言う。
 つまり──
「いや、駆除や浄化なら、他に頼れる場所があるだろう。うちは怪奇専門じゃ──」
 来るべきして来た、事件のようだ。
 


   終


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 (年齢) > 性別 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ / しゅらいん・えま(26)】
     女 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
     

【0389 / 真名神・慶悟 / まながみ・けいご(20)】
     男 / 陰陽師  
      
【1752 / 禄上・藤湖 / ふちかみ・とうこ(999)】
     女 / 大学生   
         
【1831 / 御影・涼 / みかげ・りょう(19)】
     男 / 大学生兼探偵助手?
            
     
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■          あとがき           ■
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 こんにちわ、紺野です。
 私事により長い間お待たせしてしまいました事、
 心からお詫び申し上げます。
 大変、申し訳御座いませんでした(汗)。
 年も明け、今年の抱負は

  ── 一本でも多く、筆を取る ──

 に、決めましたf(^ー^;
 心機一転、頑張りますので宜しくお願い致します。

 さて、『怪 ─呪(後編)─』、いかがでしたでしょうか。
 怪と言うお話自体が、あまり明るいシリーズではないのですが、
 楽しんで……(遠い目)いただけたなら光栄です(汗)。
 
 それから、参加してくださいました皆様に、心からの感謝を。
 ありがとうございました。
 
 苦情や、もうちょっとこうして欲しいなどのご意見は、
 次回の参考にさせて頂きますので、
 どんな細かい事でもお寄せ頂ければと思います。

 今後の皆様のご活躍を心からお祈りしつつ、
 またお逢いできますよう……
 
                   紺野ふずき 拝