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空地でトレーニングの顛末
秋風が冬の気配を忍ばせ始めた頃‥‥
「ここだ。練習に良さそうな場所だろ?」
先頭を歩いていた鬼柳・要は、振り返る事もなく、同行の二人‥‥梅田・メイカと天樹・昴にそう言った。
今回の練習‥‥模擬戦の提案者は鬼柳。
鬼柳は‥‥前にここには居ない人物と戦いの練習をした時、本気で殺し合いをして、実際に死にかけた。
もちろん、その後々がかなり面倒な事になったし、戦いの場となった道場に回復不能の損害を与えた事も非常に心苦しかったわけで‥‥
その点、鬼柳が探し出したここは廃ビルの合間にある空き地で、しかも取り壊しが決まっているから、多少なら壊しても大丈夫だ。
ついでに、前回の反省を踏まえて、ちゃんとルールを決めた戦いをしようと考えている。
三人はそのまま、立入禁止の看板を無視して勝手に中に入り込んだ後、荷物を置くとそれぞれに準備を‥‥といっても、鬼柳と梅田だけだが、戦いの準備を整えた。
「それで、ルールを決めてやろうと言う事でしたけど‥‥」
準備を終えた梅田が聞く。それに、軽く全身を動かして体をほぐしながら鬼柳は答えた。
「乱戦形式で闘い、勝利条件はお互いに一撃が入る状況での寸止め。これで良いか?」
寸止めなら死ぬことはないだろう。それに、鬼柳は敢えて手加減する戦い方というのを試してみるつもりだった。
しかし、そのルールを聞いた梅田は、少し困ったような表情を浮かべる。
「え? そうなんですか‥‥」
「何かしたか?」
「いえ‥‥じゃあ、始めましょうか。天樹さん、合図をお願いします」
聞いてきた鬼柳に素っ気なく返し、梅田は戦いの構えを見せる。
鬼柳は、梅田の言葉が少し気にかかってはいたが、天樹の声がその惑いを消し去る。
「じゃあ‥‥‥‥始め!」
かけ声とともに張りつめる空気。
開始直後に梅田は、氷柱を次々に生み出して鬼柳の進路を塞いだ。
無論、それは鬼柳を接近をさせない為‥‥考えるまでもなくそれを悟った鬼柳は、眼前に次々現れる氷柱を迂回して走る。
跳び越えたところで空中にいる自分を狙い打ちされるというのは御免だし、破壊して進むには氷柱は数が多い。
走る鬼柳は、氷柱の布陣の薄い場所を見つけるや、その氷柱めがけて駆け寄ると刀を抜き放った。
居合いの一閃‥‥氷柱は欠けることもなく、その身に刻んだ斜めの太刀筋からずれ、鬼柳に道を開く。
その先には梅田の姿‥‥だが、既に電子力翼を形成していた彼女は、何ら慌てることなく言った。
「はい、勝ちです」
「? どういう事だ?」
いきなりの勝利宣言に戸惑う鬼柳は、その場に足を止めて武器を下ろした。
梅田はそんな鬼柳に、事も無げに答えを返す。
「レーザーの発射準備完了です。確か、勝利条件は寸止めでしたよね?」
レーザーは光だ。
どんな存在も光速を超える事はない。また、光速を超える反応速度も持たない。
更に言うと、レーザーは目には見えない。その為、仮に未来を見る目を持ったとしても、弾道を見てかわすという事は不可能に近い。
しかも、梅田のレーザーは敵を追跡する機能まで持つ。
つまり、こんな真正面に向き合っている状態で全周囲にレーザーを撃てば、誰が何をやったってかわせないのである。
なお、当たって効果があるかどうかは別の話。今回の勝利条件はあくまでも、一撃が入る状況での寸止めなのだから。
「いや、本当に当たるのか?」
開始早々の「待った」に、苛つく様子で問いただす鬼柳。それに答え、梅田は小さく肩をすくめた。
