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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


クリスマスが呼んでいる


 冬支度を始めた華やかな街の中を乾いた風が吹き抜ける。幸せな人々の間を抜け、明るく着飾った店を横目に、その風は当てのない旅に出かける。どこから来たのかも、どこへ行くのかも告げずに……そんな彼らの姿からは、人は『悲しい別れ』を連想するかもしれない。けれど、クリスマスになればきっとわかる。彼らこそみんなの間に『新たなる始まり』を運んでくれるサンタクロースであることが……



 クリスマスが近づけば、街の中に四角い箱が踊る。その大きさも形もさまざまだ。人々はそれを抱えて嬉しそうに家路を急ぐ。そしてクリスマスが来るのを心待ちにする。自分が大切に思っている人にそれを贈る瞬間をドキドキしながら待つのだ。この季節だけに味わえる胸の高鳴りを箱の隅にそっと忍ばせて。


 わずかなぬくもりを人々に捧げる太陽が灰色の雲の向こうに顔を隠したせいか、夕方だというのに周囲は薄暗い。気持ちまで暗くなりそうな雰囲気をネオンサインが盛り上げる。静かに音もなく煌き出すと、カラフルな光線が人々の顔を明るく照らす。それは赤と白に着飾った街をいっそう幻想的に彩る。

 そのネオンの足元を矢塚兄妹が潜り抜けた。彼らも街を歩く人々と同じ理由でここにいた。兄の朱羽も妹の朱姫もショッピングを楽しんでいる最中だ。街には雪が降っていないのに、ディスプレイの中はもう雪景色だ。その中にすました顔をしてさまざまな商品が並んでいる。美しい女性の手の形をした白い模型は暖かそうな灰色の手袋を、そしてその近くには同じ色のマフラーがマネキンの首に飾られていた。それを一生懸命に物色するのは朱羽だった。いろんな角度からそれを見るため、彼はせわしなくディスプレイの前を動き回る。そんな兄の姿を見て、朱姫は不思議そうな顔をしながらその後を追う。ふたりを見て、道行くカップルがちょこちょこと動き回るふたりをくすくすと笑った。

 朱羽と朱姫はお互いへのクリスマスプレゼントを買いに来ていた。女の子の朱姫はともかく、普段は弓道をいそしむ朱羽にとってショッピングとすること自体が久しぶりだった。彼のショッピングといえば、せいぜい汗を流した後にファーストフード店やコンビニで買い食いをする程度だ。それとは対照的に朱姫は休みの日には同級生や友達と一緒に街へ繰り出し、人並みにショッピングはしている。だから特にリサーチしなくとも、今の流行くらいはわかる。逆にハムスターのようにディスプレイを動き回る兄の姿の方があらゆる意味で自分にとっては珍しい。朱姫はしばらくの間は愉快な追いかけごっこを続けていたが、最後には兄の背中に向かって疑問の声を投げかける。


 「朱羽兄……何をそんなに必死になって普通の手袋を見てるんだ?」


 その言葉に反応し、動きを止める朱羽。彼はゆっくりと振り返り、妹の顔を見た。


 「いや、どんな作りになってるのかと思ってな……本当は手に取って見たかったんだが……」

 「店の中に行ったら同じ物があるだろう。私が店員さんに聞こうか?」


 朱羽が腕組みして考え出そうとした時、朱姫の両手を覆う茶褐色の手袋が目の中に飛び込んできた。それを見た瞬間、店内に入ろうとする朱姫を止める。


 「朱姫……やっぱりいい。別のものにするよ。」

 「そうか、わかった。じゃ、先に行こう。」


 朱姫はなぜか嬉しそうな顔をして兄の横に戻り、街の中を進んでいく。そんな中、朱羽もなぜか安堵した表情で一緒に歩を進める。彼の視線は再び妹の手袋へと注がれた。彼は朱姫が真紅の手袋をしているのを見て、同じ物を買うのは芸がないとひとり頷いていた。そう、朱羽は必死で朱姫へのプレゼントを探していたのだ。彼はそのまま別のウインドウに目を向けようとしたが、気になることがあったのか妹にあることを聞いた。


 「朱姫、なんでそんな顔するんだ?」

 「あの手袋は女物だからな。朱羽兄の手にはピッタリかもしれないけど、あれを自分用に買われたら恥ずかしいから。もしかして気づいてないのかと思って心配してたんだ。」


 朱羽は言われるがままじっと自分の手を見る……その横に朱姫が自分の手を持ってくる。確かにふたりの手の大きさはそれほど変わらない。お互いの顔を見合わせ、納得の表情で静かに頷く兄妹。しかし、すぐに朱羽が首を振って妹にツッコむ。


