コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


下天―胡蝶の夢―

神は、何時の世も平等に人々を見ている……と教えたのは何処の誰?
実際には、神は誰も救えず見下ろすばかりの存在と知るは誰?

神は御上に。
人は地に。

神の声をを聞こうとした一族も今はもう、一握り。


                       ◇◆◇

時は現代。
四方峰、と表札のある大きな屋敷内にある土蔵の中――帰省してきたばかりなのに元気に其処を掃除している青年が、一人。

不機嫌そうな表情を除けば、肩に少しばかりかかる長めの髪を一つにまとめ、縁の無い眼鏡も顔立ちに合うかのように涼しげな風貌でさえある。
まあ…不機嫌そうなのは「こう言う顔なんだ」と一掃されてしまいそうではあるが……中々掃除のやり方が堂に入っていて掃除好きなのかもしれない事を如実に顕していた
はたきを上から順序良くパタパタとはたきつつ、「おや?」と青年は思う。
こんな所に何故――言外に、そう言っているようでもあるがとり合えず青年は棚からその物体を取り出すと誰に言うでもなく呟く。

「……何と言うか、こう……うちの蔵も古い、古いと思ってたけど、まさかこんな……」
言いながら四方峰・司は棚に背を預けるようにすると手にしたぼろぼろの短刀をまじまじと見つめた。
ずっとずっと、蔵に置きっぱなしで手入れさえしていなかったのだろう。
手入れさえしていれば見事な白刃のきらめきを為しただろうそれは錆が浮いてしまい触れればじきに刃こぼれさえしてしまいそうなほどに危うい。

(これも…古い…古い、思い出……なんだろうな……)

今にも壊れそうな短刀。
鞘の細工も見事だったろうに、今ではまるで全てが壊れ行くものであるのと同じようなものだ。
確かにそこにあったのだという「記憶」や一族の文献の中でのみ繋がれていく。
――『四方峰』の血の事、力の事、全て。
全ての時を、紙と文字でのみ。

だが。
だが、もしもと司は考える。

自分が、こうでなければ。
自分に、受け継がれる血液さえなければ、もう少し。

(……もう少し、俺は自分自身を…………)

続きの言葉を考えるのを止めるように司は首を振る。振り払うかのように強く、強く。
すると。
――土蔵の中、ふわりと甘い馨りが漂い始め司は軽く舌を打つ。
自分でも意識してないうちに馨る血に不機嫌そうな表情に更に不機嫌さが増していく。

何処まで行っても逃れられない――自分、と言う檻からは。

……時は暫しの間、巡る。
司の中にある、古い血を巡りゆくように。
魂がそこから呼ばれているように。


                       ◇◆◇


神を鎮める一族、としてその一族は尊重された。
彼らは神の声なき声を聞き、神の中の理を知り、そして荒ぶる神さえもその手が触れれば借りてきた猫の如く静かになると。

何時の頃から、そうであったかは誰も知らない。
だが遡れる歴史を辿れば、かなり古い時まで遡れることは確かであり……神は確かに其処に居たのだ――とされている。
彼らの中に含まれる『鎮守の血』は神にとって絶好の――いいや、最良の薬として同等の役目を担っていたのだから。

が、神を鎮める『鎮守の血』は、人が飲めば霊力が増幅される『魅妖の血』となる。

それを江戸の代から明治へと変わるとき「妖かし」――異端とされ四方峰の家のことごとくは引っ立てられ見るも無残な拷問にかけられたという。
水で責められたものも居れば、絶命するまで針で突かれた者も。
こうして一族は神封じの役目を終えた――否、無理やりに奪われ終えられた。

何故、と何度も問うたと聞く。
何故我々の役目を奪われるのか、と天へ。
一人、逃げおおせた四方峰の当主は。

だが、決して答えが返ってくるはずも無く――神もまた、かの当主には何も告げぬまま傍らに寄り添うままであったとも。
呟くだけ呟かせて、ただ神は言葉を聞くのみ。

これは果たして忌むべき力なのか?
人が持っていてはいけない力なのか?

ならば何故、神は我々を許され神封じの、鎮めの役目を課してくれたのか……。

……全ては人によって奪われる。
其処には既に神は無く人々のみで決定されるのだ。
――人に失望した四方峰の当主は、それから杳として当主の力を必要とした人々に請われても神封じをしようとはしなかった。

それもまた、あるべき姿なのだから――と。
疲れたような微笑を浮かべながら。



                       ◇◆◇


(……だから、俺も昔の……四方峰の当主のように)

人が嫌いだ。
そして自分が作っている形が「人」であることも――嫌いだし憎い。

でも知っている。
嫌いだと言いながら、俺が何時も何かに対して期待していることも。
そして裏切られるたびに「莫迦だ」と自分を卑下するけれど、結局は――。

(……そう、結局は)

それでも、と思うのだけれど。
いい加減に人に見切りをつけたい、とも思うのだけれど。

――徹しきれない、何もかもにさえも。


更に疲れたように司は強く棚にもたれかかる。
すると。

突如として。

ぐらり、と揺れる音がしたかと思うとドミノ倒しのように棚が。
自分の近くにあった棚を拠点とし、凄まじい音を立て。

――倒れた。

惨状としては、かなり凄まじいのだろうが生憎と司はそれが見れない。
何故なら、バランスを崩して彼本人も棚の上に倒れていたからだ。


……そして。

その凄まじい音は一体何処まで響いたのやら定かではないが。
驚いたような顔をした姉が、其処にいた。
しかも肩をかなり細かく震わせて。

「司……あんた、一体何をしに帰ってきたのよ!?」
「……姉さん」
「何」
「…介錯を頼む」

その言葉に姉の顔がぴきっと強張るのと同時に引き攣った。
すぐに、それなんだから!と、もしかしたら思っているのかもしれない。

「あのねぇ……莫迦も休み休み言いなさいっ! 介錯の前に片付けろっての!」

凄まじい速さで姉の拳骨が飛び――司は軽いうめき声を縦ながら瞳を閉じる。

(……本当は)

どちらなのだろう?
こうして平穏に過ごしている自分と。
外では馨りを誤魔化すために香水を持ち歩き能力を隠す自分と。


――全ては夢に似ている。

文字と紙でのみ記される、それはまるで物語のようだ。

何故だか、涙が一筋流れ頬を伝う。

「や、やだ…そんなに痛かった? ねえ、司ってば」

揺さぶるようにして問い掛ける姉の声。
違う、と言いたいのに上手く言葉が出ないから。

「……いいや、そうじゃなくて」
「?」
「……今になって棚と一緒に倒れた自分がおかしくて涙が出たんだ」
「そう、なの……?」

心配そうに呟く姉の声を聞きながら再び司は考える。
考えても仕方ないことなのかもしれないとは存分に解ってはいても。


…全ては、夢の中にあり神はただ見下ろすばかり。
人の世は下天の内にある夢幻。








―End―