「当たった事が気付くようなら、寸止めにはならないです」
確かに、相応の威力があるレーザーが当たれば、気付く事は気付くだろう。
また、威力を上げればチャージの時間も必要になる。今のように易々と鬼柳にチェックメイトを宣言出来たりはしない筈。
しかし、今回はあくまでも模擬戦形式の練習‥‥殺し合いが目的ではない。
梅田のレーザーが、肉眼でもはっきり見えた上に、身をかわせるくらいにゆっくりと飛ぶものだったなら問題なかったのだが‥‥そんな意味のない、レーザーとすら呼べない代物では、そもそも訓練にはなるまい。
何にせよ、寸止めという事なら、確実に当たると判断される状態になった所で終わりとすべきだ。
「‥‥何の訓練にもならないじゃないか」
鬼柳が、溜息と共にその言葉を呟き、そして刀を鞘に戻した。それに同調して、形成した電子力翼を消しながら梅田も少し落胆した様子で言う。
「私も能力強化できるかと期待していたんですけど‥‥無理みたいですよね」
変換システムを最適化‥‥効果も上げて、電子力翼から撃つレーザーを光の弾丸状から帯状に‥‥という思いはあったのだが、どうにもそれは果たせそうにもない。
もっとも、発振間隔が短くてレーザーが弾の形状をしていようが、連続発振されて一本の帯状になっていようが、結局、レーザーは目には全く見えないのだからあまり関係はないだろう。
だが‥‥まあ、誰も気付かないオシャレというには物騒だが、拘りなのかも知れない。
何にしても、模擬戦では威力を上げる様な進化は望めそうにも無いわけで、その辺りの事はあきらめなければならないようだった。
「仕方がない‥‥梅田が相手じゃ練習になりそうもない。天樹、お前が相手してくれ」
「え? 俺ですか!?」
突然の展開に、見学を決め込んでいた天樹は驚きの声を返す。
「俺、炊事当番のつもりだったんですけど」
「いや‥‥ここで炊事するのか?」
鬼柳が、さすがに嫌そうな顔をする。
わざわざ、廃ビルに囲まれた薄暗いここでピクニックをする趣味はない。
「良いから、相手になれよ」
「わかりました‥‥お手柔らかにお願いします」
諦めたかのように言い‥‥天樹が前に出る。
代わりに下がった梅田が、黙って手を挙げた。そして、素早く振り下ろす。
「始めて下さい!」
声と同時に仕掛けたのはやはり鬼柳だった。
距離を跳躍で一気に詰め、刀を一閃させる。
素早く‥‥それでいて威力はコントロールする。そう自分に言い聞かせ、それに集中しながら。
しかし、その一撃は天樹によって容易くかわされた。
天樹の持つ千里眼『月読』の未来予知と、気功による身体能力増強‥‥その二つを用いての回避運動は、鬼柳の振る刀を完全に見切り、かわし続ける。
知らず、鬼柳に笑みが浮かんだ。
これなら‥‥訓練としては十分。鬼柳は、威力をコントロールしながらの攻撃にいっそう専念しだした。
戦いは、鬼柳が斬り、それを天樹が避け続ける展開となる。
天樹は攻撃の意志が無いかのように避けるだけ‥‥最初はその動きにも余裕があり、攻撃を仕掛けない事を不思議にも思えた。
だが、次第にその余裕は消えていく。
「‥‥鋭くなってる?」
二人の戦いを見ながら情報収集を続けていた梅田は、次第に鬼柳の動きが鋭くなっていっている事に気付いた。
威力を敢えて落としながらの攻撃‥‥恐らく、そのコントロールに慣れていっているのだろう。コントロールしながら、戦闘の方に意識を集中させられるように。
しかし、天樹はそんな事には全く気付いていなかった。
「‥‥ちょ、ちょっと‥‥く‥‥」
当たればただじゃすまない‥‥そう考える天樹は、必死で回避を続ける。だが、その限界は見え始めていた。