 「おい朱姫、俺はお前のプレゼントを探してるんだぞ。女性ものかどうかくらい、手袋見ればわかるぞ。」

 「あっ、そう言えば今日はそういう目的だった。でもほら、私はもう持ってるんだ。炎の色をした真っ赤なやつ。でも朱羽兄はいいな、自分の出した火で暖をとれるんだから……」

 「そんな使い方、お前の目の前で見せたことあるか?」


 いつもの調子で話を進め、いつもの調子で笑いあい、いつもの調子で前に進む。このふたりはいつもこんな感じだった。その姿を見れば、このふたりは兄妹ではなくカップルに見えるかもしれない。周囲が羨むほどの楽しさを振り撒きながら、ふたりのショッピングは続く。


 街を散歩するかのように歩き続けるうちに、朱姫のリクエストでかわいいぬいぐるみが置かれた店に入った。その中は動物のぬいぐるみであふれかえっていた。朱姫は本物の動物をかわいがるように、きれいに整列しているぬいぐるみたちの頭を順番に撫でる。そしてたまに気に入ったものを手に取り、じっとその顔を見つめ、たまにその手を動かしてみては彼らのかわいい仕草を作って楽しんでいた。

 彼女の後から入った朱羽はファンシーショップの中を見回す……中はカップルか女性連れしかいない。彼はなぜか誇らしげな表情を作り、誰に自慢するわけでもなく鼻で笑うとさっそく朱姫の後を追った。この時、朱羽はあっけなく妹の元へとたどり着くだろうと予想していた。しかし、そんな彼を振り向かせる存在が目の前に現れた……それは毛並みのきれいなアメリカンショートヘアーの子猫だった。不意に視線を落とした朱羽の心を一目で奪い去ったそのぬいぐるみは一心不乱に彼を見る……朱羽は息を飲んだ。彼は近くに朱姫がいないことを横目で確認しつつ、徐々に身を屈め、静かにそれを手に取ろうとする。その手がぬいぐるみに触れた瞬間、朱羽はそのやわらかな手触りで張り詰めた緊張感が抜けていくのを感じた……


 『かっ、かわいい……』


 普段は人前で絶対に見せないようにしている温和な感情が、みるみるうちに顔の筋肉の力を消していく……しかし、朱羽はそれに必死の抵抗を見せる。力の抜けているところに力を入れるものだから、その笑顔は普段見せている表情よりも数倍恐ろしいものになっていた。そのあまりにも堅苦しい笑顔は周囲をあっと驚かせる。とてもぬいぐるみを手にしてする表情ではない。その険しい表情が朱羽の身に何が起こっているのかを物語っていた。不覚を取られまいと必死に顔の形を整えている兄の元に妹がやってきた。


 「朱羽兄〜、私、これが欲し……………ど、どうした、朱羽兄……お腹の具合でも悪くなったか?」

 「ぐ、うう、うん? い、いや、なんでもない……」


 朱姫の言葉でようやく我に返った朱羽は、首だけを彼女に向ける。その際、朱羽は一緒にぬいぐるみを元の場所に戻そうとしたのだが、どうにも手が離れない。朱姫がそんな兄の姿を見て大いに驚いた。


 「まさか朱羽兄がここで買い物するとは思わなかったな……じゃ、私のと交換してレジに持っていこうか。朱羽兄はそれが欲しいんだろう?」


 その言葉を聞いて、改めて驚いたのは朱羽だった。彼も自分の驚きを妹に伝える。


 「ちょっと待て……お前、そんなものでいいのか。クリスマスは特別なんだから、アクセサリーとか香水の方がいいんじゃないのか?」

 「ああ、指輪はいつか彼氏に買ってもらうからいらない。朱羽兄に心配かけたくないし。さ、交換しよう。私はこれでいい……」

 「いやっ、その、これは……これは俺が、買う。だから、お前はそれをこっちによこせ。一緒に会計してくる。」

 「そうか、じゃ朱羽兄頼む。」


 朱姫は始終無邪気で楽しそうに振る舞っていたが、朱羽は妹の言葉を聞いて少し落ち込んでいた。口には出せない感情が心の中でその存在を熱くさせる……そんな強い想いを形にすることもできず、静かにレジに向かう朱羽。妹がリクエストしたのは純白のペガサスのぬいぐるみだった。レジの前では狭い店内には十分な行列ができていた。朱羽は静かに猫と天馬のぬいぐるみを抱きかかえて待った。彼は暇つぶしのつもりでふたつの人形をそれぞれの手に持ち、静かにふたつの口をゆっくりと重ねるのだった……そうやって朱羽が自分を慰めている姿を、猫はつぶらな目でじっと見つめていた。


 朱羽がレジから出ると、朱姫はまだぬいぐるみと遊んでいた。今度はモグラのぬいぐるみを手にしていたが、朱羽が持ってきた包みを見て奇妙な感じを得たのか、ゆっくりと首を右に傾げる。彼女は兄の手元にあるビニール袋をそーっと人差し指で広げ、泥棒のように目を細めて中身を確認する。当然、朱羽は戸惑う。その仕草でさっきまでの寂しい気持ちはどこかに飛んでいってしまっていた。


