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<東京怪談ノベル(シングル)>


メリーゴーラウンド


 夢をよく見る。同じ夢を幾度も幾度も。
 瞬きの間に現れて、決して脳裏を去らない夢――。

 そして、今も、また。

 絡み付くような音。耳元で囁く鎖の音。
(ああ、また)
 またあの夢の中に――。

 動かない指先。否、その感覚すらあやふやで。
 ぼんやりと、ただぼんやりと。
(溶けている)
 感覚。上へ持ち上げられた両手が、両足が、壁に埋め込まれ――灰色のセメントに溶けている。
(怖い)
 刹那、恐怖が濃くなる。
 首筋から一滴の汗が流れていく。
 ――カチャリと音をたてる首輪。音に驚き、身体が縮むように震える。押さえつけるように、皮の感触が首に伝わってきた。動くな――首輪がそう言っている。
(いや――)
 身体を押さえているのは、首輪だけではない。全身なのだ。

 ゆっくりと、目をあけて。
 自分の全身を受け止める。

 肌に纏っているのは、ウエディングドレス。
 漆黒に染まったそれは、あたしの肌の傍で揺れている。すべすべとした感触で、粘っこく肌に絡んで離れない。細く長い糸が身体を縛るように、絡み、乱れる。
 そして、自由を奪うのは、鎖。
(鎖――)
 あたしの、心を、縛るように。あたしの身体の自由を奪う。あたしの――。
(やめて――)
 離して。ここに居たくない。

 あたしの、前に、あるもの。

 それは、鏡。
 暗く、自分以外が見えない部屋の中で映し出すのは――あたしの姿。壁に手足を塗り込められ、ウエディングドレスを着せられた少女だ。
(まるで飾りのよう)
 あたしの瞳に溢れた涙さえ、造形美で済まされてしまいそう。
(あたしは、)
 飾りじゃないよ。ねぇ、怖いの。
 あたしは動こうとする。麻痺した身体で、気持ちだけ動こうとする。
 ――鎖の音が重い。鉛のようにのしかかって、あたしの身体を、麻痺させて。
(動けない)
 怖いよ。あたし。ね、お願い。誰か。
 声が出ない。涙が頬を流れ、ウエディングドレスの胸元に落ちた。
 そのドレスは、物語のお姫さまが着ているようなものだった。
 ウエストから下へ行くにしたがってそっと広がっているプリンセス型――腿から下の部分に百合の花びらに似た模様が入っているためか、少し透けている。
 首輪も同様に黒かった。垂れた横髪のかかった部分にだけ、模様が描かれている。おそらく、それも百合の花だろう。
 綺麗な飾りの衣装ではあるが、巻きつけられた鎖が対照的だった。鉛色をした、太い鎖は重々しくあたしの身体を支配している。
(どうして)
 こんな格好にされているの。あたしを鎖で縛って、どうするというのだろう。
 鎖は身体に吸い付くようにひっついて、ウエディングドレスの模様を歪めさせていた。
 あたしはそれを直すことも出来ない。

 着飾られ、乱されている。
 時間が流れていくのを、呆然と、感じる。

 ここは地下なのか最上階なのか――。
(それもわからない)
 ただドレス内を撫でる風の冷たさから、地下か最上階なのではと予測出来る。
(でも、そこが限界――)
 そこから先は、何も見えて来ない。
 今頭の中を駆け巡っているのは、終わりのない恐怖。
(一体いつまで)
 ここで過ごせばいいの。誰かが迎えに来てくれるの、それとも――。
(誰か)
 心の中で懇願する。お願いです、出してください――。
 喉の奥で、小さな泣き声が派生した。泣き声が口から零れた。
 扉のない部屋――目を鏡からそらして。
 胸に圧迫感が押し寄せてきた。詰まる、思い。
「いや――」
 声を冷たい鎖に絡めて。

 絡めて、絡まって、目覚める。

 枕が少し湿っていた。泣いていたらしい。
 パジャマも湿っている――ひどい寝汗だ。
(夢――)
 身体を覆う、苦痛なまでの脱力感。
 幾度も見る夢。
(何らかのメッセージがあるの?)
 今までそう思いながらも、やり過ごしていた。
 姉や妹が「気にしない方がいい」と言うのもあった。
(でも今日は――)
 調べた方がいいと思った。
 ――とても怖いから。
(でも、どうやって調べれば――)

「みなも、そういうときは夢判断がいいよ」
「夢判断?」
 授業後の、あたしたち以外には誰もいない教室。
 友人はそう助言してくれた。
「夢で深層心理がわかるらしいよ。図書館とか本屋さんに行けばあるし、調べた方がいいって」
「そっかぁ……。うん、ありがとう」
「いいよ。みなもが元気ないと、こっちも調子でもないもん」
 友人は照れたように笑って、教室を出て行った。
 ありがとう――友人の背中へ向けて、心から思った。

 学校の図書館で調べてみた。
 夢判断の分厚い本を見つけて、机の上で開く。
 最初の数頁に、キーワード検索というのがついていて、簡単に探せるようになっている。例えば、親友が夢に出てくるような場合には、「親友」の項目を探せばいい。
 でも――。
(ない)
 どこにもない。鎖も、黒いウエディングドレスも――あたしが見た夢に関わる言葉はひとつも見当たらなかった。
 ぱらぱらとめくっていったが、それらしい記述は出てこない。
(駄目――)
 諦めて本を閉じた。
 ただ、不安感をまとめた頁があった。でも、書かれていたのは細部をぼかした説明ばかりだった。現状に満足出来ていないという思いが根底にあるために見る――など。
(現状に満足――)
 わからない。何も。
 知るのが怖くなってきた。
(もう、わからなくていい)
 忘れたい夢なのだから――。
 本を棚に戻すと、鞄を取りに教室へ戻った。

 何もわからないまま、夢は繰り返す。
 機械的に、幾度も映像をあたしの脳裏に焼き付けていく――。
 より鮮明に。より恐しく。
(やめて――)

 続いていく夜の中で。
 耳に響くのは、鎖が重なる音と、あたしの――。

 百合の模様が、肌に絡まって、乱れてる。
 あたかも夢に飼われたように。


 終。