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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


推定恋心〜未来予想図〜


 1日1日ゆっくりと、そして着実に冬の足音が着実に近づいていた。
 冬の空気は冷たく澄んで、大きく息を吸うと冴えた空気が身体中に行き渡るのが判る。そして大きく吐いた呼吸は白い靄となり次の瞬間に消えてなくなった。
 それを自分の目で追っていたヨハネ・ミケーレは息を吐いた瞬間に、
「あ〜ぁ……」
と思わず出る声を止められなかった。
 憂鬱な気持ちは空を覆う厚く重い雲のようにヨハネの両方にのしかかっている。
 気鬱の原因ははっきりしている。
 先日、極々些細な事で怒らせてしまった彼女の顔と声がヨハネの脳裏を過った。
 彼女のその顔を思い出すだけでもう、頭を抱え込んでこんな街中の道路に突然しゃがみ込んでしまいたくなる。例え、その姿がどれだけ人目を引くかわかっていても、だ。
 すっかり赤、白、緑のイタリア国旗のようなディスプレイに彩られた街中をその浮かれた雰囲気に相応しいとは言えない面持ちで歩く。俯きがちの頭を軽く振り、意識的に頭を上げたヨハネの目に信じられないモノが飛びこんで来た。
―――え……えぇぇぇっ!?
 彼の思い人である彼女の肩に掛かっていたふわふわのウェーブしていた髪が影も形も無く、すっかり短くなり、さっぱりとしたショートカットになってしまっていたからだ。
 この国の女性は失恋すると髪をばっさりと切るのだという話しを聞いたことがある。
 間違ってはいないが、今日日あまり実際にそんな事をする女性が居るのかどうかといったカビの生えたような話しを思い出し、あまりのことにヨハネは一瞬その場に呆然と立ち尽くし……そして次の瞬間彼女に向かって駆けだした。

■■■■■

 休日の昼下がり、ほぼ全ての店のディスプレイがクリスマス一色になるこの特異な季節、街中を足取りも軽く色々と物色していた杉森みゆきだったが、とある店を出たところで、
「すいませんでしたっ!」
と、言う声と頭を深深と下げた青年が立っている。
「……え?」
 しかし、彼は相変わらずまだ、
「本当にすみません―――あぁ、僕はどうやって貴方に償えば……。この前のは本当に何でもなくって、ただちょっと話しを聞いていただけなんです! だからっ」
と一方的に謝罪を続ける。
 青年の姿に全く覚えがない上に、当然彼に謝罪される理由にも全く覚えはない。
 大の男がそんなにおろおろと頭を下げて大きな声で謝り続けるものだからやたらと人目を引くのも当たり前だろう。
「あの、ね……」
 その姿を困惑ぎみに眺めていたみゆきは、
「―――……あ!」
その青年の素性に思い当たって声をあげた。
「キミ、ヨハネ君でしょ?」
「へ……、え、えぇ」
「やっぱり」
 自分の予想が当たりみゆきは両口の端を上げて白い歯を見せながら笑みを浮かべた。
「初めまして。ボク、みゆきです。双子の姉の杉森みゆき」
 豆鉄砲をくらった鳩の様にきょとんとした顔をしていたヨハネは、
「……み、ゆきさん?」
と思わず呟いた後にかぁっと、徐々に顔を真っ赤にした。
 そんな百面相に思わず声を出して笑い出した。
「ここで、立ち話もなんだしどこか入ろうか、ね?」
 そう言うとみゆきはヨハネの腕を取って近くの喫茶店へと誘った。