「‥‥終わりだ」
鬼柳が口の中で呟く‥‥と同時に、鬼柳は流れるような連撃に打って出た。
上段、下段、中段と、千変万化する鋭い連撃が、天樹に襲いかかる。
天樹にはその全てが、月読の力により見る事が出来ていた。しかし、見えようとも動きには限界がある。
降りしきる雨粒をかわして歩けぬのと同じく、天樹は、鬼柳の放つ無数の攻撃をかわしきる事が出来なかった。
横薙ぎの一撃が、天樹の胴を捉える。そして鬼柳はそのまま天樹の横を駆け抜けた。
残されたのは天樹の鮮血にまみれた死体‥‥ではなく、腹を押さえた形で未だ立つ天樹。
本来ならば、体を横一文字に断ち割られるだろう一撃‥‥しかし、天樹は痛みを感じていなかった。
それを疑問に思う事無く‥‥と言うより、そんな余裕はなく、反撃に移ろうと天樹は鬼柳の方へと振り返る。
「こ、今度は俺の番‥‥」
天樹は、これから攻撃に移るつもりだった。
『月読』の事象を見渡す力と見切りの力により素手で攻撃を無効化する回避技を。そして攻撃‥‥っと言う所。
しかし、振り返った天樹が見たのは、すっかり戦い終わったというていで、力を抜いた鬼柳の姿だった。
「あの‥‥続きは?」
「何言ってるんだ? もう終わりだろ」
問いかける天樹に、鬼柳はむしろ聞きたいのはこっちだとばかりに言い返す。
そもそも、この模擬戦の勝利条件は、一撃が入る状況での寸止め。つまり、一撃で終わりである。
天樹の見せ場はむしろこれから‥‥なのかもしれないが、もう終わってしまったのでは仕方がない。話を聞かなかった天樹が悪いのである。
「そ‥‥そんな」
愕然として肩を落とす天樹‥‥その前、鬼柳は天樹に背を向けて歩き出していた。
「さて‥‥いい汗もかいたし、飯にでも行こうか」
そんな鬼柳にタオルを投げ渡し、一緒に歩き出しながら梅田が聞く。
「おごりですか?」
「‥‥店を選んでから答えさせてくれ」
訓練につきあわせた形になるのだから、少々ならおごりも良いだろう‥‥財布との相談になるが。そう考えて鬼柳が答える。
そんな会話を交わしあいながら、どんどん歩いていく梅田と鬼柳の二人。
置いて行かれそうな天樹は、溜息一つつくとその後を追おうとした。
「はぁ‥‥待ってくださいよ」
と、その時‥‥何やら怪しい感じがして天樹は上を見上げる。
直後、激しい衝撃、そして何か砕くかの様な音。それを感知した瞬間、天樹は全身から力が抜けるのを感じた。
揺れる視界の中、赤茶色の欠片が舞うのが見える。それは、今時都会じゃ珍しい筈の煉瓦‥‥幾ら廃ビルとはいえ、そんな物があるとも思えず、実際、何処から落ちてきたのかはわからない。
だが、それが天樹の脳天を打ち砕いたのは、疑いようのない事実だった。
床に倒れた天木が最後に見たのは、地面に転がった煉瓦の欠片と、その周りにゆっくりと広がっていく赤い血溜まり。そんな光景がどんどん暗くなり、闇が広がっていく。
「頭から血が吹き出てますが‥‥大丈夫ですか?」
「まずは救急車だな。でも、ここは携帯がつながるのか?」
遠く、梅田と鬼柳の声を聞きながら、天樹の意識は消えていった‥‥
その日、天樹は救急車で病院に直送され‥‥意識が回復した後は、警察やビルの管理者などから、不法侵入の件についてたっぷりと絞られる事になる。
なお、鬼柳と梅田は、救急への通報後にいち早く現場から逃げ出し、この一件については白を切り通した為、被害は無かったのであった。
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