 「どうしたんだ、朱姫?」

 「あ〜〜〜っ、朱羽兄……一緒に包んでもらってどうするんだ。これだと誰のプレゼントかわからないじゃないか。」


 慌てて袋を覗きこむ朱羽。彼は妹の言葉でショックを受けたせいか、はたまたお気に入りの猫に心を奪われたせいか……どうやらレジで店員にあいまいな返事をしてしまったらしい。その結果、ひとつの袋にふたつのぬいぐるみが包まれたのだ。さすがの朱羽も冷静ではいられない。


 「しまった……どうする、分けて包みなおしてもらおうか……」

 「う〜〜〜ん、ま、いいか。どうせこの包みを開ける時は朱羽兄が一緒なんだし。さ、今度は朱羽兄の欲しいものを私が探さないと……早くしないと帰るのが遅くなる。」

 「ああ、そうだな。」


 朱姫の答えを聞いた朱羽は静かに頷いた。そしてこの店を後にし、また街を歩き始めるのだった……




 「ところで、朱羽兄の欲しいものって何だ? 私は欲しいものを買ってもらったし、できれば私も朱羽兄の欲しいものを買いたいんだ。」


 どこかのスピーカーが奏でるジングルベルのリズムに乗りながら歩く朱姫は、兄の返事を待った。ところが朱羽は急に考え込んでしまい、話が続かなくなってしまった。困った顔をして欲しいものをなんとかひねり出そうとする彼を見て、朱姫が心配そうな表情で問い掛ける。


 「もしかして……何にも考えてなかった?」

 「最初からしっかり決めてたら、ショッピングにならないだろう。俺も店を見ながらいろいろと考えてるんだ。もうちょっと待ってくれ。」

 「……………ホントに、そうなのか?」

 「あ、そういえば欲しいもの、あったな。」


 朱姫から湿り気を帯びた視線が向けられる中、思い出したかのように手を叩く朱羽。妹の顔がますます険しくなったのを見て見ぬ振りをしながら、真顔で自分の欲しいものを注文し始めた。


 「桜皮弦巻と弦かな……ま、強いて言うならな。」

 「えっ! そ、それはダメだ、高い!」

 「でも、『欲しいものを言え』って言い出したのは朱姫じゃないか。」

 「それだったら、私もぬいぐるみの代わりにそれ欲しい。」

 「お前の分はもう買ったぞ。ほら、ここにちゃんとあるじゃないか。」


 弓道具の中でも高級品である桜皮弦巻と弦を欲しいと隣のサンタに頼む朱羽。しかしサンタはその希望を聞き届けようとしない。あの手この手でなんとかしてプレゼントを変えさせようとすることに必死になっていた。それを適当にあしらうがごとく、いつもの調子で話す朱羽。そのうち朱姫はほどよく慌て始めた。


 「そんな……ふたりとも欲しいものはプレゼントとは言えないっ! それに欲しいんだったら『強いて』なんて言ったらダメだ! 少しは……私の財布の中身を心配して欲しい。」

 「わかったわかった。ならクリスマスまでに欲しいものが決まったら買ってきてもらう。もし決まらなかったら、朱姫が自由に選んでくれ。俺はそれでいい。」

 「自分で決めることになってもプレゼントの中に気持ちを詰めておくから、欲しくないものが入ってても心配しなくていい。」

 「ああ、心配はしてないよ。」


 朱羽はそう言いながら自分の手に持った袋を見た。彼は静かに心の中で囁く。


 『自分のプレゼントはもう、偶然が運んできてくれた。このぬいぐるみの入った包みを開ける時の喜びがここにたくさん詰まっている。そしてその時には、その隣に朱姫の気持ちいっぱいのクリスマスプレゼントがあって……何よりも、自分の隣には朱姫がいる。それだけでいい。お前と一緒に過ごせることが何よりのプレゼントなんだ。』


 兄が手袋を見た時のように自分も必死にならなければ……そう思ったのかどうかは知らないが、朱姫は兄の隣で気合いを入れていた。どんな形になってもまたプレゼントを買いにここへ来なくてはならない。その時に迷ったりしないように今からチェックを始めるのだった。兄が喜ぶものをあげたいと純粋に思う彼女の目は真剣だった。



 ふたりは再び街の中へと消えていく。それは乾いた路面に落ちる粉雪のようだ。楽しそうな声を響かせて、雑踏とネオンの光に紛れていく。ずっとこんな時間が続けばいい……そう祈るふたりをやさしく包み込んでいく。暗くなった空からは、一粒の雪がふたりを驚かせようとゆっくりゆっくりと舞い落ちている最中だった……