■■■■■

 あれだけ彼女から双子の姉の話しを聞いていたにも関わらず、すっかりみゆきが髪を切った彼女だと思い込んでしまったヨハネは、
「みゆきさん、本当にすみませんでした」
と、オーダーが終わった後、みゆきに謝った。自分の勘違いで無駄に人の注目を集めてしまったのだから、今度は正しい相手に正しい謝罪である。
「ヨハネ君、謝ってばっかりだね」
 そう言われて、またすみません―――と口走りかけてヨハネは慌てて口を抑えた。
「で、なんであの子を怒らせちゃったわけ?」
「はぁ、それが……」
 勘違いと言うかなんというか―――と、ヨハネは事情を話し始めた。
 要約すると、まぁ、とある友人の悩みを聞いているうちになんだか向こうが感情的(?)になり自分のヒモ(情夫)になってやると宣言していたところに間が悪く彼女がやって来て……という、昼メロ並みの話しを展開させた。
 話し終わったところでタイミング良くウェイトレスがヨハネの前にカプチーノを、みゆきの前にケーキとミルクティを持ってきた。
 みゆきはミルクティを一口飲んでから砂糖を1本の半分だけ入れてよくかき混ぜた。
 大きなイチゴの乗ったショートケーキは先の細い方から横にフォークを入れながら食べて途中まで食べたところでイチゴを食べる。
 コーヒーよりは紅茶。レモンティよりもミルクティ。
 話しをしながら時々サイドの髪を指で漉く仕草。
 そして何より、彼女と同じ笑顔。
 姿形は勿論、食べ物の嗜好や何気ない仕草や癖が自分の想い人と重なり、みゆきが彼女の双子の姉だと判りながらも、そんなことに気付くたびに一瞬鼓動が早くなる。
 比較したりみゆきの中に彼女の存在を感じたり探したり―――そんな事は彼女にもみゆきにも失礼だと判っているのにそれを止める事が出来なかった。
 そもそも初対面だと言うのに、そんな喧嘩した―――というよりも、むしろ誤解させてしまった理由を話してしまえるあたりはやはり初めてだけれど初めてではないようなそんな気分でいるからに違いないのだが。

■■■■■

 そんな初歩的な事に気が付かないヨハネとは逆に、みゆきはヨハネが自分の妹の話しをしながら焦って赤くなったり、思い出して落ち込んだり、そして自分を見て照れてみたりするたびに変わる彼の表情や様子からすっかり、彼が妹を想っていることにすぐに気が付いた。
 だいたい妹が怒った理由だって、そんなに大したことではないしすぐに解けるような下らない誤解なのだから放っておけばいいようなそんな些細な事だ。冷静に考えれば彼だって判るだろうに、自分に非がないにもかかわらずひたすら弁明したり謝ってしまうあたり彼の性格の問題もあるのかもしれないが、妹を想っている証拠以外のナニモノでもない。
 妹からよくヨハネの話しは聞いていたし、実際に彼に会ってみれば彼自身にとても好感が持てたので妹とヨハネの仲が上手くいけばいいと思う。そうなるように応援するのも吝かではないのだが、1つ気になる点があった。
 気になるというよりもむしろ心配なのだ。
 彼が神父という職業であると言う事―――
 彼自身の人柄は本当に申し分ないのだが彼の立場を思うと一概に応援するべきではないのではないかと、心の奥でそう言う自分がいるのも確かだった。
 今ならまだ間に合う。
 心の奥の自分がそう言うのだ。
「きっと苦労するよ? これからもあの子と一緒にいるのは」
 みゆきがそう言うと、ヨハネは、
「そうですね、僕なんかいつも振りまわされてて……」
と答えた。
 恋する事は誰にも止められない。
 そんなことは判っているが、きっといつか苦しんだりそのせいで傷ついたり―――そんな障害が2人の前に立ちはだかり、判断を迫られる日が来る。
 必ず。
 それがいつかは判らない。
 近いのか、遠いのか―――しかし、必ず未来に控えている事だけは間違いない。
 自分が傷つくだけならいい。でも、もしかするとその判断が、大切に想っている相手を傷つけるのかもしれないのだ。
 みゆきの複雑な気持ちがそのまま、
「……そう言う意味じゃないんだけど、な」
という返答と苦笑になってしまった。
 入り口を正面にした席に座っていたみゆきは、その時にタイミング良く、この店で待ち合わせていた噂の妹が現れた事に気が付いた。
―――噂をすれば、か。
 先の事なんて誰にも判らない。
 未来がどちらに転ぶのか。
 とりあえず、今は彼に教えてあげた方がいいのだろう、彼女の妹が先日のことなどすっかり忘れてしまっている事に。
「ヨハネ君」
 みゆきはそう言ってゆっくりと歩いてこちらにやって来る妹を指す。
 その姿を確認した途端に、彼の顔に広がる笑顔。

 出来ればその笑顔が未来にも見られるように……


―――ね、神様。


Fin……?